■書籍紹介1
「よみがえれアサザ咲く水辺〜霞ヶ浦からの挑戦」
鷲谷いづみ・飯島博編,1999,文一総合出版,229頁(カラー8頁)定価1,900円.
鷲谷いづみ,角野康郎,富田和久,飯島博の4氏がそれぞれの立場から論じた「水辺環境の保全とその取り組み」.水草の危機的現状と現行の保全事業の矛盾点を角野氏が,生態系としての水辺環境とアサザの保全を鷲谷氏が,霞ヶ浦の現状を富田氏が,霞ヶ浦再生への壮大な取り組みを飯島氏が,それぞれ執筆している.
なかでも,飯島氏が中心になっているアサザプロジェクトは,その基本思想,構想力,企画力,組織力,取り組みのスケールの大きさ,どれをとってもすばらしいと思う.各地域の小学校,建設省,森林組合,漁業組合などを巻き込んだ市民型公共事業の創出がまさに可能となろうとしている現実は感動ものだ.「アサザの里親制度」や「メダカの学区制」の導入など,すばらしい実践的アィデァに感嘆してしまう.しかも,その目標は100年後の霞ヶ浦の大自然の再生である.そして最終目標を「私たちが『新しい生きがい』を自然との共生の中に見出すこと」に位置づけている.実際の事業の中でも,アサザの生態的役割をきちんと見きわめて,ヨシ原をはじめとする水草帯そのものの再生を目指すところが非凡だ.アサザは旗手であっても,主役ではない.
氏は自らの足で霞ヶ浦を2年間に4周以上も踏査している.霞ヶ浦の生態系に対する確かな眼を培うことがこのプロジェクトの第一歩であったことは,一読者としてしっかりと記憶しておきたい.最後に私が感動した一文を引用しておこう.「地道な取り組みを支えるもの,それは評価されることだ.湖に評価された喜びが人々を力づける」.この一文の深意を理解するためにも,ぜひ一読をお薦めする.
■書籍紹介2
ダーウィン著作集別巻1「現代によみがえるダーウィン」
長谷川真理子・三中信宏・矢原徹一著,1999,文一総合出版,定価2800円
生物学を勉強しようという者にとって,「ダーウィンの進化論」は基本的な素養として身につけるべき学説だろう.しかし,国内ではそれを勉強するのにふさわしい解説書はなかったと思うし,「種の起源」以外の有名な著作の邦訳もほとんどなかった.不幸なことに,進化論そのものに少なからずの誤解と曲解が混在したままである.
この著作集は,ダーウィンの著作の日本語訳をとおして,ダーウィンの生物進化の考えを正しく理解してもらうこと,さらにダーウィンが生み出した現代生物学への潮流をたどることで現代進化生物学をも再考しようと言う意欲作.今回はその別巻1が出版された.生物学を目指す高校生から大学生,そして進化学に関心のある一般の人にも広く読んでもらいたい内容だ.別巻1の内容は以下の4部構成.
●「鼎談 なぜダーウィンを読むのか」(長谷川真理子・三中信宏・矢原徹一)
3人の著者がダーウィンについての思いを語った対談録。各著者のダーウィンの著作との出会いやその影響などを中心に,現代進化生物学への潮流を奔放に描く.「詳細な脚注」がついており,これを読むだけでも進化学がどういう方向に進んでいるか(あるいは進んできたか)がわかるはず.対談録なので,楽しく読めてしまってお勉強できるのが味噌.進化学に興味を持つ人は必読?.
●現代に生きるダーウィン(矢原徹一)
誤解されることの多かったダーウィンの進化論をわかりやすく解説しながら,現代進化生物学につづく系譜をたどる.いかにダーウィンのアイディアが現代の生物学の中に脈々と生きているかを力説しながら,ダーウィンが進化論を通して生物現象の何を見つめていたかを問い直す.読み物として一気に読めてしまう好科学史.
●ダーウィンとナチュラル・ヒストリー(三中信宏)
ダーウィンの進化論は,それまでの神が創造した不変の種という考えを否定することになる.「種」とは進化論の中でどのように認知されるのかを科学方法論にまで及んで鋭く問い直す.高校時代の社会科で習ったことのある思想家.哲学者の名前がぽんぽん出てくる.哲学というのは,やはり現代科学に多大な影響を与えているのだと再確認.旧来の種概念は進化論の中では生き残るすべがない?,いや種そのものが実在しない?.ちょっと難解なテーマなので,大学院生向きか?
●ダーウィンの性淘汰理論とヒトの本性(長谷川真理子)
ダーウィンが自然淘汰とともに考えたもう一つの進化論「性淘汰」に関する批判と誤解の歴史を振り返りながら,この理論の真意を紐解く.何がダーウィンの卓見だったのか,そして何が足らなかったのかを語る.時代背景や文化論にまでおよぶ人種に関する話題が興味深い.それにしても,リンネの人種記載の内容には驚いた.
■書籍紹介3
日本の渚−失われゆく海辺の自然−(岩波新書613)
加藤真,1999,岩波書店,定価740円
著者は,送粉生物学,島嶼生物学,昆虫類,貝類など各分野のエキスパートであり,超人的とも思えるほど博識の「博物学者」だ.日本各地だけでなく,熱帯にも足を伸ばして数々の業績を上げておられる.
本書を通読して感銘を受けたのは,「渚」の概念を正確に洞察し,読者にひたむきに訴えかけている点である.例えば,「砂浜」はそれ自体が単独では決して存在しない.「波の打ち寄せる砂浜−海浜植物の生育する砂丘−クロマツ林・・・背後に存在する豊穣な森」という連続した環境がそれぞれの機能を果たすことによって「渚」という生態系を形成しているのである.もちろん,このような連続性は海底にも連なっている.古来,日本人は「白砂青松」と呼んで,そうした一体性を認識していたのではなかろうか.渚環境とはいったい何なのか,それを守るには何が必要なのか,日本人が古来から持つ畏怖にも似た様々な感情をひもときながら語りかける著者の熱い思いに共感した.
■書籍紹介4
六甲山地の植物誌
小林禧樹・黒崎史平・三宅真也,1998,(財)神戸市公園緑化協会発行
A4版,56図版+301pp.6000円(送料込み)
六甲山の植物相に関するこれまでの研究の集大成とも言える精密な植物誌.巻頭にある多数の写真は,見開きで植物とその生育環境および季節的変化を見事に描写しており,生態記録としての価値が高い.また,前半部の多くのページを割いて注目すべき78種についての各論が展開されるなど,植物リストの枠を超えた好著.
過去にこの地域で記録された植物(既に絶滅したものも多く含まれる)を全国の主要標本庫で再検討するという綿密な標本調査は,地域植物誌の中でもトップレベルだろう.とくに,各論には多くの分布図(近畿地方や日本全体での分布図)が付され,地域植物相を植物地理学的に明らかにしようとするひたむきな姿勢が伝わってくる.補助がなければ3倍くらいの値段になるはずのものだったろう.廉価なのが嬉しい.
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〒675-0865 明石市大蔵谷清水583-36 小林禧樹
■書籍紹介5
日浦勇著作集
日高敏隆他編,1984,大阪市立自然史博物館友の会,344頁,定価1,500円,送料750円
故日浦勇氏の膨大な著作のなかから61編を集めたもの.氏は,アゲハチョウ科とくにギフチョウを中心とした系統学,日本列島における昆虫の生物地理学,自然観察や博物館活動などに足跡をしるされた.上述の各分野の代表作が収録されている.一部を紹介すると,「ギフチョウ属の研究(1)」,「世界のアゲハチョウ(3)」,「ウスバアゲハ亜科諸属の翅の紋様解析と系統論」,「日本列島における種分化と”第四紀的”環境,日本産蝶の分布系統」,「地表性分化型生物の現在の地理的分布から推定したウルム氷期日本列島の環境区分」.このほか,ネィチャスタディ誌に連載されて好評だった「1センチ以上の昆虫誌」シリーズ8編,「カンアオイの分布」3編,スミチオンの空中散布に関する話題3編なども含まれる.
直翅類研究グループ(現日本直翅類学会)の機関誌に連載されたアオマツムシのルーツを探る「キム・ゾン・ル物語」も収録されている.1980年当時は長居公園に定着しておらず,私にとっては「幻の昆虫」だったことが今では懐かしい.
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郵便振替口座番号:00980-1-317961,加入者名:大阪市立自然史博物館友の会
■書籍紹介6
キナバル山の植物
佐藤卓,1991,自費出版,A3版,128頁,3500円
東南アジアの最高峰キナバル山に生育する植物の写真集.写真も内容もしっかりしている.学名については専門家による考証が加えられており,信頼性が高い.有名なラフレシア,熱帯おなじみのウツボカズラや各種のラン類はもちろん,シャクナゲ類,ヤマモモ属,シラタマノキ類,ヒサカキ属,キイチゴ属など,日本人には気になる植物も数多く撮影されている.熱帯ならではのグンネラ属やメディネラ属も写真がある.また,撮影された植物すべてについてキナバル山での高度分布が図示されており,学術資料としても価値が高い.熱帯山地の植物に興味のある方には購入をお勧めする.本文は日本語と英語の二本立て構成.写真の解説は日本語よりも英語の方が丁寧.自費出版ゆえに応援してあげたい本.
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〒939-3553 富山市水橋的場195 佐藤卓