研究のために博物館,植物園,大学等で保管される押し葉標本のことを「さく葉標本」という.さく葉標本を保管する施設は植物標本庫(ハーバリウム)と呼ばれる.ミズーリー植物園,ニューヨーク植物園,ハーバード大学,キュー植物園,ライデン博物館,パリ自然史博物館などが著名.国内では,京都大学,東京大学,国立科学博物館,都立大学などが有名だ.世界のハーバリウムの情報については,「Index Herbariorum」がNewYork Botanical Gardenより出版されている.
「さく葉標本」は単なる「押し葉」ではない.研究資料としての明確な目的意識を持って作成される.科学的資料(使いものになる標本)にするには,その作成時にかなりのエネルギー投資を要求される.一言でいえば「使う人の立場に立って標本を作る」のである.以下に研究資料用さく葉標本作製についての留意点を列挙する.
●種名を調べる(同定)
●研究資料(自然科学資料)
●自然科学資料化
●規格化
●実物資料
●保存性:半永久的な保存が可能
●時空間を越えた比較研究が可能
その他:取り扱いの簡便,収納効率
●十分吟味して採集物を選ぶ.採集価値のある対象物を探す(花や果実のついたもの).
●完成標本の大きさ(A3サイズ)を念頭にいれて採集(大きなものは複数にカットまたは折りたたむ.小さなものは充分な数量を集める).
●花や果実なのどの重要な器官は十分にあるかどうかを確認.不足していれば,その部分だけを追加採集する.
●同定に必要かつ十分な量を採集し,過剰な採集はしない.
●花や果実のついた完全な植物を見つける労力を惜しんではならない.1時間かかっても周辺を探して見つけること.不完全な(花や果実のない)標本の名前を調べる労力に比べれば,現地で1時間余分の労力を費やすくらい,たいしたことはない.
1.その場ではさみ紙(新聞紙を半切したもの)に採取物をはさみ,野冊で縛って持ち帰る(またはビニール袋に採集物を入れて持ち帰る).
2.(ビニール袋で持ち帰った場合)はさみ紙に採取物をはさみこむ.
3.吸水紙(夕刊1冊分)とはさみ紙を交互に重ね,最後におもしをのせる.
4.吸水紙は最初の3日間くらいは日に2回交換,それ以降は日に1回交換.
5.2週間で乾燥し,完成.
このほか,布団乾燥機を改造する方法もあるが,火事の危険があるのでここでは紹介しない.研究機関では専用の乾燥機(100〜200万円くらい)を使用.
●ラベル記入事項:「採集者のみしか知り得ない情報」と「標本にすると失われる情報」の2点を伝達する.
●ラベルは「メモ」ではない.他人に読んでもらうための文書である.「将来標本を利用する人へ,採集者が伝えるべきメッセージ」だ.判読不能や理解不能なラベルは論外.「自宅の庭」とか「妙見山」(いったい何処の妙見山だかわかんない)なんて採集場所の表記は,ラベルとしては失格.位置情報を正確に書くべし.
標本を有効に利用してもらうためには,わかりやすいラベルであることが必要条件.せっかくの標本が,判読不能や理解不能なラベルのために無視されることも多い(これは,自分が標本を利用する側の立場になればよく理解できる).
1.採集場所
2.採集日時
3.採集者
4.生育時の情報(花・果実の色,背丈,草本・木本の別,生育環境,栽培か野生か)
5.アルファベット表記を必ず並記する,経緯度も可能な限り書く(標本利用者は海外の研究者も多いのでこれは必要)
-----------------ラベルの例--------------------- PLANTS OF JAPAN ●ここに学名を書く● Loc. HONSHU Osaka Pref.: 135゜27'E 34゜29'N Shinoda-yama, Izumi-shi. (大阪府 和泉市 信太山) alt. 50-70 m Hab. wasted paddy field(放棄水田) Note flower: red(花:赤) Date October 16, 1997 Coll. Shinji Fujii(藤井伸二) ----------------------------------------------------
仮保管:(はさみ紙)にはさんだまま,ラベルを入れた状態で保管.ナフタリン等の防虫剤を入れる.密閉状態では,パラジクロロベンゼンなら年に2〜3回程度の補充が必要だが,ナフタリンは2年くらいもつ.
保管:A3サイズの中性紙にマウントし,種ごとにジーナスカバー(A2サイズの厚紙を二つ折りにする)に挟み込むように入れ,標本戸棚に収納.配列は一般にはエングラーシステム.防虫はナフタリン.
●標本の詳しい作成方法については,「原色日本植物図鑑草本編1(合弁花)」(保育社刊)の「乾燥標本のつくり方と保存」という章を参照のこと.自然史博物館で販売している「標本づくり」にも簡単な記述がある.
1.ほとんどの図鑑はエングラーシステムで配列.
2.用途と目的に合わせて図鑑を選ぶ.
3.廉価なポケット図鑑では,掲載されていない種類の多いこと,使える範囲(地域)が限定されていることに注意.
4.帰化植物は一般の図鑑には掲載されていない,見分けるには帰化植物図鑑が必要.
5.栽培植物・園芸植物は一般の図鑑には掲載されていない.
●野外で持ち歩くなら,保育社の「カラー自然ガイドシリーズ」や「検索入門野草図鑑シリーズ」がお薦め.
●葉だけで種類を調べるなら,文一総合出版の「落葉図鑑」か保育社の「検索入門樹木」がお薦め.
●絵(図)合わせで種類を調べるなら,北隆館の「牧野新日本植物図鑑」か保育社の「原色日本植物図鑑シリーズ」がお薦め.
●写真合わせで種類を調べるなら平凡社の「日本の野生植物シリーズ」がお薦め.縮刷された「フィールド版」が廉価(8,000円).
●検索表による正確で信頼のできる同定のためには,平凡社の「日本の野生植物シリーズ」と保育社の「原色日本植物図鑑シリーズ」を併用する.大井次三郎「日本植物誌」(絶版)も好著.
●帰化植物については,保育社の「原色日本帰化植物図鑑」がお薦め.
●栽培植物・園芸植物についてのお薦めの図鑑はない
●環境別に種類をセレクトしたものもある.保育社「日本の植生図鑑」.図鑑と言うよりは群落の構成種を紹介したものだが,代表的な種類を知るには便利.