Online Argonauta
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Argonauta 1: 1-2 (1999)


巻頭言  Argonauta on voyage


 Argonauta argo Linnaeusは和名アオイガイ、熱帯−亜熱帯太平洋に分布する浮遊性頭足類の一種である。'タコ' にしてはめずらしく石灰質の殻を持ち、雌はこれに軟体を収めて卵もその中で保育する。一方雄は殻を持たず、体長も数cmしかないらしい。殻を二つ合わせると葵の葉に似ることから、アオイガイの和名がある。生態については、標本採集や短期の飼育による知見のほかはくわしくわかっていないようだ。対馬海流に乗って日本海に流入し、季節風に吹き寄せられてしばしば大量に打ち上がる。1982年島根県、1986年新潟県への漂着は特に大規模だったらしい。1991年冬、新潟県に大量漂着したとき、現地に住む姉から送られてきた標本が私の手元にある。細かい彫刻のある、白くて華奢な殻である。熱帯に分布の中心があって冬に死滅漂着と聞けば、かつて西村三郎氏が日本海区水研にいたころ手がけた、ハリセンボンやオサガメの仕事が思い浮かぶ。さてはアオイガイの日本海個体群もpseudopopulationかと考えたくなるが、それほど単純ではないらしい。富山湾では、秋にプランクトンネットで稚ダコが採集されるという。

 このArgonautaを「京都海洋生物談話会」の別称にしようと提案したのは、一つには単に和名のアオイガイと、例会の行われる京都の類縁を感じたからという、いささかこじつけめいた理由によるものだった。研究会としてのアルゴノータの旗上げは、1990年11月の行動学会。といってもそれは、控え室の片隅に京大臨海実験所の出身者など数名が集まり、話し合いを持ったというほどのことにすぎない。研究室を出たあとの情報交換の場を望む者、遠隔地の滞在を経て、研究発表の場の必要性を感じていた者など、各自の要求が合致して、それ以後数ヶ月に一度程度の例会が京都で開かれるようになった。初めはそれほど長続きするとも思えなかったが、今日まで足かけ8年以上、別記リストのように、例会開催37回、発表演題93、発表経験者25名と、そこそこの体裁で継続している。この間、94年1月には京都大学生態研センターの公開シンポジウム、「海洋底性生物群集の生態学−個体の行動から群集へ」を企画、実行したこともあった。大学など、公的組織内のゼミ、研究会では、発表者がいない場合でも、定期的な発表会のノルマをこなすために、ゼミ係がやりくりに頭を悩ませ、頭を下げて回るなどという、およそナンセンスな光景が見られることがある。研究したい者と学びたい者が集まって大学ができ、発表の場を求めてゼミが生まれたはずであった。我々のアルゴノータは、そのような、組織のかかえる本末転倒とは無縁である。自慢ではないが、発表者がなければ半年から一年のブランクがあることもめずらしくない。

 Argonauta argo Linnaeusの学名そのものは、他の多くの学名がそうであるように、ギリシャ神話からとられている。その昔、テッサリアの勇者イアソンは、東の果ての国コルキスに黄金の羊の毛皮を求めて船出した。その船の名をArgoといい、乗組員をArgonautaと称した。波乱万丈の冒険の末、彼らは金羊毛を得て戻るのだが、その途中のできごとには、海の魔物セイレーンの歌声に吸い寄せられて難破しそうになったり、狭い海峡の両側から岩が迫ってきて船を押しつぶそうとするなど、私たちになじみのある話も含まれている。居心地のよい島に吹き寄せられて、楽しく時を過ごすうち、隊員のほとんどが、「金羊毛は金羊毛のままにしておくのが一番良いことだというふうに考え始めた」(「星のギリシャ神話」白水社)こともあった。この時いかにしてアルゴー船が再び船出するに至ったかについては、ギリシャ神話をひもといていただくことにしよう。

 私たちArgonautaの航海はすでに8年に及んだ。研究会に参加するメンバーが何を求めているかはまちまちだろうが、会が成立するための最低限の要件というものはある。それは、各自が何らかの意味で前に進もうとする意欲、と言えようか。「金羊毛は金羊毛のままにしておくのが一番良いことだというふうに」皆が考え始めたなら、船旅はそこでおしまいである。最近は少々例会も途絶え気味で、その気配なきにしもあらずだが、まあこのまま消滅したっていいではないかとあきらめるにしては、まだ少しはエネルギーが残っているようだ。今ごろになってこんなふうに、Newsletterが出てくる成り行きになるということは、である。

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