佐久間大輔(大阪市立自然史博物館)
博物館には展示の背後にその10倍の標本があるという。大阪市立自然史博物館では展示されている標本が現在8000点、収蔵資料の総計は100万点に及ぶ。この4月にオープン予定の「地域自然誌展示室」開設後、ようやく1%超が展示されることになる。
自然史系博物館や考古系博物館の場合、一つの標本が事実を語ると言うよりも多数の標本が語る分布や傾向が多くの場合意味を持つ。あるいはそこから飛び離れる特異性が重要な場合もあるが、この場合もやはり比較する標本群が必要となる。こうしたことは研究者にとっては言うまでもないことだが、なかなか市民の理解を得られないといった場合が多い。
しかし、振り返れば市民の標本への理解が薄いというのは、市民にとって「研究」が遠い存在であるという事の反映だ。博物館が市民に学習の機会を与え、その発展を促す存在であるはずなのに単純にこれを嘆いている態度というのはフェアーではない。時あたかも学校教育でも「総合的な学習の時間」として調べ学習などが世に出始めている折である。博物館としてはこれを好機として世に「アマチュア研究のすすめ」を喧伝し、そのためのリファレンスとして標本を活用すべき時である。どのように活用するのか。もちろん貴重な標本を、扱い方を知らない子どもにむやみに貸し出すべきとは思わない。そもそも興味を引くことすら難しいかもしれない。
今回私達がその答えの一つとして用意した仕掛けの一つがインターネット上の地図である。いつも通る橋の下でかつて捕れた魚の標本、近所の田んぼのカエル、藪になってしまった雑木林の昆虫・・・博物館にはこうした標本が眠っている(かもしれない)。学芸員は分布上特に面白いと思わなくとも、近所に住む人々にとっては違う。ラベルに住所で書いてあるものを検索するのはけっこう難しいし、実感がわかない。それが地図の上に、ピカッと表示されたらどうだろう。子どもでも大人でも、自分がとったカエルや虫と比べてみたくなるだろう。逆に自分の家の近くの地図の上に何も点がなかったら?そして情報が募集されていて博物館に届けると確認してもらえるとしたら?「よっしゃ調べたろう」という気になるのではないか?
私達が考えている標本の市民向けの活用方法とそれを実現する仕組みはこんなものだ。ただし、私たちは単独の博物館ではなく、博物館のネットワークで解決することを考えた。一つの理由はこれを実現するにはかなりの導入コストがかかる事がある。個別にクリアする方法もあるだろうが、もう一つにはインターネットというどこからでもアクセスできる媒体を使うのに、大阪は大阪で、兵庫は兵庫で、という地域主義は無意味ではないかということも大きな理由だ。大阪にはもちろん大阪府下の標本も多いが、兵庫県下の標本も奈良県の標本もたくさんある。同じ事は兵庫ほか各博物館にもいえるだろう。第三のねらい相乗効果にある。各館には各博物館の学芸員の専門性(例えば昆虫でもヒメバチが研究対象であるなど)を反映して、よく整備されている分類群の標本とそれほどでない標本があるだろう。様々な博物館が連携することで、カバーできる領域も増えていく。各博物館が単独で情報公開をしている限り相乗効果は生まれない。ならば連携してやってしまえというのが私達の発想だ。
もちろん、データベースには構造の違う部分もたくさんある。使用するシステムも違う。でも対象が標本である以上、名前(和名)と採集日、採集場所、標本番号はたぶんあるだろう。これだけあったら最低限の役には立つのではなかろうか。システムの違いをODBCなどの共通プロトコルを利用して仮想DBにしてしまって乗り越えてしまえ、という緩い、(ビジネスシステムではとても通用しない、厳密な定義を欠いた、しかし自由度の高い)ものを作成している。現在鋭意制作中である。3月11日に大阪で行うシンポジウム*)開催時点ではきっとお見せできるはずだ。
*)
環瀬戸内地域(中国・四国地方)自然史系博物館ネットワークシンポジウム
「博物館を使いたおす −自然史系博物館の役割と未来−」
日時:3/11(日)午前10時から午後4時半まで
場所:大阪市立自然史博物館 講堂
申し込み不要、博物館入館料(大人300円)のみ必要。
問い合わせ:大阪市立自然史博物館 佐久間 06−6697−6221
sakuma@omnh.jp