中村 康弘(大阪府大 農学部)
私は、大阪府立大学農学部応用昆虫学研究室に在籍し、ヒョウモンモドキという絶滅の危機に瀕しているチョウの保全生態学的な研究を2年間行ってきました。このチョウは、福島県から山口県までの広い範囲に生息していましたが、近年生息が確認されているのは、山梨、岡山、広島の3県のみで、まだ広島県においては多くの生息場所が残されています。このため、私はこのチョウの生息場所の多い広島県中央部〜東部の世羅台地周辺において調査を行ってきました。
このチョウは、湧水が涵養している比較的小規模の湿地を生息場所としています。ここにはこのチョウの幼虫の寄主植物であるキセルアザミが生育しており、またヌマガヤ、モウセンゴケ、サギソウ、コバギボウシ、ハッチョウトンボなどの今ではめずらしくなった湿地性の生物の生息場所となっています。こうした環境は水田の周囲にある天然の湿地や休耕田のうち湿地状となっているところに見られ、今回のテーマである「里」において人間の生活と密接な関係をもって存続しています。
1996-1997年に行った生息状況の調査では、このチョウの日本における最後の楽園ともいえる世羅台地周辺においても、1980年代から1990年代にかけて約60%の生息場所から、このチョウがいなくなっていることが明らかになりました。その原因については、レジャー施設、建築物などの造成による生息場所の破壊の他、植生遷移による生息環境の変化があげられました。さらにこのチョウの個体群は、複数の生息場所を成虫が行き来することにより長期間存続が可能なメタ個体群構造をしていることがわかりました。このことから、このチョウを保護していくためには、草刈り等の生息場所の管理を行っていくと同時に、各生息場所が孤立しないように、成虫が行き来できるような、多くの隣接した生息場所を保全していく必要があると思います。
「田舎の自然」をどう守っていくのか? 私が今回の研究で感じたことは、こうした湿地は人間と密接な関係のある場所に存在し、なおかつ継続的に生息場所の管理を行っていく必要があることから、行政等がそれのみで生息場所を保全していくことはかなり難しいのではないかという点でした。そこで、私はその地域に住んでいる動植物の好きな人々にこのチョウについて説明してまわり、今年から、少しずつ生息場所の保全活動を行っていただくことをお願いしました。私たち研究者は、各学問領域で、こうした野生生物の適切な保護方法を明らかにしていく必要があることはもちろん、こうした研究が活かされるよう、今まで以上に市民にアピールしていかなければならないと感じています。