1.鳥の巣とは?
ほとんどすべての鳥は、巣に卵を産んで繁殖します。巣は卵を孵して、ヒナを育てる場である以前に、求愛のための場である事もあります。眠る場所(ねぐら)としてつくられる鳥の巣もありますが、日本産の大部分の鳥にとって、巣とは繁殖のための場所です。
ここでは、鳥の巣の形、巣材、巣場所をいくつかのタイプに分けて解説します。また巣づくりや古巣利用などについても説明します。
2.鳥の巣の収集について
鳥の巣を収集する上で大切なのは、鳥の繁殖に悪影響を与えないように細心のの注意を払う事です。繁殖中の鳥の巣を採集しないのは当然ですが、巣に近づきすぎるだけでも、親鳥が巣を放棄したり、巣場所が捕食者の目にとまったりする事があります。また、多くの鳥は一度使った巣は再利用しませんが、中には好んで古巣を利用する鳥もいます。そういった場合は、古巣とはいえ、むやみに採集するわけにはいきません。
効果的に巣を見つけるにしても、鳥に悪影響を与えないように巣を採集するにしても、鳥についての充分な知識が必要です。まず鳥の生活をよく観察し、鳥の生態についての知識を身につけた上で、巣の採集を始めてください。
3.巣をつくらずに繁殖する鳥
地上や岩棚、樹洞などで繁殖する鳥の中には、まったく巣材を集めたり巣場所を整えたりせずに産卵してしまう種がいます(たとえばヨタカやウミガラス)。また、すでにある古巣にとくに巣材を付け加えず繁殖する場合も、巣をつくるとは言えません。ペンギン類の中で、コウテイペンギンとオウサマペンギンの2種は、巣をつくらずに、自分の足の上に乗せて卵を暖めます。
そして最後の方法は、他の鳥の巣に自分の卵を産んで、他の鳥に抱卵から子育てまでを任せてしまう托卵です。托卵を行う種は世界に約80種知られており、日本では、ジュウイチ、カッコウ、ツツドリ、ホトトギスのホトトギス科4種だけにみられます。
4.巣の構造
鳥の巣全体の形をつくっている部分を外巣といいます。これに対して、卵が乗る部分を産座と呼びます。産座はしばしば外巣に対して内巣とも呼ばれます。外巣と産座(内巣)の二重構造を区別できない場合もあり、その場合は、普通は産座がないといういい方をします。この他に、樹の枝などに取り付けるための構造や、外巣の外側に地衣類などによる装飾部分を区別できる場合もあります。
5.巣の形
巣の形は、次の7タイプに分けることができます(図を参照のこと)。
- 窪み:地上や岩崖に見られます。ほとんど、あるいはまったく巣材はなく、せいぜい少し地面に窪みがあるだけという場合も少なくありません。
- 皿形:浅い産座があり、屋根はありません。産座が深くなるとお椀形になります。
- お椀形:皿形との違いは、産座が深めという点です。
- ボール形 産座は深く、縁から連続した屋根があり、普通横に入口の穴があります。深いお椀形が横を向いた場合もボール形に見えることがあります。
- トックリ形:ボール形の入口が細く伸びた形です。
- 穴:地面や土崖など無機物の穴と、樹など植物質の穴に大別できます。
- マウンド:植物遺体を集めて積み上げその中に卵を埋め込みます。これはキジ目のツカツクリ類だけにみられます。
6.巣材
巣材は、大まかに無機物、動物質、植物質に分ける事ができます。
無機物には、小石と泥が含まれます。小石はごくまれにしか使われませんし、泥を使う鳥も約5%しかおらず、いずれも巣材としては少数派です。
動物質としてよく使われるのは、羽毛、獣毛、鱗翅類幼虫の糸、クモの糸です。またアマツバメ科でのみ、自分自身の唾液を使っての巣づくりが知られています。
植物質は、もっともよく使われる巣材です。枯葉、枯草、枝、樹皮、根、綿、シュロの毛など、植物体のほとんどあらゆる部分が巣材に利用されます。また、コケや地衣類、シダ、海藻、菌糸束までもが巣材に利用されます。
外巣と産座ではふつう異なる巣材が用いられるなど、一つの巣でもさまざまな巣材が使われます。また地域によって、あるいは巣によっても巣材は違っています。
7.巣場所
巣場所は、次の9タイプに分けることができます(図を参照のこと)。
- 地中:地面に穴を掘る場合と、土崖に横穴を掘る場合があります。
- 地上:地面にそのまま産卵してしまう場合と、地面に巣をつくる場合があります。
- 草上:草やササの上に巣をのせます。
- 樹上:巣を枝に付ける場合の他に、葉や幹に付ける場合もあります。枝に付ける場合は、枝のまたにのせる、横枝の上にのせる、枝先からぶら下げるなどのタイプを区別できます。
- 樹洞:自分で穴を掘って営巣する種(一次樹洞営巣種)と、自然樹洞やすき間、あるいは他の鳥が掘った穴を利用する種(二次樹洞営巣種)がいます。
- すき間:岩壁、石、人工建造物などのすき間を利用します。
- 棚:岩棚や土崖の棚に巣をのせる場合です。
- 壁:壁に巣を取り付ける場合です。日本では、ツバメ類とヒメアマツバメ。
- 水上:水に浮かべる巣の事です。日本では、カイツブリ類。
8.巣づくり
巣づくりは、つがいの両方が行う、メスのみが行う、オスのみが行うの3つのタイプに分けられます。つがいの両方が巣づくりを行う場合は、メスとオスが共に巣材を運んで巣をつくる、オスが巣材を運びそれを受け取ってメスが巣をつくる、まずオスが外巣をつくり後からメスが産座をつくって仕上げる、といったタイプに分かれます。
巣をつくるには多かれ少なかれコストがかかります。コストには、エネルギーと時間の二つがありますが、鳥にとって問題になるのは時間の方だろうと考えられています。温帯で繁殖する多くの鳥では、早く産卵した方が繁殖成功度が高くなることが知られており、巣づくりに時間がかかることはそれだけ繁殖成功度が低くなることにつながりかねません。
日本の鳥で、一番巣づくりに時間がかかる種は、ヒメアマツバメです。巣づくりに平均4ヶ月もの時間がかかり、1歳の鳥の場合、巣づくりだけで最初の年の繁殖期が終わってしまうことすらあるといいます。
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10.キジバトの巣づくり
キジバトは、メスとオスが分担作業してつくります。オスが巣材である枝を運び、巣場所に座っているメスに渡します。メスは受け取った枝を自分の腹の下に差し込みます。オスは一度に一本ずつ樹の枝を運ぶので、巣の枝の数はオスが巣材を運んだ回数をあらわします。
京都で調べた結果、キジバトの巣は平均125本の枝でできていました(図を参照のこと)。キジバトのオスは1時間に30本程度の枝は運びますので、巣ができるのにかかる時間は平均4-5時間ということになります。キジバトは一日に1-2時間しか巣づくりをしませんので、3日程度をかけて巣を完成させることになります。
キジバトの巣は、日本の鳥でつくるのに一番時間がかからないといってもいいのではないでしょうか?
11.古巣の利用
巣をつくるコストを減らす方法の一つは、古巣利用です。泥で巣をつくるツバメ類やヒメアマツバメのように巣づくりにコストのかかる種、シジュウカラなど自分で巣穴を掘れない二次樹洞営巣種などでは、よく古巣が利用されます。こういった種では、使っている巣を乗っ取るという行動まで見られます。粗雑な巣しかつくらないのに、キジバトやサギ類もよく古巣を利用します。しかし、多くのスズメ目の鳥類は、たとえ複雑で手間のかかる巣をつくっても古巣を利用しません。
古巣利用には巣づくりのコストを減らすという利点がある一方で、寄生虫の存在、過去に捕食者に襲われた巣は再び襲われる可能性が高いといったコストがあります。多くの鳥が古巣を利用しないのは、こうしたコストが関係しているのでしょう。
12.巣箱の利用
巣箱を利用して繁殖するのは、樹洞やすき間で営巣する鳥です。近畿地方の市街地周辺の公園の樹に、小鳥用の巣箱をかけて利用しそうな鳥といえば、ヤマガラ、シジュウカラ、スズメ、ムクドリなどです。山地の林であれば、その他にフクロウやヒガラなどの鳥類、ヒメネズミやムササビなど樹洞を利用する哺乳類、ハチやアリといった昆虫など、さまざまな動物が巣箱を利用します。
このように巣箱を架けると、樹洞を利用する動物たちに巣場所を提供する事になります。しかし、いい加減な作りの巣箱や古い巣箱は、巣が捕食者に襲われる確率を高くするという報告があります。巣箱を架ける事が、鳥にとって害になることもあるのです。しばしば、愛鳥活動の一環として巣箱架けが行われますが、きちんとした巣箱を作って、正しく架けないと愛鳥活動にはならないこと。また、巣箱を使うのは、ごく一部の鳥であることを知っておいてください。
13.巣の見つけ方
巣を探すには、まず鳥の行動をよく観察する必要があります。鳥の巣を収集する目的がなくても、巣を探すのは鳥の生態をよく知るのにとても役立つでしょう。しかし、繁殖中の巣を探すときは、鳥の繁殖に悪影響を与えないよう充分注意する必要があります。
繁殖期の巣を探すには、まず巣材や餌を巣へ運ぶ親鳥を見つけて、後をついていきます。ただし、巣をつくっている途中はちょっとした事で巣を放棄しやすいので、巣に近づきすぎないように細心の注意が必要です。どういった場所に巣があるかをよく知っていたら、その鳥が生息している地域で、巣のありそうな場所をチェックするだけで巣を見つける事ができます。
繁殖が終わった巣を探す場合は、繁殖に悪影響を与える心配がないので安心です。しかし鳥が巣に出入りしないので、どんな所に巣があるのかの知識がないと巣を見つけるのは大変です。初心者には、樹の葉の落ちた冬に、樹の上に塊状の物(枯れ枝、葉、コケなど)がないかを探すのがお薦めです。
14.巣の採集の仕方
古巣を見つけた場合はいつ採集してもかまいませんが、もし使用中の巣を見つけたら繁殖の終わるのを待ってから採集しましょう。
巣を採集する時は、産座を壊さないようにとくに気をつけます。採集した巣は、そのままビニ−ル袋などに入れて密封します。その時、「採集日」と「採集場所」を必ず記録して巣につけておきます。
樹の枝の巣の場合、「巣だけの採集」と「巣のある樹の枝ごとの採集」の2通りがあります。枝を残しておけば、その場所で再び営巣する事も多いので、可能な限り枝は残しておきましょう。
樹洞の巣の場合、キツツキ類やフクロウ類では樹洞を採集するしかありませんが、多くの二次樹洞営巣種の場合、樹洞の中の巣だけを採集する事もできます。樹洞は、鳥を含む多くの動物たちにとって貴重な巣場所なので、できる限り残しておいてください。
草上の巣は、草ごと採集します。地上や水上の巣は、巣だけを採集します。チドリ類のように小石を並べているだけの巣や、ヨタカのように巣材を使わない場合は、卵のあった場所の周囲に樹脂などを流し込み固めてから、周囲ごと慎重に掘ってきます。
15.巣の保存の仕方
鳥の巣にはダニ、ノミなどいろいろな虫が住み着いているので、巣を採集したらまず殺虫する必要があります。ビニ−ル袋に入れて持ち帰った巣は、そのままの状態で殺虫剤を吹きかけてビニ−ル袋を密封しておきます。
次に、巣の保存作業です。樹の枝や枯草でできた巣は、そのままでは少し動かすたびに少しずつ崩れていきます。それを防ぐには、産座を中心に透明ニスを流し込んで固めておきます。ただし、巣材に羽毛やコケが混じっている場合は、変色するので、ニスがかからないようにします。土の巣の場合も樹脂やニスなどで固めておきます。巣は、カビ予防のため風通しの良い場所で陰干しにして乾燥させてから、防虫剤と一緒に、湿度の低い場所で保存します。
保存の際なにより大切なのは、採集データをきちんと巣に付けておくことです。台帳を作って、鳥の巣にはコレクションNo.を付けておき、台帳には巣のコレクションNo.、採集日、採集場所、種名、その他巣に関する情報を一通り記録しておくのもいいでしょう。
16.鳥の巣採集記:ミソサザイとノミ
私は休日になると大阪府と奈良県の境にある金剛山(1125m)に登ることが多いのだが、この山は少し標高が高いせいもあり野鳥の種類も豊富である。特にミソサザイが多く、沢沿いの登山道ではすぐ目の前の倒木にとまり小さな体の全身で張り上げるようにして囀る姿をよく見かける。昨年、沢にかかる橋の下で青い苔でつくられた巣を見つけ、雛の巣立つのを待って巣を採集した。
いつもの通りビニ−ル袋に入れて持ち帰ったのだが、苔のみでつくられた巣なのでたいした虫もいないだろうと思い、その日はそのまま玄関の片隅に置いておいた。翌日、出勤前にちょっと巣を見ていこうと思い袋を開けると無数の小さな黒い虫が跳び出してきた。ノミである。どうして苔の巣にこんなに沢山のノミがついていたのだろうか、急いで殺虫液を吹き付けて皆殺しにした…。そして会社での出来事。昼前、近くにいた女の社員さんが突然大きな声を出した。「これノミと違うの 跳んでる」「エツ エツ イヤ」、とまわりの社員が半ば逃げ腰で注目している。そして私も「へ− ノミて今どき珍しいね」と言いながら内心「ワシや−」「いつの間に着きよったんや−」…。これは内緒ばなし。
<小海途銀次郎>
17.情報募集! アオサギが地上で営巣?
アオサギの巣はふつう樹の上につくられますが、近年地上での営巣例も知られています。大阪府下で1998-1999年に調べた結果、4ヶ所で地上やヨシ上での営巣が見つかりました。アオサギだけでなく、コサギやゴイサギも地上で営巣していました。アオサギが地上で営巣するのは、大阪だけでなく日本各地で見つかっています。地上営巣がこれからも増えていくのか、注目です。
というわけで、情報募集です。近所の池などでアオサギがヨシ原に座り込んでいませんか? もし見かけたら、見つけた日付と詳しい場所を、自然史博物館の和田(FAX:06-6697-6225、電子メール:wadat@omnh.jp)まで、お知らせ下さい。