自然史関係の本の紹介(1997年下半期分)

【★★★:絶対にお勧め、★★:けっこうお勧め、★:読んでみてもいい、☆:勧めません】

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●「渡り鳥アトラス 鳥類回収記録解析報告書スズメ目編1961年-1995年」山階鳥類研究所、1997年、非売品(平成8年度環境庁委託調査報告書)
19971228 ★★

 山階鳥類研究所では、環境庁の委託調査として、鳥類標識調査を実施しています。日本全国に400人からいるボランティアの標識調査員(通称バンダー)に、かすみ網や足輪を貸して調査をしてもらい、提出してもらった標識記録を毎年集計して「鳥類標識調査報告書」を発行しています。

 この本は、1961-1995年の標識調査の集大成で、再捕獲や死体回収によって判明したスズメ目の鳥類56種の移動パターンが地図上で示されています。スズメ目の鳥の渡りをはじめとする移動パターンについて考えるときには無視できない一冊。非売品やけど、山階鳥類研究所に頼めば手にはいるかも。あるいはバンダーになることやね。


●「レッドデータ日本の哺乳類」日本哺乳類学会(編)、1997年、文一総合出版、2621円、ISBN4-8299-2117-X
19971221 ★★

 レッドデータブックとは、絶滅の恐れのある生物をリストアップしたもの。日本では1991年に環境庁が「日本の絶滅の恐れのある野生生物−レッドデータブック−脊椎動物編」を出版したのが最初だと思う。その後、都道府県など地域別、あるいは分類群別のレッドデータブックが数多く出版されている。多くの文献や標本に基づいた力作もあれば、やっつけ仕事みたいなのもある。

 この本では、日本に生息する哺乳類174亜種全種について、絶滅の恐れについてのランクを決定している。解説では、各亜種について1.現状、2.情報蓄積度、3.ランク決定理由、4.インパクトの強さ、5.可能な保全対策、6.要注意個体群、7.国外の状況、8.指標が述べられている。各種がレッドデータブックに掲載された理由がさっぱりわからない環境庁のものに比べればはるかによくできている。とくに現状や情報蓄積度を読んでいくと、日本の哺乳類の生息と研究の現状がよくわかる。文献もきちんとあげられていて、reference bookとしても役に立つだろう。

 絶滅の恐れについて評価するには、個体数や分布の現状・変動の情報が不可欠だが、ほとんどすべての哺乳類においてろくにそういった情報がないため、ランクの決定には苦労したらしいことがうかがえる。結局、哺乳類研究者にアンケートをとった上で、各グループの日本における権威筋の人がランクを決定したらしい。こういった事情は、鳥類でも全く同じ。種類が多い分、まじめにレッドデータブックを作ろうとすると、もっと大変なことになる。


●「大阪発・公園SOS」都市と公園ネットワーク(編)、1994年、都市文化社、1800円、ISBN4-88714-160-2
19971208 ★

 大阪市の公園行政に対して、いろいろな活動をしてきたグループの人たちが書いた本です。基本的には、都市公園は市民、とりわけ地元住民の共有物であり、したがって公園施策は市民の意見を充分取り入れたものでなければならない、という主張がつらゆかれています。ごく当たり前の主張ですが、この当たり前のことが当たり前でない大阪市の公園施策が紹介されます。

 つまり大阪市の公園施策の批判が繰り広げられるわけで、大阪市の職員としてはあまり表だって賛成すると、都合が悪いような気がしますが、同意できる点はたくさんあります。とくに鶴見緑地の市民農園がつぶされたこと、八幡屋公園の「ワイルド・ライフ・パーク」が幻になってしまったことは、とても残念です。花博のテーマ「自然と人間の共生」というのは、鶴見緑地で行なわれたことを考えると、皮肉にしか思えません。

 残念ながら、生物に関する記述はあまりでてきませんし、自然に対する考え方は少し違うかなとも思いますが、大阪市の公園の歴史と現状に興味がある方は、一度読んでみたらいいと思います。


●「水田を守るとはどういうことか」守山弘著、1997年、農三漁村文化協会、1700円、ISBN4-540-97025-9
19971205 ★★

 水田、そして水路、ため池という人間が作り出した止水的な淡水環境が、多様な生物相を維持するのにどのような役割を果たしてきたかを、淡水生物の現在の分布の由来、生物が水田環境をどのように利用してきたかから説明しています。人間による適度な物理的撹乱が、放っておけば遷移によって失われてしまうような、さまざまな淡水湿地を維持してきたということがポイントです。現在の多くの水田環境は、残念ながら過度に管理され過ぎていて、生物には住み難くなっています。

 近年まで、人間による適度な物理的撹乱によって維持され、生物の多様性が保たれていた環境の代表格としては、水田以外に里山があります。こちらは同じ著者による「自然を守るとはどういうことか」で論じられているそうです。

 水田環境に生息する生物を守るためには、そのことによって水田所有者に何らかの形の(経済的)利益がもたらされる必要があるという点で、ダニエル・ジャンセンや「保全生物学のすすめ」のリチャード・プリマックと通じる提案をしています。

 少し気になったのは、第2章と第3章で新生代における海水面の上下を中心に、淡水生物の分布域の変化を稲作とも絡めて述べている部分です。内容自体はとても興味深いのですが、この本の他の部分と比べると、主題から離れているように感じました。


●「鳥類生態学入門−観察と研究の仕方−」山岸哲編著、1997年、築地書館、2500円、ISBN4-8067-2369-X
19971128 ★

 How to物に含めるのは正しくないかもしれませんが、この本の利用のされ方は、鳥の生態学研究のHow to物としてでしょう。編者を含めて12人の研究者が、自分の得意分野を中心に研究法や研究内容を簡単に紹介されています。

 まえがきを読むと、第I部の基礎編6章は”中・高校性の自由研究から大学生の卒業研究”に役立つように、第II部の応用編6章は”修士コースの大学院生”や”アセスメント関係で鳥の調査に携わる方々”を対象にしたものだと言います。基礎編各章は、それぞれ鳥の行動、食物、繁殖生活、種内社会、個体数、音声の調べ方が述べられており、おおむね初心者が鳥の生態学研究を始めるのに役立つ内容になっていると思います。しかし応用編はページ数が限られていることもあって、きわめて中途半端に終わっていると思う。基礎編だけに絞って、より充実した内容にした方がよかったのではないかな。


●「動物の生態」森主一、1997年、京都大学学術出版会、6800円、ISBN4-87698-047-0
19971126 ★

 おそらく1500を越える文献を駆使して(引用文献はだいたい52ページで各ページ30編ってとこ)、動物生態学のほとんどあらゆる分野にわたってふれられている大作です。著者は現在85才。このパワーはどこからくるのか。著者が若かりし頃に勉強した生態学がベースになっているので、他の生態学の本では今時見ることのないような古典的な文献や、かつて盛り上がった論争がたくさん出てきます。一方で、1990年代の文献も豊富に引用されているのには驚きました。京都大学の生態学研究センターの関係者やその人達の話しよく出て来そうな文献に偏っているようにも感じましたが・・・。

 現在及び過去の動物生態学の大部分が詰まっている本ではありますが、初心者が教科書として利用するのはお勧めできません。章だてがかなり個性的です。また各部分では研究例を紹介した後で、自分の意見(あるいは意向)を付け加えたり、現在の生態学界への苦言が述べられていたりします。さらに自分がコメントする気があまりない部分については、”・・・を参照されたい”と他の文献を紹介して、説明をやめてしまいます。

 ある程度すでに生態学を知っている人が、古きを訪ねて新しきを知るのに利用したらいいと思います。著者の主張の中では、生態系に関する考え方はけっこう変わったものでした(個体生態系や個体群生態系という言葉が出てくる)。でもここまでいくと、生態系とわざわざ言う必要はないのでは、と思いました。環境の中での生物の暮らしを研究するのが生態学でしょ?


●「保全生物学のすすめ」リチャード B. プリマック・小堀洋美、1997年、文一総合出版、3800円、ISBN4-8299-2116-1
19971119 ★★

 プリマックの「A Primer of Conservation Biology」という本を、小堀さんが訳して日本の状況を付け加えた本らしい。最初の内は、何でプリマックはこんなに日本通なんやろ、と思いながら読んでいました。

 第1章で述べられている保全生物学成立の背景(欧米での)、保全生物学の(暗黙の)基本合意、生物多様性の経済的価値、倫理的考察、第5章の伝統的社会と生物多様性というあたりがとくにおもしろかった。その他の部分はすでに聞いたことのあるような話だが、膨大なデータと数多くのケース・スタディを使って、広い範囲にわたってよくまとめたものだと思う。

 ちなみに保全生物学の5つの基本合意というのは、(1)生物の多様性は「善」である、(2)人間活動による個体群と種の急激な激減は「悪」である、(3)生態学的複雑さは「善」である、(4)生物の進化は「善」である、(5)生物の多様性は固有の価値を持つ、の5つ。このうち1つでも支持できる人は、保全のための論理的根拠を持つことになって、保全の必要性を改めて説明する必要はない。1つも支持しない人に対しては、経済的価値や倫理的考察によって保全の必要性を説得する必要があるというわけ。なぜ多様性を保全しなければならないかを、ここまではっきり書いてある本は、これが日本語では初めてではないか?

 300ページを越える分厚い本ですが、保全生物学に興味がある人は、ぜひ読んでみてください。すでにある程度、予備知識を持っている人は読み飛ばしてもいい部分も多いかと思います。


●「雄と雌の数をめぐる不思議」長谷川真理子、1996年、NTT出版、1300円、ISBN4-87188-494-5
19971116 ★★

 性の起源、性の決定機構、性比の進化、性比の偏りの原因と、性に関わるさまざまな問題を紹介している。著者自身の考え方を述べるのではなく、最新の研究成果に基づいて、正確さを損ねない程度にわかりやすく説明してくれている。性の問題だけでなく、行動生態学の考え方の入門書としてもよくできていると思う。私にとっては、近頃さぼっていたこの分野の情報が仕入れられて、勉強になってしまった。

 表2-1の”2つの性染色体による性決定”や、表2-3の”環境条件による性決定機構を持つ生物”は、博物館に持ち込まれる質問に答えるときに役に立ちそうです。

 第1章から第5章までが一貫して遺伝的な進化の話だったのに対して、第6章の”息子がいいか娘がいいか−ヒトの性比と子育ての性差別”では遺伝的な性比の偏りの話と同時に、文化的な原因による性比の偏りの話がでてきます。また遺伝的に説明されるハヌマンラングールやライオンの子殺しと、慣習として行なわれているヒトの子殺しとが並んで紹介されています。この本の中でも第6章は刺激的でおもしろいのですが、慎重に読んでもらいたいと思いました。でもどうして第6章で、ミームの進化の話をしなかったんでしょうね。


●「Wildfowl: an identification guide to the ducks, geese and swans of the world」Steve Madge & Hilary Burn、1988年、Christopher Helm、24.99ポンド、ISBN0-7136-3647-5
19971115 ★★

 Christopher Helmをはじめいくつかの海外の出版社は、この10年位の間に次々と鳥類の中のまとまった分類群についてのIdentification guide(直訳すれば識別ガイドかな)を出している。手元にあるのだけでも17冊ほどになる。これはその中の1冊。1988年に発行されて、その後とくに改訂されていないようだが、その中身はまだ古くはなっていないように思う。

 世界中のカモ目のすべて155種について、本文とカラープレートの絵で紹介している。各種について、野外での識別 (とまっている時と飛んでいる時)、声、記載、Bare parts、測定値、地理的変異、習性、生息環境、分布、個体群、引用文献の記述があり、引用文献もきちんとリストアップされている(引用されている文献は148と、意外と少ないんですけどね)。

 日本で見られる鳥の部分だけを広い読みをしても、今まで知らなかったことがけっこう書いてあって勉強になってしまう。


●「自然環境とのつきあい方 湿地といきる」樋口広好・成末雅恵、1997年、岩波書店、1400円、ISBN4-00-006604-8
19971114 ★

 ここで言う湿地とは、英語のwetlandのことでラムサール条約が扱う沼・河川・湖・湿原・水田・干潟・磯・サンゴ礁などをすべて含むものだそうだ。たしかラムサール条約が扱うwetlandには集水域までが含まれていて、日本はほとんどすべて湿地になるなと思った覚えがある。湿地としてまとめた河川・水田・干潟などが現在直面している問題は、おおもとでは同じかもしれないが、かなり違った様相を示していると思う。そういった多様なものをまとめてしまったので、何かまとまりのない本になってしまったように思う。著者の一人の成末さんは長年水田環境で研究を続けてこられたのだから、水田環境にしぼって話を進めればよかったのに。

 3章の”減った動物、増えた動物”では、関東平野での変遷が述べられていて大変おもしろかった。埼玉県のサギ山の変遷で、1971年に巨大な野田のサギ山がなくなり、その後は小さなコロニーがあちこちにできるという状況は、大阪府での経過によく一致するように思う。著者の一人の成末さんは長年サギの研究をされてきているので、未発表資料も使いながらのサギに関する記述の部分は一読の価値がある。


●「現代生態学とその周辺」沼田真(編)、1995年、東海大学出版会、3500円、ISBN4-486-01334-4
19971114 ☆

 沼田真という植物生態学の偉い先生の喜寿を祝って、教え子ら46人が集って、一人6-8ページ(中には多少超過している人もいるが)で自分の研究内容を簡単に紹介したものを並べた本。オリジナルな内容を書いている人もいるが、たいていはすでに発表した論文を再構成した内容になっている。動物生態学関係は13ほどある。植物屋さんはどうか知らないが、動物屋はこの本を買って読むほどのことはない。どうしても読みたいのがあればコピーするか、立ち読みで充分だろう。


●「なぜオスとメスがあるのか」リチャード・ミコッド、1997年、新潮選書、1500円、ISBN4-10-600509-3
19971113 ★

 なぜ性があるのか、という疑問を持つことの方が不思議なくらい性は当たり前のそんざいだと思う。性があるというのは、つまり有性生殖を行なうということなのだが、なぜこれほど有性生殖が一般的なのかは生物学では大きな謎です。この分野は現在盛んに研究されているので、本当の最前線までは残念ながらフォローしていないのですが、確か未だに誰もが納得するような説明はされていなかったと思う。

 有性生殖の存在が問題になるのは、ふつうに考えれば無性生殖の方がコストが少なく、速く増えることができるからです。速く増えれば、速く広まります。その結果、有性生殖をする生物よりも無性生殖をする生物が広まりそうなものです。しかし現実にはほとんどあらゆる生物が有性生殖を行ないます(通常は無性生殖をする生物も、たいていある条件下では有性生殖も行なうのです)。この現象を説明するためには、無性生殖にはない利益が有性生殖にはあると考えるしかありません。
 通常考えられている有性生殖の利点として、著者は二つの仮説を示します。一つめは有性生殖の方が無性生殖よりも多様性に富む子供たちを生み出すことができるというもので、二つめは性は遺伝子の損傷に対抗する役割を持つというものです。著者が支持するのは二つめの仮説で、延々と自説を展開してくれます。

 といった紹介はたぶんにはしょったもので、よく読むと不正確かもしれません。本書には丁寧に性の謎について説明されていますので、興味を持った方は一度読んでみてください。


●「ワシタカ類飛翔ハンドブック」山形則男著、1996年、文一総合出版、980円、ISBN4-8299-3046-2
19971010 ★★

 「他の世界ではどうだか知らないが、鳥の世界ではハンドブックというのは、ものずごーく詳しい図鑑といった感じの本のこと」と以前書いたが、この本は50ページとたいへん薄く、新書版サイズ。名前はともかくフィールドに持って行くにはピッタリ。ワシタカ類の解説自体は、同じ文一総合出版から出版されている「図鑑日本のワシタカ類」の方が詳しいが、こちらはとてもフィールドへ持っていく気になるような大きさではない。

 タイトル通り、日本で記録されているワシタカ類のうちヨーロッパチュウヒとヒメチョウゲンボウを除く28種が、ワシタカ類の飛翔姿を下から撮った写真を使って紹介されている。識別点を中心にコンパクトにまとめられており、タカの渡りを見に行くときは必携の1冊。


●「動物は世界をどう見るか」鈴木光太郎著、新潮社、2900円、ISBN4-7885-0538-X
19970908 ★

 著者は実験心理学が専門で、比較心理学(=動物心理学)の対象である動物の知覚世界の紹介をしたかったらしい。タイトルの通り、視覚を中心にさまざまな動物がどのような感覚を持っているかを、図を多用しながら紹介している。さまざまな動物の目の解像度、左右の目の光学軸のズレ、色覚、奥行き手がかりなどを表にして紹介してあり、一種の総説としては便利だと思う。きちっと引用文献をあげている点も好感が持てる。

 第1章では「動物の心はわかるのか」と銘打って、心理学における行動主義を批判しながら、動物の研究においても心の存在を仮定していいのではないかと主張する。第1章を読むとこれからどんな展開をするのかなと思うが、第2章以降ではいろいろな動物がどのように外界を知覚しているのかということが、感覚器の構造や脳による情報処理に関する研究を通じて紹介されているだけで、心の存在の仮定という所まで踏み込んでいるわけではない。

 紹介されている個々の研究例はたいへん興味深いのだが、全体を通じた著者の主張があまり感じられないのが残念に思う。第1章の終わりに、”とり込む材料は多少異なるが、知覚の最終目標が外の世界の再現だという点では、人間も動物も同じだ。だとすれば最終的に再現される世界は、人間と動物とでは、そう極端には違っていないかもしれない。”とある。この主張はその後も何度か繰り返されるが、これを支持する研究例はとくに紹介されていなかったように思う。


●「生態学から見た人と社会−学問と研究についての9話−」奥野良之助著、創元社、2000円、ISBN4-422-43007-6
20040422 ★

 著者は京都大学理学部動物学教室を中退後、須磨水族館の飼育係を経て、金沢大学の助教授になった変人。ずーっとひねくれ者で、好きなことを言い実行してきたとの印象が強いが、定年退官を前に最後というわけでもないだろうけど、好き勝手に書きまくった本。
 そんなわけで、何が書いてあるかと問われても、一言で答えるのは難しい。後半になってきて、何を間違ったか適応放散やダーウィンやらについて語り出すが、大部分は生態学自体とはあまり関係ない話ばかり。そういった意味では、タイトルは正しい。ただしこの場合、人とは著者自身、社会とは大学や生態学業界を指すのだろう。もしかして、生態学が生き物の暮らしの科学だとすると、ある意味、生態学と言えなくないかもしれない。
 とまあ、こんな調子の文章が続く本。すらすら読めて楽しいことは楽しい。


19970903 ★★

 この本に紹介されている日本生物学会の設立趣意書というのは、現琵琶湖博物館館長に見せてもらったことがある。この人はキャッキャッと喜んですぐに入会した口で、日本生物学会会長の支配下にある現日本生態学会会長その人でもある。琵琶湖博物館館長で、同時に日本生態学会会長というのは、学部長に匹敵すると思うので、会費として4000円を懲収するべきだと思うが?

 タイトルを見ると生態学のことを書いてそうだが、正しくは”奥野良之助から見た人と社会”とでもすべき内容。直接的に生態学に関係している部分はほんのわずかで、それも生態学についてというよりも生態学者について書かれていることが多い。でも直接は生態学に関係ないようであっても、少なくとも生態学者については書いてあるのかもしれない。生態学に関係があろうがなかろうが、ともかく内容はおもしろい。エッセイを読むのなら、こういったひねくれた人のものに限る。そういえば川那部浩哉や遠藤彰のエッセイもおもしろく読める。などと偉そうに書いたけど、ここに名前をあげた3人はいずれも私がいた研究室の大先輩です。この文章を本人たちが見ませんように。



●「Handbook of the Birds of Europe, the Middle East and North Africa: The Birds of the Western Palearctic.」vols.1-9、Cramp, S. et al.、Oxford University Press、全巻揃いで十数万円だったと思う、vol.1:ISBN0-19-857358-8
19970828 ★★★

 他の世界ではどうだか知らないが、鳥の世界ではハンドブックというのは、ものずごーく詳しい図鑑といった感じの本のこと。この本はユーラシア大陸西半分のすべての鳥が取り上げられている。多くの鳥について膨大な情報が盛り込まれているので、全巻出るのにとても時間がかかるのが通例。この本の場合、第1巻が出たのが1977年、第9巻が出たのが1994年。同様のハンドブックは北アメリカやアフリカ、南アジアでも出ているし、オセアニアでも3巻まで出ている。南アメリカでも一応あるが、あまり評判が良くないらしい。残念ながら東アジアや東南アジアのはでていない。世界中の鳥のハンドブックも刊行中で、現在3巻まで出ている。

 各種についてカラーの絵と解説文があり、世界での分布図や声のソナグラムも付いている。ツバメについての解説には、野外での特徴、生息場所、分布、個体群(個体数や死亡率)、移動(渡りや分散)、食物、社会構造と行動(被繁殖期の社会構造、繁殖システム、つがい関係、繁殖密度、集団ねぐら、攻撃的行動など)、声、繁殖(繁殖期や繁殖成功率など)、羽衣、露出部分、換羽、計測値、体重、形態、地理的変異という項目が並んでいる。ツバメについてわかっていることは何でも書いてあるといった感じ。必ず引用文献が明示してあるので、さらに詳しく知りたい場合はもとの文献にあたることができるようになっている。日本を含む東アジアでもこのような本があればなぁーと溜息が出そうになる。9冊を積み上げると42cmになり、高価なだけでなく、置いておくだけでも場所をとるが、それだけの価値はある本だと思う。


●「日本の野鳥羽根図鑑」笹川昭雄著、世界文化社、7800円、ISBN4-418-95402-3
19970824 ★

 著者が16年間に集めた162種3000本の羽を材料として描いた細密画集。帯には”一枚の羽根から鳥がわかる”と書いてあるが、実際にはほとんどわからないだろうと思う。鳥の羽根に興味のある人は持っていたらいいと思うけれど、あまり過剰な期待はしない方がいい。

 鳥のあらゆる羽根を描くことは無理にしても、風切羽や尾羽などといったおもだった羽根については一揃い絵があればもっとよかった。また各種に”初列風切羽:長136mm、幅19mm”という具合に数値が入っているが、同じ個体の初列風切羽でも長さや幅は一枚一枚かなり違うので、一枚一枚について数値があればよかったと思う。


●「日本の哺乳類」阿部永ほか著、東海大学出版会、3800円、ISBN4-486-01290-9
19970817 ★★★

 日本の哺乳類のうち、クジラ目と人間を除き、移入種や絶滅種も含めた122種が写真と分布地図、解説文で紹介されています。解説文では、分布、形態、生態が紹介されており、形態の項に計測値が載っているので便利です。巻末には同定の難しいモグラ目、コウモリ目、ネズミ科の検索表があります。この検索表には、言葉では今一つわかりにくい点についてはきちんと図が付けられているし、ネズミ科では同定の参考になる計測値のグラフまで付いています。哺乳類にあまり詳しくない人でも、標本があればおおむね同定できるようになっていて、博物館で哺乳類を担当させられている私にとっては頼りになる1冊です。


●「小動物の剥製の作り方」本田晋著、ニューサイエンス社、700円?、ISBN?
19970817 ★

 シマリスの剥製を作っているところの写真を見せながら、哺乳類の剥製の作り方を紹介しています。これまた哺乳類の剥製の作り方を紹介した本はいくつかありますが、現在も売っていて、一番安いのがこの本だと思います。

 哺乳類は、むいた後に皮を洗って汚れを落とせるので、むく時に皮を汚さないように気を使う必要がありませんし、鳥よりも皮が丈夫なので、皮むきは鳥よりもはるかに簡単です。初めての人でも、この本を見ていきなり剥製を作る、というか皮をむくことはできると思います。


●「小鳥の剥製の作り方」本田晋著、ニューサイエンス社、500円?、ISBN?
19970809 ★

 タイトルの通り、ブンチョウの剥製を作っているところの写真を見せながら、鳥の剥製の作り方を紹介しています。鳥の剥製の作り方を紹介した本はいくつかありますが、現在も売っていて、一番安いのがこの本だと思います。

 初めての人が、この本を見ていきなり剥製を作ろうとすると、意外と初歩的な部分の説明がないので難しいかもしれません。どうやって羽を汚さないでむいていくのか、翼や足を切断する場所をどうやって見つけるのか、などといったことは一度上手な人が剥製を作っているところを見て覚えた方がいいでしょう。


●「足場の生態学」西平守孝著、平凡社、2400円、ISBN4-582-50038-2
19961013 ★★

 以前から西平氏は、棲み込みという現象に注目して、あちこちで話していた。棲み込み連鎖という考え方も以前から言っていたように思うが、ちょっと自信がない。しかし棲み込みを”提供”と”創出”、”条件付け”の3つに整理したのは、この本が最初ではないかと思う。

 棲み込みという現象や、棲み込み連鎖という考え方は、食う食われるの関係を中心にする傾向が強い多くの群集生態学に対して、生活場所を通じた生物間の相互作用を重視するという意味で、とても魅力のある物だと思っていた。実際、例としてあがってくるのはほとんど海の研究例だったと思う。この本で、棲み込みをタイプ分けして、”提供”と”創出”の他に”条件付け”までも視野に入れたことで、棲み込みという概念の適用範囲が、飛躍的に広がり、植生の遷移までも含んだものになったと思う。生物間の相互作用に興味のある人は、ぜひ読んでみてほしい。