自然史関係の本の紹介(1998年上半期分)
【★★★:絶対にお勧め、★★:けっこうお勧め、★:読んでみてもいい、☆:勧めません】
●「哺乳類の生物学4 社会」三浦慎悟、1998年、東京大学出版会、2600円、ISBN4-13-064234-0
19980620 ★
具体的な研究例もでてくるが、特定の分類群に偏らず、哺乳類の社会全体を見渡して、要領よくまとめてあると思う。でも哺乳類以外の生物群を含めた議論が必要な部分は、あまり突っ込むことは出来ていないような(雄による子の世話の問題とか)。各パートの最初の部分で、言葉の定義などをきちんと示してから、進めていくという書き方はとてもわかりやすかった。教科書らしい教科書と言った感じ。
●「哺乳類の生物学5 生態」高槻成紀、1998年、東京大学出版会、2600円、ISBN4-13-064235-9
19980606 ★
大学生向けくらいの生態学の簡単な教科書の、研究例をすべて哺乳類のものに置き換えたような本。哺乳類だけで、生態学のおおむねすべてをカバーできるんだなあと感心した。そんなに違和感はない。でも著者もあとがきで述べているように、選ばれている研究例は著者の専門の草食獣に偏ってると思う。
”他個体や他種との関係は行動学,群集生態学の範疇であり,生息地研究はやはり生活空間にかかわる問題に限定すべきであろう”だとか、”2種の関係を扱うのが種間関係の研究で,3種以上を対象としていれば群集研究だとはいえない”とか。著者は、けっこうこだわりのある人のようです。社会生物学とか、行動生態学とは書かずに、ソシオバイオロジーと書いてあるのもこだわりかな?
●「生物はなぜ進化するのか」ジョージ・ウィリウムズ、1998年、草思社、1800円、ISBN4-7942-0809-X
19980409 ★★
遺伝的な生物の進化について、とてもやさしく説明してくれている。話の持って行き方や例えの使い方がうまいなあと思った。進化についてよくある誤解をきちんと説明しているので、入門書として最適だと思う。最終章の「哲学的意味あい」は、神や道徳や倫理についてかなり大胆なことを書いている(もちろん世間一般ではという意味で、書いてあることは充分同意できると思うが)。日本ではともかく、欧米では物議を醸さないのだろうか?
●「ヤマセミの暮らし」神保賢一路、1997年、文一総合出版、1600円、ISBN4-8299-2121-8
19980404 ★
神奈川県でヤマセミを長年観察してきた著者が、ヤマセミの行動、繁殖、保護飼育などについて紹介している。長年ヤマセミに関わっているだけあって、他では知ることの出来ないヤマセミのいろんな情報が盛り込まれている。ヤマセミについて何か調べたいときには、とても役に立つ本だろう。構成や文章がかなり冗長なので、どこに目当ての情報が載っているかを見つけるのは大変だろうが・・・。
●「生命をめぐる冒険」佐倉統、1998年、河出書房新社、1600円、ISBN4-309-25095-5
19980402 ★
副題に「進化・ミーム・コンピュータ」とあるが、いったい何について書いてあるのかわかりにくい本。全体を通じてのキーワードは”人工生命”。”人工生命”について考えることで、人類の進化について考えようとした、ってところかな。
生物学関連の部分で著者が述べていることにそれほど新しい内容はないように思う。まあ、それをあえて書くってところが偉いんだけどね(文体はこんな感じ)。第1章の「寄生獣」、第2章の「2001年宇宙の旅」、第4章の「フランケンシュタイン」「宇宙創世記ロボットの旅」「ディファレンス・エンジン」など、多くのSFが出てきて楽しかった。SFの評論として読んでしまった気がする。
●「沖縄の帰化動物」嵩原建二・当山昌直・小浜継雄・幸地良仁・知念盛俊・比嘉ヨシ子、1998年、沖縄出版、3000円、ISBN4-900668-68-0
19980331 ★
哺乳類や鳥類からヤスデや線虫まで、沖縄県に人間の手によって持ち込まれた62種(沖縄以外の国内からの移入も含む、大見出しの付いている種のみ)と、沖縄県内の島から島へ移された6種が紹介されている。
それぞれの種について”主な分布地”、”移入年代と経路”、”移入後の生息状況”、”在来動物等への影響”が解説されており、沖縄の現状がよくわかる。分布図も示されているのだが、なぜかとても汚い。
●「生物学を学ぶ人のための統計のはなし〜きみにも出せる有意差〜」粕谷英一、1998年、文一総合出版、2400円、ISBN4-8299-2123-4
19980328 ★★
架空の研究室の教官と院生の会話形式で、さまざまな検定法を、その考え方や間違えやすいポイントを中心に解説されている。”天下り的”な記述を避けて、理屈をきちんと説明しようとしている点がとてもよかった。
登場する浦井君みたいな間抜けな院生がほんとにいるのかは疑問。でも統計検定に関して多くの生態学や行動学研究者がどのような勘違いをしている、と著者が考えているのかがよくわかる。恥ずかしい話だが、線形化による直線回帰の問題点とか、安易な多重比較におけるfamily-wiseな危険率の問題点は知らなかった。勉強になるなあ。
●「進化論の挑戦」佐倉統、1997年、角川選書、1500円、ISBN4-04-703288-3
19980117 ★
まえがきにあるとおり”進化論という観点から見ると、人文・社会系の諸分野はどのように定位し直すことができるのか”について書かれている本です。扱われる人文・社会系の諸分野というのは、倫理学(進化倫理学)、フェミニズム、認識論、心理学、環境保護。いずれも基本的には、人の心の枠組みや社会構造は進化の歴史の産物であり、適応という観点から理解することができるという感じです。やけに遺伝的な進化が大きく扱われていて、文化的なミームの進化の扱いが少ない(認識論の所で出てくるだけ)のが少し意外でした。
気に入ったのは、遺伝子の進化の中で遺伝的なただ乗り者(フリーライダー)であるウイルスが登場し、コンピュータープログラムの進化の中でフリーライダーであるコンピューターウイルスが登場したのだから、ミームの進化の中で文化的なフリーライダーである”心のウイルス”が生まれるはずだと言う議論。ドーキンスが”神”は心のウイルスだと主張しているっていうのは、どの本のことやろう? ”幸福の手紙”が心のウイルスに相当するというのもおもしろい。
けっこう読んでいておもしろいのだが、全体につっこみが浅く、それでいてあまり広くもない感じ(たとえば経済学や法学、政治学はあんまりでてこない)。人間を進化論という観点から見るときは、遺伝的な進化とミームによる文化的な進化のバランスについて議論すべきだと思うのだが、それがないのも不満。
●「さよならダーウィニズム」池田清彦、1997年、講談社選書メチエ、1553円、ISBN4-06-258120-5
19980113 ★
著者は構造主義生物学の旗を掲げて、何冊も本を書いている。進化論に関する本もいくつかあり、その時はもちろん構造主義進化論を主張する。この本は、構造主義進化論の何冊めかの本だが、とくに新しい主張が加わったとは思えない。ダーウィニズムに対する批判はおもしろいのだが、じゃあ構造主義進化論(および構造主義生物学)が新たな何を提案しているのかは、はっきりしない。こだわりのある主張はともかくとして、構造主義生物学は具体的な「研究プログラム」になりうるのだろうか?
一番印象に残ったのは、今西進化論とネオダーウィニズムの類似点。今西は種を実在とみなし、さしあたって不変で普遍であるため、それが変わるときは突然変わらなければならないとする。つまり「種は変わるべきときが来たら突然変わる」という主張をしている。一方ネオダーウィニズムでも、遺伝子(DNA)を実在とみなし、変わるときは突然変わる(つまり突然変異)と考えている、というくだりです。ネオダーウィニズムは、遺伝子の突然変異に、自然選択が働くことによって、種が進化すると考える。今西は、種の突然変異に、すみわけ(か何かのプロセス)が働くことによって、種社会(か何かの種がその構成要素となっているもの)が進化すると考えた(はっきりとは憶えてないがそういうことにしておきます)。こう考えると、両者は考えようとするレベルは違うが、考え方はとてもよく似ています。
●「マダガスカル鳥類フィールドガイド」山岸哲(編著)、1997年、海遊舎、2400円、ISBN4-905930-81-2
19980112 ★
マダガスカルにいる鳥全257種のうち、比較的普通に見られるものを中心に100種を写真で紹介している図鑑。これを野外に持っていって(もちろんマダガスカルで)、鳥の識別ができるのかどうかは少し疑問。
写真の中にはあまりいい出来でないものもけっこう含まれているが、あんまり他の本に出てこない鳥の写真が多いので、見ていると楽しいことは楽しい。