自然史関係の本の紹介(2012年分)

【★★★:絶対にお勧め、★★:けっこうお勧め、★:読んでみてもいい、☆:勧めません】

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●「食を考える」佐藤洋一郎著、福音館書店、2012年9月、ISBN978-4-8340-2740-2、1200円+税
2012/12/21 ★★

 植物遺伝学の研究者である著者が、食についてのエッセイをまとめた一冊。20年にわたって書きためたものだというが、出版際して大幅に手を入れたとあるだけあって、新しい話題を盛り込み古い感じはしない。日本だけでなく、海外での経験も豊富な著者の食についての見識をうかがえる。
 あとがきにこうある。「これまで、食に関する本といえば、一方では何を食べればよい(中略)といったいわゆるノウハウものか、または(中略)調理法の本ばかりが目立った」。これに対して、著者は食を環境ととらえて食をトータルに扱おうとしたのだという。確かに、食から環境を考えるという視点がつらぬかれたエッセイが並ぶ。さらに東日本大震災そして電力問題、食の安全保障。多くのエッセイの背景にはこうした問題意識が見えかくれする。
 30のエッセイは、「食の環境負荷」「今どきの食」「ハイテクと食」「生物多様性と食」と4つにまとめられている。似たようなメッセージが含まれているエッセイも多いので、順番に通しで読むと少し飽きてくる。適当にページをめくって、気になったところから読めばいいだろう。

●「こまゆばち」澤口たまみ文・舘野鴻絵、福音館書店かがくのとも2012年10月号、390円+税
2012/12/15 ★

 ブランコサムライコマユバチの生活史が、淡々と綴られる。メスがマイマイガの幼虫に産卵。マイマイガの中で幼虫が成長し、やがて出てきて白い繭になる。コマユバチの成虫が羽化し、交尾して、飛び立って行く。そしてマイマイガの幼虫を見つけて再び産卵。とにかく淡々と綴られる。淡々としてるのもいいけど、もう少し楽しませる工夫があってもよかったかも。
 気に入らない点と言えば、なぜかカッコウが、マイマイガの幼虫を食べるシーンが4ページも挿入される。でも、コマユバチとの関わりは見えない。そして、なぜかカッコウと書かれていない!

●「ぼくたちの骨」樫崎茜著、講談社、2012年9月、ISBN978-4-06-217861-7、1400円+税
2012/12/13 ☆

 先に宣言しておくと、ここで評価が低めに見えるのは、自然科学本としての評価だから。これは物語なので、物語としての評価はまた別の話。事実を取材して、とても忠実に盛り込んでいるが、まあ自然科学本としての評価は厳しい。

 足に故障をかかえて陸上部を休部中の女子中学生が、ふとしたことで新聞部を掛け持ちすることになる。新聞部の取材で出かけた動物園で出会ったチーターの剥製。その修復から博物館とも関わり、生と死、博物館の役割について考えはじめる。
 といったストーリー。いのちについて考えはじめる成長の物語。でもまあ、とても入口な部分で終わってる。

 自然史とあんまり関わりないようでいて、なぜか身近な要素が登場する。リアルを取材して、それをけっこう忠実に盛り込んでるから。剥製を修復するのは、相川ミノルならぬ、水谷衛。ホネホネサミットは、ボーン・フェスティバル。ゲッチョの『骨の学校』は、『ぼくたちと骨』。というわけで、リアルを知ってる人は、少し楽しめる。

●「アリの巣をめぐる冒険 未知の調査地は足元に」丸山宗利著、東海大学出版会、2012年9月、ISBN978-4-486-01847-6、2000円+税
2012/12/13 ★★★

 科学者の目的は、(お金や名誉なんてのは除いてしまうと)何か新しいことを見つける、に他ならない。そういう意味では、発見生物学は科学の原点とも言える。新しいものを次々と見つけるなんて、聞くだけでもワクワクする。そして、それが我々のすぐ身の回り、すぐ足下にあると聞けば、とても驚く。ワクワク感もビックリ感も十二分。アリと暮らすさまざまな動物が、次々と見つかる様がつづられる。
 好蟻性昆虫という一群がいるのは知ってたつもりだが、その中で一番と言っていいくらい繁栄しているのがハネカクシ類とは知らなかった。また、知って無ければアリと見まごうばかりハネカクシが次々と登場する。またアリの巣でのハネカクシの行動が多様で面白い。ハネカクシ以外にも、アリクイエンマムシ、ノミバエ、アリスアブ、ヒゲブトオサムシなどなど。多様な分類群がアリと暮らしているのみならず、それに次々と手を出して一定の成果を出している著者の守備範囲の広さには驚かされる。さらには海浜性ハネカクシ、ツノゼミ、マンマルコガネ。どんだけ手を広げるねん! そういえば、著者のことを最初にしったのは潮間帯のハネカクシの研究者としてだったっけ…。
 多才で気鋭の分類学者の楽しい研究ライフを、追体験できる楽しい一冊。もちろん著者自身は辛いこともいっぱいあったろうけど、端から見ると楽しそう〜。と思ってしまう。大きくなったら著者のような分類学者になろう。と思ってしまった。
 ちなみに個人的に一番感動したのは210ページ。「私には夢がある。それは、30年前のように、多くの若い愛好家に記載分類をおこなう環境を整え、在野の分類学者を育てることである。」 大学(大学博物館だけど)の研究者でこうした意識を持っている人はあまり多くないんじゃないかと思う。そして、いわば同志として、著者の今後の活躍に期待したい。

●「ナメクジの言い分」足立則夫著、岩波科学ライブラリー、2012年10月、ISBN978-4-00-029598-7、1200円+税
2012/12/4 ☆

 著者はナメコロジ−研究会の創設者。といっても一人でやってるだけらしい。自然科学が本職ではなく、でも大学の講議でナメクジを取り上げたりする元ジャーナリスト。趣味の延長で関わってきたナメクジについて記した本。
 ナメクジ研究者ではないので、基本は自分が読んだ本や経験に基づく感想がつづられる。研究者の業績をきちんと勉強したわけでも、論文を引用してナメクジの実情に迫るわけでも無い。ただナメクジについて著者が疑問に思ったことについて、少し引用して紹介される。唯一の面白いのは、日本各地、さらには海外の友人・知人からの情報に基づいて作られたナメクジの分布図。日本にこんなにたくさんの種類のナメクジがいたとは知らなかった。分布図だけは面白かった。

●「巨大津波は生態系をどう変えたか 生きものたちの東日本大震災」永幡嘉之著、講談社ブルーバックス、2012年4月、ISBN978-4-06-257767-0、1000円+税
2012/10/25 ★★

 もともと東北を中心に活動していた動物写真家の著者は、東日本大震災のほとんど直後から、福島県から青森県にいたる地域に入り、津波が自然をどのように変えたかを記録に残そうとした。2011年の春から夏の状況を写真を中心に報告。
 まずは、津波直後の砂浜、ため池、松林の地形の変化を紹介。そして、4月から初夏までのため池、水田、湿地などの生きものの様子を紹介。さらに林や宅地などの異観を紹介。それから少し時間が経った夏の湿地や砂浜の様子を紹介。トンボを中心にした昆虫類や、海浜植物や水草などの植物がおもに取り上げられる。一部、ニホンアカガエルやメダカも出てくるが、脊椎動物にはあまり触れられない。微少環境の影響がよく受ける生物群に注目している感じ。
 東北の大平洋岸は大昔からくり返し大津波の影響を受けてきた。しかし、過去の津波と今回の津波は生態系への影響が異なる。多くの湿地が存在していた時代であれば、多くの場所が津波をかぶっても残った他の生息地から進出してきた生物で、湿地は元の状態に戻れるだろう。しかし、細分化されたわずかな湿地しか残っていない状況において、そのわずかに残った湿地が津波をかぶったら、そこに生息していた生物は絶滅するしかない。といった指摘がくり返される。なるほどその通り。果たして津波をかぶった海岸線沿いの生態系は復活できるのだろうか? 著者はまた、すでにどんどん進められている復旧事業によって、ダメージを受けた生態系がさらに破壊されることを懸念している。生態系を含めた真の復興が行われることを望みたい。
 この本はあくまでも速報に過ぎない。急いで作ったのか、全体的に未整理な感も否めない。でも臨場感あふれる貴重な情報が多い。さらに継続して記録して、生物多様性の復興につながる形でさらなる報告が行われるのを期待しよう。

●「進化論の何が問題か ドーキンスとグールドの論争」垂水雄二著、八坂書房、2012年5月、ISBN978-4-89694-995-7、1900円+税
2012/10/25 ★★

 一般的には、ドーキンスとグールドは対立してる事になってるらしい。ドーキンスとグールドの著作をちゃんと読めば、二人はまったくと言っていいほど対立していないことはすぐに分かる。宗教観はかなり異なる二人のようだが、科学者としては進化について相容れない主張は実質的にみられない。両者の違いは、単なる視点の違い、強調する場所の違い、タイムスケールの違い。二人を対立してると思い込んでる人にはよく出会えるが、ろくに本を読んでいないか、読んでも理解できていないんだなぁ、と思ってきた。
 著者は、ドーキンスの著作の多くを翻訳してきた編集者兼翻訳家。研究者として飯を喰ったことはないはずだが、理系大学院でその筋の研究室卒。なにより年期が入ってる。下手な研究者よりもよほど進化には詳しいし、下手なサイエンスライターよりもよほどサイエンスな文章はうまい。そんな著者がドーキンスとグールドを、その生い立ちから進化に対する立場、政治的な思想まで。科学的主張から宗教観まで。両者を比較しながら紹介した一冊。当然ながら、二人の主張に本質的な違いがないことを明らかにしてくれる。ドーキンスとグールドについて勘違いしている人にはお勧めの一冊。でも、分かってる人には当たり前の事が書かれているとも言える。
 てっきりグールドの方が年上だと思ってたのだけど、ドーキンスの方が年上だったらしい。でも、グールドが先に亡くなってしまった。”狙いをはずした撃ち合い”で進化についての議論を進めていた二人だったのに、ドーキンスは相棒を失ってしまった。11章の最後の文章がなぜか頭に残る。「ドーキンスはキャッチボールの相手を失ってしまったのだ」

●「建築する動物たち」マイク・ハンセル著、青土社、2009年8月、ISBN978-4-7917-6485-3、2400円+税
2012/8/24 ★★

 著者は鳥の巣の本も書いてる人で、てっきり鳥屋だと思っていたら、鳥の巣も含めて動物の建造物全般に興味のある幅の広い人だった。鳥の巣、虫の巣、ビーバーのダムなどなど、さまざまな動物の建造物が紹介される。のみならず、生態系や進化にまで話は及ぶ。
 第1章「つくり手たち」では、どのような分類群に建造物をつくるものがいるかを紹介。圧倒的に節足動物と脊椎動物。脊椎動物では鳥類と哺乳類が際だつ。第2章「つくり手は世界を変える」は刺激的。建造物の存在が地形や環境を変えるという話に加えて、建造物がつくる新たな環境が、つくり手を含めた者達への選択圧をも変えるという指摘。第3章「つくり手に脳はいらない」と第4章「ここの責任者は誰だ?」では、それぞれつくり手は考えなくても、そして責任者がいなくても、見事を構造物をつくりあげる事を解説。第5章「一つの巣から別の巣へ」は、鳥の巣を中心に建造物の進化の話題。第6章「罠づくりに通じる二つの道」は少し趣が変わる。動物の建造物といえば、巣などすみかを指すことが多い。が、動物がつくる物としては、もう一つ罠がある。というわけで、罠と建造物では何が違うかが議論される。面白い事に、罠は多数の無脊椎動物と人間がつくるという不思議な分布をする。第7章「道具使いのマジック」は、罠の話題に続いて、建造物とは少し違った話題で、道具について。道具を使う動物が少ない理由として、著者は「道具はそれほど有用ではない」という仮説を提示する。最後の第8章「「美しい」あずまや?」は、アズマヤドリがつくる東屋の紹介なのだが、そこで議論されるのは動物の美的感覚、あるいは美的感覚の進化。美とは芸術とは、性選択の結果生まれてきたのではないかとほのめかされる。
 たくさんの実例とともに、さまざまなアイデアが提示される刺激的で面白い。動物の建造物つながりで、こんなに話がふくらむんだなぁ、って感じ。

●「ウナギ 大回遊の謎」塚本勝巳著、PHPサイエンスワールド新書、2012年6月、ISBN978-4-569-79670-3、900円+税
2012/8/13 ★

 タイトルから言って、よく新聞をにぎわすウナギの産卵場所探しの話かぁ、と思うだろう。確かに後半はそうなのだけど、全体的には著者の研究史を紹介した本でもあり、第1章ではウナギを調べ始めるまでの研究が紹介される。ここが意外と面白い。アユの集合性などを調べた後、耳石標識法で様々な魚種の放流事業の効果を調べる研究をしたらしい。こうした水産学的な研究には、日頃接する機会がないので、とても新鮮。
 「人間が行う様々な放流事業は、現時点では天然の再生産力には遠く及ばず、天然の再生産を高める努力をするのが最も効果的とわかった」
 という記述が印象的。
 その後の本論のウナギの産卵場所探しが始まる。断片的にマスコミなどで話を耳にはしてきたが、まとまって読むと、なかなかドラマチックで発見探索物語として素直に面白い。また世界のウナギの産卵場所探し事情。河川にあがらないウナギの発見。サイドストーリーも興味深い。

●「左対右 きき手大研究」八田武志著、化学同人、2008年7月、ISBN978-4-7598-1318-0、1700円+税
2012/7/8 ★

 運動能力や音楽などの才能、寿命、記憶力などに、利き手がどう影響しているか。テレビや雑誌にはよく載ってる話題だけど、たいていはとてもいい加減な感じ。それを真面目に研究した例を紹介しつつ、どこまで信頼出来るのかを考えさせてくれる一冊。
 第1章から第3章は、スポーツや音楽の才能と利き手の関係、寿命と利き手の関係、記憶や文化と利き手の関係が紹介される。第4章は利き手の決め方、第5章では利き手成立のメカニズムが紹介される。利き手決定メカニズムが分かっていないのが意外。第6章は利き手と脳の働き、第7章は成長の中でいつ利き手が決まるか、第8章は左利きの矯正の是非。最後の第9章は、動物の利き手の話。
 利き手がらみの蘊蓄にあふれた本。利き手の話は自分にも当てはめてみたりできるから楽しい。でも、センセーショナルに扱われがちなので、真面目な研究は難しそう。というか、真面目な研究といい加減な研究の区別が大変。

●「飼い喰い 三匹の豚とわたし」内澤旬子著、岩波書店、2012年2月、ISBN978-4-00-025836-4、1900円+税
2012/7/1 ★★

 「世界屠畜紀行」で世界の家畜の屠殺現場を、殺して食べる現場をレポートした著者が、今度は自分で育てて食べるまでをレポート。3匹の子豚を入手して育てて食べる。簡単そうだけど、言うは易く行うは難し。子豚の入手、飼育できる場所の確保、飼育場の手入れ、そして豚の世話。しろうとが豚を飼うのはこんなに大変なのか〜、と感心させられる。初めの2/3は、飼育の苦労話と言っても過言では無い。その合間に、現在日本での養豚場・養豚業の実際が紹介される。
 そして最後の1/3は、育て上げた豚を殺して食べる話。ここまでの苦労話の中で、著者の豚への愛情は充分伝わってくる。それでも最初の構想通り、屠殺して食べるんだろうか? 屠殺しても食べれるんだろうか? このまま1匹だけでも飼い続けようかと迷う著者。自分に当てはめて考えると、ドキドキする。
 食肉用の動物を育てるって事は、プロアマに関わらず、こうしたもんなんだな。実際のところはたぶん分かって無いんだろうけど、少し考えることができるようにはなる。肉を食べる時は、こうした事を覚えておきたいと思わせてくれる。

●「コテングコウモリを紹介します」 中島宏章著、 福音館書店「たくさんのふしぎ」2012年3月号、2012年3月、667円+税
2012/6/28 ★★

 「BATTRIP ぼくはコウモリ」の著者が作った写真絵本。内容はかなりかさなるが、写真とその説明という分かりやすい構成の分だけ、こちらの方が出来がいい。ウサギコウモリなど北海道のコウモリ類を簡単に紹介した後、半ばからコテングコウモリとの出会いと、その後の発見が紹介される。
 数年前まで、コテングコウモリは何かの拍子に偶然見つかるだけの珍しいコウモリだった。しかし、近年、枯れ葉の中や、雪の中で眠ることが知られるようになり、発見例が増加。その発見にはこの著者の貢献は大きかったはず。コウモリ初心者だった著者が、試行錯誤の末、枯れ葉の中で眠るコテングコウモリを次々と見つけ、雪の中で眠るコテングコウモリまで見つける。これがクライマックス。
 次は木の高い場所で眠るコテングコウモリの発見を目指すらしい。次々とくり出される挑戦が楽しい。

●「ハキリアリ 農業を営む奇跡の生物」バート・ヘルドブラー&エドワード・O・ウィルソン著、飛鳥新社、2012年4月、ISBN978-4-86410-160-8、1800円+税
2012/6/27 ★★★

 ヘルドブラーとウィルソンと言えば、世界のアリ研究者のツートップ。その二人が最新のアリ研究の成果を交えて、ハキリアリの不思議な生活を紹介した一冊。
 きれいな装丁にひかれてページをめくると、目に入るのはアリの写真だらけ。虫嫌いには厳しいかもしれない。正直、同じようなアリの写真ばっかり、と最初は思った。でも、本文を読み進めながら見ると、その写真の意味が分かってきて、とても興味深いことに気付く。
 ハキリアリと言えば、葉っぱを収穫してきて、キノコを栽培する。としか知らなかったが、それだけではないハキリアリの興味深い生態が次々と紹介される。巨大な兵隊アリから、大小様々な働きアリに、女王アリが、さらに年齢でも分業して、高度に組織化された社会。切り取ってきた葉っぱでアリが育てる菌類、そこに侵入する寄生菌、侵入した寄生菌を退治する放線菌。近頃は、その放線菌につく黒色酵母が見つかり、菌園に窒素固定細菌が見つかる。どこまで続く?というくらい巣の中ではさまざまな種間関係が展開している。数百mも伸び、常に綺麗に保たれるアリ道。100m四方に広がる巨大な巣。
 アリマニアが書いてるので、ちょっと細か過ぎる話もあるが、それも含めて、生き物の複雑な世界を堪能することができる。ハキリアリがこれだけ奥深いとは知らなかった。

●「共生細菌の世界 したたがで巧みな宿主操作」成田聡子著、東海大学出版会、2011年6月、ISBN978-4-486-01844-5、2000円+税
2012/6/10 ★

 フィールドの生物学シリーズは、これまではすべて、熱帯から亜熱帯のフィールドに出かけての調査シーンが入る。むしろ、その時のエピソードが中心に語られる事が多い。でも、これは熱帯にはいかない。主に室内で話は続く。そういう意味で毛色が違う。フィールドでのこぼれ話がない。だから書くのに苦労したんだろうなと思う。
 とは思うけど、研究室での院生の暮らしをもっと面白く紹介することもできたはず。研究の紹介ばかりに力点が置かれて、研究者の暮らしがあまり見えないのは、著者の力量かと。帯にある「やる気のない学生が研究者に」というのが、本文中でも何度も出てくる。かなり飽きる。
 研究内容は、昆虫(キチョウとキタキチョウ)の体内共生細菌ボルバキアの関係を調べたもの。共生細菌が宿主を性転換させたりしたい放題。我々も細菌に操られてるのかなぁ、と思わせられる。

●「形態の生命誌 なぜ生物にカタチがあるのか」長沼毅著、新潮新書、2011年7月、ISBN978-4-10-603683-5、1200円+税
2012/5/23 ★

 イントロによると、これまで生き物のカタチに興味がなかった生物学者が、”カタチ”の本質と価値を見つけようとした奮戦記。メタバイオロジーの観点で生物のカタチを鑑賞し、あれこれ考えを巡らした一冊らしい。
 体制、細胞、口、植物のカタチについて進化の過程から考えてみたと思ったら、黄金比の話がはじまる。簡単なルールで複雑なカタチができあがる例として、L-システム、チューリング・パターンの紹介には力が入る。そして散逸構造の話。と思ったら、カメの甲羅、昆虫の翅の話。
 全12回の連載をまとめたものなので、話題はけっこうバラバラ。読み通す本というより、面白そうなところを拾い読みしたらいい本だろう。

●「テングザル 河と生きるサル」松田一希著、東海大学出版会、2012年2月、ISBN978-4-486-01846-9、2000円+税
2012/5/19 ★

 フィールドの生物学シリーズ第7弾は、原点回帰。何にも分かっていない若者が単身、東南アジアのフィールドに飛び込んで、フィールドを開拓し、研究を進めて、一定の成果を得るという物語。
 舞台はボルネオ、ターゲットはテングザル。フィールドにたどりついて、現地のスタッフを雇って、個体識別して、テングザルを追いかけ回し、テングザルが食べていたものを同定する。
 サルでも葉っぱ喰いは反芻するらしいというのも知らなかったが。葉っぱ喰いのサル(哺乳類)と果実食いのサル(哺乳類)では生理的にとても違うという話が一番面白い。葉っぱ食いには熟した果実はかえって毒だったとは。

●「右利きのヘビ仮説 追うヘビ、逃げるカタツムリの右と左の共進化」細将貴著、東海大学出版会、2012年2月、ISBN978-4-486-01845-2、2000円+税
2012/5/12 ★★

 カタツムリを食べるヘビと、カタツムリの研究を志した変人が、数々の謎を解き明かし、めでたく研究者になる。というストーリー。最初に注意しておくが、これを読んで研究者を志すのはお薦めできない。このやり方は極めて無謀。うまくいったから研究者になれたが、挫折する可能性も高かった。
 カタツムリばかり食べて暮らすイワサキセダカヘビというヘビは顎が左右非対称。それはどうやら右利きだからで、右巻きのカタツムリは上手に食べれるが、左巻きはうまく食べれない。じゃあこのヘビの存在が、左巻きのカタツムリの進化をうながした? といった流れで、次々と謎が解き明かされていく。謎の提示と謎の解明の繰り返しで続くストーリーは楽しく読みやすい。
 それにしても、学部生の時に思いついたアイデアで、博士論文を書き上げたのはすごい。運もあるだろうが、著者の研究者としてのセンスの高さをうかがわせる。

●「働かないアリに意義がある 社会性昆虫の最新知見に学ぶ、集団と個の快適な関係」長谷川英祐著、メディアファクトリー新書、2010年12月、ISBN978-4-8401-3661-7、740円+税
2012/4/26 ★★

 ビジネス書ばかり出ている新書。マスコミが喰い付きそうなタイトルと、帯の扇情的なコピー。いいかげんな本かと思ったら、案に相違してとてもまっとうな、アリの社会、真社会性への入門書。
 第1章は、アリの社会の労働分業の話。タイトルにある働かないアリの話など、多くの人が持ってるアリの社会についての常識の間違いが紹介される。第2章は、どういうメカニズムで働かないアリが生まれ、それがどのような意義があるかを解説。つまり反応閾値モデルの紹介。第3章は利他行動についての解説。血縁選択に群選択。第4章では、一転してフリーライダーの紹介。群選択のウェイトが大きく。第5章は、群れと個のかかわりについて。クローンだけからなる社会や、細胞社会とみなせる多細胞生物の細胞間の関係などにも言及。
 なつかしの3/4仮説から、真社会性昆虫の社会の研究を振り返りつつ、最新のアリの社会研究の成果までを紹介してくれる。数式やグラフを使わず(ただしハミルトン則にだけは式が出てるが)、ややこしい理論を要領よく説明しているのには感心する。一方で、しばらくこの分野のフォローをさぼっていた人には、へ〜、と思わせる研究成果が紹介されている。さらに、まだ明らかになっていないのは何か。と、これからの課題も説明してくれる。
 (ある種の?)粘菌が真社会性に含められていること。アミメアリのチーター系統の存在。オスとメスが一切遺伝的に混じりあわず、別の2種が共同して繁殖しているとしか思えないコカミアリとウメマツアリ。真社会性の研究はとっくに終わったような気がしたものだけど、新たな展開をしつつ今なお面白い。そして、その中で不思議な社会が次々と見つかっているのが面白い。
 とはいうものの、こんな風に楽しめるのはある程度の予備知識がある人だけかもしれない。第2章までは予備知識がなくても面白いが、血縁度の話が出てくる第3章からとたんに分からなくなる人が増加しそう。ビジネス書シリーズの1冊らしく、そこここに人間社会に置き換えたらといった例えが出てくる。血縁度で引っ掛かった人は、人間社会での例えを拾って読みすすめるしかないかもしれない。

●「見てびっくり野菜の植物学 ゲッチョ先生の野菜コレクション」盛口満著、少年写真新聞社、2012年1月、ISBN978-4-87981-403-6、1800円+税
2012/4/3 ★

 ゲッチョらしい同じような物を一つのページにいっぱい並べて見せてくれる絵本。今回のテーマは野菜。見開き2ページごとにテーマが設定されている。野菜の花や果実の構造なんかを描いたページもあるが、大部分は同じ野菜の色んな品種・仲間を並べてる。ゴーヤ&ヘチマ、トウガラシ、マメ、バナナ、タマネギ〜ネギ、葉っぱ野菜、イモ、キュウリ、キャベツ、トマト、ニンジン、カボチャ、ナス、スイカやウリのタネ、ダイコン、カブ。
 日本各地、世界各地から集まった野菜たちには、見知らぬ顔もいっぱい。見てるととても楽しい。そして食べてみたくなる。まあそれだけど言えばそれだけ。
表紙見返しには、世界地図上にそれぞれの野菜が、それぞれの故郷に並べられている。裏表紙見返しには、野菜伝来年表。これは見てるとけっこう楽しい。チョロギ食べてみたい。

●「猫の体は不思議がいっぱい 楽しい解剖学」佐々木文彦著、学窓社、ISBN978-4-87362-715-1、2011年8月、2000円+税
2012/2/25 ★

 「ぼくとチョビの体のちがい」「続ぼくとチョビの体のちがい」に続く楽しい解剖学第三弾。チョビはイヌで、今回はネコ。あいかわらず、著者自身が描いた微妙なイラストが散りばめられる。
 章立ては、皮膚、目、鼻、耳、筋肉、生殖器。なぜか大部分の内臓や骨格系がない。そこが一番知りたいのに! と少し不満。でも、汗腺、第三眼瞼、瞳孔、縁皮嚢などの説明は興味深い。ただ、全体的にちょっと物足りない。あれ、もう読み終わった、って感じ。2000円はちょっと高い。

●「科学の目 科学のこころ」 長谷川眞理子著、岩波新書、1999年7月、ISBN978-4-00-430623-8、740円+税
2012/2/25 ★

 著明な行動生態学研究者の著者が、雑誌『科学』に1996年から1999年にかけて連載したエッセイをまとめたもの。科学の専門家でない人が、科学とどうつきあうべきか、科学リテラシーはどうあるべきか。というのが、全体のゆるやかなテーマ。
 10年ちょっと前に書かれたエッセイは、いま読むと少し古い。でも、本質的な部分は何も変わらない。出てくる例も知ってるものばかり。述べられている意見も穏当で、普通に支持できるものばかり。いい本だけど、刺激的な本ではないので、読んでいてちょっと退屈だった。
 阪神淡路大震災にふれている部分は、今なら東日本大震災に変わるんだろう。東日本大震災の後、とくに原発事故を受けて、ここに書かれている科学リテラシーの問題はより一層重要になった気がする。いま、再び書いたらどうなるのかな?と思ったりする。

●「ヤモリの指から不思議なテープ」松田素子・江口絵理著・石田秀輝監修・西澤真樹子画、アリス館、2011年12月、ISBN978-4-7520-0551-3、1300円+税
2012/2/24 ★★

 生き物に学んで、真似して、開発した技術をネイチャー・テクノロジーというらしい。ヤモリ、ハス、蚊、ひっつき虫、ハコフグ、フクロウ、カタツムリ、葉っぱ、フナクイムシ、蛾、モルフォチョウ、タコ、ヘビ、イルカ、シロアリ、ハチ。さまざまな生き物から学んだネイチャー・テクノロジーが、たくさんのイラストと共に次々と紹介される。知らない最新情報が盛り沢山。とても勉強になる。
 全体的には、字が多めのマンガみたい。文章とイラスト、全部を見ていこうとすると、情報量いっぱいで、けっこうお腹一杯。文章いらんから、マンガにしたらいいのに。

●「文明を変えた植物たち」酒井伸雄著、NHK出版、2011年8月、ISBN978-4-14-091183-9、1100円+税
2012/2/23 ★

 アメリカ大陸原産で、世界に拡がり世界を変えた植物として、6つを紹介。ジャガイモ、ゴム、チョコレート、トウガラシ、タバコ、トウモロコシ。なんで、トマトはないねん。トマトトマトと思いながら読み進もう。随所にトマトは出てくる。でも、文明へのインパクトはこの6つに負けるかも。食生活だけではなく、新世界発で社会を変えた6つ。その歴史と世界への影響を見渡した一冊。日本への影響や現代社会にまで話は及ぶ。
 著者は明治製菓に勤めていただけあってか、企業の歴史や製品化の歴史も絡めての説明があるのが面白い。とくにゴムとチョコレートが面白かった。

●「風の中のマリア」百田尚樹著、講談社文庫、2011年7月、ISBN978-4-06-276921-1、552円+税
2012/2/22 ★

 オオスズメバチの1匹のワーカーの一生を軸に、オオスズメバチの暮らしぶりを小説として紹介した本。
 主人公をはじめ昆虫たちは人の言葉をしゃべって、人間並みに思考するのだけど、擬人化は最低限に抑えようとしている様子。とはいえ、昆虫がそんなこと考えるのかなぁ、って部分はあるけど、小説にするには仕方ない感じ。里山の林内をアシダカグモが歩いていたり。たぶんハチに詳しければ他にも首をひねる部分はあるんだろうけど、オオスズメバチをはじめとする昆虫の生態はかなり勉強して書いている。
 血縁選択、ハチ類の性決定システムなどは、小説のかなり中核部分を成す。オオスズメバチの生活史も分かる。ニホンミツバチ、セイヨウミツバチ、他のスズメバチ類との関係もわかる。なかなか盛り沢山で勉強になる一冊。同時に、(人の基準からすると)短く制限の多い中で精一杯生き抜く主人公には、なぜかほんのり感情移入。しそうになる場面はあるんだけど、お勉強色が強く、それに引きづられるストーリーのせいで冷める感じ。うまく書けば、感動作品にもできた気がするんだけど、その部分はちょっと中途半端かな。

●「決着!恐竜絶滅論争」後藤和久著、岩波科学ライブラリー、2011年11月、ISBN978-4-00-029586-4、1200円+税
2012/2/20 ★★

 研究者の世界ではおおむね合意が得られている。でも、いまだに一部に違う意見の研究者が少しはいて、旗色が悪いのでマスコミを利用して自説を展開している。定説をひっくり返す話は面白いのでマスコミはそれを取り上げる。民衆は、まだ論争が続いてるんだなぁ、と勘違いする。もはや論争にもなっていないのに。
 なんか進化論でも同じ図式が描けるなぁ。恐竜をはじめとする白亜紀末の大量絶滅は、小惑星チチュルブが地球に衝突したから。ってことで、研究者の世界ではもはやほとんど論争にもならないのだけど、まあ世間では論争が続いているような誤解がある。で、決着させようと2010年に研究者41人連名の論文がサイエンスに掲載された。著者は、その一人。白亜紀末の大量絶滅を説明するのに、小惑星衝突説とその他の説(その他の説は結局すべて火山噴火に説明を求めるようだが)のどちらが多くの現象をきちんと説明できるかを比較してくれる。
 小惑星衝突説の人が書いてるからかもしれないが、これを読めばやっぱり小惑星が衝突したせいと考えるのがまっとうだと思う。地域による絶滅率の違い、淡水生物での絶滅率の低さの理由など、衝突説ならなんとか説明できても、火山噴火説では説明できない現象がある。
 とまあ、白亜紀末の大量絶滅がどんなパターンを示しているか、何を説明できる説が求められているかが、整理されている。何となく恐竜とかがいっぱい絶滅したらしい、としか知らない者にはとても勉強になる。同時に、学会という世界で研究者たちの感情的なやり取りの例としても興味深いかも。研究者はもちろん人間なわけ。

●「モグラ おもしろ生態とかしこい防ぎ方」井上雅央・秋山雅世著、農文協、2010年6月、ISBN978-4-540-09274-9、1200円+税
2012/2/20 ★★

 奈良県の農業試験場で獣害対策に関わっていた二人。一人は今は島根県でやはり獣害対策に取り組み、もう一人は獣害対策グッズを作っている企業に転職。この二人がモグラ対策を現場から書いた本。
 第1章と第2章は井上さんの執筆。第1章では、モグラの被害の実際を紹介。モグラは根っこを齧らない!と強調。第2章ではモグラ撃退グッズを片っ端から試した結果のレポート。どれも効かない。第3章は秋山さん執筆のモグラ飼育日記。あまり知られていないモグラの素顔がいろいろ分かる。第4章は再び井上さん執筆。現実的なモグラ対策を色々と伝授してくれる。
 とざっと説明されるとモグラ被害に悩んでいる人向けの本のように思えるが、自分達の目で観察した、モグラの暮らしぶりが盛り沢山で紹介され、モグラという動物を知るのにお勧めの一冊になっている。井上さんがかいた「おわりに」は、モグラ被害対策を越えて、獣害対策、それどころか農業自体へのコメントとして読める。項目をあげておくと、「獣害は病害虫と同じく、自分で防ぐもの」「田畑を獣から守れる営農システムに変える」「被害とはシステムの欠陥が露呈した状態」「捕獲よりもまず、システムを見直すべき」「腹立ちまぎれも獣害対策から卒業しよう」「さっさと自分で守れる人になってもらう」。鳥害も一緒やね。

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