自然史関係の本の紹介(2013年分)
【★★★:絶対にお勧め、★★:けっこうお勧め、★:読んでみてもいい、☆:勧めません】
●「野生のオランウータンを追いかけて マレーシアに生きる世界最大の樹上生活者」金森朝子著、東海大学出版会、2013年8月、ISBN978-4-486-01991-6、2000円+税
2013/12/12 ★
「フィールドの生物学シリーズ」の王道、若手が熱帯に出かけていて、フィールドを切り開く話。今回は、ボルネオ島北東部、サバ州が舞台。
第1章はきっかけ、第2章はオランウータンの基礎知識で、第3章からボルネオへ向かう。第3章で、調査地さがし、調査地立ち上げ、アシスタント探しに苦労して、ようやく調査を開始する。第4章は閑話休題でオランウータンの個体識別の仕方の紹介。第5章と第6章では、自らのデータに基づいて、オランウータンの生態、とくに食性について語られる。第5章は平常年、そして第6章は一斉開花の時の話。最後の第7章では、オランウータンをとりまく厳しい現状が紹介される。
一番面白いのは、調査地立ち上げの苦労かもしれない。が、このシリーズではよくあるパターンとも言える。なかなか見つからない、そして見つけてもほとんど動かない、よく根気よく調べたなぁという対象。でも、当然ながらとれるデータは、他の動物の同様の調査にくらべると限定的でびっくりするようなものではない。むしろ印象的だったのは、オランウータン研究者の横のつながりだったり。フタバガキ林は意外と果実豊富じゃないってことだったり。顔の違いで、なるほど個体識別できるわ!ってことだったりする。
●「クマが樹に登ると クマからはじまる森のつながり」小池伸介著、東海大学出版会、2013年9月、ISBN978-4-486-01993-0、2000円+税
2013/12/12 ★★
「フィールドの生物学シリーズ」の1冊だが、珍しい事に海外に行かない。フィールド立ち上げの苦労もあまりない感じ。クマの果実食から種子散布と、みずからの研究成果を順に紹介するイメージ。
第1章はイントロ。クマの糞分析をはじめた経過が語られる。第2章はクマの果実食の話。どんな果実をいつ食べたか、そしてヤマザクラを題材にどんな状態の果実を食べたか。第3章以降、話が膨らんで行く。第3章はクマ以外の中型食肉類の果実食、第4章は実験とテレメを使ったクマによる散布距離の推定、第5章はクマ糞に入ったタネの運命、とくに二次散布。
クマの果実食の話だけかと思ったら、種子散布のテーマでどんどん話が拡がって行く。散布後の話までするとは、動物側でこれだけ真面目に種子散布研究に取り組んでいる例は少ないと思う。ただ、すでに種子散布に興味のある人にはいいけれど、単なるクマ好きだと、最後まで読み通せるかあやしい。そう言う意味で、タイトルはウソじゃないけど、少し問題があると思う。
それにしても印象的なのは、著者が写り込んだ画像が多用されていること。どこかの大学博物館の先生のようだ。
●「そして恐竜は鳥になった 最新研究で迫る恐竜進化の謎」小林快次監修・土屋健著、誠文堂新光社、2013年7月、ISBN978-4-416-11365-3、1500円+税
2013/12/12 ★
恐竜研究者監修のもと、恐竜から鳥への進化を紹介した一冊。副題の最新研究というのは偽りなく、2012年の成果まで盛り込まれている。
第1章では、歯の形や胃石に基づく恐竜の食性の話。第2章は恐竜の卵と子育ての話。第3章は羽毛を持った恐竜と羽根の進化の話。第4章は飛行の起源と鳥の由来の話。章ごとにテーマを変えて、恐竜がいかに鳥に通じる性質を持っていたかが紹介される。
個人的には聞いた事のある話ばかりだが、要領良くまとめられていて、分かりやすい。古生物研究者はしばしば現生の動物のことをろくに知らずにいい加減な仮説を立てるが、けっこうきちんと現生動物を知った上で研究してるなぁと感心する一方で、そこかしこに首をひねる大胆仮定も見られる。胃石があれば植物食だ、植物食で胃石がなければ長い消化管が必要!っていうけど、しっかりした胃があればいいだけでは? などなど、現生の鳥に詳しければ、突っ込み所を探して読むと楽しいかも。あくまでも、現時点で一番もっともらしい仮説に過ぎないのに、それが真実のようにかかれている場合がしばしばあって、それも気になる。
●「人間の性はなぜ奇妙に進化したのか」ジャレド・ダイアモンド著、草思社文庫、2013年6月、ISBN978-4-7942-1978-7、700円+税
2013/12/4 ★★
一般にジャレド・ダイアモンドと言えば、「『銃・病原菌・鉄』で有名な!」となるんだろうか。鳥屋としては、むしろ昔から熱帯でハトとかを研究していた人と思っていた。でも本業は医学部教授なんだそうな。多芸なダイアモンドがヒトの性行動を進化生物学的に考察した本。
我々にとっては当たり前でも、哺乳類や鳥類など他の動物とくらべると、ヒトの性行動は変わっている。これがすべての始まり。我々にとって当たり前、でも他の動物ではあまり見られない、どうしてヒトはそのような性質を身に付けたのか。というパターンで、父親が子育てに関わること、母親のみが授乳すること、基本的に一夫一妻で、女はいつ排卵するかのシグナルを出さず、生殖に関わりなく性行動を行うこと、閉経と言う現象があること。次々といろいろなテーマが取り上げられる。多くは、他の進化生物学の本でも取り上げられるテーマだが、授乳や閉経の話は初めてで、興味深かった。
少なくとも日本では、医学部関係の人は、あまり進化を理解していない。でも理解しているつもりでいるから、しばしばトンデモな本を書いてくれる。しかし、珍しいことにダイアモンドはちゃんと進化を理解している。進化の視点で人を語ると、あちこちに問題が生じがちだが、上手に予防線をはって避けている。とても優秀なサイエンスライターだったんだなぁ、と感心した。
●「空飛ぶ漁師カワウとヒトとの上手な付き合い方 被害の真相とその解決策を探る」坪井潤一著、成山堂書店、2013年4月、ISBN978-4-425-85411-0、1800円+税
2013/10/29 ★★
山梨県でカワウ対策に取り組んでいる著者が、カワウの現状と被害状況、その対策について語る。著者はもともと鳥研究者ではなく、釣り好きの魚研究者。いわば漁師側目線があり、研究者目線での語りが、とても説得力がある。
まずはカワウの紹介、大きさ、暮らし、移動。そして、カワウの増加と淡水魚の減少の歴史。第3章からいよいよカワウ被害の話。漁業被害額とその計算根拠の裏話、放流アユへの食害。なわばりを持てない弱いアユが主に食べられているのではないか、だとしたらカワウが食べたのがすべて漁業被害とは言えないという指摘は重要っぽい。第4章が被害対策。ここでも流域での連携がない追い払いは、単なるカワウの押し付けあいにしかならないという重要な指摘。著者は、いろんな指摘を受けつつも思い付いたら実行してみて、その効果を測定するということをくり返しているらしい。マネキンをおいてみる、ビニールのひも張り、コロニーでの繁殖抑制。その結果、あらゆる場所に通用する万能の対策はないという結論はこれまた重みがある。
釣り好きの魚屋の著者のことだから、カワウ憎しというスタンスかと思いきや。著者は意外なほどカワウに優しい。カワウがいるのは河川が豊かな証拠。できれば打ちたくないらしい。放流アユや在来淡水魚が、カワウに食べ尽くされそうになるのは、河川改修によって河川環境が単純化してしまい、魚がカワウから逃げ隠れできなくなったことにある。この指摘が一番重要だろう。カワウがいても問題にならない河川を取り戻す事こそが、一番の解決。古くから漁師をしてる人も同じ事を言ってたなぁ。
●「シロアリ 女王様、その手がありましたか!」松浦健二著、岩波科学ライブラリー、2013年2月、ISBN978-4-00-029602-1、1500円+税
2013/10/22 ★★
シロアリ研究者が、自分の研究を中心にシロアリの生態を紹介した一冊。著者の研究の売りは、野外でやまとしろありの女王や王を大量に採集するところ。それによって、今まで見過ごされていたやまとしろありの謎が次々と解きあかされて行く。
第1章は、著者がシロアリ研究者になりかけの頃の思い出話し。このまま、自身の成長史的に進行していけば、東海大学出版会のフィールドの生物学シリーズ風になるのだが、微妙に違う感じで進行する。岩波科学ライブラリーは、若者への解説を重視するってところだろうか。第2章は、シロアリの一般的説明。第3章からは自身のヤマトシロアリについての研究の紹介。第3章は、結婚飛行後のオス同志、メス同志のタンデムの理由。第4章は、単為生殖による女王分身の術。第5章は、匂いによるワーカーの女王分化抑制、及び産卵数調節。第6章は、ターマイトボール、卵に化けたカビの話。
個々の話は、とても面白く勉強になるけど。全体的なストーリーは弱い。そして、シロアリ最大の謎、真社会性進化の話は、近親交配説には問題点がある、と触れられたのみで、結論が出ないまま放置される。個々のトピックを楽しむ本であり、全体としてはシロアリってまだまだ面白い発見があるんだなぁ、と思う本だろう。
私事になるが、大学院時代、ちょうど近親交配説が一斉を風靡した。本書にも出てくる安部啄哉さんが、熱く語っていたのを思い出す。仕方がないので、元論文を読んだけど、近交係数の計算が面倒だったという事しか覚えていない。
●「凹凸形の殻に隠された謎 腕足動物の化石探訪」椎野勇太著、東海大学出版会、2013年7月、ISBN978-4-486-01849-0、2000円+税
2013/10/20 ★
フィールドの生物学シリーズ第10弾。だからもちろん外国のフィールドに行く。でも、メインは日本のフィールド。宮城県気仙沼市上八瀬。これはちょっと珍しい。そして、このシリーズ初めての化石の話。
化石で進化の研究がしたかった著者は、卒論で露頭をたたきまくって、切りまくって、地層を調べ堆積構造の研究をすることに。修士過程からは、卒論でさんざん眼にした腕足類化石の研究を開始。代謝が低く、わずかな水流によって殻の中に入ってきた海水を利用してのフィルターフィーダー。海底で静かに暮らす腕足動物の暮らしを、機能形態学的アプローチで解きあかして行く。って要約すればいいんだろうか。もっぱら、お椀やプラスチック板で腕足動物な形を作って、水流がどこから入ってどこから出て行くかを流体力学を絡めて考えたって感じ。アナログにモデル実験をしてたと思ったら、今度はデジタルに数値流体解析(CFD)にも取り組む。とまあ、物理は習ってない、数学は苦手、造型もちょっと…。などと言いながら、何でも器用にこなしている。
難しい内容を含んでいるんだろうが、大部分はとても読み易く、さらさら読める。腕足動物の定説を覆すような、論争を決着させるような成果をあげる過程は、とても楽しい。
ただ、第6章は内容も全体での位置付けも分かりにくい。そしてエピローグは蛇足。とくに244-245ページの進化についての記述には首をひねらされる。「多くの生物は、(中略)外部の環境へ適応した形であることが多く、遺伝子の働きだけですべての形づくりを成功させたと考えるのはあまりにも不自然だ」「形づくりの原動力は遺伝子や細胞の働きによるが、最終的な外形は環境によって制約され、環境に対する外形の役割が長い時間スケールでみられる大進化の片棒を担いでいたと予想している」 進化については、もう一度よく勉強した方がいいんじゃないかな。
●「ウミショウブの花」横塚眞己人著、福音館書店たくさんのふしぎ2013年8月号、667円+税
2013/10/19 ★★
7月の西表島、砂浜に打ち寄せる白いツブツブ。近付いてよく見ると、水面に立ってる、小さな白いだるま。
水中で咲き、水面に上がって浮かぶウミショウブの雄花。水中で咲き、潮が引くにつれて水面に出る雌花。水面の雌花に、雄花が風や波で集まってきて、潮が満ちるにつれて、雄花を中に、雌花が閉じて行く。そして結実。水面に浮いて散布され、一定時間が立てば沈む種子。そして芽生え。
ウミショウブの不思議な送授粉や種子散布が、美しい写真で紹介され、とても分かりやすい。最後の写真は、プーっと雄花が水面に向かって行く場面。表紙の水面に浮かんだ雄花の写真と共に、とても印象的で美しい。
●「ダンゴムシの本 まるまる一冊だんごむしガイド」奥山風太郎・みのじ著、DU
BOOKS、2013年8月、ISBN978-4-925064-84-2、1800円+税
2013/10/19 ★★
街にはオカダンゴムシ、砂浜にはハマダンゴムシ、山の林にコシビロダンゴムシ。みんな大好きダンゴムシをこれでもか!と集めた一冊。
最初はダンゴムシの紹介。体のつくり、一年の暮らし、繁殖が紹介されていく。続いて、「ダンゴムシと仲間たち図鑑」。これがこの本の中心。オカダンゴムシ、ハナダカダンゴムシ、コシビロダンゴムシ類、ハマダンゴムシ。沖縄の島々には多様なコシビロダンゴムシ類が住んでいて、とても楽しい。ここまではダンゴムシの本らしいのだが、ここから脱線が始まる。
まずは世界の不思議なダンゴムシ。とくにトゲトゲなマダガスカルのダンゴムシは印象的。そして続いて登場は、ミツオビアルマジロ。丸まれば何でもいいのか? 続いて、ワラジムシが15種、フナムシ類が5種並ぶ。もう丸まらなくてもいいのか? コツブムシ、ヘラムシ、ミズムシ、グソクムシ類、ウオノエ。もはやただの等脚類つながり。タマヤスデ、イレコダニ、マンマルコガネ、ヒメマルゴキブリ、ハリネズミ、アルマジロ、センザンコウ、ハリモグラ。あれっ、まるまる仲間に戻った。最後は、青いダンゴムシ。
最後の方には、ダンゴムシの飼い方、採り方・探し方。一番最後は、ダンゴムシグッズ、本、出会える施設の紹介。こまかい蘊蓄がいっぱい。一番驚いたのは、ダンゴムシは死ぬまで脱皮して大きくなるってこと。野外でよく見かける大きなオカダンゴムシは3年も生きてるらしい。でも、飼育下ではさらに長寿でさらに大きくなるらしい。思いのほか長寿に驚いたし、最大どのくらいになるのか知りたい。ゴルフボールくらいのダンゴムシを育ててみたいかも。
●「人類とカビの歴史 闘いと共生と」浜田信夫著、朝日選書、2013年6月、ISBN978-4-02-263002-5、1400円+税
2013/9/18 ★★
著者は、長年、大阪市立環境科学研究所に勤務し、現在は大阪市立自然史博物館外来研究員。所属に大阪市立自然史博物館外来研究員と書いて本を出版してるのを見たのは初めて。いい人だなぁ。所属はともかく、長年家屋内のカビを調べてきた著者が、その豊富な経験を一気に披露した一冊。
第1章はイントロ。カビについての基礎知識。第2章の食品のカビ、第3章の洗濯機のカビ、エアコンのカビ、浴室のカビ、居間のカビ、窓や壁のカビ。次々と家屋内のカビが紹介されていく。これこそが、著者の得意分野。豊富な経験に裏打ちされた記述は、とても面白い。最後の2章、カビと健康、カビと人の関わりの変遷は、第2章と第3章から派生した内容って感じ。
カビというと、壁や風呂場に生えてるのとか、パンに生えてるのとか、色の違いしか分からない。ぜんぜん種類が分からないし、きっとめっちゃ種数が多い。ような気がしていたが、意外なことに家屋内のカビの種数はさほど多くないらしい。黒いのはクロカワカビ(あるいはクロコウジカビ)、赤いのは赤色酵母、青いのはアオカビで、あとはコウジカビの仲間とでも言っておけば、だいたい当たるらしい。種名は分からなくても、グループは色で決め手もさほど間違ってないなんて、意外に親切。
どうすれば、カビを減らせるかという話も勉強になる。酸性に弱い細菌に対して、むしろ酸性が好きなカビ。短期間で爆発的に増える細菌に対して、ゆっくり増えるカビ。おかげで、好適な環境を支配する細菌に対して、厳しい環境で暮らすことが多いカビ。合成洗剤、高温、低温、防腐剤。我々が”殺菌”に効果があると思っているのは、対細菌の話しであって、カビにたいしてはあまり有効でないらしい。それが、洗濯機や冷蔵庫に生えるカビの話しにつながっていく。
有機物であれば、ほとんどどんな条件下でも利用できるカビはいるかのよう。カビ対策は、ひとえに結露を避ける、乾燥させるに限るらしい。一人暮らしで、高層階に暮らし、窓を開けっ放し。我が家にカビが少ない理由がよく分かった。
●「この羽 だれの羽?」おおたぐろまり著、偕成社、2013年4月、ISBN978-4-03-437340-8、1600円+税
2013/8/21 ★★
近所で、拾った羽根の持ち主を考えてみよう。それが始まり。羽根をよく見る、体のどの部分か考える、体の大きさから考える。結論はキジバト。そして、キジバトを題材に、取りの各部の羽根の説明。さらに身近な鳥の羽根の紹介と続く。キジバト、ヒヨドリ、スズメ、シジュウカラ、メジロ、ムクドリ、ハクセキレイ、ツバメ、コゲラ、カワラヒワ、ツグミ、カラス、ドバト、カワセミ、コサギ、マガモ、キジ、チョウゲンボウ、フクロウ。大都市の公園でよく拾う羽根はだいたい出てくる。その後は、羽根が落ちていたわけ、鳥の羽根のいろいろ、鳥の羽のいろいろな役割、羽の手入れ、羽で巣をつくる鳥、化石で発見された羽と続く。最後は、羽根を拾ってからの保存方法の説明。さりげなく表紙見返しに付いている、「わたしの羽日記」も楽しい。真似してみたらどうだろう?
この絵本の何よりいいところは、鳥や羽根の絵の質の高さ。キジバトの絵一つをとっても、目の周囲の裸出部から、中央や最外の尾羽の描き分けまで、とても正確に描かれている。資料を見て正確に描いているだけでなく、鳥を間近によく見ている成果のように思う。羽根はすべて実物大なので、イラスト羽根図鑑としても使える。
●「アオリイカの秘密にせまる 研究期間25年、観察した数3万杯」上田幸男・海野徹也著、成山堂書店、2013年4月、ISBN978-4-425-85401-1、1800円+税
2013/8/19 ★
副題にある通り、長年にわたってアオリイカを研究してきた研究者二人が、アオリイカについてのあれやこれやを紹介する。
出だしでいきなり引いてしまう。出版意図をインタビュー形式でウダウダ書いてあるのだ。著者近影多数。読む気が失せそう。第1章は、アオリイカの体の構造、分類、分布などの紹介。第2章から第5章は、繁殖、成長、移動、採食行動と、順にアオリイカについての研究成果が紹介される。第6章から第8章は、アオリイカの生態研究の成果ではなく、釣り人向けっぽい内容になる。第6章は釣法・漁法、第7章はエギ、第8章は食べ方。第9章は少し個体群生態学っぽい内容が出てくる。
どの章も、端々に釣り人を意識した部分が多い。釣り人に買って欲しいという版社の営業方針なんだろうか。釣り人ではなく、アオリイカの秘密にせまって欲しい読者には、営業っぽい内容はどうなんだろう? アオリイカの生態については、釣り人には充分な情報があるのかもしれないが、アオリイカの生態に興味をもっている読者には、けっこう消化不良を引き起こし気味。
●「日本のタコ学」奥谷喬司編、東海大学出版会、2013年6月、ISBN978-4-486-01941-1、3800円+税
2013/8/12 ★★
軟体動物なら貝でもイカでもなんでも来い。という編者によるタコ本。はじめににこうある。「タコ学に関する一般読者向けの科学的読み物はそう多くはない。(中略)タコ学の今、日本にある最新の知識と新鮮な情報に温故知新の要素を加え、難しい学術ではなく、寝転がって読みながらでも知的満足が満たされることを願い」。9人の著者による分担執筆。
第1章は、編者によるイントロ、タコQ&A。第2章から第8章は、順に、子タコを探す、タコの知能、北海道のミズダコ、イイダコの飼育、イイダコの学名、沖縄の干潟のタコ類、明石のタコ漁獲と、さまざまな話が並ぶ。第9章は、いわばおまけの日本のタコ類図鑑。
全体を通した流れは特になく、全体でまとまった何かを教えてくれるものでもない。好きなところを好きな順で読めばいい。子タコ、ミズダコ、イイダコ沖縄の干潟のタコの章を通じては、マダコ以外にもさまざまなタコがいることが伝わってくる。そして、断片的すぎて、そして予備知識もないものとしては、充分納得はできないものの、タコの知能の話は面白かった。
●「森のふしぎな生きもの 変形菌ずかん」川上新一著・伊沢正名写真、平凡社、2013年6月、ISBN978-4-582-53523-5、1600円+税
2013/7/1 ★★
美しい画像を豊富に使った変形菌の入門書。第1章は変形菌の基本の紹介、第2章は変形菌探し・調べ方・標本作りの紹介、第3章は変形菌図鑑、第4章はおまけのお遊び。
変形菌はそこそこ人気だが、『森の魔術師』が絶版になって以降、変形菌の入門書は手に入らなかった。けっこう高価な図鑑は出てるけど、それをどう使ったらいいかは分かりにくい。入門書と言いながら、79種もの変形菌が紹介されている本書は、手頃な値段の変形菌図鑑としてもお薦め。
●「犬のココロをよむ 伴侶動物学からわかること」菊水健史・永澤美保著、岩波科学ライブラリー、2012年11月、ISBN978-4-00-029599-4、1200円+税
2013/5/31 ★★
麻布大学獣医学部のイヌの行動研究者が、イヌの能力や心理について、研究成果をベースに解説した一冊。単なるイヌ好きの主観に基づいた主張ではなく、きちんと実験的に何が明らかになってきたかが示される。想定読者は、イヌを飼ってる/飼おうと思っているイヌ好きらしい。
第1章はイントロ。イヌを飼う前に心掛けるポイントが解説される。第2章もイントロの続き。イヌの嗅覚と視覚が解説される。哺乳類の中で、はっきりとしたコントラストのある白目と黒目があるのは、ヒトとオオカミとイヌだけとか。第3章はイヌのコミュニケーション能力がテーマ。声やボディランゲージを読む話も少しあるけど、むしろイヌがヒトの表情や視線の意味を読むか、飼い主を見分けて対応を変えるかが検討される。イヌを飼っていれば当然知っているように、イヌは飼い主の顔/表情/視線を読みまくっているらしい。それがヒトとの暮らしの中で進化してきた形質だという指摘は新鮮。第4章は、イヌの心を探るのがテーマ。イヌの「自己認知」と「他者理解」。交互凝視というのがそんなに高度な心的プロセスを伴っているとは知らなかった。模倣学習、あくびがうつる、不平等が嫌い。面白い話題がいっぱい。第5章は、エピローグ。イヌが家畜化されたのではなく、ヒトとイヌは共進化してきたんだという指摘は面白い。
もしかしたら、イヌがいたから今の我々があるのかもしれない。だとしたら、ネコの立場はどうなるんだろう?
●「クモの巣図鑑 巣を見れば、クモの種類がわかる!」新海明著・谷川明男写真、偕成社、2013年2月、ISBN978-4-03-527990-7、1800円+税
2013/5/18 ★
おおむね見開き2ページで1種、39種+aのクモの巣が紹介される。
円形の巣、おまけ付きの円形の巣、一部が欠けた円形の巣、ドーム形の巣、ハンモック形の巣、シート形の巣、その他の巣と分類して、分かりやすくクモの巣を紹介。しようとはしてるけど、「巣を見れば、クモの種類がわかる!」というのは、ちょっと言い過ぎ。たとえば円形の巣を張るクモはここに載ってる以外にもいっぱいいる。そう言う意味では、クモの巣に注目するきっかけを与える図鑑であって、見分ける図鑑ではないと考えるべきだろう。
クモの巣を通じてクモに興味を持つきっかけ与えるという意味では、けっこういい本かもしれない。巣や糸についての解説が充実していて勉強になるし、巣の写真も美しい。最後にクモ観察会への案内も載っている。クモの観察会の最後に「クモ合わせ」をするというのが、鳥屋としては一番驚いた。どっちが起源なんだろう?
クモの巣についての解説で一つ不満なのは、条件に応じて、クモは巣の形や飾りを変えるというのがあまり説明されていないこと。図鑑と銘打つ以上は、対象の変異幅にもっと配慮してほしかった。
●「鳥類学者 無謀にも恐竜を語る」川上和人著、技術評論社、2013年3月、ISBN978-4-7741-5565-4、1880円+税
2013/5/17 ★★
中身はタイトル通り。鳥類学者が、「鳥類は恐竜だ、だから私は恐竜学者だ」と主張して、恐竜の形態・生態・行動を、鳥類での知見を当てはめて論じる。論じるというよりは、口調からすると茶化すというのが近いかも。とにかく、本題以外に冗談が盛り沢山。冗談の合間に本題が混じるといってもいい。とても読み易い。
第1章はイントロ。でも、恐竜学を茶化すのは忘れない。同種であっても年令・性別・個体によって差があるのは鳥では常識。化石から色素の存在が分かっても、構造色まで考えないと色は分からない。ニワトリの鶏冠の色は血の色だぞ。
第2章は、恐竜からの流れで鳥を考えようということらしい。まずは羽毛。鳥の羽毛は色んな機能を持ってるぞ。そして、鳥の中にも体の一部に羽毛がないのもいるぞ。と恐竜学を茶化すのも忘れない。二足歩行、竜骨突起、足指の数と向き、飛行、尾、歯などさまざまな鳥の特徴を恐竜とのつながりで考える。
第3章はいよいよ、鳥類学の立場から恐竜について考える。取り上げるのは、行動が保存されたとされる化石・足跡化石、恐竜の色、恐竜の声、毒のある恐竜の可能性、食性、渡り、歩き方、巣づくり、子育て、活動時間帯。
第4章は、恐竜時代の生態系についての考察。
著者の鳥に付いての知識は豊富で、形態学については色々と勉強にもなった。でも、その鳥の知識から恐竜について語る部分が、少し物足りない。物足りないと言えば、好き勝手な事を書いてる振りをしながら、正面きって恐竜学の悪口は一言も言っていないのも物足りない。恐竜研究者が化石のわずかな情報から主張している恐竜の行動や生態についての仮説には、現生の動物の行動/生態を知ってる者からしたら、眉唾なのが多い。そこをもっと突っ込んだら面白かったのにと、少し残念。
まあ鳥類研究の成果が、もっと恐竜研究に活かされてもいいんじゃないかというのが、著者の本当の主張なのかもしれない。
●「異端の植物「水草」を科学する」田中法生著、ベレ出版、2012年8月、ISBN978-4-86064-328-7、1700円+税
2013/4/21 ★
国立科学博物館の水草屋さんが、水草について書いた本。
第1章は、水草の定義と進化の話。第2章は、水草がどうやって水中で暮らしているかを、水草の4基本形とともに紹介。ここまでがイントロといった雰囲気。第3章は、水草の繁殖の話。とくに水面や水中での送受粉にページが割かれている。第4章は、水草の分散の話。海流で移動するアマモ、渡り鳥が運んでるんじゃないのか?という考えられているカワツルモ、謎の分布をするコアマモの3つの例が中心。第3章と第4章は、自分の研究の紹介も交え、力が入っている。第5章は、生態系の中での水草の役割と人による利用。第6章は、保全の話。ガシャモクとコシガヤホシクサの例を紹介。最後の2章はおまけ気味。
章立てを見ると、水草の一通りが書かれているように見える。で、読んでみると、面白いといえば面白いのだけど、満足感が少なめ。なにより読後感が悪い。それは、最後の2章が面白くない事から。第5章の「生態系における水草の役割」のつまらなさは特筆に値する。同じく「人間が利用する水草」は通り一遍に食べられる水草などをリストしただけ。書くならもっと面白く書けばいいのに。第6章のどうして水草が減少しているのか、どうして水草を保全しなくてはならないかの説明の皮層な事。第3章と第4章は面白いのに残念。
●「スズメの謎」三上修著、誠文堂新光社、2012年12月、ISBN978-4-416-21269-1、1500円+税
2013/4/7 ★★
著者は、スズメが減ってる可能性を最初に指摘した論文を書いた人物。マスコミに盛んに取り上げられたので、聞いた事がある人も多いだろう。でも、その元論文を読んだ人は少ないのでは? 本書では、どうして著者がスズメを調べようと思ったのか、どのような調査をしたのか、といった経過を紹介しつつ、何を根拠にスズメが減っていると考えたのかを説明している。子ども向けの体裁なので、丁寧な説明で分かりやすい。それでいて子ども向けのはずなのに、論文の中身、データの見方、残された問題などがきちんと紹介されている。子ども向けと思っていると、中身はけっこう高度。スズメの減少の問題に関心がなくても、鳥の野外調査&研究の入門書としても読める一冊。
スズメが減少してるんじゃないか? という論文は読んでいたけど、その前段階の日本のスズメの個体数推定は読んでなかった。そういう調査の末にあの話があったのか、てな感じ。学会では、強き発言が目立つ著者ではあるけど、子ども向けの本では、自分の研究の弱点(ローカルなデータか、間接的証拠しかない)がちゃんと書いてあって、安心したような、ちょっと残念なような。
最後の方に、スズメが減ったら何が問題かという点に付いて書いてあるのが興味深い。スズメは減ってはいるけど、たぶんどこかで下げ止まって、絶滅はしないだろうとしている。だから絶滅を危惧する必要はないけど、大量にいた生物が急激に大幅に減ると、生態系へ大きな影響を与えることが問題とのこと。レッドデータブックが市民権を得ると、今度は絶滅危惧種かどうかばかりが問題にされがち。そんな中では重要な指摘だと思う。
●「カラスの教科書」松原始著、雷鳥社、2013年1月、ISBN978-4-8441-3634-7、1600円+税
2013/4/6 ★★
卒論からカラスを見始めて、大学院でもカラスを見続け、ついにカラスで博士号をとり、就職してからもカラスを見続けているカラスオタクが、カラスについて語った本。とにかく著者のカラスへの愛と知識と見続けてきた時間は半端ないので、その一言には重みがある。とてもゆるいイラストと軽い文体でつづられているけど。この本は、「カラスの教科書」であり「カラスの強化書」であり「カラスの教化書」であり「カラスの狂歌書」であるんだそうな。全体的にこんな感じ。
第1章の「カラスの基礎知識」では、カラスの分類、なわばりと繁殖、ヒナが巣立ってからの暮らし、食性が楽しく紹介される。とくにヒナを連れたカラスの観察エピソードが楽し過ぎ。第2章の「カラスと餌と博物学」では、カラスの採食行動、嘴に注目したカラスの行動と進化が語られ、山のハシブトガラスの話、カラスの遊び、最後はカラスについて伝承が紹介される。山でのハシブトガラスの暮らしぶりが謎に包まれているという指摘は、目から鱗が落ちる思い。第3章の「カラスの取り扱い説明書」は、カラスとの付き合い方について、ゴミ捨て場、カラス除けの効果、巣の近くて襲われないためにが説明される。カラスの巣を安易に落とす前に、このパートを読んで欲しい。正しいカラスの巣との付き合い方がわかると思う。最後に付いてる「よくある質問」は蛇足。
博物館にいると、カラスを問題にした質問とか取材とかを受ける機会が多い。その時、とても参考になりそう。それ以上に、地元の公園で数年前からカラスの巣をチェックしているのだけど、これまたとても参考になる。自分が見ているカラスが、超過密状態だとは知らなかった…。
リアルなイラストは著者の手によるのだけど、てっきり緩いイラストも著者が描いたと思ってた。が、これは他の人が描いたんだそうな。なぜかこれが一番ショック。
●「サボり上手な動物たち 海の中から新発見!」佐藤克文・森阪匡通著、岩波科学ライブラリー、2013年2月、ISBN978-4-00-029601-4、1500円+税
2013/3/22 ★
バイオロギングの専門家の佐藤と、クジラ類の音響を研究してきた森阪が、分担して執筆した1冊。といっても第3章を森阪が書いてる以外は、佐藤が書いているんだろうという内容。直接観察が難しい水の中の動物の行動を、データロガーや動物カメラ、音響から明らかにしようとする試みが紹介される。
機器を使う事で、海の動物の姿が徐々に明らかになってきた。それは比較的近年になって始まった試みで、その歴史を含めた記述は興味深い。そしてその手法は、直接観察しにくい海の動物だけでなく、直接観察できているはずの陸の動物でも威力を発揮するという指摘は面白い。
でも、全体的には、バイオロギングの成果をサラサラっと紹介しただけで、個々の研究の深みに欠ける感はいなめない。どうしてこんなタイトルにしたかも不明。最後に内容をタイトルに絡めていっているが、無理矢理感は否めない。
●「ダニ・マニア チーズをつくるダニから巨大ダニまで」島野智之著、八坂書房、2012年12月、ISBN978-4-89694-143-2、1900円+税
2013/3/19 ★★
「私は本書を書くにあたり決意した。世の中にカミングアウトをするときが来たのだ。自分のやりたいことを曲げてはいけない。好きなものは好きなんだと言おう」。というわけで、著者はダニマニア宣言したのであった。それが本書。多様性に富んだ魅力あるダニの世界を紹介してくれる。
第1章は、イントロ。まずは、チーズに付いてるダニの話。フランスでは生きたダニが大量についたチーズを売ってるとは驚き。ダニがチーズを美味しくするとは、食べたいような食べたくないような。世界中のダニ研究者が、世間ではダニの話をしないようにひっそりと暮らし、ダニ学会ではじけるって話も面白い。第2章は、ダニの分類から、7つの亜目が順に紹介される。第3章以降は、著者が専門のササラダニの話。ロンドンで採集したり、解剖したり。子育ての話、防衛戦略、フェロモン。話題は多岐にわたる。聞いた事のないようなダニ蘊蓄が満載。
しかし何より特筆すべきは、挿入されているダニの画像のカッコよさ。ダニがこんなにカッコいい動物だとは知らなかった。とくに走査電顕で拡大された画像がカッコいい。マダニ系も捨てがたいが、ササラダニ系のカッコよさは際立っている。コシミノダニとか、マイコダニとか、イトノコダニとか。1000倍でフィギュアを作ったら飛ぶように売れそう。誰か作らないかな?
●「イマドキの野生動物 写真ルポ 人間なんて怖くない」宮崎学著、農文協、2012年3月、ISBN978-4-540-12116-6、1200円+税
2013/2/21 ★★
有名な動物写真家のコメント付きの写真集。テーマは、人間と野生動物の関わり。出演は主に哺乳類、一部鳥類、カメも少しだけ。人間と野生動物の関わりというのは、一貫した著者のテーマらしく、同じ写真は使っていないように思うが、過去の写真集などで取り上げたテーマの写真も多い。
5つの章からなる。1章「変わり行く動物地図」では、ノウサギの盛衰、シカやクマの増加などここ数十年の山野の動物の変化が紹介される。2章「外来動物、勢力拡大中」では、外来哺乳類7種とアカミミガメが日本で増えていることの報告。3章「現代の山の幸」は、広い視野から餌付けについて考える。4章「人間なんて怖くない」は、その延長線にあり、人間の周囲にどんどんあらわれるようになった動物達の様子。5章「サインを読みとくヒント」は、事実上のエピローグ。ここまでとは趣が違い、野外での哺乳類観察のポイントが軽く紹介される。
意図的な餌付けだけではなく、放置されたカキの実や、捨てられた果物など農業廃棄物が非意図的な餌付けになっているという指摘は重要。そして、それが動物達を里に呼び寄せて、人間との間での多くの軋轢を生み出しているという問題意識は多くの人に共有して欲しいポイント。あらゆる農林業が非意図的な餌付けに繋がっているという指摘は、この論を押し進めると行き着く当然の結論だけど、ちょっと面白い。と同時に、それ自体ははるか昔からあったので、近年問題が大きくなっている状況を説明するのからは少しずれると思う。
長年野生動物を見続けた人は、価値のある情報を持ってるな〜、と思うと同時に、同じ現象を見ても、見た場所/それまでの経験/学術的予備知識などが違うと、その解釈はぜんぜん違うんだなぁと思う。たとえば、長野県の天竜川では、1980年代以降、アオサギが増え、カワウが増え、近ごろはダイサギが増えているという。大阪と同じ。この3種の増加に関連する事実として、融雪剤である塩化カルシウムを撒いて河川の塩分濃度が上がったことを指摘している。シカの増加についても、融雪剤がミネラル補給を補っていることを指摘している。でもこれは暖かい地域での同じ現象を説明しないね。シカの急増については、1960年代からの拡大造林にともなう大規模な森林伐採が、シカの食料を大量に供給した事を上げているが、シカの増加が問題になった時代と少し時代がずれ過ぎではないのかな?
野生動物や自然と、人との関わりの変化を知るためには役立つ1冊。でも、ここに書かれているその変化の原因についての記述は、あくまでも著者個人の意見。その事をしっかり頭にとめて、どうしてこうなったのか、これからどのように自然と関わって行けばいいのか、を自分で考えてみた方がいいだろう。
●「孤独なバッタが群れるとき サバクトビバッタの相変異と大発生」前野ウルド浩太郎、東海大学出版会、2012年11月、ISBN978-4-486-01848-3、2000円+税
2013/2/19 ★
フィールドの生物学シリーズ第9弾。90%近くは実験室での内容。フィールドの生物学ではない。いや、実験屋にとっては実験室ことがフィールドであるという主張かな?と思ったら最後になってモーリタニアに行く。それならモーリタニアを中心に書け!と企画側から言われなかったのかが不思議。とにかく、どういう条件でサバクトビバッタが孤独相から群生相に変わるかを、実験室でいろいろと実験をくり返す。たくさん論文を書いているからか、とにかくデータを出しまくる。これまたフィールドの生物学シリーズの基本コンセプトから逸脱している。
でもまあ、実験室でのサバクトビバッタを使ったさまざまな実験はとても面白い。ホルモン注射、飼育密度、接触刺激。いろんな事を調べる。でも、そんな事も今まで調べられてなかったの?と思わなくもない。とにかく、いろいろと工夫を凝らしながら、あくまでローテクで、海外の有名な研究グループとの論争まで交えつつ、次々と疑問を解決していく様はかっこいい。
ただ、本人も認めている通り、もちろん本人も真面目にがんばったんだろうが、師匠の田中誠二大先生の偉大さが際立つ。よき師匠との出会いはとても大切なんだなぁと思わせられる。たぶん師匠にとっても可愛い愛弟子なんだろうね。というわけで、師弟愛に溢れた1冊になっている。
室内実験はローテクを駆使して、世界と勝負できる論文を量産しているようでカッコよかった。が、モーリタニアに行っての研究はそんなにすごいとは思えなかった。フィールドで生態学というと自分もよく知ってる分野になってくるから、価値判断が正確にできてしまうのかもしれない。
●「山賊ダイアリー 1巻」岡本健太郎著、講談社イブニングKC、2011年12月、ISBN978-4-06-352391-1、543円+税
2013/2/15 ★
岡山県の新米ハンターをえがいたマンガ。現時点で2巻まで出ている。狩猟免許とって、先輩に教えてもらいながら狩猟を始めて、仲間と一緒に猟に行くようになって、自分で捕った獲物を食べる。
殺すところは馴染みがないけど、獲物の処理の部分には馴染みが多い。色んな物を食べた経験もある。という意味で、いろいろと実体験に引き寄せて読むことができると言う意味では面白かった。一方で、生物学的な説明部分には、微妙なところがあって、ちょっと痒い感じがする。まあ、決定的に間違ったことは書いてないとは思う。あとそこそこ衛生上の配慮もしてる様子なのだが、頂けない部分も少々。シカやウサギの糞を食べたり、マムシの生き血を舐めたり。衛生上の問題があるので、真似しない方がいいだろう。
ところで、ぜんぜん猟にも解体にも関わったことのない人は、どう思って読むんだろう? 狩猟というと、動物を殺す→残酷。というのが一般的なとらえ方だろうか。狩猟して獲物を食べるってのは、意外と普通の営みだという事を伝えるという意義はけっこう大きいように思う。
●「知ろう 食べよう 世界の米」佐藤洋一郎著、岩波ジュニア新書、2012年7月、ISBN978-4-00-500720-2、820円+税
2013/2/7 ★
熱帯モンスーンと温帯モンスーン。ようは東アジア〜東南アジアを中心に、稲作と米、とくに米の食べ方を紹介。イネや稲作の起源などの話題も交えて、とにかくコメコメな一冊。稲作とコメを使った料理について、情報満載。とても勉強になる。食べに行きたい。
ただ、構成がまずいのか、文章が下手なのか。おそらくその両方のおかげで、妙に読みにくい。読後感が悪い。2〜3ページ程度では、楽しく蘊蓄話を読めるのだが、もう少し大きなまとまりで何を語りたいのかな?と思うとさっぱり分からなくなる。蘊蓄話の中でも、話の寄り道が多く、話がコロコロ変わる(「ところで…」を頻発)。また、説明もしてないのに、読者に暗黙に共通知識を求めているような部分がある(「じつは…」とよく出てくるのだが、そうでなければ、こっちはどう対応すべきだったのだろう?と思ってしまう)。
もう少し編集がコメントしたら、いい本になったかも。コメ料理から世界を見渡すという企画は面白いのに、残念な感じ。
●「世界の四大花園を行く 砂漠が生み出す奇跡」野村哲也著、中公新書、2012年9月、ISBN978-4-12-102182-3、1000円+税
2013/1/11 ★★
不毛の地に見える砂漠が、雨季の短い期間だけ、一面の花園になる。ペルー、南アフリカ、西オーストラリア、チリ。世界4ケ所の広大なお花畑が、美しい写真で紹介される。
とにかく花の写真が美しい。ペルーを青く染めるノラナ・ガイアナ、南アフリカの一面のオレンジ色ナマクワランドデイジー、西オーストラリアの名前の通りの地面の輪っかリースフラワー、チリの砂漠はパタ・デ・グアナコやマルビーヤで見渡す限りピンク色。新書判なので写真が小さいのが、とても残念。大きな写真で見たい。できれば見に行きたい。というニーズを予想してか、現地の地図や行き方をけっこう丁寧に説明してくれている。
紹介された花園がいずれも南半球。ゴンドワナ由来の地域なのが気になる。北半球にも砂漠は多いが、そこでは花園はできないのだろうか? だとしたら、花園の植物はゴンドワナ由来で、一斉開花という形質はそこで進化したと考えていいんだろうか?