自然史関係の本の紹介(1998年下半期分)
【★★★:絶対にお勧め、★★:けっこうお勧め、★:読んでみてもいい、☆:勧めません】
●「島の生物学」木元新作、1998年、東海大学出版会、3500円、ISBN4-486-01442-1
19981120 ☆
副題には、「動物の地理的分布と集団現象」とある。中身を見ずに買った方も悪いけど、まったく体系だった教科書でも、何らかの主張を展開してる本でもない。著者自身の研究に関わっての思いで話と、東南アジアやオセアニアなどのハムシについての断片的な情報がのっているだけ。唐突に違う話に飛ぶし。研究風味のエッセイ集といったところ。ハムシに興味のある人になら、楽しい情報が満載、なのかもしれない。
●「新動物生態学入門」片野修、1995年、中公新書、740円、ISBN4-12-101274-7
19981025 ★★
著者は、個体の個性に基づいた生態学を構築しようと、分厚い博士論文を書いた人(全部を読んだのはいったい何人やろ?)。その後、個体に基づいた群集理解として「個体モザイク論」なるものも提案している。この「個体モザイク論」はけっこうおもしろいと思うけど、その後の展開があまりないような・・・。
この本は、行動生態学から生活史戦略論、動物社会学、個体群生態学、群集生態学と、生態系生態学を除く動物生態学のほぼ全域を扱っている。副題に”多様性のエコロジー”とあるように、多様性にとても注目した、というか完全に我田引水的に個性の重要性を主張するので、とてもおもしろい。書いてあることがとてもまっとうなのが、本人の性格と遊離していて、なんか読んでて変な感じがするのは、本人を知ってる人だけか。
●「森と鳥と」中村登流、1988年、信濃毎日新聞社、1800円、ISBNなし
19981023 ★
結びに書いてあるように、くちばしの形態と使い方といった、形態と行動から、鳥の種類ごとに林の中に特定の採食空間(すなわち適応空間)があるという考えを、カラ類とヒタキ類で示しています。さらに適応空間概念はおおまかに、「とり出し型」と「とびつき型」にまとめることができ、それぞれに対応する属性に「道行くもの」と「かすめ取るもの」がある。と書かれてもわからないでしょうね。形態が利用できる空間と行動様式を制限している、あるいは影響を与える、ってだけと言えばだけです。
著者が、鳥の生活場所としての林、及び鳥の行動様式をどのようなものと見ているかという哲学の本と言ってもいいかもしれない。とても変わった本です。著者の見方をおもしろいと感じる人もあるかもしれませんが、鳥しか頭にないような感じがして、あまり共感はできませんでした。
●「森に棲む野鳥の生態学」由井正敏、1988年、創文、2400円、ISBNなし
19981023 ★
鳥の繁殖や採食といった生活の紹介から始まって、鳥が昆虫や果実を食べることで林にどんな影響を与えるか、どのような林に鳥が多いのか、またそれは何故か、といった点についてデータを示しながら紹介されていて、林に生息する鳥についてのよくまとまった本になっています。林の鳥について講義をするときに、とても役に立ちます。
●「哺乳類の生物学1 分類」金子之史、1998年、東京大学出版会、2600円、ISBN4-13-064231-6
19981022 ★
このシリーズのご多分に漏れず、大学生向けくらいの分類学の簡単な教科書の、研究例をすべて哺乳類のものに置き換えたような本。まあそれなりに勉強になると思います。
●「生きもの地図が語る街の自然」浜口哲一、1998年、岩波書店、1900円、ISBN4-00-006661-7
20031021 ★★
下記の補足です。都市周辺の生き物の分布調査について、そのやり方や成果を紹介した本としては、依然として価値は高いと思います。とくにできあがった分布図から、都市の自然(及びその移り変わり)について読みとる部分は、平塚市の自然の様子がよくわかります。ただ、アシナガバチの古巣や淡水魚など、テーマによって掘り下げの度合いがかなり浅いものがある点が、今回読み返してみて気になったところ。
あとみんなでやる調査となると、データの質の問題がどうしても伴うはず。そういった点についても触れた方がよかったのではないかと思った。
19981021 ★★
著者は神奈川県の平塚市博物館の学芸員。今年の特別展「都市の自然」の普及講演会にも来ていただいた。平塚市博物館の生物関係の多彩な活動は知っていたが、それをすべて浜口さん一人でやっているそうです。この本の中にも、タンポポ、帰化植物、セミ、アシナガバチ、直翅類、カエル、淡水魚、鳥と何でもでてくる。この他にキノコや浜辺への漂着物などにも取り組んでいるんだから、正にスーパーマンのような学芸員。
これを読んだらぜひ身近なところで、生きもの地図を作ってみて欲しいと思います。できあがったら、当館友の会のNature Studyに発表しましょう!
●「哺乳類型爬虫類」金子隆一、1998年、朝日選書、1500円、ISBN4-02-259709-7
19981011 ★
哺乳類の直接の祖先である単弓類(哺乳類型爬虫類)の数少ない解説書です。第1章では、爬虫類と哺乳類はどこが違うか、現生種も含めた爬虫類の中で単弓類はどのような位置にいるのかを、新しい情報を入れて説明してくれていてとても参考になります。でも第2章以降は、単弓類のここの分類群を説明してくれるだけなので、随所に興味深い情報はちりばめられているものの、マニア以外には総じて退屈でしょう。
気になったのは、第1章で単弓類は、カメを含めたすべての現生爬虫類のアウトグループになるとの結論を紹介してるのに、あくまでも単弓類を爬虫類と呼ぶこと。”古哺乳類”といった呼び方にでもすればいいのに。
●「ナマズはどこで卵を産むのか」片野修、1998年、創樹社、1900円、ISBN4-7943-0535-4
19980918 ★
著者は大学院時代の終わり頃には、6月になると毎日のようにアユ釣りに明け暮れていました(研究室で待ちかまえていてお相伴に預かるのを楽しみにしていましたが)。机の上も下もゴミだらけで(机が隣でした)、夜は毎日遅くまで研究室で麻雀をしていて(一緒にしてましたが)、口を開けば他人の悪口ばっかり、という大変困った奴でした。こんないい加減に見えるのに、研究になると妙に真面目で、大学院時代から一貫して動物の個性の違いに注目した生態学を研究しています。天才肌と言うよりは、一つのアイデアをコツコツとデータを積み上げて、実証していくタイプです。人は見かけによりません。
この本を読むと、単なる釣り好きではなく、それを生態学に、あるいは保全活動に結びつけていく、というまたまた意外な一面があることに驚きました。それにしても、出てくるエピソードには知っているものが、ちらほらあって、けっこう懐かしく読んでしまいました。
●「かわうそセンセの閑話帳」町田吉彦、1998年、南の風社、1700円、ISBN4-905936-38-1
19980915 ★
著者は、高知大学の魚の研究者。大学院時代に九州大学で哺乳類の研究も手伝ったのが縁で、かわうその調査をするはめになったらしい。これだけかわうそにのめり込んでいれば、本職の魚の研究はそっちのけなのではないかと思う。楽しそうやけど、少し気の毒。
タイトルからもわかるように、中身はエッセイ風。これを読めば、高知のっていうか、日本の”かわうそ君”の現状がよく分かる。それだけやなくて、高知の哺乳類事情もけっこうわかります。
●「ネズミに襲われる都市」矢部辰男、1998年、中公新書、680円、ISBN4-12-101423-5
19980720 ★
著者は、神奈川県衛生研究所に勤務し、長年家ネズミの駆除に関わってきたらしい。近年、日本の都市部では、クマネズミが増えてきており、海外の事例(特に東南アジア)を交えながら、その原因についての著者の見解を披露してくれる。それからネズミの駆除業者の生態についての話も興味深い。ただ、全体の構成はかなり冗長で、書き下ろしとは思えないくらい。連載物をまとめたのかと思った。
さすがに長年家ネズミに関わってきただけあって、その情報量はすごいし、おもしろい。しかし、都市の食い物屋には、ほぼ必ずネズミが大量に暮らしていて(もちろん経営者は隠すが)、ほぼ確実に食べ物の中にネズミの糞尿が入っている(もちろん客は気づかないが)というのは、知りたくなかったような。この本を読めば、外で食事をするのをためらうようになるのは確実。