自然史関係の本の紹介(2024年分)

【★★★:絶対にお勧め、★★:けっこうお勧め、★:読んでみてもいい、☆:勧めません】
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●「光る石 北海道石 新鉱物Hokkaidoiteはっけん記」田中陵二著、福音館書店たくさんのふしぎ2024年8月号、2024年8月、736円+税
2024/10/24 ★★

 著者は有機化学の研究者で、子どもの頃からの石好き。知り合いが紫外線を当てると光る石を見つけた。カルパチア石だ。というので分析したところ、コロネンから成るカルパチア石と一緒に謎の光る石も発見。おそらく新鉱物。ということで研究に取り組む。
 その鉱物のサンプルを増やすために北海道へ採集。新鉱物Hokkaidoiteとして記載。その出来方を考え、模式標本を博物館に入れ、お披露目して、産地の保存にも動く。鉱物の記載というものの流れがよく判る一冊になっている。
 その後、日本各地に紫外線を当てると光る石があることが明らかになってきていて、今後研究を進めていくという宣言で締めくくり。蛍光を発する鉱物は、有機物を含んだ有機鉱物というものなんだそう。著者の専門にピッタリだったのは幸運だったのかも。

 産地で、夜に紫外線をあてて撮影したという表紙画像が、びっくりするくらい美しい。最初は絵だと思っていた。
 石、鉱物、元素の関係。有機化学と無機化学、蛍光。熱に強い有機物コロネン。と、基礎知識も丁寧に説明してくれる。
●「超遺伝子」藤原晴彦著、光文社新書、2023年5月、ISBN978-4-334-04664-4、840円+税
2024/10/20 ★

 イントロに曰く、「スーパージーンはいったい何ものなのか、なぜ複雑な現象はスーパージーンによって制御されることが多いのか、<中略>遺伝学のフロンティア…」。その通りの一冊。
 第1章、ウォレスは『マレー諸島』の中で、熱帯のチョウの擬態について記述した。その中で、“中間型”が生じないというスーパージーンの特徴を述べていた。
 第2章は、遺伝の基礎知識。メンデル遺伝、量的遺伝、染色体の組換え。第3章は、フィッシャーがスーパージーンの存在を予測していたという話。
 第4章が、本論。スーパージーンは、複数の遺伝子が関与する複雑な形質が、あたかも1つの遺伝子に支配されているかのように挙動する現象。そのためには、関与する遺伝子が同じ染色体の近いエリアに集まり、組換えが抑制される必要がある。組換えを抑制するための知られている主な仕組みが、逆位。実際には、逆位の存在からスーパージーンが探索されている。スーパージーンは、種内多型にも関わっていることが多いとされる。
 第5章は、スーパージーンの関与と思われる例。ヒアリの緑鬚効果遺伝子、エリマキシギの雄の羽衣の多型、植物の自家不和合性、毒チョウのミューラー型擬態など。第6章は、ヒトのスーパージーンの話。おもに性染色体はスーパージーンと呼べるという話。第7章は、自身の研究の成果の紹介。アゲハ類のメスの擬態。

 遺伝的なバックボーンは判っていなくても、生態学ではスーパージーンによって制御される形態や行動の進化を扱ってきた。有性生殖、擬態などなど。その成果は、スーパージーンが明らかになっても変わることがない。そういう意味で、今のところスーパージーンの研究は、生態学には寄与しないように思う。
 スーパージーンの実態や機能が分かるだけでは、進化学的にも意義は大きくない。むしろ、複雑な行動などを支配する複数の遺伝子がどうして同じ染色体の近い領域に集まることができたのか、その領域がどのようなプロセスで交差して固定されるのか。適応的なスーパージーンが生じる過程が明らかになってこそ、進化学的な意味を持つように思う。

 とても読みやすい本。ただ、繰り返しが多い。進化学的展開を期待したので、後半は物足りなかった。
 染色体の進化の理由は、逆位で固定してスーパージーンをつくるため、といったホラくらいあれば面白かったのに。ちなみに逆位になっても、それが多数派になれば組換えが起き始めるんじゃないかなぁ。スーパージーンの解散の話も考えるべき。

●「野生生物は「やさしさ」だけで守れるか? 命の向きあう現場から」朝日新聞取材チーム著、岩波ジュニア新書、2024年7月、ISBN978-4-00-500988-6、940円+税
2024/10/8 ★★

 著者は、朝日新聞大阪本社科学医療部で同僚だった3人の記者。3人とも大学で、魚、どんぐり、ダニ・アリの研究経験があり、野生生物についての基礎知識がある。取材を受けた印象でも、基礎知識があって、ちゃんと下調べもした上で、取材しにきている印象だった。きちんと判っている人が、ちゃんと取材して書き上げた一冊。

 第1章、人気者が広げた波紋。市街地で見つかって捕獲されたシカが、捕殺されずに動物園に引き取られる。一方で多くのシカが駆除されている県での矛盾。沖縄で、網で混獲したアオウミガメが大量に死んでしまう出来事。増えたアオウミガメと漁業との軋轢。増加したクマなど大型獣との共存の問題。
 第2章、専門家だって悩んでる。外来生物の駆除と、命の大切さを教える教育との葛藤。身近なアメリカザリガニ、侵略性の高いナガエツルノゲイトウ、外来カメの駆除活動の中でのクサガメの扱い。
 守られる命と守られない命をどう考えるかという問題が、まず取り上げられる。

 第3章の大部分は、2023年1月に大阪湾で死んだマッコウクジラの処理問題。そして、外来コオロギで、希少なゲンゴロウ類を飼育する技術の開発の話。
 第4章、生きたものたちのつながり。前半は、野焼きによって維持される自然と生物多様性の話。後半は、奄美大島での植栽ハイビスカスの扱いの議論。
 第5章、命に向きあう責任。最後は、奄美大島でのフイリマングースの駆除。
 眼の前の命に対する「かわいそう」を越えたところで、守られる命、生物多様性があるというのが、後半のテーマ。

 野生動物とのつき合いの中で、どうするのが正解かは簡単には決められない。この本では、単純な正解はなく、一緒に悩む材料を提供しようとした旨が、はじめに明記されている。本文でも、特定の意見が正しいような記述にならないように、とても気を遣っていることがうかがえる。

 大阪湾で死んだクジラは、大阪市ではとてもセンシティブな話題になってしまった。その取材ということで、かなり身構えたけど、とてもバランスのとれた形にまとめてくださった。こちらの要望にも応えつつ、重要なメッセージをきちんと盛り込む手腕は、すごいなぁと思った。
●「ツシマヤマネコって、知ってる?」太田京子著、岩崎書店、2010年7月、ISBN978-4-265-04288-3、1600円+税
2024/10/6 ★

 児童書を書いてきた著者が、『人はクマと友だちになれるか?』の次に、人と野生動物との関わりをテーマに取り上げたのがツシマヤマネコ。対馬で取材して書いた一冊。2010年に書かれた本なので、現在とは違っているところもあるが、不思議なくらい状況はあまり変わらない。
 第1章はツシマヤマネコの紹介。形態、食性、生活圏、繁殖生態、そして生息数。約100頭。幸か不幸か生息数はあまり変わらない。
 第2章は、ツシマヤマネコが減ってる理由を紹介。生息地の減少、交通事故、FIV、罠、野良猫・野犬。その後、FIVの問題は大きくならず、一方、シカの激増で生息環境の変化が問題になっている。
 第3章は、捕まったり、死んだり、飼育されたりしたツシマヤマネコのエピソード。
 第4章は、地元でのツシマヤマネコの保全活動の紹介。舟志の森づくり、ツシマヤマネコを守る会、田んぼの学校、佐護ヤマネコ稲作研究会、対馬動物医療センター、対馬野生生物保護センター、ツシマヤマネコ応援団。軋轢はあっても、地元にツシマヤマネコを守ろうという動きがいろいろあるのが心強い。
 第5章は、対馬以外の応援団。おもにはツシマヤマネコの飼育施設の紹介。

 この本が書かれて14年。ここで紹介された地元の団体の多くの活動は今も続いている。下島で久しぶりにツシマヤマネコが見つかったと書かれているが、その後も確認されている。生息個体数はまだ約100頭だし、交通事故は起き続けているし、シカの増加による環境の変化は深刻だけど、地元で応援してくれる人達がこれだけいるなら、ツシマヤマネコは生き延びるかもしれない、と思わせてくれる。
●「言語の本質 こどばはどう生まれ、進化したか」今井むつみ・秋田喜美著、中公新書、2023年5月、ISBN978-4-12-102756-6、960円+税
2024/10/6 ★★★

 言語学と、認知科学・発達心理学の専門家のチームで執筆された一冊。オノマトペ研究を足がかりに、子どもの言語習得の謎を考える中で、言語とはなにか、言語はどのように発達したのかを考える。
 重要なキーワードの一つが、記号接地問題。もともとは、AIについて議論で出てきたもので、記号から記号へのメリーゴーラウンドを避けるためには、どこかで対象についての身体的な経験を持たなければならない。子ども言語習得として言うなら、少なくとも最初のことばの一群は身体に接地していなくてはならない。

 第1章は、オノマトペとは何か。オノマトペとは、“感覚イメージを写し取る、特徴的な形式を持ち、新たに作り出せる語”。物事の一部分をアイコン的に写し取り、残りを換喩的に補う。しばしば、非母語話者には理解が難しい。それでいて、アイコン性を持つ。
 第2章は、アイコン性。音のアイコン性として清濁などの音象徴。発音のアイコン性など。ただし音象徴は言語間で多様性があり、非母語話者には理解しくい。
 第3章は、オノマトペは言語か。言語の十大原則を考えると恣意性や二重性に難があるものの、オノマトペは言語に近い。言語は身体的という理論の中では、恣意性は必要ではないという考え方も増えている。
 第4章は、子どもの言語習得1オノマトペ篇。ことばの音が身体に接地する第一歩。そして、ことばの音と対象の対応づけがわかると、“単語には意味がある”という名付けの洞察につながる。しかし、そのことばが、どの範囲の対象に使えるかを学ぶのは難しい(ガヴァガーイ問題)。そこでもオノマトペがサポートできる。言語の多義性も学べるなど、オノマトペは言語学習の足場になり得る。
 第5章は、言語の進化。近年形成されたニカラグア手話の進化の中では、アナログからデジタルへの変化。事象が分割されて結合して使われるようになった。言語の進化の中では、概念をより細かく分ける力が働き語彙が増えていく。その単語の音が似ていると、単語を検索・想起するコストが高くなるので、意味と音は恣意的につながる方が望ましい。すなわち、アイコン性→恣意性→体系化→アイコン性という輪が生まれる。
 ちなみに、「チャトラスラム」と「グンドランガ」のどちらが丸いを意味する? という問題がまあまあ正解できてしまう。知らない言語なのに。ここには隠れたオノマトペがあるらしい。面白い。
 第6章は、子どもの言語習得2アブダクション推論篇。“似ている”感覚を足がかりに推論し一般化し知識を増やす。そこで重要になるのがアブダクション推論(仮説形成推論)。アブダクション推論は、帰納推論と同じく常に正しいとは限らないが、帰納推論とは違って、仮説を構築して新たな発見につながりうる。
 第7章は、ヒトと動物を分かつもの。「AならばX」なので「XならばA」というのは、対称性推論と呼ばれる過剰一般化で、論理的に誤り。しかし、ヒトはこれをやりがち。一方、ヒト以外の動物はほとんどしないらしい。その他に、相互排他性推論といったヒトが行いがちな非論理的な推論こそが、言語習得につながったのではないかとのこと。

 身近な例えが豊富で、とても理解しやすく読みやすい。ついつい声を出してしまう。
 何を足がかりに、どうやって言語習得が行われているかは、以前から疑問に思っていたので、それが大雑把に解明された感じがして、とても面白かった。
 ただ、ヒト以外が基本的にアブダクション推論を行わないというのは、本当なのだろうか? その理由としてチンパンジーは、ヒトより安定な環境に暮らしているから、と書いてあるけど。仮にチンパンジーはそうだとしても、アブダクション推論が有利に働く環境に暮らしている動物は多い。というか、原則有利に働きそう。アブダクション推論が、ヒト以外に採用されていないなら、他に理由が考える必要がある。
 現在、ヒト以外の動物の認知や言語についての研究も、どんどん進んでいる。この本は、そうした研究にも大きなキッカケを与えうるんじゃないかと思う。
●「深海問答」川口慎介著、エクスナレッジ、2024年8月、ISBN978-4-7678-3318-7、2200円+税
2024/9/29 ★★

 中学の理科くらいの知識を前提に、海の物理、化学、生物学、さまざまな角度から海について、その研究について紹介する一冊。問答とあるように11章に128の問答。節の最初に短い設問をあげて、それに答える形式になっている。約4割が生物学的な話題。イントロも4つの問答で構成されている。
 第1部は、おそらく概論。調べ方も多めに紹介してある。第1章は潜水の話。海底の地形すら、いまだ全ては解明されていないとは意外。第2章は、海水のサンプリング、そして水循環。第3章は、プレートテクトニクスと海底の調べ方。第4章は海水の化学成分、第5章は海の生物。生物多様性とバイオマス、そして海底下の生物圏の話。
 第2部が、きっと本論。第6章は、炭素循環の話。生物ポンプと沈む炭素。第7章は海の生態系で不足する窒素や鉄の話。第8章は、海底の熱水活動域。見つけ方、物質循環への寄与、生物群集、熱水鉱床、その養殖。第9章は、生命の起源。海底熱水生命誕生説がおもに紹介される。ウォーターパラドックスと液体二酸化炭素プール。
 第3部は、たぶんおまけ。でも重要な内容。避けられないから仕方なく書いてる感が…。第10章は海底資源の話。コストパフォーマンスがまだ合わないのはさておいても、資源開発で海にどんな影響がでるのかという指摘は重要。第11章は、海での気候工学。地球温暖化対策として、海を活用するアイデアがある。それは「太陽放射管理」「二酸化炭素の捕獲と貯留」「大気からの二酸化炭素の除去」。海のアルベド比を高める物質を撒いたり、光合成活性を高めるために海に鉄などの栄養塩を添加したり、アルカリ性の岩石を撒いたり。海の生態系に大きな影響を与えそうなプランが多く、迂闊に実施しないか心配になる。大型藻類を養殖して、深海に沈めるというのは、良さそうに聞こえるけど、大規模に実施したら何が起きるか予想ができない。

 海の研究と言われても、いったい何が研究テーマになって、具体的に何をするのか判らない。その一端がイメージできるようになる一冊。
 それぞれのテーマは面白く、興味を持つのに、必ず物足りないところで終わる。本文を読んでいる間は、それが不満だった。が、最後に「参考文献にかえて」として、さらに勉強したい人向けの読書ガイドが付いている。何を知りたければ、何を読めばいいかが判る。この読書ガイド自体、読んで面白い。
●「死の貝 日本住血吸虫との闘い」小林照幸著、新潮文庫、2024年4月、ISBN978-4-10-143322-6、670円+税
2024/9/26 ★

 副題の通り、日本住血吸虫との闘いの歴史。山梨で水腫脹満と呼ばれた謎の死の病。その正体を発見し、中間宿主を見出し、対策が功を奏するまでの物語。
 水田に手足を付けていると、かぶれ、やがて腹が膨れて、死に至る病。江戸時代以前から知られ、山梨では水腫脹満、広島では片山病、筑後川流域ではマンプクリンと呼ばれていた。感染地域への嫁入りは、早死にを覚悟するような状況だった。明治時代に入ると、ようやく卵が発見され、寄生虫病であることが判明する。
 その後、寄生虫の正体が新種の吸虫であると判明。ウシやイヌを使った野外実験で経皮感染であることが明らかになる。続いて、中間宿主の探索。甲府盆地でなかなか中間宿主が見つからない中、大正2年、筑後川流域でミヤイリガイが中間宿主であることが判明。中間宿主を退治するため広島県で先行して、やがて各地で生石灰をまく作戦が始まった。ミヤイリガイ根絶のため、水路の護岸も進められた。
 一方で、治療薬の開発も行われ、大正時代の終わりから、スチブナールの投与が始まる。昭和に入ると、死亡者数は減少していき、太平洋戦争をはさみつつ、昭和30年代になると、陽性率は1%以下、死亡者も10数名まで減少。昭和40年代には、日本住血吸虫はほぼ根絶されたと考えられたが、利根川流域などで散発的な発生。その後も対策とモニタリングを続け、1990年に日本住血吸虫症安全宣言がなされた。意外と最近。

 日本住血吸虫症の根絶は、日本住血吸虫の根絶とともに、ミヤイリガイの根絶でもある。やむを得ないとはいえ、薬剤をまき、水路を護岸し、一つの種を絶滅させようとする努力の歴史。生態系に大きな影響を与えただろうし、一つの種が失われたのは、残念な感じがしてしまうのは、病気の怖さを肌で理解できていないからだろう。
●「温暖化に負けない生き物たち 気候変動を生き抜くしたたかな戦略」ソーア・ハンソン著、白揚社、2024年5月、ISBN978-4-8269-0257-1、2900円+税
2024/9/19 ★★

 負けないかどうか、したたかかどうかはさておき、地球温暖化の中で生物がどのように反応しているかを紹介した一冊。もちろん、今後どうなりそうかについても、それなりに言及している。
 第1部は、イントロ。第1章で、生物が絶滅することの発見の歴史、そしてそこには人間活動の影響があるこという認識。第2章では、温暖化ガスとしての二酸化炭素を紹介。
 第2部は、温暖化が生物にどんな問題を引き起こすかを4つに整理。タイミングのミスマッチは、密接な関係にある種間関係を妨げる。暑さは、生存の限界にならなくても、活動時間に影響を与え、病原体への抵抗性を弱める。分布域がかわって生じた新たな種間関係は、しばしば不利益をもたらす。寒冷な山頂が失われると行き場を失う生物が出現し、温暖化に伴う海の酸性化は炭酸カルシウムの殻をもつ生物を危機に陥れる。
 第3部は、温暖化に対して生物がどのように応答するかを4つに整理。より寒冷な地域に移動し、温暖化に適応し、進化し、レフュージアに逃げ込む。食性をシフトしたヒグマ、2つのハリケーンで進化したアノールトカゲ、めざとくレフュージアで生き抜くナキウサギ。生物のたくましさも垣間見える。
 第4部、では実際どうなるのか、なってきたのか。中南米の山地の植物の分布は標高の高い方にシフトし、北アメリカの鳥の分布は北にシフトした。最終氷期までのヒトの分布も気候に応じてシフトしてきたし、人間の歴史にも気候変動が影響を与えている。一方、現象が予測された北極圏のヒメウミスズメは、予測に反して温暖化の中で、むしろ増加する勢い。正確な予測は難しい。

 気候変動の影響がこんなに目に見える形で、すでに表れていることは、衝撃的。ただ、日本の鳥の繁殖分布に関しては、分かりやすい形では影響が見えていない気がする。どうしてだろう?
 問題解決の第一歩は、みんなが関心を持つことだ。から始まり、「できることはなんでもやることだ」で終わる。否が応にも行動すべき時というのは実感できる。
●「カニの ダンス」越智典子文・伊藤知紗絵、福音館書店ちいさなかがくのとも2024年6月号、418円+税
2024/7/17 ★

 三浦半島の小網代を舞台に、チゴガニ、ハクセンシオマネキ、ヤマトオサガニ、コメツキガニのダンスが紹介される。ダンスの分解図に言葉を付けて。これを読めば、みんなでカニダンスができそう。
 小網代に取材に行って、そこのグループが発行している冊子も見た上で、この絵本を作ったらしい。SNSで気になる書き込みを見たので、そのグループとの関係が気になる。
●「都市に侵入する獣たち クマ、シカ、コウモリとつくる都市生態系」ピーター・アラゴナ著、築地書館、2024年3月、ISBN978-4-8067-1662-4、2700円+税
2024/9/13 ★★

 都市で暮らす動物の歴史を語り、共存を考える一冊。舞台は、ほぼアメリカ合衆国なので、あくまでも北アメリカ中心の歴史。出てくるのは、哺乳類と鳥類が中心。
 第1章は、都市ができる前の時代。さまざまな動物が暮らす場所に、そうした動物を追い払って都市がつくられた。第2章、都市ができてしばらくの間、18世紀から19世紀、都市に野生動物はおらず、家畜が闊歩していた。第3章、19世紀後半から20世紀初頭、都市に緑地がつくられるようになり、リスが暮らすようになった。第4章、20世紀半ば、都市が郊外に拡大し、狩猟が衰退。その中で、オジロジカが復活。第5章、20世紀終わり、生息地を保全する動きが出てきた。その象徴が、カリフォルニアブユムシクイ。
 そして、次々と都市に進出する動物が目立ち始める。中でも大型の動物が取り上げられる。コヨーテ(第6章)、アメリカクロクマ(第7章)、ハクトウワシ(第8章)、そしてピューマ(第9章)。危険な大型の動物の街への進出は、さまざまな議論を引き起こす。むしろ都市の方が成功しているコヨーテやクマが印象的。都市生態学の出現も重要なトピック。
 最後は、都市における動物とのつき合い方。第10章は病原体を撒き散らして危険とされたコウモリとの共存を考える。第11章は、外来生物問題と、傷病鳥獣の救護をめぐる議論について。第12章は、駆除の効果、というか効果の少なさについて。都市と共進化する生き物、という考え方と実例を紹介し(第13章)、もう一度、都市での動物との共存を考える(第14章)。

 都市に進出する哺乳類が大型過ぎて引くけど、同じような事態は日本でも起きている。日本の状況をある程度知った上で読んだ方が、より身近な問題として考えられる。一方で、日本の都市と、歴史の浅い北アメリカの都市では、事情の違いもいろいろ感じる。いずれにしても、いろいろ勉強になる。

 原題は「The Accidental Ecosystem」。直訳を邦題にする訳にはいかないのは判るが、この邦題はかなりダメ。哺乳類だけでなく、鳥類もかなり出てくる。鳥に興味のある人にもオススメの内容なのに、そうした読者が手に取らない。
 訳者が全員哺乳類屋の割りには、鳥の和名を頑張って調べた感があるが、間違いもある。158ページにハゲワシとあるが、北アメリカの話なのでハゲワシではなくコンドル(vultureを機械的に訳したのでは?)。218ページにクロウタドリが出てくるけど、北アメリカには生息しない。北アメリカのblackbirdは、ハゴロモガラスやムクドリモドキのこと。ほかの場所では、ちゃんとハゴロモガラスが出てくるのに残念。
●「きっかけはコイの歯から 魚と米と人のかかわり」中島経夫著、サンライズ出版、2024年1月、ISBN978-4-88325-805-5、2800円+税
2024/7/8 ★

 琵琶湖博物館の名誉学芸員(そんなシステムがあるんだ!)が、魚類学から古生物学・考古学へ、大学院以降の研究史を紹介した一冊。イントロによると、コイの歯からさまざまな事が判ることを伝えるのが目的とのこと。
 最初は魚類学。第1章は、咽頭歯研究のきっかけ。ワタカを調べようとして失敗。で、第2章は、ホンモロコの咽頭歯研究。第3章、歯科大学に就職して、コイ科の咽頭歯研究を本格化させる。
 第3章の途中から化石に手を出す。ワタカ化石にはじまり、さまざまな咽頭歯化石を研究し、対象は古琵琶湖から東アジアに発展。
 第4章が琵琶湖博物館での活動。うおの会の活動紹介などからの、考古学的展開。咽頭歯研究から、日本の魚類相、そして縄文文化・弥生文化を語りはじめる。イネと同時に魚を育てる場としての水田という視点が、どのくらいオリジナリティが高いのか、不勉強で判らなかった。


●「ダーウィンの進化論はどこまで正しいのか? 進化の仕組みを基礎から学ぶ」河田雅圭著、光文社新書、2024年4月、ISBN978-4-334-10292-0、1000円+税
2024/7/5 ★★

 タイトルから勘違いする人がいるかもだけど、反ダーウィニズムの本ではなく、ダーウィンの進化論からの進化の総合説、その後の展開を紹介した一冊。
 第1章は、進化とは何か。あちこちから引っ張ってきた進化の説明のダメ出しをする。某博物館も並んでて怖〜となった。有害なアレルの進化、というトピックで、遺伝的浮動のパワーを紹介。最後に、自然選択万能ではない「拡張した進化総合説」の紹介。
 第2章は、変異・多様性とは何か。まずは突然変異はランダムか問題。適応的な突然変異は知られていないが、突然変異率には、いくつかの傾向が知られるようになっている。そして、突然変異率の進化が議論されるようになっている。ドリフトバリア、ストレス誘発性突然変異。後半は、遺伝的多様性とは適応のための素材にもなるけど、遺伝的荷重にもつながるという話。からの、遺伝的多様性が維持される3つのメカニズム。最後は、エピジェネティック遺伝の話。すなわち、DNAメチル化、ヒストン修飾、ノンコーディングRNAなど、DNA配列に依らずに次世代に伝わる遺伝子制御情報。ずっと伝わっていく訳ではないらしい。エピジェネティックな変化の後で、DNA配列が変化できるのかよく判らず。
 第3章は、自然選択とは何か。自然選択が働く単位、集団選択が働く条件、種の保存のための進化は生じない、利己的遺伝子、利他行動の進化。とても懐かしいネタが並ぶ。著者は利己的遺伝子が好きじゃないってことは分かった。最後は赤の女王仮説の歴史とダメ出し。適応進化一辺倒には、一貫して苦言を呈してる。
 第4章は、種・大進化とは何か。種、種形成、生殖隔離、自然選択の役割が順に解説される。後半は、大進化、すなわち複雑な性質の進化の話。使い回しと組み合わせによる進化と、遺伝子制御ネットワークによる進化。集団中のすべての個体の生存率を低下させる大きな環境変化の影響。そして、全ゲノム重複。大進化のメカニズムが、議論の俎上に上がってきた感じ。
 最近の動向を把握してなかったので、特に第2章と第4章の後半は勉強になった。一年分の講義ノートをまとめた感じ。とにかくもりだくさん。サクッと中身を知りたい人は、各章の最後の要約だけ読むといいかも。でも予備知識ないと読んでも分からないかも。

●「縄文時代を解き明かす 考古学の新たな挑戦」阿部芳郎編著、岩波ジュニア新書、2024年3月、ISBN978-4-00-500982-4、940円+税
2024/7/4 ★

 編者と3名が、縄文時代を扱うイマドキの考古学を紹介する。
 第1章は、編者による考古学の紹介。縄文土器は煮炊きに使われたということが、繰り返し出てくる一方で、いろんな事が語られるが、未整理過ぎて、結局、何が何やら判らないまま終わる。他の著者と違って、 「みなさんは〜」と呼びかけ口調。
 第2章は、縄文土器。編者以外の1人が安定同位体比を用いて、土器に付いたお焦げを分析して、何を料理していたかについての研究を紹介。続いて、ウズマキゴカイと珪藻を手がかりに、製塩土器の発見の話を、編者から。
 第3章は、編者以外の2人による、縄文人が利用していた動植物の話。動物考古学では、縄文時代の漁労を明らかに。花粉分析などを駆使した植物考古学では、ドングリ・クリ、及びウルシの利用、そして編みと組みに利用した植物の話。ウルシがそんなに昔から利用されていたとは。クリ林やウルシ林の歴史も古い。木材・ツルの利用地域と、ササの利用地域に分かれつつ、さまざまな植物が道具として使われていたという話は新鮮だった。
 第4章は、人骨と土偶。編者以外の著者は、人骨の安定同位体比で、縄文人の食物に迫る。そして、編者による土偶の話。昔ながらの文様と土偶の意味の話。
 第5章は、おまけ。編著者5人の“なぜ研究者になったか”の話。

 イントロによると、縄文時代の最新研究を紹介する本らしい。確かに、安定同位体比などを使って、縄文時代を科学の手法で解き明かそうとしている。しかし、編者による(製塩土器のパートはさておき)土偶のパートは、昔ながらの解釈学をやってるだけにしか見えない。なぜこのパートを入れたのか判らない。そもそも編者のパートだけが、他の著者と文体が違うし、内容もとっちらかり気味で読みにくい。
●「化石に眠るDNA 絶滅動物は復活するか」更科功著、中公新書、2024年2月、ISBN978-4-12-102793-1、1000円+税
2024/6/28 ★★

 副題から絶滅動物の復活を脳天気に推進する話かと思って、用心しながら読み始めたが、さにあらず。古代DNA研究の歴史がメイン。最後に絶滅動物の復活の試みを紹介しつつ、技術的問題点と倫理的問題点を総括する。ちなみに化石に限らず、今生きてる生き物ではなく、死んで時間がたった生き物から抽出したDNAは、すべて古代DNAと呼ばれる。
 第1章と第2章は、イントロ。古代DNA研究の前に、化石からタンパク質(アミノ酸)を調べよういう試みがあったって話。そして、冷凍マンモスや琥珀の中の蚊から古代DNAを抽出しようという動きが始まりつつあった。
 第3章から、いよいよ古代DNA研究のスタート。1980年代、絶滅したクアッガの剥製からDNAの抽出が試みられる。DNAの遊離、精製、濃縮、死後の変化の復元の技術的な部分が解説される。第4章は、あのペーボによるミイラの古代DNA研究の話。プラスミドを使った大腸菌へのDNAの導入が解説される。そしてコンタミの怖さも。1980年代後半にはPCR技術が開発され新時代がスタート。というのが第5章。
  第6章は、黒歴史。この分野の研究者が、それほど「ジュラシック・パーク」に踊らされてたとは知らなかった。そして、恐竜化石から次々と怪しげな“恐竜DNA”が抽出される。
 第7章は、ネアンデルタール人のDNA研究。恐竜DNAで地に堕ちたこの分野の評判が、これで復権したらしい。ペーボのチームの仕事がおもに紹介される。途中からは次世代シークエンサーも登場して、古代DNA研究が科学としての地位を固めていく。
 最後の第8章と第9章は、絶滅種復活の試みの話。その手法としての戻し交雑、クローン、遺伝子編集の試みが紹介される。一番見込みがあるのは遺伝子編集かもしれないが、道のりは遠く、種としての復活という話になりそうにはない。そして、倫理的には、“生態系の復元”とは何か?可能なのか?という点が考察される。絶滅種の再導入の影響についての考察は、多くの人が一読すべきと思う。

 正直に言えば、恐竜DNAの抽出は、まだまだ遠い夢だったんだなぁ。という感想。絶滅種復活に関しては、というかあらゆる環境の復元を目指す活動においては、何を根拠にどんな生態系を復元するつもりなのか?という問いは重要だと思う。そもそも復元なんて無理っしょ、と思いつつ。
●「チョッキリ 草木を切って子育てをする虫」藤丸篤夫著、福音館書店たくさんのふしぎ2024年5月号、736円+税
2024/6/27 ★

 植物の葉や茎や果実に卵をうみつけ、その中身を食べて子どもが育つチョッキリ。メスはただ植物に卵を産み付けるだけでなく、葉をまいたり、枝を落としたり、茎を切ったり、その中で育ち、その後土の中で蛹化する幼虫のために、いろいろな加工をする。それは近縁のオトシブミに似てるけどちょっと違う。そんなチョッキリの子育てを代表的な種で紹介。
 登場するのは、葉を巻くミヤマイクビチョッキリ、コナライクビチョッキリ、ドロハマキチョッキリ。巻いた葉を落とすこともあるマルムネチョッキリ。歯の根元を切って萎れさせるシリブトチョッキリ、ヒメケブカチョッキリ。枝つきの枝を落とすハイイロチョッキリ。果実を萎れさせるモモチョッキリ。枝を切って何枚かの葉を巻くイタヤハマキチョッキリ、ファウストハマキチョッキリ。葉を巻いた最後を留めるのに粘着物資ではなく、葉の毛で縫うブドウハマキチョッキリ。多様なパターンがあって楽しい。

 他のオトシブミやチョッキリの揺籃に、自分の卵を産みこむという托卵をするオオメイクビチョッキリ、ヤドカリチョッキリ。チョッキリの幼虫に寄生する寄生バチなど。つくった揺籃を巡ってさらに種間相互作用が展開する。托卵なのに、寄主と仲よく育つというのが意外だった。この最後の部分をもっとフィーチャーして欲しかったかも。
●「鳥類学が教えてくれる 「鳥」の秘密事典」陳湘静・林大利著、ソフトバンククリエイティブ、2023年1月、ISBN978-4-8156-1744-8、1500円+税
2024/6/27 ★

 序章で鳥の系統や多様性を簡単に紹介した後、鳥の体の不思議、驚きの食生活、鳥は話し求愛し子育てする、飛んで旅をする鳥たち、と4つのテーマに分けて、鳥の様々な側面を、論文をベースに紹介する。後ろには引用文献と登場する鳥の解説が完備。
 鳥の体の不思議では、形態・感覚器に加えて、暑さ対策、鏡像自己認識、日光浴・蟻浴、睡眠といった行動も出てくる。驚きの食生活では、貯食、はやにえ、労働寄生などにも話題が及ぶ。鳥は話し求愛し子育てするでは、繁殖生態に加え、最初に鳴き声の話題。飛んで旅をする鳥たちの最後には、環境破壊や地球温暖化問題も付いている。一番最後が、渡りに絡めて、各部門No.1は誰?というのがきてるのといい、構成の仕方が面白い。
 ちなみに、著者2人は台湾の方なので、出てくる鳥も台湾の鳥が多め。ヤマムスメがあちこちに出てくるし、モズはタカサゴモズ、ハクセキレイはホオジロハクセキレイ、キツツキはオオアカゲラ、コシアカツバメはオオコシアカツバメ。クロヒヨドリ、ズアカエナガなど台湾らしい鳥も登場していい感じ。台湾の鳥の研究例も随所に出てきて、台湾の鳥類学のレベルの高さが伺える。

 論文ベースに、可愛いイラストで鳥のさまざまな話題が紹介されていて、とても勉強になる。解説は、少し言葉足らずかなという部分や、どうして今その解説?という部分もあるが、わかる範囲で大きな間違いはないし、ややこしい内容を正確さを犠牲にせず要領よくまとめて説明していると思った。イラストはマンガチックにデフォルメされているけど、その種の特徴をちゃんと押さえているので違和感はない。鳥類学のかなりの部分を、万遍なくカバーしている感じ。大枠では知ってる内容ばかりだけど、あちこちに知らないこともあって、勉強になった。
 とくに勉強になったのは、コオバシギが上嘴を曲げられる。暑い時、アメリカトキコウは自分の足にフンを垂れ流す。ツメバケイはそのうで食べ物を発酵・消化する。イエスズメの嘴は農耕の開始で太くなった。南米のヒレアシシギはチリフラミンゴにつきまとって採食。アメリカオオコノハズクは巣内の虫を食わせるために生きたヘビを持ってくる。マミハウチワドリはメスごとに色や柄の違う卵を産む。ルリオーストラリアムシクイは托卵されたらヒナのいる巣を放棄し、ハシブトセンニョムシクイはアカメテリカッコウの雛を巣から引き摺り出す。カンムリチメドリは、2ペアが1つの巣で一緒に子育て。台湾のクロヒヨドリややゴシキドリは冬になると高標高地に移動する。
 ただ内容面で気になることがないわけではなく。30-31ページの羽根の説明で、正羽や綿羽と同列に風切羽が並んでいたり、雨覆を体羽としてるのには違和感。52ページにミラーテストに合格したのはカササギ以外はすべて哺乳類。というのは古い文献に基づいている。85ページにコサギがルアーフィッシングすると書いてあるけど、文献が付いてない。本当なのかな? ササゴイやユキコサギではなく? 103ページにアオアズマヤドリが巣を飾りたてるとあるけど、あれは巣じゃない。104ページ「一夫多妻制の鳥のヒナは一般に早成性」とあるけど、晩成性のスズメ目でも珍しくない。

 台湾の著者2人は、とても鳥に詳しそう。それに対して、日本側の翻訳者と監修者は、あまり取りに詳しくなさそう。台湾のお二人の知識量で成立はしてるけど、とくにどうして哺乳類屋を監修者に据えたのかは疑問しかない。

 翻訳上の間違いと思ったのは次の通り。22ページの汎存種の例で「ウやハヤブサ」とあるが、すべてのウが汎存種ではない。カワウとすべき。64ページでダーウィンフィンチをホオジロ科としているが、いまはフウキンチョウ科(原文がどうあれ修正すべき)。あとユーラシアカササギとあるけど、標準和名はカササギ。150ページの“シロガシラクロヒヨドリ”は何が正解かわからない。
●「ウマははしる ヒトはこける 歩く・飛ぶ・泳ぐ生物学」本川達雄著、中公新書、2024年2月、ISBN978-4-12-102790-0、1000円+税
2024/6/22 ★

 歩く・走る、泳ぐ、飛ぶという脊椎動物の3つの運動様式、そのメカニズムとそれを実現している体のつくりについて解説する。はじめにに曰く、それを通して動物たちと自分自身を理解しようとする一冊。
 第1章〜第3章は、歩く・走るがテーマ。第1章は哺乳類の四肢の構造と歩様の話。第2章は、歩行・走行の力学。二本足の例として、ヒトに加えて、恐竜と鳥も登場する。2足歩行の倒立振り子モデルやバネ振り子モデルは、自分で試せるので楽しい。第3章は両生類からはじまる脊椎動物の歩行の進化の話。背骨の進化では魚類や脊索動物にまで遡り、四肢の進化では魚類と両生類の比較が行われる。
 第4章は、もはや著者の持ちネタ「なぜ動物は車輪を進化させなかったのか」の復習からはじまり、自転車の良さを宣伝して終わる。
 第5章は、筋肉の話。構造や収縮特性はいいのだけど、魚の筋肉の話になると(ジブとかW字の白筋など)、なんか話が面倒。
 第6章は、泳ぎの話。推進機構は、翼、櫂、ジェット推進。で、高速遊泳する魚の尾びれが、翼だったとは知らなかった。ウナギ型の波動遊泳は、奥が深かった。
 第7章は流体力学。なんか面白そうだけど、難しくて、ちゃんとは理解できなかった。
 第8章〜第10章は飛行の話。第8章はおもに鳥の体の構造が解説される。大胸筋と小胸筋で翼を動かしつつ、叉骨がバネとしてサポートするとは知らなかった。肋骨の鉤状突起が、胸郭を頭尾方向に支え、肩甲骨付着面を提供しているとは思ってなかった。ちなみに風切羽の説明で“羽柄の先が骨の可動ソケットにはまり込む”とあるけど、少なくとも次列風切はそうじゃないと思う(骨はむしろ丘になってるし)。“次列風切羽を抜いても鳥は飛べる”とあるけど、本当かなぁ。第9章は、飛行の力学。アスペクト比、翼面荷重、揚力、抗力。流体力学の続きで難しい。第10章は色々な飛び方。羽ばたき飛行(速い飛行、遅い飛行、空中停止)と滑翔(熱気泡滑翔、ダイナミックソアリング)。最後は水中を飛ぶ鳥の話。

 第11章でウニの歩行がおまけで出てくる。そして、おわりにの後には、例によって楽譜が載ってる。とても勉強になった気もするけど、面白かったかと言われるとやや微妙。事実関係と著者の解釈が入り混じっているような部分が、少し気になった。
●「鳥が人類を変えた 世界の歴史をつくった10種類」スティーヴン・モス著、河出書房新社、2024年2月、ISBN978-4-309-22913-3、2900円+税
2024/6/6 ★

 10種類の鳥をとりあげ、人類との関わりを紹介しつつ、やがて人が鳥や自然にどのような影響を与えているかを語る一冊。
 ワタリガラスは神話に登場。あがめられたり迫害されたり。欧米やシベリアの民族の間では、親しまれて神話に登場してるかもしれんけど、日本にはほとんど分布してないので八咫烏は関係ないよな。ハトは、古い家禽として、伝書鳩として。確かに戦争の帰趨に関係したかもしれん。シチメンチョウは家禽そして食糧として。ヨーロッパにそんなに古くに到達して、そんなに重要な食糧だったとは。ドードー、一番有名な絶滅動物の一つ。ダーウィンフィンチ類、ダーウィンの進化論に影響を与えた、という間違った評判で有名。グアナイウはグアノの生産者。多くの悲劇と多大の富を産み、なにより農業のあり方を一変させた。ユキコサギ、羽根を狙って乱獲され絶滅危惧種に、そして保護運動のきっかけに。ハクトウワシ、かつては第三帝国、いまはアメリカ合衆国、あるいは全体主義・自民族中心主義の象徴。スズメ、中国での大虐殺としっぺ返し。ついでにオーストラリアでのエミューとの闘い。コウテイペンギン、地球温暖化のシンボル。

 鳥が人類を変えた、世界の歴史をつくった、という話が並ぶかと思いきや、それに当てはまるのは、戦争の帰趨に関わったハト、食糧危機を救ったシチメンチョウ、大量の肥料を投入する農業に転換させてしまったグアナイウ、自然保護運動のきっかけになったユキコサギくらい。むしろ、ドードー、スズメ、コウテイペンギンは、鳥が人間による迷惑を被った話。ワタリガラス、シチメンチョウ、グアナイウ、ユキコサギも人間の影響を強く受けた話。というか、著者はどうみても、そっちを語りたかった様子。タイトルは買わせるための作戦?

 読んでいて気になったのは翻訳。
 ハトに対して”家畜”という言葉を使っている。“畜”は哺乳類を指すので、とても気持ち悪い。初出のみ“家畜化(家禽化)”としているので、わざとなんだろうけど、どうして家禽を避けたのか意味が分からない。少なくとも、56ページではハトを“害獣”と記しているのは、どうにかしてほしい(ちなみに74ページでは害鳥という語を使ってる)。
 翻訳の間違いとしては、24ページに「旧北区西部(ヨーロッパ、北アメリカ、中東)」とあるけど、北アメリカではなくアフリカ北部が正しい。
81ページのgalliformesはGalliformes。
 間違いとは言えないかもだけど、ダーウィンフィンチ類の章で、warblerの訳に“ムシクイ”の語を当てているので、変な感じになっている。warblerはムシクイより幅広い範囲に使われる。あと、“ヨーロッパウグイス(訳注:日本のいわゆるウグイスとは別系統)”というのは、どうしてこういう書き方にしたのか不思議。両者は同属なので、同じ系統と言う方が自然。単に“別種”とすればよかったのに。
●「奄美でハブを40年研究してきました。」服部正策著、新潮社、2024年3月、ISBN978-4-10-355571-1、1600円+税
2024/5/26 ★

 著者は、東京大学医科学研究所の奄美大島にある研究施設で、1980年から40年間務めた。仕事はハブの研究が中心。それ以外に休みの日には奄美大島の山を歩き回り、奄美の自然を満喫してきた。奄美大島の動植物の専門家として、さまざま委員会に関わり、世界遺産指定にも関わった。そんな著者による前半はハブの紹介、後半は奄美の自然紹介の一冊。なお著者名は単著になっているが、あとがきによると、著者が語った話を、栗下直也氏が補足しまとめたものだという。

 第1部はハブの話。かつてのハブの大きさ、毒性の進化、そしてハブに噛まれたらどうするか。医者は、毒ヘビに噛まれたら、何もせずに病院に行ってワクチンを打つように教育される。が、ハブ毒のすべての成分はワクチンで対応できないんだそうな。だから、噛まれた直後に、できるだけ毒量を減らすのが肝心だという。患部を洗って、吸って吸って吸いまくるといいらしい。ポイズンリムーバーは使えるとのこと。同行者が臭い足を噛まれたら悲劇。吸ってあげない訳にはいかないかなぁ。
 ハブは奄美大島のどこにでもいる可能性があるが、ハブはネズミをよく狙うので、山より里の方がいる可能性が高いという。よく覚えておこう。
 ハブ捕りの世界。ハブを食べる話。ハブとマングースの対決の話。ハブ捕り罠を研究した話。ハブ関連の話題がいろいろ。そして最大の謎。公務員なのにどうして40年間異動なしに奄美大島に居続けることができたのか。

 第2部は奄美の自然の話。奄美のオススメ10スポット。奄美のナチュラリスト紹介。奄美の食べ物、とくに鶏飯と黒糖焼酎。そして命がけのかつての選挙。奄美の季節のイベントと世界遺産登録。とにかく奄美大島に行ってみたくなる。
●「キリンの保育園 タンザニアでみつめた彼らの子育て」齋藤美保著、京都大学学術出版会、2021年6月、ISBN978-4-8140-0333-4、2200円+税
2024/5/21 ★

 単身タンザニアに行って、キリンの子育てを研究する話。同じ国内に同じ研究室の人がいるとはいえ、国立公園のスタッフにかなり支援してもらえるとはいえ、とても大変そう。ただでさえさほど予備知識のない対象を、初めての場所で調査するのは大変。さらに言葉や文化の壁。いろいろ苦労しながらも研究を進めていく。
 第1章はイントロ。キリン研究者って、みんな幼少期にルーツがあるのかな? 第2章は調査地さがし。カタヴィ国立公園の事務所の近所を見つけるまでの苦労。ドキドキのバス旅行、手間取る手続き、カバとの接近遭遇。そしてじっくり観察できないキリン。地元の人との交流とすれ違いを含め、アフリカなどでの研究初期あるあるがいろいろ。
 第3章からは調査結果の紹介が中心。第3章は、調査スケジュール、キリンの個体識別、保育園およびキリンの親子関係。第4章は、保育園がないときの調査テーマの紹介。キリンの休息行動・休息場所・1日の過ごし方、食性。こぼれ話的に、キリンと人との関係、調査時に怖い動物。最後には、地元の社会の変化についても触れている。
 第5章がたぶんメインの研究テーマ。第5章では、保育園での、もらい乳、オスとの関係、ママ友関係。最後にはタンザニアでの子育ての様子。
 第6章は、失われた保育場所の話から、保全の話。第7章はエピローグに近い。

 著者は日本で唯一の野生キリンの研究者だそう。車をはじめたくさんの機材・人材を投入する他国のチーム。それに対して、単身、車もなくローテク。その違いを活かしつつ、キリンの生態を解き明かしてきたのは、とてもかっこいい。効率は悪そうだけど。
●「生き物の「居場所」はどう決まるか 攻める、逃げる、生き残るためのすごい知恵」大崎直太著、中公新書、2024年1月、ISBN978-4-12-102788-7、1050円+税
2024/4/26 ★

 「居場所」とはニッチのこと。資源競争があまり激しくなく、競争排除が生じない状況では、競争よりもいかに捕食者から逃れるかが重要になり、捕食者から逃れる方法に基づくニッチ(天敵不在空間enemy-free space)を認めることができる。また、資源競争が生じない状況でも、繁殖干渉という競争に類似した種間関係によって、競争排除のような状況が生じる。というのが要旨なのだが、そこに到達するまでに、延々と前置きが続き、分類学や生態学の歴史を振り返らされる。
 第1章は、「種」とは何か、と題して、分類学と進化論の初期の歴史が、ざくっと紹介される。とくに進化論のパートは大雑把な感じ。木村資生の中立説はあくまでも遺伝型の進化の話なのに、まるで表現型の進化のように書かれている。
 第2章から第4章は、生態学の歴史をたどる。第2章はニッチ概念の解説、第3章は種間競争と共存の理論、第4章は競争排除に基づくニッチ分割ではなく、むしろ野外では競争が起きないレベルに個体群は抑えられているんじゃないかという比較的近年の考え方が紹介される。生態学の有名人が多数登場し、それに関連した横道の話題も出てくるから、本筋がなんだったか忘れそうになる。あと、著者はグリンネルを引き合いに、ニッチ=habitat的な説明をする一方で、とくにrole nicheの説明もなく、エルトンやハッチンソンを出してくるのが気持ち悪い。天敵不在空間の話で、擬態を出すなら、それはrole nicheだと思うのだけど。
 で、ようやく第5章で天敵不在空間、第6章で繁殖干渉の話。自身と京大・農・昆虫の先輩や学生の仕事の紹介が多め。
 終章では、第1章からの話が、要約版で繰り返される。先にこれを読んで、第5章から読めばいいかも。そしてなぜか今西錦司が出てくる。と思って著者の年齢を確認してしまった。この世代は、なにかしら今西を意識するんだなぁ、と思った。

 ちなみに著者は、繁殖干渉を競争の一種のように扱っていて、違和感を覚える。モデル的には競争に近いかもしれないが、一種の干渉ではあるけど、競争とは別の種間相互作用として扱った方がいいと思う。実際、著者のところどころで、競争と繁殖干渉を分けて書いていたりする。
 さらにちなみに、昆虫で繁殖干渉が、生息場所選択や分布に影響を与えていることがあるのはいいとして、鳥類など他の分類群ではどうなんだろう? 近縁種の存在が、資源競争とは別個に、(おそらくmating絡みで)干渉を通じて繁殖成功度を下げる可能性はあっても良さそうな気がした。
●「パンダはどうしてパンダになったのか?」方盛国・王?他著、技術評論社、2023年6月、ISBN978-4-2971-3533-1、1400円+税
2024/4/24 ★

 中国奥地の島のように孤立した6大山系にのみに生息し、推定2000頭にも満たない生息数といったジャイアントパンダの現状を簡単に紹介した後、ジャイアントパンダの進化の歴史がたどられる。
 数100万年前、キツネ大の肉食動物だった始パンダ。それが氷期を境に、ピグミージャイアントパンダに入れ替わり、70万〜50万年前には巨大なアイルロポダ・バコーニが現れた。この間に、肉食性から雑食性を経て草竹食になり、同時に体が大型化していった。一番反映した時代、アイルロポダ・バコーニは黄河流域と長江流域に広がっていたという。しかし、約20万年前、再び氷期が訪れ、アイルロポダ・バコーニの大部分は絶滅し、秦嶺山系の個体群だけが生き残り、それが現在のジャイアントパンダに連なる。
 温暖な時代に少し分布を拡げたジャイアントパンダは、約1万年前の寒冷な時代に試練を受け、秦嶺と四川省の2ヶ所にだけ生き延び、今や2つの個体群は別亜種に分化している。
 氷期の絡んだジャイアントパンダの系統進化と分布の変化は面白い。ストーリーとタイトルもフィットしている。しかし、進化の説明が気になる。曰く「急速な進化で新しい生存環境に適応するために自らを変化させたのです」。自らの意志で進化したかのような説明はやめてほしい。
●「恐竜の復元」犬塚則久文・廣野研一絵、福音館書店たくさんのふしぎ2023年12月号、700円+税
2024/4/24 ★

 恐竜の復元を、過去と現在で対比して、その歴史の一端を紹介する一冊。
 まずは脚の付き方が、ワニ型からサイ型に変わったこと。そして、近年で一番大きな変更点である、尻尾を垂らしたゴジラ型から、尻尾を後ろに伸ばした現在のスタイルへの変更。
 目の付き方から、肉食獣と草食獣を判断でき。口先の形から樹上の葉っぱを食べるか、地面の草を食べるかの評価できる。三半規管の角度から頭の角度を検討。何を根拠にどう復元されたかが判るページは面白い。ケン竜の背中の板にカバーが付いていたことになった理由はなんだろう?

 半ばのパートが、哺乳類と恐竜の類似で話が進む。かつては爬虫類をベースに復元されていた恐竜が、現在は哺乳類ベースの復元になんどなく変わったかのように読まれないかが気になった。
 腰の関節の形から、脚の付き方の考え方が変わり、尻尾を垂らした形の復元からの現在の復元につながった。脚の付き方からして、哺乳類との比較の方が理解しやすい。という流れが、必ずしも明記されていないけど、子どもは理解できるのかな?
●「死んだ動物の体の中で起こっていたこと」中村進一著、ブックマン、2023年12月、ISBN978-4-89308-965-6、1800円+税
2024/4/23 ★

 獣医病理医の著者は、開業医と研究者の中間的なスタンスで、死んだ動物を病理解剖して、その死因を追求する。その経験を中心に、学生時代の思い出話を織り交ぜて、20篇のエッセイが収められている。
 個々のエッセイは、内容はさておくと、病理解剖の必要性を訴え、正しい飼育方法を普及する、といった観点での教訓話に落とし込まれていることが多い。
 内容は、ゾウの腸が膨らみまくるとか、正体が分からないほどになった疥癬タヌキとか、ロードキルの話など、ホネホネ団的には、よく知ってる話題が多い。正しい飼育方法の話題は、ペットを飼育していれば知っていそうな話題が多く、むしろ知らずに飼ってる人がいろいろ出てきて驚いた。ただ、ヘビとカメ、ウサギとモルモットを一緒に飼わない方がいいというのは知らなかった。ネコの室内飼いを推奨する一篇はとてもよかった。
 この本で一番印象的だったのは、ホネホネ団と近くて遠い獣医病理医の仕事と指向性。「さまざまな動物の組織標本を保管する博物館」をつくるのが、どこまで本気かは知らないけど著者の夢なんだそう。自然史博物館でよさそうな。さほどきっちりとは保管してないけど。そして動物とは、せいぜい脊椎動物だけのよう。
●「生命 最初の30億年 地球に刻まれた進化の足跡」アンドルー・H・ノート著、光文社文庫、2023年9月、ISBN978-4-334-10049-0、1800円+税
2024/4/21 ★★

 原題は、「Life on a Young Planet」。邦題の方が内容がわかりやすい。邦題通り地球の最初の生命の痕跡がある約35億年前から、顕生代すなわち古生代がはじまる約5億4300万年前までの約30億年の生命の歴史がおもなテーマ。すなわち、多くの生命の歴史の物語ではスタートであったりするカンブリア爆発が、この本ではいわばゴールになる。

 第1章はイントロ、カンブリア爆発の化石がでる北シベリアのコトゥインカンがスタート地点。その後、生命の起源にまで一気に遡り、最後に再び戻ってくる。この後も、各章は、しばしば化石の発掘現場からストーリーが始まり、その研究プロセスを経て、語られていく。
 第2章もイントロ。地球を生命が暮らせる世界として維持する物質循環の大きな部分は、原核生物がになっていること、古細菌・細菌・真核生物の3つのドメイン、生物の歴史は地球環境の歴史でもある。といったこの本でキーになる内容が説明される。
 第3章もある意味イントロ。8億〜6億年前のスピッツベルゲン島の地層をつかって、シアノバクテリア、藻類、原生動物の化石を材料に、ストロマトライト、バイオマーカー、安定同位体の分別効果といった初期の生物を調べる方法が紹介される。

 第4章、最初の生命の兆しを求めて、西オーストラリアのワラウーナへ。35億年前の細菌の化石とされるものや、同位体比から生命の兆候が推察される。第5章は、生命の起源について化学的な検討。RNAワールドに、遺伝子暗号や膜構造の起源。
 第6章の舞台は、カナダのガンフリント。20億年前前後の鉄の豊富な地層の存在は、当時はまだ大気や海に酸素が乏しかったことを示す。そして、その後、酸素革命が起きる。第7章は、酸素革命の担い手のシアノバクテリアについて。
 第8章は、真核細胞の起源がテーマで、細胞内共生の話。そして第9章の舞台は、中国のリン鉱山、ドウシャントゥオ。約6億年前の最古の真核生物の化石の話。問題はいかに真核生物であると判断するか。
 第10章では、最古の動物を探す。舞台はナミビアのナマ層群。エディアカラ動物群の円盤群やヴェンド生物群といった謎の動物が登場し、論争を巻き起こす。
 第11章はいわばゴール。カンブリア爆発で登場する動物の話。とく左右相称動物の起源と系統が検討される。とくに化石記録と、レイの分子時計の研究のずれをいかにすり合わせることができるかが議論される。

 第12章はまとめ。であり、生物の歴史が、いかに地球環境史とリンクしてきたかが述べられる。とくにスノーボール・アースの起きた時、地球が実際はどのような状態になり、それが、生物の進化にどう関係してきたかが検討される。大量絶滅の後の、許容性の高い環境が、大進化をもたらしたという考え方が提示される。
 第13章は、宇宙生物学においても、古い時代の微生物を研究する際のノウハウが、かなり有効という話。

 化学に絡んだ話がしばしば出てくるし、古い時代の話だし、地学や化学にうといものには、難しい部分もいっぱいあるが、初期の生命の起源や地球環境の変化の話はとても勉強になった。生態学という視点からも興味深い点がいろいろあった。
 地質年代に疎い人は、プロローグにある図1の地質年代区分を繰り返しながめることになる。角を折っておくと便利かも。ちなみに各章で触れられる化石の発掘現場は、第1章の図3に一覧がある。
●「日本の動物絵画史」金子信久著、NHK出版新書、2024年1月、ISBN978-4-14-088713-4、1350円+税
2024/2/7 ★

 古代から近代までの日本の動物絵画が、おおむね時代順に紹介される。宗教的な意味合いで描かれることが多かった絵画だったが、やがて楽しむため鑑賞するための絵画が盛んに描かれるようになっていく。その中で、“可愛い”絵の歴史が、重要なテーマ。
 第1部は古代と中世。古代は、古墳に描かれた竜や虎にはじまり、正倉院の宝物や仏画を経て、平安時代の鳥獣戯画が大きく取り上げられる。中世、鎌倉時代では、涅槃図や禅宗の水墨画。あいかわらず竜や虎がよく取り上げられる中で、可愛いサルの絵も登場する。
 第2部は近世、すなわち安土桃山時代から江戸時代。狩野派、応挙、宗達、蘆雪、若冲とメジャーどころがいっぱい出てくる。リアルな図鑑的な絵のルーツもこの時代。栗本丹洲や奥倉魚仙の魚の絵。実物を見て描いてるのだろう。桂川甫賢の「山猫図説」は全体に上手なのだが、目だけが変。生きてる様子は見てないのかも。毛利梅園のトキはメチャメチャで、何見て描いたのか逆に気になる。この時代で一推しは、円山応挙。虎の絵メッチャうまいな、でも目だけがイエネコかよ、って思ったら、毛皮をデッサンしてから描いたんだそう。生きたのを見たことがないので、目がイエネコなのはやむを得ない。宗紫石や司馬江漢の鳥の絵も許せる範囲。あと、与謝蕪村のタンチョウの絵はかなり良い一方、リアルな絵が売りらしい森狙仙の絵が異様に気持ち悪い。実物見て描いてるらしいのだけど、とくに顔が変。単に下手なんじゃ?
 第3部は近世から近代。長沢蘆雪が登場。応挙の弟子で、応挙の絵をベースに描いてるという理解でいいのかな。そして子犬などの可愛い絵がいろいろ出てくる。やはり応挙はうまい。蘆雪はその流れって感じ。絵が下手と思った森狙仙は、ニホンザルの絵だけは上手い。野生のサルを観察して、その真似をしまくったのだそう。あとは伊藤若冲のニワトリが上手だな。と思ったら、庭に飼ってデッサンしていたそうな。やはりちゃんと観察して描いたのは判る。
 軽くしか紹介されないけど、近代のみなさんは、ちゃんと実物見て描くのが当たり前なんだろう。みんな上手。
 ちなみに著者は、あまり哺乳類や鳥に詳しくないらしく、変な絵をしばしばリアルと評価してると思う。
●「もしも世界からカラスが消えたら」松原始著、エクスナレッジ、2023年12月、ISBN978-4-7678-3237-1、1600円+税
2024/3/11 ☆

 鳥全体について知識豊富な、ご存じカラス博士が、もしもの設定で、楽しくカラスがいない世界を考える。
 第1章は、生態系からカラスが消えたら。スカベンジャーの役割の話。第2章は、生物の進化史からカラスが消えたら。おそらく代役が活躍するだろう。ってことで代役探しになる。近縁な種・グループ、スカベンジャー系、果実を喰う雑食性の鳥(大型化してもらう)、器用な感じのインコ・オウム(雑食化してもらう)などと検討して、果たして黒くなるかなぁ。で終わる。ここまでは、まだ生物学畑。
 第3章は、人間社会からカラスが消えたら。各宗教でのカラスの扱いを見渡し、文学やエンタメに登場するカラスを紹介し。“カラス”というフレーズが消えたら、学問からカラスが消えたら。もはや妄想は止まらない。
 第4章は、第2章に戻った感じで、カラスの代役オーディション。スカベンジャーとして、種子散布者として、都市生活者として、頭がいい鳥として。マルチプレーヤーのカラスの代役を立てるのは難しそうって話。

 面白いといえば面白いし、勉強になる部分もあるが、この本を読むよりは、カラス博士の他の本を読むべきだと思う。なので勧めない。他をだいたい読んで、カラス博士ファンになったら、是非どうぞ。
●「野生動物学者が教える キツネのせかい」塚田英晴著、緑書房、2024年1月、ISBN978-4-89531-938-6、2200円+税
2024/3/3 ★

 キツネの研究者が、キツネについて紹介した一冊。
 第1章は序章で、キツネのイメージについて。日本の昔話のキツネ、化ける話、狐火、お稲荷さん。西洋のずるがしこいキツネ。アニメに出てくるキツネ、映画のキツネ。『キタキツネものがたり』は懐かしい。
 第2章は、キツネのキホン。分類、分布。巣穴と都会暮らし。キツネの一生。形態、鳴き声、ギンギツネ。視覚、聴覚、嗅覚。ギンギツネとアカギツネの子どもを十字ギツネと呼ぶとは知らなかった。キタキツネとホンドギツネの見分け方も載っている。
 第3章は食性。何を食べるか、狩りの仕方、他の食肉類との関係。第4章は社会行動。つがい形成・関係、繁殖行動、ヘルパー、子別れ、分散、なわばり。
 第5章は、エキノコックスの話。もともとアジアにはいなかったが、アラスカのキツネを千島列島に持ち込み、それが北海道にまでもたらされた外来生物という解説。知多半島での定着状況も紹介されている。
 第6章は、キツネと人の関係。害獣としては、ニワトリなどを襲うだけでなく、トウモロコシなど甘い農作物が狙われるとか。交通事故や餌付けの問題。最後には、家畜化実験にも少し触れられている。

 とにかくキツネについての色んなことが一通り紹介されている。キツネについて何か調べたい時には、とても便利な一冊。ただ、事実を淡々と述べていて、エピソードに乏しく、読み物としては今一つ。
●「ダーウィンの呪い」千葉聡著、講談社現代新書、2023年11月、ISBN978-4-06-533691-5、1200円+税
2024/3/1 ★★

 著者によると、“ダーウィンの進化論”が世に広まった後、現代に至るまで人類は3つの呪いにさらされているという。“進歩せよ”という「進化の呪い」、“生き残りたければ努力して闘いに勝て”という「闘争の呪い」、“自然の事実から導かれた人間社会も支配する規範だから逆らっても無駄だ”という「ダーウィンの呪い」 。この本は、歴史を溯って由来を紐解き、少しでも呪いの効果を和らげようとする試み。
 第1章では、ダーウィンの自然選択に基づく進化論の大きな特徴として、進化に方向性がないことに注目する。その点で、当時すでに存在した進化理神論(神の計画に従って生物は展開・進化していく)や、獲得形質の遺伝を重視したラマルクとは大きくことなる(どちらもより高みを目指す進化を想定)。しかし、最初、“進歩”という意味合いを含んだevolutionという語を使わなかったダーウィンも、やがてevolutionの語を受け入れたため、進化に方向性があるかのような誤解がされやすくなった。
 第2章のテーマは、だれが“適者生存”という語を言い出したのか。適者という語が、最良の資質を持つ個体と誤解され、進化論が道徳の基礎を提供できるかのような誤解がもたらされた。ちなみに社会ダーウィニズムの文脈で悪役にされがちのスペンサーは、実際には自由と個人主義を重視する進化理神論者で、個人の努力で社会は発展し、平和な共存社会が生まれるという理想主義者だったらしい。人種差別や帝国主義を推進した人物ではなかったという。
 第3章、あまり『種の起源』は売れなかったが、大衆はそれを解説したサイエンスライターの文章によって不正確な進化論を知ることになる。HGウェルズの『タイムマシン』は方向性のない自然選択によって、ヒトが進化した未来を描いた小説だったという。
 第4章、「最も強い物が生き残るのではない。最も賢い物が残るのでもない。唯一生き残るのは変化できる者である。」というのがダーウィンの言葉として引用され、企業経営者たちのお気に入りだったりするらしいのだが、これもまたダーウィンの発言ではないという。そして“生き残るのは助け合う者”と使ったのが、アナーキストであるクロポトキン。
 第5章は、自然選択vs獲得形質の遺伝の対立。ヴァイスマンとスペンサーの激突。直接対決はどうも自然選択派の分が悪かったようだが、その後の実験の結果、獲得形質の遺伝は否定されていく。
 第6章は、自然選択vsメンデル遺伝学の対立。今ではどうして対立するのかが判らないけど、当時は激しく対立していたという。両者をまとめて進化の総合説をつくりあげたのが、RAフィッシャー。

 ここまでは、現代にも残るさまざまな呪いを振りまきながらも、自然選択説が広まり、メンデル遺伝学と結び付いて、進化の総合説ができるまで。いわば輝かしい歴史。以降の章は、本当のダークサイド。優生学の闇が語られる。

 第7章、ヒトラーのホロコーストのお手本は、合衆国の優生思想に基づく、人種差別政策であったという衝撃の話から始まる。そして、優生思想は『種の起源』が出版された時に溯る。
 第8章、1920年代前後まで、時代は優性思想に席巻されていたという。進化に関わる著名は研究者も優生運動を支持していたという。英国で強制不妊手術などの法制化をかろうじて阻止したジョサイア4世の演説が、とても格好いい。「この法案には人権が人類の利益に優先するという視点が欠けている」「私たちの目的は、何よりもまず、あらゆる人のために正義を確保することである。」今の政治家にも聞かせたやりたい。
 第9章、一方、1920年以降も、合衆国やドイツでは優生思想が跋扈し、優生思想に基づく施策を進められた。1933年のドイツの国家不妊手術法をつくった際、合衆国で褒め称えられもしたという。
 第10章、そもそも優生思想は、プラトンやアリストテレスの時代から存在し、スパルタでは強固に推進された。第二次世界大戦後、表だった優生思想はみられなくなったが、人為的に人類の遺伝子プールに手を加えようとする試みは、さまざまに生き残っている。
 第11章、オリンピックも当初は人類の資質を向上させようとする優性思想に基づく取り組みだった(今は違う。むしろ商業主義的だったりして)。かつて優生思想を支持していたのは、リベラルで進歩的で、科学に関心を持ち、道徳的な人達だった。それは、この本の読者によく当てはまるはず。優生思想は、けっして他人事ではない。
 第12章、ゲノム改変が可能になった現在、新たな形の優生思想が生まれる恐れがある。果たして、遺伝子疾病の治療を超えた遺伝子強化は許されるのか? 遺伝子強化が個人の選択で行われるのであれば、優生的な事柄ではない。しかし、そこには容易に優生思想が、人類の資質向上といったお題目が付いてくる恐れがある。

 ダーウィンの進化論は、かなり初期からダーウィンの手を離れ、さまざまな人々によって、本来の理論をかなり無視して利用されてきたことが判る。現在残る3つの呪いは、ダーウィン以外の者達が、ダーウィンの進化論の名を借りて、自分の主張を通そうとした残滓に過ぎない。
 と判れば、もう呪いは怖くない。しかし、いまも一皮剥けば誰でも持ってそうな優生思想は、かなり怖い。
●「招かれた天敵 生物多様性が生んだ夢と罠」千葉聡著、みすず書房、2023年3月、ISBN978-4-622-09596-5、3200円+税
2024/2/28 ★★

 化学物質を用いて害のある生物を防除する化学的防除。外来の害虫や雑草を防除するために他所から天敵を導入する(伝統的)生物的防除。本書では、19世紀以降、欧米とオーストラリアを中心に、化学的防除と生物的防除の綱引きの歴史が描かれる。とくに、生物的防除が生んだ闇の歴史的な経過を紹介した一冊。生物的防除は、よほど慎重に行わないと外来生物問題を引き起こすので、哀しく暗い結末になるのが約束された本。ただ、その経過を知ると、話はそう簡単でもないことが判る。そして、いまだに闇が続いていることも…。

 第1章は、『沈黙の春』(1962年)から始まる。18世紀から殺虫剤・殺鼠剤が使用されていたが、19世紀に入って、その規模が拡大。『沈黙の春』はその問題点を、「自然のバランス」が破壊されると指摘。そして、外来の天敵を導入して有害生物の発生を抑える「伝統的生物的防除」を大きく取り上げた。その初期の大きな成功例が、イセリアカイガラムシの天敵として導入されたベダリアテントウであった。それは合衆国のライリーによる成果だった。
 第2章、時代は遡って、19世紀前半、イギリスの科学者バックランドは、食べられるものは何でも食べ、飼えるものは何でも飼ったという。国民の食生活を改善するため、新しく有用な動物を導入する活動を行った。その息子は、“順化協会”を通じて、あらゆる生物をイギリスに、そして世界に導入・順化・定着させて、資源を増加させようとした。アメリカにイエスズメやホシムクドリが導入されたのも、この流れ。
 第3章、19世紀後半、イギリスのロビンソンは、“ワイルド・ガーテン” で一世風靡する。それは在来植物で壊れる前の自然を再現することなのだが、在来植物にはイギリスの野外で生育できる外来植物も含まれていた。
 第4章、19世紀後半のカリフォルニア州のライリーは、第2のベダリアテントウを見出すべく、ケーベレをオーストラリアへ派遣するが失敗。ケーベレは、とにかく天敵っぽいのをどんどん導入してしまえ!という主義。その後、ハワイに移ったケーベレ一派は、ハワイの在来生態系を破壊しまくることになる。ケーペレの後、20世紀になる頃、オーストラリアに派遣されたのが、コンペア。詐欺師と呼んでよさそうな。
 第5章、再び19世紀終わりから20世紀初め、今度はオーストラリア。雑草化して大問題になっていたウチワサボテンを、原産地由来の天敵昆虫を導入して駆除しようとしたのが、トライオンだった。相棒と2人で、アジア、ヨーロッパ、アフリカ、北米、南米と世界を回って、ついに有望な天敵カクトブラスティスを見つけ、オーストラリアに導入し、見事ウチワサボテンの駆除に成功する。
 第6章、20世紀前半のハワイ、サトウキビを食害するコガネムシを駆除するために持ち込まれたのがオオヒキガエルだった。効果がなく、有害であるという意見もあったのが、押し切られたのが残念過ぎる。
 第7章、マーラットはナシマルカイガラムシの天敵を探すために、明治維新直後に来日する。そこで描かれる日本は、今とはまったく違う別の世界のよう。結局、日本はナシマルカイガラムシの原産地でないことが明らかになる。日本から合衆国にサクラが送られるところで、検疫というシステムが導入される。その賛否両論にも時代を感じる。この章までは歴史的経緯の紹介の側面が強い。
 第8章、生物的防除を支える原理として注目された「自然のバランス」。ニコルソン&ベイリーのモデルをはじめとして、20世紀前半の生態学の進展に、生物的防除が少なからず関わっていることが紹介される。この章からは、現在につながる生態学的・保全的テーマが中心になる。密度依存な効果で個体群が制御されているかという議論の背景を初めて知ったかも。
 第9章、意図せざる結果。オーストラリアに導入されてウチワサボテン駆除に貢献したカクトブラスティスは、やがてウチワサボテンの原産地や産業利用している国々に侵入し、在来種を危機に陥れ、食糧生産を妨害することに。外来のジャコウアザミの防除のために合衆国に導入されたゾウムシは、在来アザミとそれを利用する昆虫相を危機に陥れ。
 第10章は、著者の専門の貝類の話。外来生物アフリカマイマイ対策のために、持ち込まれたキブツネジレガイは役に立たなかった。その後、貝類研究者の反対を押し切って、ハワイやポリネシアなど太平洋の島々に導入されたのが、ヤマヒタチオビ。ハワイマイマイ類やポリネシアマイマイ類といった固有種の多くを絶滅させてしまった。それに懲りずにさらに導入されたのが、ニューギニアヤリガタウズムシであった。
 第11章は、小笠原諸島父島でのニューギニアヤリガタウズムシとの戦いが敗北に終わり、父島の野外から固有のカタマイマイ類が絶滅してしまった著者懺悔の章。

 生態学が未発達の20世紀前半までであれば、外来生物問題という概念はなく、外来生物を持ち込んだ人達は、それぞれに正しいことをしていたのだろう。むしろ当時でも問題点を指摘していた人達の慧眼に驚く。とはいえ、ケーペレがいなければ、ハワイの固有種はもっと残っていたんじゃないかと思うと残念な気持ちになる。代わりに強い薬剤が撒かれまくって、別の絶滅が起きただけかもしれないが。
 外来生物をむやみに持ち込む問題点は、40年前にはとっくに明らかだった(少なくとも生態学を学ぶ学生にとっては)。しかし、その後もろくに安全策をとらずに、次々と新たな外来の天敵が導入され続けていたことは、本当に残念。研究者の反対を押し切って、導入が行われ続けたことは、憤懣やるかたない感じ。

 全体的には知ってる話ではあるが、知らない・気付いて無かった側面もいろいろあって、勉強になった。天敵を導入する際、どうやれば定着するか、ターゲットの個体群を制御できるかが問題になる。というのは、とてもプロパーな生態学的課題。これが個体群生態学の出発点だったのか。ながらく続いていた密度依存などに関わる論争の原点をようやく知ったというか。そして、導入した際の定着条件って明らかにまだなってない気がする。明らかになれば、外来生物問題にも使えるのに。
 大発生して問題になる植物や昆虫は大抵外来生物。だから、原産地での天敵を導入するという理屈は気付いて無かった。確かに問題になってる昆虫や植物は外来生物が多い。でも、ハブや農業被害を起こす鳥獣は、在来のも多い。在来の昆虫や植物が、あまり農業被害を起こさないのはどうしてかな? それこそ天敵に制御されてる?
●「人類を熱狂させた鳥たち 食欲・収集欲・探究欲の1万2000年」ティム・バークヘッド著、築地書館、2023年37月、ISBN978-4-8067-1647-1、3200円+税
2024/2/13 ★

 新石器時代の洞窟の鳥の壁画に始まり、現在に至るまで、イギリスあるいは西欧周辺を中心に人と鳥の関わりを紹介する。原題「Birds and Us」。科学的要素もあるけど、どちらかといえば歴史の話。
 第1章は、スペインのエル・タホ洞の壁画に描かれた鳥の絵。第2章は、古代エジプトの鳥。ミイラに墓壁にさまざまな鳥との関わりが残されている。
 第3章は、古代ギリシャのアリストテレスと、ローマのプリニウス。ともに科学の祖ではあるが、その記述には多くの間違いが含まれる。第4章は、ヨーロッパの鷹狩りの歴史。11世紀のバイユー・タペストリー、13世紀の神聖ローマ皇帝フリードリヒII世の『鷹狩りの書』。当時、鷹狩りがステイタスに繋がり、王侯貴族がずっとタカを連れていたという話は、本当かなと思うほど。
 第5章はルネッサンスの時代。解剖に基づいて鳥を理解しようという動きが始まる。第6章、17世紀になるとケンブリッジで「科学革命」 という動きが起き、客観的事実を伝説から分けようとする動きが始まる。そして、最初の鳥類百科事典『ウィラビーの鳥類学』 が刊行される。その頃、アメリカ大陸では、ヨーロッパ人による現地のさまざまなものの搾取が起きていた。そして、新大陸での鳥利用、中でもステータスとしての羽根利用がヨーロッパに伝わる。
 第7章は、フェロー諸島、そしてセント・キルダ諸島の鳥猟と、鳥を利用した暮らしが紹介される。主食が鳥という暮らしはかなりのインパクト。
 第8章、19世紀『セルボーンの博物誌』にはじまり、ダーウィンへ。この頃、鳥を飼育する趣味が定着する。第9章は、タイトルも“殺戮の時代”。19世紀は、卵や剥製などのために多くの鳥が殺された時代。科学は殺戮の言い訳に利用され、博物館は殺戮を推進したという指摘。
 第10章、舞台はイギリス。20世紀に入った頃から、殺さない鳥類研究が始まり、バードウォッチングという趣味も始まった。それを最初に推進したエドマンド・セルース、そしてH.E.ハワード。1907年には、観察に基づく研究を報告するを旨とする『British Bird』が創刊される。1938-1941年には『The Handbook of British Birds』が敢行され、鳥類標識調査も始まる。
 第11章、鳥類の生態や行動研究の初期から現在の話。ドイツのハインロート夫妻、シュトレーゼマン、ティンバーゲン、ローレンツ。そしてイギリスのラック。勢いで、行動生態学や利己的遺伝子まで。間はかなり飛んでいる。
 第12章、著者の専門である海鳥を中心に、オオウミガラスの絶滅、そして鳥類保護の始まり。最後は気候変動にも触れる。

 正直言って、第7章以降が、面白かった。バードウォッチング、鳥類標識調査、鳥類保護。イギリスが発祥で、断片的にその歴史は知っていても、それがどんな時代背景で生まれてきたかは知らなかった。どれも思っていたより歴史が浅いという印象。行動学はともかく、鳥類の生態学研究も考えてみたら、20世紀になってからここまで盛んになったんだな。と再認識。
●「日本人はどんな肉を喰ってきたか? 完全版」田中康弘著、ヤマケイ文庫、2023年6月、ISBN978-4-635-04967-2、1050円+税
2024/2/7 ★

 フリーカメラマンの著者が、西表島から礼文島まで、日本各地の猟の現場に赴き、猟の実際やその後の肉を喰らう場を紹介した一冊。民俗学的な側面が強い。
 登場するのは、西表島のリュウキュウイノシシの罠猟、宮崎県椎葉村のイヌを使ったイノシシ猟、大分県佐伯市のシカを罠で捕って出すレストラン、大分県長湯温泉で罠で捕れたアナグマを食す、高知県安芸市のミカン畑でのハクビシン駆除、石川県のカモ撃ち、滋賀県のシカの罠猟、長野県南佐久郡のイヌを使ったシカの罠猟、神奈川県丹沢でとれたイノシシのモツ料理、秋田県阿仁の阿仁マタギのツキノワグマ猟・ウサギ猟、礼文島のトド猟。
 多くの場合で、猟に同行させてもらい、実際の猟の様子を描く。それと同じかそれ以上に、その後の獲物の解体と、食事風景が描かれる。肉の解体の流儀が判るし、他の人やイヌと肉を分ける様子も興味深い。
 ただ、しばしばあちこちで、生肉を喰ってる。成り行き上、著者も喰ったりして、腹壊したりしてる。旨いんだろうけど、衛生上はちょっと怖い。と思ってたら、一番最後にこのような断り書き。「野生鳥獣肉には人畜共通の各種ウイルスや寄生虫、細菌などを保有し、加熱不十分で食べると食中毒を引き起こす恐れがあります。野生鳥獣肉の生肉に関する記述がありますが、ご自身で食す場合は必ず中心部まで確実な加熱をお願いします。」
●「大規模言語モデルは新たな知能か ChatGPTが変えた世界」岡野原大輔著、岩波科学ライブラリー、2023年6月、ISBN978-4-00-029719-6、1400円+税
2024/2/4 ★

 ChatGPTで何ができるか。という話だけでなく、ChatGPTはじめとする大規模言語モデルが、どのように生まれたのか、そしてどんなリスクを抱えているのかを紹介した一冊。
 序章と第1章は、大規模言語モデルで何ができるか。どっちかと言えば、明るい話題。
 第2章は、大規模言語モデルの大きな問題が紹介される。存在しない情報を創り出してしまう「幻覚」。新しいことを覚えると以前覚えたことを忘れたり壊してしまう「破滅的忘却」。それにも絡んで、プライベートな情報が間接的に公開されたり、変な価値観や偏見にまみれた意見を採用してしまったり、本人証明が難しくなったり、課題も多い。
 第3章は、いまだに機械学習で、言語学習のプロセスは明らかになっていないこと。
 第4章と第5章は、大規模言語モデルが登場するまでの歴史的経緯。シャノンの情報理論をきっかけに、訓練データを与えて、ある言葉の次にどんな言葉がくる確率が高いかを考える言語モデル。訓練データとモデルサイズを大きくして判ってきた「べき乗則」。投入する訓練データとモデルサイズを大きくすればするほど、改善される言語モデルの性能。
 第6章は、いろんな単語が簡単に説明される感じ。背景にある法則やルールの理解して、未知のデータでも予測する汎化。 ディープラーニング、注意機構、本文中学習、目標駆動学習。説明が少ないので、急に難しくなる。

 難しい内容を、数式を使わず、やさしく説明しようとしてくれてる。全部理解できた訳ではないけど、なにかしら大規模言語モデルがどういうものかは判ってくる。
●「クマにあったらどうするか アイヌ民族最後の狩人 姉崎 等」姉崎等・片山龍峯著、ちくま文庫、2014年3月、ISBN978-4-480-43148-6、840円+税
2024/2/2 ★★

 アイヌ民族最後のクマ撃ち、姉崎等氏。1923年にアイヌ民族とニホン民族との間に生まれ、生きるために12歳で狩猟をはじめ、22歳から単独でクマ撃ちをはじめた。それから45年の間に60頭のクマを獲る。その後はクマの防除隊や北海道大学のヒグマ調査に協力。2013年他界。
 この本は、映像作家であり、アイヌ語の著作も多い片山龍峯氏が、姉崎等氏からの聞き取りの内容をまとめたもの。インタビューは、2000年から2002年にかけて6回にわたって行われた。
 姉崎氏の経験に基づく、ヒグマの生態・行動についてのさまざまな情報、そして北海道の自然の変化についての情報が含まれている。が、全体的には姉崎等氏の生きた時代を記録したものであり、アイヌ民族やその狩猟文化の記録という、民俗学的意義の高い内容になっている。

 第1章は、姉崎氏の子ども時代からクマ猟をはじめた頃までの半生記。喰うために猟をはじめ、第二次世界大戦を背景に、シベリア抑留も経験したその内容は、時代は違うけど、なぜかゴールデン・カムイ的なイメージが強め。毛皮がそんなにいい収入になった時代というのは想像できない。
 第2章以降は、質問に対する答えという問答形式。第2章は、雪山に行く際の装備、携行食糧、寒さのしのぎ方、そして犬の仕込み方や、クマの追い方。とにかく冬の北海道の山に行くのに驚くほど軽装備で驚かされる。水に落ちた時の凍傷の防ぎ方(むしろ水に浸かったままにする)、体の温め方(とにかく火をおこす、そして背を温める)。常に持ち歩く杖エキムネクワが格好いい。クワを使って、さーっと滑り降りるというのがよく判らなかった。
 第3章は、長年のつき合いに基づく、ヒグマの姿が描かれる。基本的には植物食で、人間を怖がるというヒグマの姿は、かなり意外。
 第4章は、クマをはじめとして、獲物を獲った時のアイヌ民族の儀式、猟に関わる言い伝え、肉の分配、歌と踊りが紹介される。何度か見たことがあるという、魔性の鳥ケナシウナルペの正体が気になる。
 第5章と第6章が、タイトルに直接つながる。人が食われた事例が紹介され、ヒグマに対峙しても生き残った例が紹介される。基本的には、たちの悪いクマでなければ、出会い頭で出会わないようにするのが肝要。先に遠目に気付いたらクマが避けてくれる。もし、間近に出くわしてしまったら、とにかく逃げない。じっとして(腰を抜かしてもいいらしい)、目をそらさず、ウォーと大声を出す。もし可能なら、葉っぱの付いた枝でも、釣り竿でも、クワでも振り回す。大きなクマは、長年人と共存してきた個体なので、むしろ安全なんだそう。
 第7章と第8章は、人間の影響が大きくなった近年、クマがどんどん減り、それでいて人間との接触が増えている現状について。戦後すぐと比べると、山の様子は様変わりして、かつての豊かな山林の面影もないという指摘。北海道もそうなのか。その中で、クマの暮らしも変わってきているという。北海道の山林の生き物ですら、人間が改変した環境への適応が求められている。という視点は、とても鋭い。

●「ある日、森の中でクマさんのウンコに出会ったら ツキノワグマ研究者のウンコ採集フン闘記」小池伸介著、辰巳出版、2023年7月、ISBN978-4-7778-2982-8、1500円+税
2024/1/13 ★★

 研究者になる気もなく、学生時代になんとなくツキノワグマの研究を始め、フンを集めまくり、そのままクマの種子散布の研究を続け、やがて一人前のクマ研究者として、学生を育てる立場になっていく。その成長の物語であり、研究者からみたツキノワグマの暮らしを紹介した一冊。
 第1章、野生動物の調査についていったり、昆虫研究会に入って昆虫採集したり、探検部で山歩きをしていた学生は、卒論のテーマにクマの食性解析を選んだ。で、山でクマのフンを探すも、最初はなかなか見つからず苦労する。第2章、ドラム缶トラップでクマを捕まえて追跡調査。 就職に失敗して大学院へ。
  第3章、引き続きクマの糞を集めつつ、102本の山桜を3ヶ月間パトロール。修論では、クマがヤマザクラを利用するタイミングを明らかにする。そして環境系NGOに就職するも、引き続きクマの糞集め。
 第4章、大学院の博士課程に舞い戻り、引き続きクマの種子散布研究。クマ牧場で、果実を食べた後、糞として出るまでの時間を計測。第5章、GPS首輪でクマの移動を調査。そして、種子散布者としてのクマの実体が明らかになる。大量に広い範囲に種子を運ぶクマは、随分優秀な種子散布者らしい。
 第6章は世界のクマ。よくにアメリカクロクマに会いに行った話。第7章は、新たな取り組みをいろいろ紹介。首輪にカメラを付けてのバイオロギング、クマ剥ぎの研究、毛の安定同位体による食性調査。ウンコだけを集めてた学生が遠くまで来たなぁ、と思わせてくれる。
 第8章はエピローグ。過疎化、シカの増加、街に出没するクマ。現在の山林の現状と、社会的な問題が触れられる。
●「夜のイチジクの木の上で フルーツ好きの食肉類シベット」中林雅著、京都大学学術出版会、2021年10月、ISBN978-4-8140-0356-3、2200円+税
2024/1/2 ★★

 丹波篠山の高校生が、人と自然の博物館のボルネオジャングル体験スクールに参加したのをきっかけに、ボルネオでシベットを研究すると決める。そして、大学院に進んで、本当にシベット研究に取り組んで苦労する話。
 第2章、修士過程で最初に取り組んだのは、パームシベットを捕獲しての追跡調査。が、思うように行かず、修論では観察データに基づいて、パームシベットの利用環境でまとめてクリア。
 第3章、 博士課程では、調査地をかえて、パームシベット、ミスジパームシベット、ビントロングを捕獲して、追跡を試みる。眠気と戦いつつの、果実をつけた樹での観察、夜の追跡調査の苦労話は面白い。オランウータンやサル類、サイチョウ類を含めた果実をつけた樹の利用パターンの比較。シベット3種の空間利用の比較。
 第4章、ポスドクでのテーマは、イチジク類の種子散布。ビントロング、テナガザル、オナガサイチョウの追跡を試みる。そして明らかになる3者の種子散布者としての特性の違い。腸が短く、歯が小さく、基礎代謝の低いビントロングは、イチジク類果実に依存して暮らし、なぜかイチジク類の発芽に適した場所にフンをする。ビントロングとイチジク類の不思議な関係が明らかになる。
 第5章は、事実上のエピローグ。アブラヤシプランテーションの問題。著者が取り組んでいる絵本の話など。

 著者はここに紹介したデータを論文にして投稿したら、データが少ないと言われた!と怒ってるけど、データは確かに少ないよなぁ、と思う。少ないデータで、ちゃんと修士論文と博士論文に仕上げたのは、著者の能力の高さだと思う。そもそもかけた時間の割りには取れるデータが少ない、効率の悪い研究だから、仕方ないかと。
  効率悪いから、ほかの人が取り組んでこなかったビントロングを追いかけ回したので、ここにあがったような独特なビントロングの生態を明らかにすることができた。複数のタイプの違う種子散布者を評価した研究もとても面白かった。

 シベットはジャコウネコのこと。ジャコウネコと呼ぶとネコの仲間と誤解されるから、シベットという呼び方を採用したとのこと。
 東海大学出版会の初期のフィールドの生物学シリーズを思わせる内容。ただ、祖父母とのエピソードがしばしば挿入されるところは、少し違う。現地の人とのコミュニケーションが、少しは出てくるけど、もっとあると良かったと、個人的には思った。
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