自然史関係の本の紹介(2025年分)
【★★★:絶対にお勧め、★★:けっこうお勧め、★:読んでみてもいい、☆:勧めません】
●「目の見えない人は世界をどう見ているのか」伊藤亜紗著、光文社新書、2015年4月、ISBN978-4-334-03854-0、760円+税
2025/10/23 ★★
生物学を志していた著者は、他の存在に“変身”してその感覚世界を体験したかったという。その後、なぜか美学の道に進んで、視覚障害者の身体論を研究することに。著者自身が視覚障害者の接した経験や、インタビューから、視覚障害者が世界をどう把握し行動しているかを描く。
目が見えないということを“欠けてる”と捉えるのではなく、別の感覚世界に生きてると捉える。そのメッセージが繰り返し出てくる。同じ世界に暮らしながら、違った感覚世界に生きる人。そうした人々が、世界をどんな風に感じているか、いわば異文化交流の視点で紹介していく。
第1章は、空間認識。限られた情報から頭の中に地図や図形を思い浮かべて修正を繰り返していくらしい。目が見えていても知らない町を雑な地図を片手に歩いている時は、そんなことをしてるように思う。
第2章は、感覚。というか、意外と点字は読めない人が多い。読める場合も、それは触覚というより、目で文字を読む感覚に近いという。耳で見て、指で読む。自転車に乗ってて、お尻で地面の凸凹判るから、目が見えてても目以外で見てると思う。
第3章は、運動。というか、探り、支え、移動するのに使う足という器官の話。
第4章は、言葉。ではなく、おもに目の見えない人が美術館の展示を楽しむソーシャル・ビューという試みについて。自然史博物館の展示物を見るのは、アートの鑑賞とは少し違うけど、似た試みはできるかも。
第5章は、ユーモア。というか、この章は視覚障害をはじめ障害を持つ人とのつき合い方の話をしてる。考えてみたら、年寄りは病気の話ばっかりしてる。胃がんで胃をきった人は、しばしばその話をして笑いをとりにくる。障害者も同じってこと。他人が触れる時は、関係性に応じた配慮がいるのも同じ。
視覚障害のある方が、すべてここに書かれている通りではないだろうけど、視覚障害を持っている人が認識している世界の一端を知ることができる。それは、福祉よりさらに基本的な部分で、視覚に障害のある人とのつき合い方を考えさせてくれる。視覚以外の障害を持つ人につながる部分も多い。
考えてみれば人はみな多かれ少なかれ障害を持っている。年を取ったら障害はさらに増える。障害がなくても、感覚世界は一人一人少しずつ違う。そこに配慮することは、社会生活を営む上でとても重要だし、そこに興味を持つと人間づきあいも楽しくなるかも。
さらに自分とは違う感覚を持つ存在といえば、ヒト以外の動物。それぞれの動物の感覚世界についての研究を考える上でも示唆に富んでると思う。
●「パイナップルに見た夢」西野嘉憲著、福音館書店たくさんのふしぎ2025年7月号、736円+税
2025/10/22 ★
前半は、沖縄の石垣島で栽培されているパイナップルの話。パイナップルの苗を植えて、蕾がふくらんで、花が咲き、収穫。花はとても美しい。沖縄にこんなにいろんな品種があったとは。収穫に適したタイミングが短く、重いパイナップルの収穫作業は一番の重労働とは知らなかった。
後半は、石垣島にパイナップルがもたらされた歴史の話。90年前、台湾人入植者が、台湾からパイナップルとスイギュウを石垣島に持ち込んだ。当初は島の人との確執があったが、やがて島の重要な産業として成長していく。戦後も台湾からきた人々は日本に残り、その子孫が、台湾の文化を残しつつ、石垣島の自然とともに暮らしているという。台湾料理屋があるなら行ってみたい。
●「最新研究で迫る 生き物の生態図鑑」きのしたちひろ著、エクスナレッジ、2025年5月、ISBN978-4-7678-3425-2、2200円+税
2025/10/21 ★
4ページで1研究、国内外31の研究が紹介される(最後の「なぜ凍えない?極寒の深海まで潜るサメたち」だけ6ページ)。紹介されるのは、分野は生態学、行動学、生理学と幅広いが、野外観察や室内実験で解き明かされる動物を対象にした研究。巻末に元論文のリストがあるが、ほぼすべて2010年代以降の研究で、2020年代の成果も多く、“最新研究”に偽りなし。元論文だけでなく関連した本のタイトルも紹介されているので、自分でさらに勉強することも可能。
驚くべきは、イラストだけでなく、大部分の文字も著者の手書きになっていること(それともこんなフォント?)。ともかく普通のフォントの文字は、タイトルの下に数行あるあおり文だけ。最初の2ページで、背景説明と問題設定をして、次の2ページで観察結果や研究成果が紹介される。それもイラストで。イラスト使った図表みたいなのはあるけど、数字が出てこないのには感心した。多くの研究は、すべての謎が解明される訳ではないのだけど、その点も“ただし…”“ミステリー”などとして紹介してある。
いろんな最新知見にふれられて、とても勉強になる一冊。ただ、4ページの中にそもそも情報量がとてもたくさん詰め込まれている。高密度の情報の連打で、通して読むのはけっこう疲れる。そして、これをいっちゃあお仕舞いだけど、データを見たいと思ってしまった。
ちなみに盛り沢山の中、鳥の話題は4つ。オオミズナギドリのナビゲーションの話は、陸鳥のねぐら入りでも同じ事なので、知ってる感じ。ヤシオウムの楽器を使った演奏は全然知らなかった。キガシラシトドにペア以外の友だちがいるというのも知らなかったし驚いた。ミツオシエは有名だけど、その詳しい共同作業は知らなかったので、とても勉強になった。
●「枯木ワンダーランド 枯死木がつなぐ虫・菌・動物と森林生態系」深澤遊著、築地書館、2023年6月、ISBN978-4-8067-1653-2、2400円+税
2025/10/3 ★★★
枯死木はさまざまな生物に利用される。どんな生きものにどのように利用されているのか。枯死木は生物多様性の維持や地球環境にどのように関わっているのか。枯死とそれを利用する生物をめぐる魅力ある世界が紹介される。
第1部は、枯木ホテルの住人達として、コケ、変形菌、キノコ、腐生ラン、哺乳類や昆虫、微生物が次々と紹介される。まだまだ謎だらけだが、紹介されるその一端だけでも、未知の多様な世界がひろがっていることが分かる。
第2部は、枯木が世界をすくう。枯木を利用する分類群を横断的に、その生態系での機能面が紹介される。リグニンを残してセルロースだけ利用する褐色腐朽菌と、リグニンまで分解する白色腐朽菌の腐食連鎖における違い。昆虫や線虫による、台風による、森林火災による大量枯死の影響。枯木撤去が生物多様性与える影響。なかなか分解されない枯木の炭素貯留。意外と普遍的な倒木更新。
枯木を舞台にこれだけ多様な生物が活躍し、こんなに興味深い研究が進められているとは、ろくに知らなかった。枯木が思ったより分解されないのは意外だったし、褐色腐朽と白色腐朽で、こんなに生物相に違いがあるとも知らなかった。枯木とは直接関係ないけど、樹木がECM樹種とAM樹種に分かれていて、両者は共生菌を共有できず、林が両者の領土に分割されているというのは初めて知った。これから林を見るイメージが変わりそう。
●「世界は進化に満ちている」深野祐也著、岩波科学ライブラリー、2025年6月、ISBN978-4-00-029734-9、1500円+税
2025/9/16 ★★
かつて進化は長い時間をかけて進行する現象で、人がそのプロセスを見ることはできないとされていた。しかし近年、進化が思いのほか速く進むことが明らかになり、身近にさまざまな進化が見つかってきている。これからを考える一助にすべく、さまざまな身近な進化を紹介。
第1章「これを読めば進化がわかる!」。第2章以降はとても判りやすく書かれているのに、この章はなぜか判りにくい。説明に問題はないのに不思議。タコ型生物Xがアカンのかも。
第2章「進化は時としてあっという間に起こる」。世代時間の短い生物に、環境の急激な変化など強い選択圧がかかると進化は素早く起こる。たとえば昆虫の薬剤耐性の進化。ただし行動様式の変化という進化が起きる事もあって予測は意外と難しい。急激に環境が変わった例として、工業暗化、狩猟により角や牙が短くなり、漁業によって魚が小型化し、採集圧で花が目立たなくなる。
第3章「都市で起こる進化」。急激に環境が変化した/する都市は、進化研究の最前線。カタバミはヒートアイランド現象に適応し、蛾は夜間光に適応し、鳥や鳴く虫は騒音に適応する。競争が少ない都市に適応する雑草も。
第4章「外来種ももちろん進化する」。ブタクサ・オオブタクサとブタクサハムシの共進化。別の地のコオロギと寄生バエがハワイで出会ったことで生じた鳴かないコオロギの進化。オオヒキガエルの侵入によって生じた在来ヘビの忌避行動、耐毒性、小顔化。害虫や外来生物の駆除自体が、選択圧となって対象の進化を促進して、駆除を阻害してしまう。という指摘は改めて重要。
第5章「保全の現場で起こる進化」。飼育すること自体が飼育環境への適応を育んでしまい、個体数の減少は遺伝的浮動の影響を強めてしまう。ロイヤル島のオオカミの導入、オーストラリアのウサギ駆除、温暖化に伴うペンギンの進化。進化に配慮した上での保全活動の難しさが紹介される。
第6章「これからの進化を予測する」。近い未来に人間が引き起こす環境変化、温暖化、海洋の酸性化、止水域の富栄養化、新規化学物質とくにマイクロプラスチック。何らかの進化が起きる事は予測できても、どう進化するかは予測できないのが現状。
ここで紹介された急激な進化の、ほぼすべてに人間活動が関わっているのが示唆的。そういう側面でも地球におけるヒトのプレゼンスは大きい。
害虫や外来生物の駆除は、対象の進化を引き起こし、より面倒な存在をつくりあげてしまいかねない。希少生物の保全活動は、対象の進化を引き起こし、保全したい対象をそもそも変えてしまう。これじゃあ何を保全したのか判らない。保全したかった対象はもう失われたのかもしれない。進化はとかく面倒。
一方で、ヒトによる強力な環境改変が、さまざまな生物が進化し、ヒト自体も進化していってるというビジョンは興味深くもある。生態系エンジニアは、すなわち淘汰圧をつくりだす。生態学と進化学が同じ時間軸での統合が進んでいきそう。
なんてことを考えるきっかけを与えてくれる一冊。書いてあることのベースは知ってることだけど、個々の事例には知らない事が多くて勉強になった。そして、一冊にまとまってくれているのは、とても良い。
●「しっぽ学」東島沙弥佳著、光文社新書、2024年8月、ISBN978-4-334-10400-9、860円+税
2025/9/11 ★
著者はしっぽの謎に迫るために、さまざまな学問をツールとして使い、分野横断的に研究を進めている。そのため分野にこだわる人からは、裏切り者扱いや中途半端と言われてきたという。文学部、理学研究科、医学研究科をわたり歩いて来た著者の研究史であり、しっぽ学史を記した一冊。
第1章は、私は分野にこだわらず、様々な角度からしっぽを研究してるんだ宣言。
第2章は、しっぽの説明から、そしてしっぽ研究との出会い。大学院に入って研究テーマが決まらずケニアに行った時に思いついたらしい。ひらめいた場所がケニアってだけで、とくにケニアの動物は関係ない。あとケニアでは、指導教員に不条理な扱いを受けただけらしい。
第3章は、霊長類のしっぽの形態学。和歌山県のニホンザルとタイワンザルの交雑個体の仙椎と尾椎の計測。そして、さまざまな霊長類の仙椎を計測にイギリスへ。
第4章は、ヒトのしっぽの発生学。京都大学のヒト胚の標本の椎骨数を計測し、体節数が増えてから減少することを明らかに。そしてヒトの偽しっぽや、短尾遺伝子。
第5章は、文学。尻尾のある人が出てくる書物をたどって、日本書紀に行き着き、能力の高さと余剰組織との関連について考察。
著者は、さまざまな学問を利用して、しっぽを研究しているつもりなのだろうが、第三者からすると、尻尾という角度から霊長類の形態を研究しているとしか思えない。第5章を読めば尻尾マニアなのはわかるけど。
しっぽ学を標榜していながら、脊椎動物どころか、結局霊長類しか扱っていないのが違和感。霊長類のしっぽ研究としても、オマキザルのつかめるしっぽが出てこないことにも不満が…。というのは個人的好みだけど。
●「ネコは(ほぼ)液体である ネコ研究最前線」服部円著、KADOKAWA、2025年7月、ISBN978-4-04-116049-7、1600円+税
2025/9/11 ★
イエネコのおもにその行動を調べた論文(その多くは室内実験)を紹介した一冊。紹介される論文は、1999年代や2000年代の研究も少しあるけど、大部分は2010年代半ば以降で、確かに最前線。4〜9ページで1テーマで37テーマ。1テーマで1〜2論文が紹介されている。引用元の論文もちゃんと載っているので、元論文を参照することができる。
各テーマごとに、前振りをした後、最初におおむね結論が述べられ、それを明らかにするためにどんな実験をしたか、そしてその結果を紹介していく。実験方法や結果はイラストでビジュアルに示していることが多く、数字は出さず、必要なら手書きのグラフが付いている(グラフの軸にだけ数字があある)。数字抜きで判りやすく伝える工夫が感じられる。ちなみに23ページのグラフは、縦軸が何か書いてないので意味不明。
ネコを飼っていたら経験的に知ってることも多いし、うちのネコは少し違うなぁ、と思う部分もあるけど、いろいろ知らない事もある。猫アレルギーのアレルゲンが唾液中にあるとか、雌雄で利き手が違う傾向があるとか(オスは左、メスは右)。ネコの寿命の話も興味深かった。今度、うちのネコにゆっくり瞬きをしてみようと思う。
●「ゲッチョ先生のうんこいろいろ探検記」盛口満著、木魂社、2025年6月、ISBN978-4-87746-122-5、1800円+税
2025/9/7 ★
自由の森学園時代の同僚であるヤスダさんと一緒にいろんなうんこを探してまわる。交換してコレクションを増やす。アナグマ、オオコウモリ、ヤンバルクイナ、ヌマガエル。うんこなら何でもあり。そして行き着く竜のうんことも呼ばれる竜涎香。全体の中で竜涎香のパートが一番多く、竜涎香についていろいろ知ることができる。知ることができるといえば、自由の森学園時代のマキコとの関係性、そしてマキコの生いたちまでもがいろいろ判る。変な教師と教え子の関係だと思ってたけど、やっぱり変わってる。
それにしても、ゲッチョの前で何か話をしたら、それがいつの間にか本に書かれている。という恐ろしい展開が全開。ゲッチョが一緒に呼ばれた講演会で、マキコが講演で喋った内容がいっぱい載ってる。なにわホネホネ団成立の経緯も載ってたりする。こんなん書かれてるって本人は知らんのとちゃうかなぁ。怖いわぁ。
ゲッチョを含め、随所に直接知ってる人が登場するので、楽しくは読めた。現場に立ち会ってるエピソードもあったし。ただ、そうじゃない人が読んでどこまで面白いのかは謎。まあ、いろんなうんこ関連ネタと、竜涎香についての豆知識だけで充分なのかもしれないけど。
●「オオコウモリの にぎやかな よる」伊澤雅子文・おおたぐろまり絵、福音館書店かがくのとも2025年6月号、418円+税
2025/8/21 ★
舞台は沖縄島。木にぶら下がって寝ていたオオコウモリが、夕暮れ時に活動開始。ガジュマルの木で果実を食べる。仲間も集まり、ケンカをしたり、腹に子どもを付けて飛んで来たお母さんも混じり、とてもにぎやか。頭を上にして排尿、ガジュマル果実の食痕。オオバイヌビワ果実、フクギ果実、トックリキワタ花、ウジルカンダ花、
イジュ花。と他の好物も紹介。夜明けが近づき、再びねぐらの木にぶら下がって終了。
朝、鳴き出すのはイソヒヨドリ。というのは、著者の好み。
●「ザトウムシ ところ変われば姿が変わる森の隠遁者」鶴崎展巨著、築地書館、2024年8月、ISBN978-4-8067-1667-9、2400円+税
2025/8/10 ★
イントロを読むと、よくザトウムシの図鑑を書けと言われるが、ザトウムシ分類の改訂が道半ばなので、まだ図鑑は書けないとある。でも、一般向けの入門書を書くことになったのだそう。
第1章は、ザトウムシの体のつくりと、大まかな分類。第2章は生態。越冬方法、食性、呼吸、捕食者・寄生者、性染色体、交尾、単為生殖、保育行動、集合性。第3章は地理的変異と分布、第4章は日本のザトウムシ研究を開拓した3人を紹介、第5章は雑学、第6章は採集方法と標本の作り方、第7章は30種を簡単に紹介。
ザトウムシのいろんなことが書いてある。ザトウムシについて知りたければ開けばいいけど、専門的な言葉、馴染みのないザトウムシの種名の連打。とても読みにくい。興味深い内容がてんこ盛りだけど、一般向けの入門書にはなっていない。これでは入門者は増えない。
そもそも分類の改訂が終わってないから図鑑がつくれない、というは考え違いもはなはだしい。図鑑は常に暫定版。なんでもいいからさっさと図鑑を作ればよい。それこそが裾野を広げる一番の方法。
●「ジュラシック水族館へようこそ 日本の化石からわかる海の古代生物」中島保寿著、化学同人、2025年5月、ISBN978-4-7598-2177-2、1900円+税
2025/8/9 ★
中生代の海棲爬虫類の研究者である著者が、古代生物水族館構想を語る。という趣向。水族館をつくるには、古代生物を復活させるだけでは不充分。なにを食べていたか、どのよう環境に生息していたかなど、生きざまを復元する必要がある。イントロから第1章のつかみはとても惹かれる。
で、第2章からは、著者の研究者としての歴史が語られる。第2章は子どもの頃の化石との出会い、第3章は大学生の頃の初めての野外調査、第4章は大学院での魚竜研究、第5章は魚竜のうんこ化石の話。第6章は偶然であった両生類化石。第7章は海の恐竜スピノサウルス。第8章は、野外での化石発掘したい人に向けた準備や道具などノウハウの紹介。第9章は、古生物学者になりたい人への助言。
古代生物水族館はどこに行ったんだろう? 扉に7ページのパース図めいたイラストがあるけど、本文では触れられていない。
●「進化という迷宮 隠れた「調律者」を追え」千葉聡著、講談社現代新書、2025年5月、ISBN978-4-06-539134-1、1300円+税
2025/7/31 ★★★
著者5冊めの単著の普及書。今まではダーウィニズムを中心に、進化の理論や研究、社会への影響の歴史を取り上げて来たが、5冊目にして初めて、自分の興味の中心、探求の歴史が語られる。必然的に自分の研究内容や学生との共同研究の成果が次々と紹介される。そして、趣味にも走り出す。
全体は、「進化のパーツ」を集めて、巻き貝の殻の形態の大進化の背後に隠れている「調律者」を探すというストーリー。この設定自体が、アドベンチャーゲーム色強め。
第1章では、「調律者」を探すという目的の背後にある古くからの論点が定時される。すなわち“偶然と必然”。歴史を巻き戻したら、再び同じ歴史が繰り返されるのだろうか? 何度繰り返しても人類は進化するのか? 系統的制約と祖先ガチャ、どっちの影響が強いのか。「調律」は行われるのか? 「調律者」はいるのか? それにしても、著者がここまでグールドの大ファンだったとは。
第2章は院生時代、ヤギが駆除された後の小笠原諸島の媒島に初めてカタマイマイ調査に行った話。島嶼で繰り返し生じる幼形成熟のパターンを、小笠原のカタマイマイの化石で実証。という目論見が、化石が見つからず。が、第3章、当初予定とは違う地層で思わぬ巨大カタマイマイを含む化石群を発見!
第4章は、初めて系統樹を描いたヒルゲンドルフの紹介、いつの間にかカワコザラに入れかわっていた外来貝類からの、表現型可塑性の影響が大きく、形態の違いが系統の違いを反映していないヒラマキガイ類。
第5章、遺伝子浮動をベースにした周辺隔離種分化、そして大進化の不連続を、小進化で説明したシンプソンの適応地形モデルの解説。ピンセットタイプのマイマイかぶりと、ニッパータイプのサドマイマイカブリ。
第6章、古琵琶湖層群のタニシ類の研究、そして日本各地のタニシ類の系統分析から明らかになったタニシの進化。いろんな系統でおきる殻の急激な凹凸化。異なる環境や資源への適応が、交配を妨げ、同所的に生態的種分化を生じさせる魔法形質。
第7章は間奏。系統を推定するプログラムを開発した院生の話。
第8章、フィリピンのダイオウマイマイ、ニュージーランドのヌリツヤマイマイやウェタ。島嶼ルール、あるいは巨大化の話。巨大トンボの出現には、酸素分圧と競争者の両方が関与しているらしいが、カタツムリの場合は?
第9章、現在は適応的に見えても、もともとは適応進化の結果生まれたのではない形質、外適応の話。北海道のエゾマイマイ(怪物型)とヒメマイマイ(妖精型)は、外見がまったく違うのに遺伝的に極めて近縁。捕食者に対する対応の違いに基づく形態の違いであり、ロシアにも同じような近縁種のペアが存在。
第10章と第11章は、島のカタツムリの樹上型と地上型の話。
そして、第12章、ここまで集めてきた進化のパーツを元に、いよいよ「調律者」探し。曰く“形とニッチ分割の繰り返しには、空きニッチの存在、殻が持つトレードオフ、殻や暮らし方に変異を生み出す柔軟性も寄与する”(少し要約してる)。調律者の正体よりも、調律者がいるかのように見えるパターンがあることに驚いた。鳥でも似たような研究ができそうな気がする。できるのかな?
紆余曲折はあるとはいえ、陸貝を中心に、著者は一つのテーマにそって、学生とともに研究を進めてきた感じでとても格好いい。もちろん格好良くまとめてるんだろうけど、一貫した興味があったんだろうし、この方向をこれからも追求していくんだろう。著者が学生の頃は、ここで成果を示してきたようなDNA分析の技術もソフトもなかったはず。教員になってから、(おそらく学生に教えてもらいながらも)それを身に付けて、自らの興味の探求を押し進めてきた姿勢も格好いい。
あと、この本を読んで強く思ったのは、機会があっても北硫黄島に行くのはやめよう。怖いし。
とにかく目次を開くだけで、ファンタジー色がぶんぶん。湖底の財宝、魔法、ホビットと巨人、妖精と怪物、ドラゴン、魔物。イントロの最後には、旅のなかまへの言及。『指輪物語』は必読書。ファンタジーではほかに『ゲド戦記』も重要かも。
その他、『継ぐのは誰か』といったSF、ホームズ物(というか『バスカヴィル家の犬』)、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』や『ジョーズ』など映画、『三つ目がとおる』『呪術廻戦』『送葬のフリーレン』などマンガへの言及も随所に出てくる。麻雀用語も出てくるので最低限の知識は欲しい。ダンジョン攻略系のゲームの知識も欲しいところ。
サイエンスな普及書としては、グールドは何冊かメジャーどころを読んでおいた方がいいし、ドーキンスも読んでたらベター。G.G.シンプソンも読んでるといいかも。
とまあ、著者が言及するすべてについていくには、この世代の人の基礎教養を共有している必要がある。もちろん読み飛ばしても充分内容は分かるんだけど。
●「哺乳類の興隆史 恐竜の陰を出て、新たな覇者になるまで」スティーブ・ブルサッテ著、みすず書房、2024年7月、ISBN978-4-622-09701-3、3900円+税
2025/6/26 ★★
哺乳類化石屋さんによる哺乳類の起源から人の時代まで、石炭紀から鮮新世までの哺乳類の系統進化を、2022年時点の最新の知見に基づいてたどった本。
第1章は、哺乳類の起源。石炭紀に双弓類と単弓類が分かれ、ペルム紀には有名なディメトロドン(単弓類の一種の盤竜類で、ステム哺乳類)や、哺乳類に連なる単弓類である獣弓類が登場。獣弓類の時に、おそらく内温性と体毛が獲得されたらしい。
第2章は、ペルム紀末の大量絶滅から。ディキノドン類など多くの獣弓類が絶滅する一方で、キノドン類は生き延び、その一部が哺乳類へと連なる。キノドン類は直立し、椎骨や口蓋、顎も哺乳類に近づいていた。そして三畳紀に、顎に歯骨-鱗状骨関節をもつ最初の哺乳類が出現する。最初期の哺乳類(この本では)がモルガヌコドン。哺乳類は咬合そして二生歯性も獲得していた。
第3章と第4章は、恐竜時代の中生代の哺乳類。小型ではあったが、ジュラ紀に多様性を増したドコドン類とハラミヤ類は、現生哺乳類の多様な生活様式の多く(海洋を除く)を試していた(ハラミヤ類は滑空していた!)。そしておそらく卵を産み授乳していたらしい(第3章)。ジュラ紀に出現した多丘歯類は、やはり小型であったが、被子植物の多様化とともに白亜紀に繁栄した。また単孔類、後獣類(有袋類)、真獣類(有胎盤類)も出現(第4章)。
第5章は、恐竜絶滅、そして暁新世。恐竜と違って哺乳類は生き延びたが、75%は絶滅。多丘歯類は生き延びたが、やがて絶滅。おそらく胎生を獲得していた真獣類が優位に立った可能性。
暁新世から始新世にかけて、気候は急激に温暖化した(PETM)。この頃、北半球では、現代につならる哺乳類のグループが次々と出現。霊長類、偶蹄類、奇蹄類、そして食肉類、齧歯類。一方、南米では、ダーウィンの有蹄類、異節類、砕歯類(肉食の後獣類)(第6章)。北半球で進化したローラシア獣類が侵入する前、アフリカでは、多様なアフリカ獣類が収斂進化していた。とくにハイラックス類は、草食動物として北半球の偶蹄類・奇蹄類のように多様化していた。クジラの水中への進出は多くの化石からかなり判明しているが、コウモリの空中への進出はまだ謎が多い(第7章)。
漸進性から中新世にかけて、地球は寒冷化し、草原という環境が生まれた(第8章)。そして、鮮新世と更新世には氷河時代がやってきた。多様なメガファウナが
生まれ、その代表格はマンモスと剣歯虎(第9章)。
第10章、ヒトが生まれる。そしてメガファウナの多くが絶滅する。その原因は、気候変動とヒトによる狩りと考えられている。そして現在さらに多くの哺乳類が絶滅の危機にある。
南北の大陸が繋がらなかったら、もう少し長くメガファウナが生き残っていたら、もっと多様な哺乳類世界が広がっていたのかも。と考えると残念。
各章のはじめに、その章で取り上げる時代の生態系を描いたストーリーが示される。最新の知見に基づいているんだろうけど、植物の季節感に疑問があったり、なんでそこまで社会構造を断言できるの?という部分もある。書きたかったんだろうけど、正直いらんと思う。
暁新世辺りまでは、著者自身が参加した発掘調査のエピソードが随所に添えられている。また全体に哺乳類化石の研究者達が大勢登場する。こちらは、研究の進展とあいまって、科学の営みが伝わってきて、とても良かった。著者は、氷期以降の調査にはあまり関与しておらず、ヒトの進化に関しては研究者の知り合いも少なそうではある。
●「ナメクジはカタツムリだった?」武田晋一著、岩崎書店、2021年6月、ISBN978-4-265-04377-4、1500円+税
2025/6/25 ★★
福岡県在住の著者が、カタツムリを求めて山口、岐阜、東京、青森、北海道と北上。続いて、鹿児島、沖縄と南下。それぞれの地で出会った生きたカタツムリを美しい画像で紹介する。表紙にもなっているナメクジのようなカタツムリ、ヒラコウラベッコウガイをきっかけに、チャコウラナメクジ、ヤマナメクジにも手を出し。イボイボナメクジも紹介。
いろいろなカタツムリが出てきて楽しいのと同時に、いろいろなカタツムリネタがさりげなく登場する。軟体部が殻をおおうカントウベッコウ。左巻きカタツムリの多くは関東以北にいる。同じグループでも山のカタツムリは黒っぽく、里のカタツムリは白っぽい。イボイボナメクジは、イソアワモチの仲間。ゴマガイの目は可愛いし、平べったいオオカサマイマイにはビックリ。ヤマクルマガイのフタが、殻の下側にぴったり収まるとは知らなかった。
●「寄生生物の果てしなき進化」トゥオマス・アイヴェロ著、草思社文庫、2021年12月、ISBN978-4-7942-2745-4、1600円+税
2025/6/23 ★★
著者はフィンランド人で、マダガスカルでネズミキツネザルの糞を採集して、その寄生虫を研究している。そんな著者が、パラサイト(寄生生物)の進化について語った一冊。
著者の思うパラサイトは幅広く、外部寄生虫も内部寄生虫も含み、ウイルスから節足動物まで含んでいる(ネズミを入れたら哺乳類までも)。とはいえ、この本では主に感染症と病原体、そしてそのベクターが扱われる。そして、扱われる感染症は主にヒトの感染症。すなわち、生態学研究者によるヒトの感染症の歴史と病原体の進化が中心的に扱われる。当然ながら人獣共通感染症は大きなテーマの一つになる。
原書は2018年に発行されているが、新型コロナウイルス感染症を扱った第9章は、2020年秋に書き足されている。原書はフィンランド語で、フィンランド語の分かる日本人が直接翻訳している。目黒寄生虫館館長が監修に入っているそうで、学術用語もきちんと訳されている。訳者あとがきは、監修が入っていないようで、ちょっと引いた。
第1章は、寄生の普遍性、ヒトの体の中の多様なバイオーム(連れ合い種)、終わりなき軍拡競争、あるいは共生者への道。この本の基本であり、ある意味すべてが書かれている。
第2章は感染経路の話。糞便や食物から、飛沫感染、皮膚や傷口、あるいは吸血動物から、そして性交、垂直感染。皮膚から入れる線虫や吸虫は怖いけど、もっと怖いのは蚊やクマネズミ。ギニア虫(メジナ虫)の感染は避けたい。農業が始まって、生産力が高まり、定住し、人口密度が高まり、止水が増え、パラサイト天国が生まれた。そして、都市に高密度で暮らすようになって、ヒトは一層多くの感染症を持つようになった(第3章)。
第4章は、感染症の症状の話。宿主にすばやく大きなダメージを与えるパラサイトは、宿主と共倒れになるリスクがある。一方、時間をかけると、宿主の免疫が活発化するリスクが高まる。さらにパラサイト同士の競争。次の宿主への感染のしやすさという要素も絡んで、パラサイトにはさまざまな道がある。時間と共に弱毒化するとは限らない。
1800年代になって、感染症の原因である微生物の存在が認知され、感染を防ぐためには衛生状態の改善が必要であることが知られ、ワクチンも開発され始めた。しかし紛争地では、現在でも多くの感染症がまん延している(第5章)。ヒトだけが宿主の感染症は撲滅の可能性がある。しかし、現在までにほぼ撲滅できた感染症は、天然痘、牛疫、ポリオ、ギニア虫とごく一部のみ。他にも宿主がある場合はそもそも撲滅は難しい。薬剤耐性の進化も大きな問題になる(第6章)。
一方で、感染症は増え続けている。その多くは人獣共通感染症で、気候変動や自然環境の破壊によって、野生動物とヒトとの接触の機会の増加が関係している(第7章)。
ジャガイモ疫病、バナナのパナマ病、ティラピアレイクウイルスなど、農作物や養殖動物への感染症もヒトに大きな影響をおよぼす。品種改良で作物の遺伝的多様性が少なくなっているなか、感染症のリスクは高まっている(第8章)。
第9章は、新型コロナウイルス感染症の話題。2020年秋時点なので、まだmRNAワクチンは開発されていない。コロナウイルスの基本再生産数と、高い変異速度、そして弱者を中心に感染拡大することが述べられている。著者はフィンランドでのCovid19対策に専門家として関わったらしい。
第10章は、ヒトはパラサイト、あるいは体内のバイオームが存在する中で、進化してきた。これからもそれ抜きではやっていけないであろうという話。
ヒトの感染症の歴史を、感染症の原因となるパラサイトの生態を知る上で、とても勉強になる本。とくに生態学的・社会学的な視点で描かれているのがよい。
タイトルの通りパラサイトはどんどん進化している。でも、寄主であるところのヒトの進化はあまり描かれていないのが気になる。感染症への対応はどんどん進歩したわけだけど。
各章には、おおむねマダガスカルでの調査のエピソードがコラム的に差し込まれる。熱帯雨林での調査の様子が垣間見え、ネズミキツネザルがとても可愛い。その研究成果が気になる。
日本人が読んで充分面白いが、フィンランドの人向けに書かれているので、フィンランドでは…、という説明が随所に出てくる。あまり馴染みのないフィンランドの様子がうかがい知れるのも楽しい。
●「じつば身近なホタルのはなし」遊磨正秀著、緑書房、2025年4月、ISBN978-4-86811-024-8、2200円+税
2025/6/8 ★
京都大学から龍谷大学、京都市から滋賀県で、50年以上にわたってゲンジボタルを調べてきた著者が、おもに自身のデータに基づきその生態を紹介し、人との共存について語った一冊。
第1章はイントロ。ホタルダスをきっかけに、意外と身近にいるゲンジボタル。日本の主だったホタルとその発光の有無、発光パターンなどを紹介。街灯が増えた影響にもふれられる。
第2章では、自身のデータを中心にゲンジボタルの卵から成虫までの生活史を紹介。孵化した幼虫が水に落ちる、絶食に強い幼虫、幼虫のカワニナの選好性・食べる数、幼虫の大きさと脱皮回数、生息場所。蛹化場所。成虫の活動時間、産卵場所選択、産卵数。とてもいろいろ調べている。
第3章は、生活史の各ステージでの生息場所選択について。川の流れと川底の環境の多様性と、岸の環境の重要性が語られる。人による護岸工事の影響。とくにホタルの好む環境と、人がキレイと思う環境、利用しやすい環境とのズレが説明される。ホタルは綺麗な河川に生息するのではなく、人の生活のすぐ近くの少し汚れた河川に生息することも繰り返し語られる。
第4章では、自身が長年続けてきたホタルの発生数を数える調査について、その方法と結果が具体的に紹介される。
第5章は終章。ゲンジボタルよりヘイケボタルの方が絶滅の恐れが高く、それでいてあまり研究されていないというのに驚いた。
これほど多様なデータ、膨大なデータに基づいてゲンジボタルが語られることはまずないし、いろいろ勉強になる。というか、学生時代はすごい真面目にいろいろ調べてたんだなぁ、という感想。
●「タコ・イカが見ている世界」吉田真明・滋野修一著、創元社、2025年4月、ISBN978-4-422-43063-8、1800円+税
2025/6/4 ★
長年、頭足類が研究してきた2人が、タコ・イカの知性とゲノムを中心に、タコ・イカの形態と進化を紹介した一冊。
第 1章は、タコ・イカの系統を軽く説明している他は、おもに形態の説明。3つの心臓、9つの脳、巨大軸索、発光、感覚器でもある吸盤。他の本ではあまり見かけない話題が豊富。
第2章がある意味本論。タコ・イカの知性と心の話題。ヒトとは全然違う構造の脳を持ちながら、ヒトと同じような知性の階層を持ち、学習し、体地図を持ち、痛みを感じる。酔い、麻酔が効き、ドラッグで興奮する。タコの活け作りはもう喰えない。
第3章は、タコのゲノム研究の紹介。RNA編集という現象は興味深いが、まだまだ研究はこれから感が強い。
第4章は、頭足類と人類。と称して、なぜか頭足類研究の歴史が綴られる。アリストテレス、プリニウス、ダ・ヴィンチ、キュヴィエ、ラマルク、オーウェン。19世紀までの生物学のメジャーズが並ぶが、なぜかダーウィンがいない。
全体的に、いろいろ興味深い話題が並び、とても勉強になるが、まとまりは少ない。結局、知性もゲノムも研究はまだ発展途上という印象が強い。
●「ウミガメ博物学 砂浜とウミガメとヒトのはなし」亀崎直樹著、南方新社、2024年10月、ISBN978-4-86124-521-3、1800円+税
2025/6/3 ★
長年ウミガメに関わってきた著者が、砂浜、ウミガメ、ウミガメに関わる人々をつづった本。
第1章は、砂浜について。砂浜の残念な状況とそれについての不満が述べられる。その落としどころが“反省”なのが不思議な感じがする。鳥や海浜植物とは少し違ったウミガメ目線が面白い。
第2章は、ウミガメについて。世界のウミガメ、日本で見られる・産卵するウミガメが一通り登場するが、おもに生活史が紹介されるのはアカウミガメ。孵化した子ガメの旅立ち、太平洋の横断、再び日本近海への帰還。まだまだ謎は多そう。最後に唐突に付着生物、骨格、心臓、交尾の話題も。
第3章は、各地のウミガメに関わる人について。ウミガメの減少について語ってから、小笠原から静岡・京都、徳島・高知、沖縄。さらにオーストラリア、インドネシア、モルジブ、コスタリカと海外まで。海外は、自分の旅行の思い出を語ってるだけでもある。卵の移植と放流の問題点を指摘する一方で、まっとうな活動をしている団体を紹介。ウミガメを食べるのは好きそう。
第4章は、鹿児島県のとくに島嶼部を取り上げて、再びウミガメと人の関わりが紹介される。鹿児島大学ウミガメ研究会に厳しいお言葉。なんか強い想いがあるんだろう。
ウミガメ調査には地元の多くの人達の関わりが不可欠。長年頑張った方々のデータがあってこそ、日本のウミガメ研究は進んできた。そこへのリスペクトはとても評価できる。市民参加の自然史科学を考える上で、とても参考になるエピソードが多い。日本ウミガメ協議会が、そうした市民と研究者をつなぐために設立されたとは知らなかった。
一方で、東シナ海を回遊する個体がいるというデータに基づいた説を、たいした根拠を示さずにすっぱり否定していて驚いた。他にも、データや充分な根拠を示さずに断言しているような部分が散見される。科学の普及教育的な本としてはいかがなものか。と思っていたら、あとがきにこんな一文。「あえて述べるなら本書は学術書ではない。私の憶測や聞き取りによるところは多い。それを加味して私の感じているウミガメ感を皆さんに知らせたいと思った」。ある種納得はしたが、あまり褒められたことではないように思う。普及書として読む人はけっこういるはずだから。
文体がなんか偉そうなのは、そういう文を書く年代だからなのかもしれない。
口絵のカラー写真にやたら本人が写っている。せっかくのカラー写真なら、ふつうは主役であるはずのウミガメ画像を多めにするんじゃなかろうか。
●「そうだったのか!カタツムリとナメクジ」嶋田泰子著・はたこうしろう絵、童心社、2025年2月、ISBN978-4-494-02084-3、1300円+税
2025/6/3 ★
ある日、家の前でカタツムリを見つけ、その移動速度を測ることを思いつく。それからカタツムリに興味を持ち、飼ってみようと思って探し始めるが見つからない。代わりにナメクジを飼い始める。ようやくカタツムリも入手して、飼育しながら、いろいろ調べている内に、今度は殻の重さに興味を持つ。さらに、越冬させ、殻を修復させ、ナメクジの粘液を調べ、色んな物を食べさせる。交尾と繁殖、大怪我からの復活。
興味を持ってから、飼育しながら気になったことを、とりとめなく並べた一冊。よく言えば、ライブ感が満載。ナメクジが粘液のかたまりを“脱ぐ”とか。頭がちぎれても復活するとかは知らなかった。
●「睡眠の起源」金谷啓之著、講談社現代新書、2024年12月、ISBN978-4-06-537796-3、900円+税
2025/3/27 ★
眠りの起源と仕組みを研究している著者が、自身の研究歴とともに睡眠について語る。
イントロが凝っている。寝坊した日常から始まり、なぜ私たちは眠るのかという問題提起。そして、自分の研究のキッカケになった小学生の頃を思い出す。
からの、第1章、クロアゲハは夜どこで寝てるのか?と疑問に思った小学生時代。あわせて寝てる時の脳波の話題。
第2章は、高校生の頃、徹夜で試験勉強して失敗した話。あわせて断眠実験の話、寝だめと睡眠物質。
第3章、高校時代にプラナリアを飼育した話からの、体内時計と時計遺伝子。
第4章、大学に入学すると、1回生の時から研究室に出入りして研究を開始。ヒドラの睡眠に取り組む。トプラーによる睡眠の定義:「可逆的な行動の静止」「特徴的な姿勢」「反応性の低下」「眠りのホメオスタシス」。第5章、睡眠の遺伝子をさぐる韓国との共同研究を経て、ヒドラも眠るという論文を発表。
第6章は、”睡眠の起源は何か”と題しているのだけど、眠らない動物はいるか?腸が眠くなる?てなことが、つらつら書かれているだけで、とくに結論はなし。第7章は、麻酔と睡眠を話題にしつつ、最後は意識とはなにか?と言って終了。
睡眠の定義すら考えたこともなかったので勉強になった。断眠実験は興味深いし、麻酔がどうして効くかが判ってないのも面白かった。
でも結局、今のところヒドラも眠ると判っただけ。タイトルに惹かれて読み始めたら、睡眠の起源はさっぱり判らずモヤモヤして終わる。睡眠という現象に、解くべき課題がいろいろあるのは判ったが、解くべき課題が多いことにワクワクして、スッキリ読み終わる読者は、同業者かなぁ。睡眠に関わるいろんな話が読めるという意味では面白い一冊。
●「密かにヒメイカ 最小イカが教える恋と墨の秘密」佐藤成祥著、京都大学学術出版会、2024年10月、ISBN978-4-8140-0557-4、2200円+税
2025/3/9 ★
大阪府でも泉南の方には岸近くにアマモ場があって、ヒメイカが見られる。砂地の浅い海に生えたアマモに隠れているヒメイカはとても小さくて可愛い。小さいけどこれで成体、一番小さいクラスの頭足類。ってとこまでは知っていたけど、それ以上は知らない。ヒメイカのいろいろが知りたくて、ヒメイカ研究者の本を手に取った。
著者の研究者としての歩み、と同時にヒメイカの行動・生態が徐々に解明されていく。
第1章は、大学院進学から修論まで。なんとなく陸上動物の捕食行動を研究したくて、京大や北大の動物行動を目指したが断念。卒論で淡水魚扱ったから水物にするしかないか、と、たどり着いたのが北大の臼尻実験所(嫌々選んだみたいだけど、そう書いてあるんだから仕方が無い)。そこの指導教員の思いつきで提案されたのが、ヒメイカの研究。分布域の北限近い地で採集を繰り返して、生活史を明らかにしようとしたら、死滅回遊疑惑が。
第2章は、博士課程。テーマを繁殖行動の研究に切り替え。狙いは“交尾後の密かなメスの配偶者選択”(CFC)を明らかにすること。で、愛知県で採集してもらったヒメイカを使って、水槽内での観察。CFCを明らかにしたと自信を持ってのぞんだ学位審査で、再びダメージ。
第3章、就職からポスドク。ヒメイカ研究から離れて、就職したもののヒメイカへの未練が断ち切れず、長崎で再びヒメイカ研究に。水槽実験で飽き足らず、再び野外調査に挑戦。精子競争の重要性と捕食リスクの影響。
第4章もポスドク時代。長崎から隠岐の島へ。イカ墨を使った捕食行動と捕食者からの逃走行動。
第5章、ようやく研究者として就職。が、今までのように研究三昧ができなくなり、沖縄の新種ヒメイカの記載に関わってみたり。
年2化で、春に出現する大型世代と夏の小型世代。求愛行動なしの交尾とCFC。墨を使った捕食と、捕食者からの逃走。確かにヒメイカのことをいろいろ知ることができた。同時に波瀾万丈の著者の研究人生も判るという趣向。著者がどうして自分を卑下しまくるのかはよく判らない。
●「足環をつけた鳥が教えてくれること」山階鳥類研究所著、山と渓谷社、2024年11月、ISBN978-4-635-23019-3、1800円+税
2025/2/17 ★
著者名が“山階鳥類研究所”。機関が編者はよくあるけど、著者についてるのは珍しい気がする。実際の執筆者は、山階鳥類研究所所属の14名。それぞれ得意な話題を分担して書いてるけど、水田・澤のご両人が多めだし、他に書いてくれる人がいない項目を振られてる印象。
若手が中心な中で、昔の話題は尾崎さんが書くという分担っぽい。
内容は、鳥類標識調査とそこから明らかになったことが軸、そしてそれは必然的に山階鳥類研究所の歴史と活動の紹介になっている、という企画。第1章は渡りの調査、第2章は寿命の話。鳥類標識調査の成果がモリモリ。第3章は、鳥に迫る危機の話。ここでも鳥類標識調査に絡めようとするので、かなり偏った内容になっている。カシラダカの減少と、ツバメの渡りのタイミングの変化は分かりやすいけど、トキとアホウドリの話はちょっと違う気がする。第4章は、標識調査で判ることの話。なんだけど、渡りと寿命の話はすでに紹介したので、性別・年齢、隠蔽種、共通感染症など、鳥を手にして判ることの紹介になっている。
多少鳥に詳しければ知ってることも多いけど、知らないことも書いてあるし、勉強になる。鳥類標識調査がどんなものか、どんな意義があるかを知らない鳥好きは是非読むべき。
●「僕には鳥の言葉がわかる」鈴木俊貴著、小学館、2025年1月、ISBN978-4-09-389184-4、1700円+税
2025/2/16 ★★★
シジュウカラの言葉の研究で、いまやとても有名な著者の最初の一般向け単著。学生時代や研究のエピソードを交えつつ、著者がカラ類の言葉を解き明かしていく課程が、順に描かれる。
子どもの頃から書き起こし、大学生の時にカラ類の音声コミュニケーションに関わる観察をきっかけに、鳴き声の意味について研究を始める。
最初に示したのは、カラ類の「集まれ!」の声。続いて、巣にいるヒナにカラスの存在を知らせる声、ヘビの存在を知らせて巣にいるヒナを飛びださせる声。ヘビの存在を知らせる警戒声を、見間違い実験で証明。そして、ルー語実験や「ぼく・ドラえもん」実験による文法の存在の証明。
そもそもものすごい量のフィールドワークをこなしていて、その観察で気付いたアイデアを、膨大な野外実験で立証していく。すごいフィールドワーカー。研究テーマやそれを解明するためのアイデアを思いつく場面が描かれているのがとても良い。
鳥が会話していること、音声で情報を伝達していることは、ある程度鳥を観察している多くの人なら気付くこと。多数派と著者との決定的な違いは、それを科学的に実証しようとしたかどうか。自分にとってすでに“判って”いることを客観的に示すのは、想像以上に難しいし、なにより面倒。研究者であってもなかなかやる気が起きない。それにきちんと取り組んで、他に人に納得させようとする。科学者としてとても重要な資質だと思う。
さらに、その実証のためのトリッキーとも言えるアイデアは、著者の優秀さを端的に示していると思う。テクノロジーではなく、アイデアで問題に取り組んでいくところが格好いい。
文章は、とても読みやすい。学会発表をリアルタイムでフォローしてきた研究で、内容はすでに知ってるけど、それでも楽しく読めた。ちなみに学会発表も、よくまとまってて判りやすい。
自分の研究成果を広く知ってもらうことは、大きな活動動機になるようなので、またこうした本を書いてくれそう。楽しみに待とう。
●「「絶滅の時代」に抗って 愛しき野獣の守り手たち」ミシェル・ナイハウス著、みすず書房、2024年7月、ISBN978-4-622-09710-5、3800円+税
2025/2/14 ★★
1世紀半におよぶ絶滅しつつある動物を守ろうとする動き、あるいは生物多様性保全につながる歴史を見渡す1冊。それぞれの時代、それぞれのステップに関わった人物に焦点を当て、”現代の種の保全についての物語”のターニングポイントが語られる。
第1章はいわばイントロ的に、分類学の基礎である二名法をつくって学名をつけまくったリンネの物語。
第2章は、アメリカバイソンの保護に邁進した剥製士ホーナディ。野放図に利用しまくると種は絶滅してしまうことを人々に気づかせ、その保護の先駆者。いろいろ先進的でありつつ、バイソンの保護の少なくとも当初の目的は、白人男性の利益を守るため。その後の活動も含めると理解しにくい人物だった様子。
第3章は、ハクトウワシをはじめ鳥類の保護のため、初期のオーデュポン協会と対立したロザリー・エッジ。ホーク・マウンテンは、サンクチュアリの先駆け。今からすると当時の(あるいは今も合衆国では?)野鳥関係団体が狩猟にとても好意的なのが不思議な気がする。
第4章は、アルド・レオポルド。ようやく自然保護に生態学が導入されていく。生態系ピラミッドや食物網といった考えに基づき、上位捕食者など種間相互作用の重要性が認識されはじめる。また、生息環境を守るという考えに基づき、自然保護区が次々の指定される。
第5章は、ジュリアン・ハックスリー。その物語は、祖父のトーマスから。その自然保護との関わりは、UNESCOにはじまり、やがてIUCNとWWFという現在の二大国際自然保護団体の立ち上げにつながる。1966年には最初のレッドデータブックが作成された。
第6章は、『沈黙の春』のレイチェル・カーソン。1962年に化学物質が野生生物に大きなダメージを与えていることを人々に知らしめた。また、環境という言葉が、今日的な意味になったのもこの頃。1966年、合衆国で絶滅危惧種保護法が成立。ハクトウワシやアメリカシロヅルの個体数回復の試みが始まる。
第7章はマイケル・スーレ、というより1970年代以降の保全生物学の成立と発展の物語。
第8章は、コミュニティベースの保全の物語。共有地の悲劇を乗り越えるその理論的ベースは、エリノア・オストロム。でも、この章の主役はナミビアの人々であり、それを押し進めたオーウェン=スミス。
第9章は、これからの話。主役は、ガーナのエマニュエル・フリンポン。河川の淡水魚とともに普通種をいかに守るかを考える。
レッドデータブック、絶滅危惧種を守る法制度。世界の動きが、日本に届くのは10年遅れという感がいなめない。それでも、1992年にリオで開かれた地球サミットの後、日本で急激に保全生物学が目立つようになった。ここらでようやく追いついたのかな?
世界の(というより合衆国の?)生物多様性保全(というより“自然保護”)の歴史を概観して、自分の理解を見直すのに役立つ。というか、自分にとっての当たり前が、当たり前ではなかった時代があることを知れる。
タイトルは、原題も含めてあまり適当でない気がする。
●「標本画家、虫を描く 小さなからだの大宇宙」川島逸郎著、亜紀書房、2024年7月、ISBN978-4-7505-1845-9、2000円+税
2025/2/12 ★
昆虫の標本画家として名高い著者が、自身の生いたちと画家としての成長、自身の標本画へのこだわりと技術を語った一冊。27篇の内、26篇は2年4ヶ月にわたるWEBマガジンへの連載をまとめたもの。1篇は、6〜10ページ程度で、その内、2〜5ページ程度は自身の細密画が占める。
最初の4篇は、幼少の頃から大学の研究室に入るまでの生いたち。続く8篇ほどは自身の標本画の描き方の解説。そして2篇は失敗談。そこからいろんな企画に関わった話で、昆虫画講座、ストップ・ザ・ヒアリ、ファーブル昆虫記の挿絵、トンボの卵巣、『日本のトンボ』と続く。ここらでネタは尽きたらしい。個別の昆虫の話を始めて、アシブトコバチ、ナナホシテントウ、カナブンとアオドウガネ、クロゴキブリ、ニクバエ。標本画を描く際の心得をはさんで、ホタル科幼虫とカマキリで終わり。
昆虫の形態についで多少は勉強になるが、体系だったものではない。著者の標本画のこだわりは判るが、絵の描き方が学べるとはいいがたい。むしろ職人あるいはアーティストのこだわりや変人ぶりを楽しむ本。
●「日本にいたゾウ」大島英太郎著、福音館書店たくさんのふしぎ2024年12月号、736円+税
2025/2/9 ★
現生の3種のゾウを紹介した上で、日本にいたゾウが時代順に紹介されていく。1900万年前のアネクテンスゾウ、1800-1600万年前のシュードラチデンスゾウ、400万年前のミエゾウ、200万年前のアケボノゾウ、60万年前のトウヨウゾウ、34-2万年前のナウマンゾウ、5-2万年前のケナガマンモス。同時代の他の大型哺乳類やワニ、当時の日本列島の様子も垣間見え、最後の2種はヒトとの関わりにも触れられる。
初期のゾウ類の進化の話が最後に出てくるが、最初でよかった気がする。寒冷化が進んでいる中で、大型のミエゾウが小型化してアケボノゾウに進化したのは違和感がある。島嶼化と言い切っていいんだろうか?
●「ちいさい言語学者の冒険 子どもに学ぶことばの秘密」広瀬友紀著、岩波科学ライブラリー、2017年3月、ISBN978-4-00-029659-5、1200円+税
2025/2/8 ★
著者や知り合いの子どもをおもな対象に、2歳から6歳くらいの日本語を学びつつある子ども(あるいは一部、日本語を学んでいる外国語話者)の言い間違いの例を紹介しつつ、日本語話者の大人にとっての当たり前が必ずしも当たり前ではないことを紹介していく。その結果、日本人が気づいていない日本語の法則と不合理な部分が浮き彫りにされていく。
前半は日本語の不思議。最初は濁音の不思議。ハ行の濁音はバ行、というよりパ行の濁音がバ行。続いて、音節で数える英語と、拍数で数える日本語。そして、死の活用形。というより使役動詞や可能動詞の不思議。
後半は子どもの学習方法。自分で法則を見つけて過剰一般化。言葉の意味の過剰拡張、過剰縮小。間接的なメッセージ。グライスの会話の公理は、大人でも解ってない人はけっこういる。意味、構文、音で遊んで言葉について考える。
読んでいて面白いし、とくに小さい子どもと接する機会がある人にはオススメ。だけど、子どもの言語学習について体系だった何かが得られる本ではない。むしろ小ネタ集の色合いが強い。ナ行の五段活用の動詞は、“死ぬ”だけだったとは(あと、去ぬ)。ライマンの法則も覚えておきたい(二つ目の言葉に濁音が含まれていると、連濁は起こらない)。
●「カタツムリから見た世界 絶滅へむかう小さき生き物たち」トム・ヴァン・ドゥーレン著、青土社、2024年9月、ISBN978-4-7917-7673-3、2200円+税
2025/2/6 ★★
大部分の種がすでに絶滅し、現存する種のほとんど全てが絶滅の危機にあるハワイ諸島の陸貝。その危機的状況に至る歴史と現状、そして保全のための取り組みを、ハワイ諸島のカナカ・マオリの文化と受難の歴史とからめて紹介した一冊。
有名なハワイマイマイにはいくつもの種が含まれる。それ以外にもハワイ諸島にはさまざまな陸貝が生息し、その多くが固有種だった。しかし、人々による採集、生息地の破壊、肉食性巻貝ヤマヒタチオビなど外来生物による捕食によって、その個体数は激減し、多数が絶滅。かろうじて外来の捕食者を排除したエクスクロージャーで生き残る個体群。最初の数ページを読むだけで暗い気持ちになる。でも、目をそらしてはいけない、とても思わないと読み進められない。
ただ、第1章〜第2章は、カタツムリの生態の話が中心なので、普通に科学的興味だけでも読める。
第1章の副題は「粘液の世界を散策する」。暗い気持ちから離れて、粘液を通じてコミュニケートするカタツムリの世界が描かれる。我々とはまったく違う感覚世界に生きるカタツムリが新鮮。カタツムリを捕まえて、別の場所で放すのは、とても迷惑な行為だったんだな、と反省。ヤマヒタチオビは、その粘液をたどって捕食するのだという。
第2章は、陸貝の長距離移動の話。てっきり海を漂流してくるのかと思ったら、鳥を利用して空から来る方が有力と考えられているらしい。鳥についてる貝をチェックしなくては。
第3章から、ハワイの陸貝の受難の話。まずは、貝殻コレクターによる乱獲。原住民のカナカ・マオリも陸貝を装飾や食料に利用していたが、採集圧が一気に高まったのが18世紀後半に白人が渡来してから、とくに1820年代以降に宣教師が定住しはじめてから。“ほぼすべての少年が「カタツムリ・フィーヴァー」に夢中”という状況は理解できない。カタツムリが減少するのと平行して、カナカ・マオリが植民地化の影響を受ける。カナカ・マオリの文化も歌うカタツムリも失われていく。
第4章は、ハワイの陸貝の分類の話。いまだに未記載の種も多く、分類が整理されていないグループがある一方で、貝殻コレクションから絶滅種として記載される新種もいる。しかし、今後の保全を考える上でも、分類は重要であるし、そのベースとなるのは、博物館などに残された貝殻コレクション。ビショップ博物館の貝類コレクションがすべて整理されているわけではない、というくだりは身につまされる。
第5章は、軍と陸貝との関係。ハワイに広い軍事演習場を持つ軍は、実弾射撃で貴重な陸貝の生息地を吹き飛ばしてきた。それに対する粘り強い地元の働きかけの結果、譲歩を引き出すに至っている。合衆国における軍と環境保全の関係がかいま見える。合衆国以外の米軍基地のことも考えさせる。
第6章は、飼育下でかろうじて命脈を保っている種の話。それを野生復帰させる目処は立っていない。最終章にして、明るい未来を描けないところに、ハワイの陸貝の現状がある。
ハワイマイマイは有名だが、その詳細は知らなかった。世界中の島で固有の陸貝が絶滅したか、絶滅の危機にある。それに通じる話。日本の小笠原諸島とも比較してしまう。幸か不幸か小笠原諸島では、ヤマヒタチオビよりもニューギニアヤリガタリクウズムシが問題に…。
ハワイの陸貝の保全を考える上で、博物館の標本が重要な意味を持っていたというのは、印象的だった。
。
●「動物のひみつ ウォード博士の驚異の「動物行動学入門」」アシュリー・ウォード著、ダイヤモンド社、2024年3月、ISBN978-4-478-11628-9、2000円+税
2025/2/4 ★
副題は、「ウォード博士の驚異の「動物行動学入門」」とある。でも、タイトルも副題もこの本に付けるには雑すぎる。原題の“The Social Lives of Animals”が一番内容を表している。どうしてタイトルか副題を「動物たちの社会生活」とかにしなかったのか全然わからない。とにかく、オキアミにはじまり、類人猿に至るまで、動物の社会行動が次々と紹介されていく。
章ごとに、オキアミとバッタやゴキブリ、ハチやシロアリなど社会性昆虫、イトヨやグッピーなどの魚、鳥類の群れや社会行動、家ネズミとハダカデバネズミ、ゾウ、ライオン・ハイエナ・オオカミといった食肉類、クジラ・シャチ・イルカ、サルと類人猿。著者の専門は魚など水中の動物らしく、オキアミや魚の話は新鮮。一方、昆虫、鳥類、哺乳類の話は、聞いたことのある有名な話が多い。鳥類の社会については、取り上げ方が物足りない感がいっぱい。
全体として、さまざまな動物の社会性のトピックが紹介されていくが、進化という視点は希薄。真社会性も子殺しも適応度にふれずにさらっと紹介される。そういう意味でも、理論面は物足りない。一方で、広く見渡す意味では気づくこともある。アフリカゾウもシャチもマトリアーチが重要なんだな、とか。ハイエナとヒヒの社会似てるなとか。チンパンジーとボノボの社会の似て非なるポイントとか。面白かった。ただ、霊長類研究で驚くほど日本人研究者の業績が出てこないのは気になるところ。
いろいろ思う部分はあるけど、小ネタ集としては面白い本ではある。ただ、日本での編集は問題があると思う。
まず巻末の文献リスト。右びらきの本だから右からページがふってあるが、文献は横書きなので見開きの並びは左から右。わかりにくい。文献は章ごとに分かれてるのだけど、9章のサルの文献が8章のところに載っていて、ずれているらしい。明らかに引用されている文献で載っていないのがあるのだけど、翻訳時に端折ってる?
次に問題なのは挿絵。日本でイラストを勝手につけているからか、変に日本仕様になっている。本文でムクドリと呼んでいるのは、イングランドのことなのでホシムクドリ。なのにヨーロッパにはいない日本のムクドリのイラストになっている。マカクザルとして描かれているのは、尻尾がないのでニホンザル。マカックの一種ではあるけど、ここで言ってるマカクザルは違うと思う。リカオンに尻尾がないのも気持ち悪い。
翻訳にも気になる点が点在。ガチョウが飛ぶという文があって変だけど、これはgooseをガンと訳さずガチョウと訳したからかと。「陸上の肉食哺乳類」と訳してあるのは、たぶんterrestrial cainivoreのことではないかと。だとしたら陸上食肉類とした方がいいかと。ニワトリのことは基本的に家禽と書いてあるけど、1ヶ所だけ家畜化としていて気持ち悪い。Domesticationを勢いで家畜化と書いたのかと。ウィルドビーストという動物がアフリカで何度も出てくるけど、wildebeestの和名はヌーが定着しているのに、どうして使わないのかな? ムクドリがチュウヒに襲われるかのような文が出てくるが、これは翻訳の問題か原文に問題があるのかよくわからない。
動物に詳しい人に監修してもらったら良かったんじゃないかと思う。
●「脳の本質 いかにしてヒトは知性を獲得するか」乾敏郎・門脇加江子著、中公新書、2024年11月、ISBN978-4-12-102833-4、1000円+税
2025/1/24 ★★
とても大層なタイトルだけど、ある意味本当に脳の本質について教えてくれる。ただ、副題の答えがあるかは疑問。
第1章、1867年ヘルムホルツは“私たちが見ているこの世界が、網膜像をもとに推論され作り上げられた世界”と言った。いわゆる「ヘルムホルツの無意識的推論」。それを皮切りに、ウィーナー、ノイマン、シャノンらが軽く紹介されるが、後からも出てくるのは、不確実性の解消を重視するフリストンの理論。
第2章、脳のさまざまな部位を電気刺激した結果から、脳の各部分にどのような役割があるかが明らかになっていく。脳は、感覚信号を元に外部世界を階層的に推定して、世界に働きかけ、さらに推定を行う。過去の経験をベースに、ベイズ推定によって外部世界を理解しようとしている。と考えられる。
第3章、脳にとっては、体の他の部分も感覚信号から推定する外部世界に他ならない。その結果を元に体内状態を調節する(アロスタシス)。その予測誤差/不確実性を最小にするべく振る舞った結果、生まれるのが感情と考えることができる。
第4章は、胎児から幼児の脳の発達。一旦過剰に備わったシナプスが環境との相互作用に基づいて刈り込まれる。このタイミングでの経験が重要なのだという。
第5章は記憶の仕組み。全体をまとめあげる海馬の役割が強調される。エピソードを想起するとき、経験したのと同じ部位が活動するのが面白い。
第6章は、知識や言語の獲得やモチベーションといった脳の高次機能の話。ブローカ野が大切とか、ドーパミンの放出といった報酬がモチベーションを左右するとか。ほかにもいろいろ。
最後の第7章は「意識とはなにか」。脳はたえず感覚器官からの情報をもとに、未来(あるいは現在)を予測している(神経伝達の時間があるので脳は現在の状態がわからない)。予測して運動し、予測時点で予測した感覚を感じる。運動の結果得られた感覚が、予測と一致すると自己主体感が生じる。遡及的に自己が行なった行動を知覚する。過去と現在と未来の推論の予測誤差を最小にするように後付けの状態推定。ポストコグニション。一般常識とはかけ離れていて面白い。
脳のさまざまな研究が、新書にコンパクトにまとめられているのはお得だけど、ちょっと盛り込み過ぎ。理解は追いつきにくい。第4章〜第6章は、その前後とのつながりが薄めなので飛ばして読んだ方が、情報量が適度に減るかもしれないと思った。とくに第6章は、本当にいろんな話題を詰め込みすぎ。
共著になっているが、本文では乾氏の業績の引用が目立つ。乾単著でもほぼ同じ本が書けそうな気がするが、著者2人の分担がどうなってるのか気になった。
直接、外部世界を知ることができない脳が、限られた感覚情報から、ベイズ推定をフル稼働させて、外部世界を推定。運動の結果からさらに推定。と頑張ってるイメージ。神経伝達の遅れから“現在”が分からない中で、リアルタイムでの対応を求められる苦労。これこそが脳の本質と考えると、けっこう面白い。
だとしたら、反射では対応しきれない反応をする必要がある動物はすべて、脳に相当するシステムが必要になりそう。その脳にはベイズ推定の能力が必須。この本を信じれば自己主体感は生まれざるを得ない。実のところ意識がどこに生まれるのかは知らないが、中枢神経系のある動物には、何らかの形の意識があるという話になりそうな気がする。
●「植物の季節を科学する 魅惑のフェノロジー入門」永瀬藍著、共立出版、2024年11月、ISBN978-4-320-00943-1、2100円+税
2025/1/3 ★
副題にあるようにフェノロジー研究の紹介。どっちかと言うと、むしろ一植物研究者の紹介かもないが。
第1章、フェノロジーとは。第2章、著者が九州大学構内で調べた開花フェノロジーの話。続いて第3章は、著者が参加した東南アジアでの調査の話。第4章でベトナムの熱帯山地林、マレーシアの熱帯林、日本の温帯林のフェノロジーの比較。第5章では、過去の日本の植物の開花フェノロジーをハーバリウムを活用して調べる。すなわち標本の存在意義の話。第6章は研究者のアウトリーチで、第7章は研究者を目指す人へのメッセージ。
フェノロジーとは何かはある程度伝わる内容だけど、あまりにも著者の経験したことに限定されていて、これでフェノロジー研究の全体像を知ったことになるか不安になる。