自然史関係の本の紹介(2025年分)
【★★★:絶対にお勧め、★★:けっこうお勧め、★:読んでみてもいい、☆:勧めません】
●「睡眠の起源」金谷啓之著、講談社現代新書、2024年12月、ISBN978-4-06-537796-3、900円+税
2025/3/27 ★
眠りの起源と仕組みを研究している著者が、自身の研究歴とともに睡眠について語る。
イントロが凝っている。寝坊した日常から始まり、なぜ私たちは眠るのかという問題提起。そして、自分の研究のキッカケになった小学生の頃を思い出す。
からの、第1章、クロアゲハは夜どこで寝てるのか?と疑問に思った小学生時代。あわせて寝てる時の脳波の話題。
第2章は、高校生の頃、徹夜で試験勉強して失敗した話。あわせて断眠実験の話、寝だめと睡眠物質。
第3章、高校時代にプラナリアを飼育した話からの、体内時計と時計遺伝子。
第4章、大学に入学すると、1回生の時から研究室に出入りして研究を開始。ヒドラの睡眠に取り組む。トプラーによる睡眠の定義:「可逆的な行動の静止」「特徴的な姿勢」「反応性の低下」「眠りのホメオスタシス」。第5章、睡眠の遺伝子をさぐる韓国との共同研究を経て、ヒドラも眠るという論文を発表。
第6章は、”睡眠の起源は何か”と題しているのだけど、眠らない動物はいるか?腸が眠くなる?てなことが、つらつら書かれているだけで、とくに結論はなし。第7章は、麻酔と睡眠を話題にしつつ、最後は意識とはなにか?と言って終了。
睡眠の定義すら考えたこともなかったので勉強になった。断眠実験は興味深いし、麻酔がどうして効くかが判ってないのも面白かった。
でも結局、今のところヒドラも眠ると判っただけ。タイトルに惹かれて読み始めたら、睡眠の起源はさっぱり判らずモヤモヤして終わる。睡眠という現象に、解くべき課題がいろいろあるのは判ったが、解くべき課題が多いことにワクワクして、スッキリ読み終わる読者は、同業者かなぁ。睡眠に関わるいろんな話が読めるという意味では面白い一冊。
●「密かにヒメイカ 最小イカが教える恋と墨の秘密」佐藤成祥著、京都大学学術出版会、2024年10月、ISBN978-4-8140-0557-4、2200円+税
2025/3/9 ★
大阪府でも泉南の方には岸近くにアマモ場があって、ヒメイカが見られる。砂地の浅い海に生えたアマモに隠れているヒメイカはとても小さくて可愛い。小さいけどこれで成体、一番小さいクラスの頭足類。ってとこまでは知っていたけど、それ以上は知らない。ヒメイカのいろいろが知りたくて、ヒメイカ研究者の本を手に取った。
著者の研究者としての歩み、と同時にヒメイカの行動・生態が徐々に解明されていく。
第1章は、大学院進学から修論まで。なんとなく陸上動物の捕食行動を研究したくて、京大や北大の動物行動を目指したが断念。卒論で淡水魚扱ったから水物にするしかないか、と、たどり着いたのが北大の臼尻実験所(嫌々選んだみたいだけど、そう書いてあるんだから仕方が無い)。そこの指導教員の思いつきで提案されたのが、ヒメイカの研究。分布域の北限近い地で採集を繰り返して、生活史を明らかにしようとしたら、死滅回遊疑惑が。
第2章は、博士課程。テーマを繁殖行動の研究に切り替え。狙いは“交尾後の密かなメスの配偶者選択”(CFC)を明らかにすること。で、愛知県で採集してもらったヒメイカを使って、水槽内での観察。CFCを明らかにしたと自信を持ってのぞんだ学位審査で、再びダメージ。
第3章、就職からポスドク。ヒメイカ研究から離れて、就職したもののヒメイカへの未練が断ち切れず、長崎で再びヒメイカ研究に。水槽実験で飽き足らず、再び野外調査に挑戦。精子競争の重要性と捕食リスクの影響。
第4章もポスドク時代。長崎から隠岐の島へ。イカ墨を使った捕食行動と捕食者からの逃走行動。
第5章、ようやく研究者として就職。が、今までのように研究三昧ができなくなり、沖縄の新種ヒメイカの記載に関わってみたり。
年2化で、春に出現する大型世代と夏の小型世代。求愛行動なしの交尾とCFC。墨を使った捕食と、捕食者からの逃走。確かにヒメイカのことをいろいろ知ることができた。同時に波瀾万丈の著者の研究人生も判るという趣向。著者がどうして自分を卑下しまくるのかはよく判らない。
●「足環をつけた鳥が教えてくれること」山階鳥類研究所著、山と渓谷社、2024年11月、ISBN978-4-635-23019-3、1800円+税
2025/2/17 ★
著者名が“山階鳥類研究所”。機関が編者はよくあるけど、著者についてるのは珍しい気がする。実際の執筆者は、山階鳥類研究所所属の14名。それぞれ得意な話題を分担して書いてるけど、水田・澤のご両人が多めだし、他に書いてくれる人がいない項目を振られてる印象。
若手が中心な中で、昔の話題は尾崎さんが書くという分担っぽい。
内容は、鳥類標識調査とそこから明らかになったことが軸、そしてそれは必然的に山階鳥類研究所の歴史と活動の紹介になっている、という企画。第1章は渡りの調査、第2章は寿命の話。鳥類標識調査の成果がモリモリ。第3章は、鳥に迫る危機の話。ここでも鳥類標識調査に絡めようとするので、かなり偏った内容になっている。カシラダカの減少と、ツバメの渡りのタイミングの変化は分かりやすいけど、トキとアホウドリの話はちょっと違う気がする。第4章は、標識調査で判ることの話。なんだけど、渡りと寿命の話はすでに紹介したので、性別・年齢、隠蔽種、共通感染症など、鳥を手にして判ることの紹介になっている。
多少鳥に詳しければ知ってることも多いけど、知らないことも書いてあるし、勉強になる。鳥類標識調査がどんなものか、どんな意義があるかを知らない鳥好きは是非読むべき。
●「僕には鳥の言葉がわかる」鈴木俊貴著、小学館、2025年1月、ISBN978-4-09-389184-4、1700円+税
2025/2/16 ★★★
シジュウカラの言葉の研究で、いまやとても有名な著者の最初の一般向け単著。学生時代や研究のエピソードを交えつつ、著者がカラ類の言葉を解き明かしていく課程が、順に描かれる。
子どもの頃から書き起こし、大学生の時にカラ類の音声コミュニケーションに関わる観察をきっかけに、鳴き声の意味について研究を始める。
最初に示したのは、カラ類の「集まれ!」の声。続いて、巣にいるヒナにカラスの存在を知らせる声、ヘビの存在を知らせて巣にいるヒナを飛びださせる声。ヘビの存在を知らせる警戒声を、見間違い実験で証明。そして、ルー語実験や「ぼく・ドラえもん」実験による文法の存在の証明。
そもそもものすごい量のフィールドワークをこなしていて、その観察で気付いたアイデアを、膨大な野外実験で立証していく。すごいフィールドワーカー。研究テーマやそれを解明するためのアイデアを思いつく場面が描かれているのがとても良い。
鳥が会話していること、音声で情報を伝達していることは、ある程度鳥を観察している多くの人なら気付くこと。多数派と著者との決定的な違いは、それを科学的に実証しようとしたかどうか。自分にとってすでに“判って”いることを客観的に示すのは、想像以上に難しいし、なにより面倒。研究者であってもなかなかやる気が起きない。それにきちんと取り組んで、他に人に納得させようとする。科学者としてとても重要な資質だと思う。
さらに、その実証のためのトリッキーとも言えるアイデアは、著者の優秀さを端的に示していると思う。テクノロジーではなく、アイデアで問題に取り組んでいくところが格好いい。
文章は、とても読みやすい。学会発表をリアルタイムでフォローしてきた研究で、内容はすでに知ってるけど、それでも楽しく読めた。ちなみに学会発表も、よくまとまってて判りやすい。
自分の研究成果を広く知ってもらうことは、大きな活動動機になるようなので、またこうした本を書いてくれそう。楽しみに待とう。
●「「絶滅の時代」に抗って 愛しき野獣の守り手たち」ミシェル・ナイハウス著、みすず書房、2024年7月、ISBN978-4-622-09710-5、3800円+税
2025/2/14 ★★
1世紀半におよぶ絶滅しつつある動物を守ろうとする動き、あるいは生物多様性保全につながる歴史を見渡す1冊。それぞれの時代、それぞれのステップに関わった人物に焦点を当て、”現代の種の保全についての物語”のターニングポイントが語られる。
第1章はいわばイントロ的に、分類学の基礎である二名法をつくって学名をつけまくったリンネの物語。
第2章は、アメリカバイソンの保護に邁進した剥製士ホーナディ。野放図に利用しまくると種は絶滅してしまうことを人々に気づかせ、その保護の先駆者。いろいろ先進的でありつつ、バイソンの保護の少なくとも当初の目的は、白人男性の利益を守るため。その後の活動も含めると理解しにくい人物だった様子。
第3章は、ハクトウワシをはじめ鳥類の保護のため、初期のオーデュポン協会と対立したロザリー・エッジ。ホーク・マウンテンは、サンクチュアリの先駆け。今からすると当時の(あるいは今も合衆国では?)野鳥関係団体が狩猟にとても好意的なのが不思議な気がする。
第4章は、アルド・レオポルド。ようやく自然保護に生態学が導入されていく。生態系ピラミッドや食物網といった考えに基づき、上位捕食者など種間相互作用の重要性が認識されはじめる。また、生息環境を守るという考えに基づき、自然保護区が次々の指定される。
第5章は、ジュリアン・ハックスリー。その物語は、祖父のトーマスから。その自然保護との関わりは、UNESCOにはじまり、やがてIUCNとWWFという現在の二大国際自然保護団体の立ち上げにつながる。1966年には最初のレッドデータブックが作成された。
第6章は、『沈黙の春』のレイチェル・カーソン。1962年に化学物質が野生生物に大きなダメージを与えていることを人々に知らしめた。また、環境という言葉が、今日的な意味になったのもこの頃。1966年、合衆国で絶滅危惧種保護法が成立。ハクトウワシやアメリカシロヅルの個体数回復の試みが始まる。
第7章はマイケル・スーレ、というより1970年代以降の保全生物学の成立と発展の物語。
第8章は、コミュニティベースの保全の物語。共有地の悲劇を乗り越えるその理論的ベースは、エリノア・オストロム。でも、この章の主役はナミビアの人々であり、それを押し進めたオーウェン=スミス。
第9章は、これからの話。主役は、ガーナのエマニュエル・フリンポン。河川の淡水魚とともに普通種をいかに守るかを考える。
レッドデータブック、絶滅危惧種を守る法制度。世界の動きが、日本に届くのは10年遅れという感がいなめない。それでも、1992年にリオで開かれた地球サミットの後、日本で急激に保全生物学が目立つようになった。ここらでようやく追いついたのかな?
世界の(というより合衆国の?)生物多様性保全(というより“自然保護”)の歴史を概観して、自分の理解を見直すのに役立つ。というか、自分にとっての当たり前が、当たり前ではなかった時代があることを知れる。
タイトルは、原題も含めてあまり適当でない気がする。
●「標本画家、虫を描く 小さなからだの大宇宙」川島逸郎著、亜紀書房、2024年7月、ISBN978-4-7505-1845-9、2000円+税
2025/2/12 ★
昆虫の標本画家として名高い著者が、自身の生いたちと画家としての成長、自身の標本画へのこだわりと技術を語った一冊。27篇の内、26篇は2年4ヶ月にわたるWEBマガジンへの連載をまとめたもの。1篇は、6~10ページ程度で、その内、2~5ページ程度は自身の細密画が占める。
最初の4篇は、幼少の頃から大学の研究室に入るまでの生いたち。続く8篇ほどは自身の標本画の描き方の解説。そして2篇は失敗談。そこからいろんな企画に関わった話で、昆虫画講座、ストップ・ザ・ヒアリ、ファーブル昆虫記の挿絵、トンボの卵巣、『日本のトンボ』と続く。ここらでネタは尽きたらしい。個別の昆虫の話を始めて、アシブトコバチ、ナナホシテントウ、カナブンとアオドウガネ、クロゴキブリ、ニクバエ。標本画を描く際の心得をはさんで、ホタル科幼虫とカマキリで終わり。
昆虫の形態についで多少は勉強になるが、体系だったものではない。著者の標本画のこだわりは判るが、絵の描き方が学べるとはいいがたい。むしろ職人あるいはアーティストのこだわりや変人ぶりを楽しむ本。
●「日本にいたゾウ」大島英太郎著、福音館書店たくさんのふしぎ2024年12月号、736円+税
2025/2/9 ★
現生の3種のゾウを紹介した上で、日本にいたゾウが時代順に紹介されていく。1900万年前のアネクテンスゾウ、1800-1600万年前のシュードラチデンスゾウ、400万年前のミエゾウ、200万年前のアケボノゾウ、60万年前のトウヨウゾウ、34-2万年前のナウマンゾウ、5-2万年前のケナガマンモス。同時代の他の大型哺乳類やワニ、当時の日本列島の様子も垣間見え、最後の2種はヒトとの関わりにも触れられる。
初期のゾウ類の進化の話が最後に出てくるが、最初でよかった気がする。寒冷化が進んでいる中で、大型のミエゾウが小型化してアケボノゾウに進化したのは違和感がある。島嶼化と言い切っていいんだろうか?
●「ちいさい言語学者の冒険 子どもに学ぶことばの秘密」広瀬友紀著、岩波科学ライブラリー、2017年3月、ISBN978-4-00-029659-5、1200円+税
2025/2/8 ★
著者や知り合いの子どもをおもな対象に、2歳から6歳くらいの日本語を学びつつある子ども(あるいは一部、日本語を学んでいる外国語話者)の言い間違いの例を紹介しつつ、日本語話者の大人にとっての当たり前が必ずしも当たり前ではないことを紹介していく。その結果、日本人が気づいていない日本語の法則と不合理な部分が浮き彫りにされていく。
前半は日本語の不思議。最初は濁音の不思議。ハ行の濁音はバ行、というよりパ行の濁音がバ行。続いて、音節で数える英語と、拍数で数える日本語。そして、死の活用形。というより使役動詞や可能動詞の不思議。
後半は子どもの学習方法。自分で法則を見つけて過剰一般化。言葉の意味の過剰拡張、過剰縮小。間接的なメッセージ。グライスの会話の公理は、大人でも解ってない人はけっこういる。意味、構文、音で遊んで言葉について考える。
読んでいて面白いし、とくに小さい子どもと接する機会がある人にはオススメ。だけど、子どもの言語学習について体系だった何かが得られる本ではない。むしろ小ネタ集の色合いが強い。ナ行の五段活用の動詞は、“死ぬ”だけだったとは(あと、去ぬ)。ライマンの法則も覚えておきたい(二つ目の言葉に濁音が含まれていると、連濁は起こらない)。
●「カタツムリから見た世界 絶滅へむかう小さき生き物たち」トム・ヴァン・ドゥーレン著、青土社、2024年9月、ISBN978-4-7917-7673-3、2200円+税
2025/2/6 ★★
大部分の種がすでに絶滅し、現存する種のほとんど全てが絶滅の危機にあるハワイ諸島の陸貝。その危機的状況に至る歴史と現状、そして保全のための取り組みを、ハワイ諸島のカナカ・マオリの文化と受難の歴史とからめて紹介した一冊。
有名なハワイマイマイにはいくつもの種が含まれる。それ以外にもハワイ諸島にはさまざまな陸貝が生息し、その多くが固有種だった。しかし、人々による採集、生息地の破壊、肉食性巻貝ヤマヒタチオビなど外来生物による捕食によって、その個体数は激減し、多数が絶滅。かろうじて外来の捕食者を排除したエクスクロージャーで生き残る個体群。最初の数ページを読むだけで暗い気持ちになる。でも、目をそらしてはいけない、とても思わないと読み進められない。
ただ、第1章~第2章は、カタツムリの生態の話が中心なので、普通に科学的興味だけでも読める。
第1章の副題は「粘液の世界を散策する」。暗い気持ちから離れて、粘液を通じてコミュニケートするカタツムリの世界が描かれる。我々とはまったく違う感覚世界に生きるカタツムリが新鮮。カタツムリを捕まえて、別の場所で放すのは、とても迷惑な行為だったんだな、と反省。ヤマヒタチオビは、その粘液をたどって捕食するのだという。
第2章は、陸貝の長距離移動の話。てっきり海を漂流してくるのかと思ったら、鳥を利用して空から来る方が有力と考えられているらしい。鳥についてる貝をチェックしなくては。
第3章から、ハワイの陸貝の受難の話。まずは、貝殻コレクターによる乱獲。原住民のカナカ・マオリも陸貝を装飾や食料に利用していたが、採集圧が一気に高まったのが18世紀後半に白人が渡来してから、とくに1820年代以降に宣教師が定住しはじめてから。“ほぼすべての少年が「カタツムリ・フィーヴァー」に夢中”という状況は理解できない。カタツムリが減少するのと平行して、カナカ・マオリが植民地化の影響を受ける。カナカ・マオリの文化も歌うカタツムリも失われていく。
第4章は、ハワイの陸貝の分類の話。いまだに未記載の種も多く、分類が整理されていないグループがある一方で、貝殻コレクションから絶滅種として記載される新種もいる。しかし、今後の保全を考える上でも、分類は重要であるし、そのベースとなるのは、博物館などに残された貝殻コレクション。ビショップ博物館の貝類コレクションがすべて整理されているわけではない、というくだりは身につまされる。
第5章は、軍と陸貝との関係。ハワイに広い軍事演習場を持つ軍は、実弾射撃で貴重な陸貝の生息地を吹き飛ばしてきた。それに対する粘り強い地元の働きかけの結果、譲歩を引き出すに至っている。合衆国における軍と環境保全の関係がかいま見える。合衆国以外の米軍基地のことも考えさせる。
第6章は、飼育下でかろうじて命脈を保っている種の話。それを野生復帰させる目処は立っていない。最終章にして、明るい未来を描けないところに、ハワイの陸貝の現状がある。
ハワイマイマイは有名だが、その詳細は知らなかった。世界中の島で固有の陸貝が絶滅したか、絶滅の危機にある。それに通じる話。日本の小笠原諸島とも比較してしまう。幸か不幸か小笠原諸島では、ヤマヒタチオビよりもニューギニアヤリガタリクウズムシが問題に…。
ハワイの陸貝の保全を考える上で、博物館の標本が重要な意味を持っていたというのは、印象的だった。
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●「動物のひみつ ウォード博士の驚異の「動物行動学入門」」アシュリー・ウォード著、ダイヤモンド社、2024年3月、ISBN978-4-478-11628-9、2000円+税
2025/2/4 ★
副題は、「ウォード博士の驚異の「動物行動学入門」」とある。でも、タイトルも副題もこの本に付けるには雑すぎる。原題の“The Social Lives of Animals”が一番内容を表している。どうしてタイトルか副題を「動物たちの社会生活」とかにしなかったのか全然わからない。とにかく、オキアミにはじまり、類人猿に至るまで、動物の社会行動が次々と紹介されていく。
章ごとに、オキアミとバッタやゴキブリ、ハチやシロアリなど社会性昆虫、イトヨやグッピーなどの魚、鳥類の群れや社会行動、家ネズミとハダカデバネズミ、ゾウ、ライオン・ハイエナ・オオカミといった食肉類、クジラ・シャチ・イルカ、サルと類人猿。著者の専門は魚など水中の動物らしく、オキアミや魚の話は新鮮。一方、昆虫、鳥類、哺乳類の話は、聞いたことのある有名な話が多い。鳥類の社会については、取り上げ方が物足りない感がいっぱい。
全体として、さまざまな動物の社会性のトピックが紹介されていくが、進化という視点は希薄。真社会性も子殺しも適応度にふれずにさらっと紹介される。そういう意味でも、理論面は物足りない。一方で、広く見渡す意味では気づくこともある。アフリカゾウもシャチもマトリアーチが重要なんだな、とか。ハイエナとヒヒの社会似てるなとか。チンパンジーとボノボの社会の似て非なるポイントとか。面白かった。ただ、霊長類研究で驚くほど日本人研究者の業績が出てこないのは気になるところ。
いろいろ思う部分はあるけど、小ネタ集としては面白い本ではある。ただ、日本での編集は問題があると思う。
まず巻末の文献リスト。右びらきの本だから右からページがふってあるが、文献は横書きなので見開きの並びは左から右。わかりにくい。文献は章ごとに分かれてるのだけど、9章のサルの文献が8章のところに載っていて、ずれているらしい。明らかに引用されている文献で載っていないのがあるのだけど、翻訳時に端折ってる?
次に問題なのは挿絵。日本でイラストを勝手につけているからか、変に日本仕様になっている。本文でムクドリと呼んでいるのは、イングランドのことなのでホシムクドリ。なのにヨーロッパにはいない日本のムクドリのイラストになっている。マカクザルとして描かれているのは、尻尾がないのでニホンザル。マカックの一種ではあるけど、ここで言ってるマカクザルは違うと思う。リカオンに尻尾がないのも気持ち悪い。
翻訳にも気になる点が点在。ガチョウが飛ぶという文があって変だけど、これはgooseをガンと訳さずガチョウと訳したからかと。「陸上の肉食哺乳類」と訳してあるのは、たぶんterrestrial cainivoreのことではないかと。だとしたら陸上食肉類とした方がいいかと。ニワトリのことは基本的に家禽と書いてあるけど、1ヶ所だけ家畜化としていて気持ち悪い。Domesticationを勢いで家畜化と書いたのかと。ウィルドビーストという動物がアフリカで何度も出てくるけど、wildebeestの和名はヌーが定着しているのに、どうして使わないのかな? ムクドリがチュウヒに襲われるかのような文が出てくるが、これは翻訳の問題か原文に問題があるのかよくわからない。
動物に詳しい人に監修してもらったら良かったんじゃないかと思う。
●「脳の本質 いかにしてヒトは知性を獲得するか」乾敏郎・門脇加江子著、中公新書、2024年11月、ISBN978-4-12-102833-4、1000円+税
2025/1/24 ★★
とても大層なタイトルだけど、ある意味本当に脳の本質について教えてくれる。ただ、副題の答えがあるかは疑問。
第1章、1867年ヘルムホルツは“私たちが見ているこの世界が、網膜像をもとに推論され作り上げられた世界”と言った。いわゆる「ヘルムホルツの無意識的推論」。それを皮切りに、ウィーナー、ノイマン、シャノンらが軽く紹介されるが、後からも出てくるのは、不確実性の解消を重視するフリストンの理論。
第2章、脳のさまざまな部位を電気刺激した結果から、脳の各部分にどのような役割があるかが明らかになっていく。脳は、感覚信号を元に外部世界を階層的に推定して、世界に働きかけ、さらに推定を行う。過去の経験をベースに、ベイズ推定によって外部世界を理解しようとしている。と考えられる。
第3章、脳にとっては、体の他の部分も感覚信号から推定する外部世界に他ならない。その結果を元に体内状態を調節する(アロスタシス)。その予測誤差/不確実性を最小にするべく振る舞った結果、生まれるのが感情と考えることができる。
第4章は、胎児から幼児の脳の発達。一旦過剰に備わったシナプスが環境との相互作用に基づいて刈り込まれる。このタイミングでの経験が重要なのだという。
第5章は記憶の仕組み。全体をまとめあげる海馬の役割が強調される。エピソードを想起するとき、経験したのと同じ部位が活動するのが面白い。
第6章は、知識や言語の獲得やモチベーションといった脳の高次機能の話。ブローカ野が大切とか、ドーパミンの放出といった報酬がモチベーションを左右するとか。ほかにもいろいろ。
最後の第7章は「意識とはなにか」。脳はたえず感覚器官からの情報をもとに、未来(あるいは現在)を予測している(神経伝達の時間があるので脳は現在の状態がわからない)。予測して運動し、予測時点で予測した感覚を感じる。運動の結果得られた感覚が、予測と一致すると自己主体感が生じる。遡及的に自己が行なった行動を知覚する。過去と現在と未来の推論の予測誤差を最小にするように後付けの状態推定。ポストコグニション。一般常識とはかけ離れていて面白い。
脳のさまざまな研究が、新書にコンパクトにまとめられているのはお得だけど、ちょっと盛り込み過ぎ。理解は追いつきにくい。第4章~第6章は、その前後とのつながりが薄めなので飛ばして読んだ方が、情報量が適度に減るかもしれないと思った。とくに第6章は、本当にいろんな話題を詰め込みすぎ。
共著になっているが、本文では乾氏の業績の引用が目立つ。乾単著でもほぼ同じ本が書けそうな気がするが、著者2人の分担がどうなってるのか気になった。
直接、外部世界を知ることができない脳が、限られた感覚情報から、ベイズ推定をフル稼働させて、外部世界を推定。運動の結果からさらに推定。と頑張ってるイメージ。神経伝達の遅れから“現在”が分からない中で、リアルタイムでの対応を求められる苦労。これこそが脳の本質と考えると、けっこう面白い。
だとしたら、反射では対応しきれない反応をする必要がある動物はすべて、脳に相当するシステムが必要になりそう。その脳にはベイズ推定の能力が必須。この本を信じれば自己主体感は生まれざるを得ない。実のところ意識がどこに生まれるのかは知らないが、中枢神経系のある動物には、何らかの形の意識があるという話になりそうな気がする。
●「植物の季節を科学する 魅惑のフェノロジー入門」永瀬藍著、共立出版、2024年11月、ISBN978-4-320-00943-1、2100円+税
2025/1/3 ★
副題にあるようにフェノロジー研究の紹介。どっちかと言うと、むしろ一植物研究者の紹介かもないが。
第1章、フェノロジーとは。第2章、著者が九州大学構内で調べた開花フェノロジーの話。続いて第3章は、著者が参加した東南アジアでの調査の話。第4章でベトナムの熱帯山地林、マレーシアの熱帯林、日本の温帯林のフェノロジーの比較。第5章では、過去の日本の植物の開花フェノロジーをハーバリウムを活用して調べる。すなわち標本の存在意義の話。第6章は研究者のアウトリーチで、第7章は研究者を目指す人へのメッセージ。
フェノロジーとは何かはある程度伝わる内容だけど、あまりにも著者の経験したことに限定されていて、これでフェノロジー研究の全体像を知ったことになるか不安になる。