自然史関係の本の紹介(2026年分)
【★★★:絶対にお勧め、★★:けっこうお勧め、★:読んでみてもいい、☆:勧めません】
●「文化が違えば、心も違う? 文化心理学の冒険」北山忍著、岩波新書、2025年8月、ISBN978-4-00-432078-4、940円+税
2026/6/29 ★
ケニアのタクシードライバー曰く「兄弟は競争相手、だって仲間だから」。確かに日本人とは考え方が違う。従来心理学は、ヒトは普遍的な心を持っていると考え、文化によって行動が違うのは規範が違うからと考えてきた。しかし文化によってヒトの心はそもそも違い、普遍的なのは心の形成過程と考えるのが文化心理学。多様性と普遍性を考えていこう。というイントロは、けっこう惹かれる。
第1章、イントロでも登場したサブサハラ(サハラ砂漠以南のアフリカ)の人たちの心の話。確かに日本人とは違う。それを専門用語を駆使して説明してくれるのだけど、さっぱり理解できない。自己促進的協調文化? 事実関係の説明は分かるが、その解釈が門外漢向けではない。
第2章、日米の心の違い。ボブ・ディランの曲の歌詞「Let others do for you」は確かに日本人にはあまり思いつかない発想。そして個人主義のアメリカにおける他者への親切の意味は、って話は理解しやすかった。たぶん行動生態学における利他行動に似てるからだな。
第1章と第2章で事例を紹介した後、第3章では、文化心理学あるいは文化比較論の理論的枠組みを説明しようとしているらしい。とにかく文化を定義付ける際、3つの軸を考えるらしい。独立vs協調の自己、個人主義vs集団主義の規範、規範の厳格さvs緩さ。独立vs協調の自己を考える中で、出てくる認知、感情、動機付け。結局は、独立的で個人主義的な西洋文化(おもに北米)と、協調的で集団主義的な東洋文化(おもに日本)という、ありきたりな対立軸が登場。
第4章、人類史の中での文化。出アフリカ、農業革命などを通じて文化は"進化"してきた。遺伝子が関わってる部分もある。ダイヤモンドの『銃・病原菌・鉄』読みました。と書いてある。
第5章、ここまでの総集編でありまとめ。北米と東アジアの比較から出てきた軸にいろんな地域の文化を配置してくれる。曰く、心の世界地図。西洋の独立性、東アジアの他者中心的協調性、サブサハラ・アフリカの自己促進的協調性、中東・北アフリカの自己主張的協調性、ラテンアメリカの自己表出的協調性、南アジアの議論・弁論による協調性。協調的ではないのは西洋だけ。根拠はエピソード以外に示されないし、カテゴライズの妥当性も不明。
とにかく読みにくい。まず日本語の文章が読みにくい。さらに繰り返しが多い。そして、しばしば言い換えをしてくれるのだけど、言い換えによってさらに分かりにくくしてくれる。定義を明示せずに専門用語がしばしば登場する。自分で調べろということか、すでに共通認識を持っている人に向けて書いているように思う。とにかく専門外の人ましてや一般向けの普及書ではない。文化心理学あるいは文化論を勉強している学部学生向けってところだろうか。
人の心は文化が違っても同じ。という前提で西洋人をベースに行われてきた心理学研究に一石を投じるのは、とても共感できる。しかし、それが西洋と東洋という軸を投入するだけに終わっているようにしか思えない。サブサハラ、南米、中近東などなどはその軸のどこかに配置されるだけ。本当に心の多様性を扱ってると言えるのだろうか? あと、東洋といっても日本と中国では文化も心もかなり違っているように思うのは私だけ?
生物学の用語が時々登場するが、同じ単語を使っていても、生物学とは違う意味に使われているようなのが気になる。
進化だけは、生物学での進化とは違うと書かれている。ちなみに"とても長い時間の中での変化"、そして多様化と複雑化のプロセスを進化と呼んでるらしい。進化という言葉でかえって中身が分かりにくくなってるとしか思えない。
ニッチは、「ニッチと呼ばれる生態環境の構築に携わり、こうして構築されたニッチに適応する」とまあ、ハッチンソンが怒り出しそうなフレーズと共に登場。一種のhabitat nicheかなぁ。
共進化は、遺伝子と文化の共進化、という話で登場。言葉は出てこないけど、ジーンとミームの共進化ですね。ドーキンスは喜んでくれるだろうか。
一番生物学と(あるいは科学と)異なると思ったのは、データに基づく考察の部分。申し訳ないけど、そのデータが示している範疇を超えて、データきっかけの勝手なストーリーをどんどん構築しているようにしか思えない。生物学の中でも、人類学の一部にはあることかもしれないけど(個人の感想です)。文化心理学は、データを扱いはするけど、その方法論は科学とは違う(モデルとその検証の部分とか)、というのがこの本を読んでの一番の感想。
タイトル通り、文化が違えば、心も違う。という点はある意味納得できた。しかし、どのように違うのか、どうして違うのかに関してはモヤモヤして終わる。
●「アオバズクの食卓」みぞたひろみ著、福音館書店たくさんのふしぎ2026年5月号、800円+税
2026/6/25 ★★
日本に夏鳥として渡って来て繁殖するアオバズク。フクロウ類の中でのアオバズク、そしてその繁殖生態を紹介しつつ、メインのテーマはヒナに与えるエサ。
著者は、ヒナに与える前に解体した昆虫の残骸を集めて、エサの構成とその季節変化調べ、さらにライトトラップで採集した昆虫の構成と比較する。その結果、興味深い季節変化が見えてくる。さりげなく、食性と形態の関連も示唆される。
絵本なので、ここではデータがきちんと示されてる訳ではないが、興味深い結果になっている。詳細を知りたければ、日本鳥学会誌(溝田ほか(2020)育雛期間の進行に伴うアオバズクNinox scutulata japonicaの給餌内容の変化.日本鳥学会誌69:223-234)を参照のこと。
昆虫の残骸集め、その整理、名前調べの苦労などをもう少し描いてもよかったかな。と思ったりするが、ページ数の制限がある中、アオバズクとその暮らしの全体像を紹介したいとなるとやむを得ないとも思う。
●「きりん」齋藤美保文・菊谷詩子絵、福音館書店かがくのとも2026年2月号、418円+税
2026/6/25 ★
アフリカのマサイキリンのサバンナでの暮らしの一端を、子育てを中心に紹介。『キリンの保育園』の著書がある著者が、自らの調査での出来事を紹介。食性、保護色、夜の様子。調査したから分かる色々が盛り込まれている。中でも、保育園での様子は、この著者ならでは。
著者は、キリンの模様で個体識別して研究していた。この絵本の絵も個体ごとに大雑把には模様が描き分けられているらしい。3頭の子どもキリンは、角の先の毛でも描き分けられているので分かりやすい。とにかく、キリンの模様を描くのは大変だったろうと推察できる。
●「クジラがしんだら」江口絵理文・かわさきしゅんいち絵、童心社、2024年9月、ISBN978-4-494-01599-3、1800円+税
2026/6/25 ★★
クジラが死んで海底に沈んだら、何が起きるかをテーマにした絵本。もちろん沈んだマッコウクジラがある意味主人公だが、重要なのはその分解に活躍する動物たち。まずは肉を食べに集まる魚、カニ、ウニ、そしてダイオウグソクムシ。で、真の主人公は、肉が食べ尽くされた後に、骨を食べるホネクイハナムシ。骨を食べ尽くして、子どもを旅立たせる。その子ども達が新たな鯨骨を見つける。その過程が後半のかなりの分量を占める。絵柄も含めて、深宇宙の探査のような趣。
表表紙の見返しで、すでに沈みつつあるマッコウクジラが描かれストーリーが始まっている。それどころかカバーの折り返しにその説明まで付いている(なぜカバーに?)。裏表紙の見返しには「深海の世界」の模式図と生き物。本文の最後には4ページにわたる登場動物紹介、骨まで食べられた後の状態、そして下部には100年にわたるクジラの死体分解のタイムスケール。最後の最後のページには「鯨骨生物群集」のなぜ?どうして?と題して、4つのQ&A。深海でどうやってクジラの死体を見つけるか? クジラの死体が沈む頻度? クジラの死体以外の食べ物は? マリンスノーってなに?
青と黒を基調とした絵柄は、暗くならずに、とても綺麗。そして全体にサービス精神満点の絵本になっている。
●「新版 鳥はなぜ集まる? 群れの行動生態学」上田恵介著、東京化学同人、2023年11月、ISBN978-4-8079-1506-4、1800円+税
2026/6/23 ★★★
1990年に同じ出版社から出された『鳥はなぜ集まる? 群れの行動生態学』の改訂版。最初の出版から30年以上経って、大幅に改訂されたかというと、さにあらず。表紙が代わり、各章に扉絵が付き、画像は大幅に増えたが、項目立ては変わらず。図表や本文のイラストも同じで、内容に大きな改訂はない。後ろの引用文献をチェックすると、追加されたであろう1990年以降の論文は、第9章(トカゲが鳥の警戒声に反応する話)、第12章(西表島の混群)、第15章(クロオウチュウが警戒声で欺す話)、第16章(共同繁殖の総説)にそれぞれ1本ずつだけ。本文中には、最近の研究動向やトピックが追加されてはいるが、中身自体驚くほど変わっていない。よく言えばこの分野は30年前に概ね完成していた。悪く言えばその後あまり進歩がない。
どっちかは知らないけど、今読んでも決して古くなく、興味深く読める。元本は、昔読んだし、その後も何度も必要な箇所を見返してきた。知ってることばかりだろうな、と思いながら読み始めたが、意外にも発見がいろいろある。30年以上前にこんなに研究されていたのに驚き、今さら知らないことがあったのに驚いた。
第1章は、いろいろな群れを概観。渡りの群れ、冬の群れ、集団繁殖、協同繁殖、混群、集団ねぐら。
第2章は情報センター仮説、第3章は塒前集合(その広告機能など)、第4章は群れ採食のメリット、第5章は集団防衛、第6章は目を増やし&薄め効果。と群れの機能やメリットなどプラス面だけの話。
第7章は群れ採食のメリット・デメリット、第8章は利己的な群れ、第9章は警戒声、第10章はモビング。と、メリットとデメリットの両面の話になり、利他的あるいは協調した行動に見えるが、実は"利己的”な行動であるという考え方に基づいた説明が登場する。
第11章は群れの中での順位制、第12章〜第14章は混群、第15章は群れ内部での騙し合い。群れ内部での個体間の駆け引きの話。
正直言って、単なる教科書的な群れの話である第8章までよりも、メリット・デメリットや群れ内部での駆け引きが扱われる第9章以降がはるかに面白い。鳥の警戒声に他種の鳥だけでなくトカゲまで反応。それを逆手にとって欺す鳥。いつどんな相手にモビングを仕掛けるか。混群が成立しやすい環境・場面は? 群れの研究には、まだまだ新たな面白い展開が期待出来そう。
後ろに綴じ込み付録が付いている。バードリサーチ推しの野鳥調査ガイドはまあいいとして、中途半端な全国群れマップはいらんなぁ。
●「温暖化で日本の山に何が起こっているのか シカ、クマ、ライチョウが棲む山の生態系の危機」岡山泰史著、ヤマケイ新書、2026年3月、ISBN978-4-635-51093-6、1300円+税
2026/6/14 ★
近年、日本各地の山で起きている自然の変化を、温暖化という視点で取材して紹介した一冊。
第1章は日本の氷河の縮小、第2章はライチョウの危機、第3章は高山のお花畑が消えゆく話。こうした高山の変化は確かに温暖化の影響は強そう。シカや捕食者の進出も積雪の減少と関係があるだろう。第4章は山のマイクロプラスチック問題。これは温暖化と直接関係ない。第5章は高尾山の乾燥化。温暖化による水の流れの変化といったストーリーが出てくるが、推測の域を出ていない。温暖化以外の要因も大きそう。第6章は世界の氷河の縮小。これは温暖化と関係がありそう。と思ったら、温暖化よりもむしろ乾燥化の影響が指摘されたりする。第7章の伊吹山の危機は、温暖化というより、シカの増加。第8章はブナ林の危機と変化。温暖化の影響もあるが、シカの増加の影響も大きい。第9章は、富士山の永久凍土の減少。なるほど温暖化の影響だろう。第10章は、湿原に通した1本の登山道が大きな影響を与えたって話。もはや温暖化どころか山に何が起こってるのか、という枠組みかも疑問。第11章は、なぜクマが里に下りてくるのか。温暖化の影響はあるかもだけど、他の要因が大きいというのが一般的見解かと。第12章はフェノロジカル・ミスマッチの話。これは確かに温暖化の影響。第3章は、クマ問題にどう対処するかという話。
全体を見渡すと、はっきり温暖化の話になっているのは、第1章から第3章、一応第6章(日本じゃないけどね)、第9章、第12章。ざくっと言えば高い山の話だけ。他は必ずしも温暖化が原因とはいえない。タイトルにどうして”温暖化で”を入れたのだろう。「日本の山に何が起こっているのか」となっていたら、この構成でそれほど違和感ないのに。シカの増加は温暖化の影響だ!という主張もあるかもしれないが、それならその点をきちんと書いた章が必要に思う。
とはいえ、氷河の話は興味深く読んだ。山のマイクロプラスチック問題は不覚にも知らなかった。タイトルの”温暖化で”という部分を無視して読めば、いろいろな日本の山の危機を知ることができるだろう。
●「いきものと熱」きのしたちひろ著、福音館書店たくさんのふしぎ2026年4月号、800円+税
2026/4/16 ★★
テーマは生き物の体温。それぞれの生き物が、自分にとっての適温をいかに維持しているか、という問題をさまざまな角度から紹介した一冊。
まずは体温を調節する仕組み。哺乳類や鳥類の内温性。脂肪や対向流熱交換で熱を逃がさない仕組み。太陽熱で体温を上げる。汗や唾液を蒸発させて体温を下げる。大きな体は熱を失いにくい。
それから、体温が高いメリットの話。たった1-2度の違いが運動能力の差になったり、体温を保つ仕組みがあれば寒い地域で活動できる。続いて体温を高く保つデメリット。
抱卵の時だけ高い体温を保つニシキヘビ、マルハナバチ、テグートカゲ。目と脳だけ高い温度を保つ
カジキの仲間。体温を一時的に下げてエネルギーを節約する鳥類や哺乳類。ザゼンソウ、アダン、ソテツ、ハスなど花だけ周囲より花の温度を上げる"発熱植物"。
最後は、生き物の体温の進化について。川によって体温が違うサケ、海によって体温が違うウミガメ。地球温暖化は、生き物の体温にどんな影響を与え、生き物はどんな風に進化していくのだろうか?
生き物の体温の問題が、単なる恒温動物と変温動物の紹介に留まらないとても興味深いテーマであることがよく分かる。学術用語は避けまくっているので、内温性や対向流熱交換が紹介されるが、その言葉は出てこない。と、子どもを意識はしてるが、けっこう難しい内容が盛り沢山。あまり整理されずに、バラバラと関連トピックが並んでいる印象が強め。とても勉強になったけど。
●「人にちょっと話せるようになる「昆虫学」」盛口満著、ベレ出版、2026年1月、ISBN978-4-86064-816-9、1800円+税
2026/4/15 ★
ゲッチョ先生による昆虫の話。見開き2ページで1テーマ。88テーマが7つの章にまとめられている。昆虫学と呼べるかは知らないけど、昆虫について、大雑把に一通り紹介されている感じ。確かに人にちょっと話せるネタがいっぱい。
第1章は、昆虫の系統進化と分類。直翅類や脈翅類が複数の目に分かれ、シロアリはゴキブリ目に。シラミ、ハジラミ、チャタテムシはカジリムシ目に(確かに顔は似てる)。
第2章は、昆虫の形態。イモムシが鱗翅類幼虫を指す言葉で、六本脚とは知らなかった。甲虫やハチのどこまでが胸かも分かってなかった。
第3章は、甲虫の生理。味覚、ホルモン、脱皮、毒。脱皮後、キノンで皮なめしをして硬化するとか、酸素が少ない海中では硬化ができないとか。中国のヤマカガシ類が、ホタルの幼虫の毒(ガマ毒に似てる)を利用するのも面白い。
第4章は、昆虫の分布と生息地。水散布するツダナナフシの卵、被食散布のナナフシモドキの卵。ウミユスリカ、蛹で待つメスと、海面を滑走するオス。強風の後、浜に打ち上がる外洋棲のウミアメンボ。興味深い話がいっぱい。南の島の白いクマバチが見たい。
第5章は、昆虫の行動。オトシブミが揺籃を落とす時と落とさない時。ベニカメムシの経路積算システムによるナビゲーション。ゾンビテントウムシをガードマンに使うテントウハラボソコマユバチ。
第6章は、昆虫の共生。花外蜜腺、アリ植物、絶対共生、菌との共生、菌園、共生細菌、冬虫夏草。オスをメス化してしまうボルバキア。
第7章は、昆虫と人との関係。家虫化されたカイコ、ミツバチの利用、染料に使われる虫こぶ、食用・薬用の昆虫、導入された天敵、外来昆虫の問題、聖なる虫など。カイガラムシの甘露から作られるというギャズを食べたい。
各テーマの最後に短く付いている「ちょっと補足point」がけっこう面白い。引用文献リストが、目次の次にあるので、原典にもあたれる。
不満なのは、土の中の虫で、ゴミムシ類やガロアムシが出てこない。ヒメドロムシの採集法で、ふんどし洗いが出てこない。生息環境、行動、共生は、もっともっといくらでも面白いのがあるけど、ページ数が限られてるので、趣味に走るのは仕方なさそう。
必ず挿入されるイラストは、どんな昆虫の話をしているのかをイメージするのにちょうどいい感じ。昆虫の全体像を、こんなに取っつきやすく説明している本はかなり貴重。
●「サケマス物語 魚の放流を問いなおす」森田健太郎著、ちくま新書、2026年1月、ISBN978-4-480-07720-2、920円+税
2026/4/13 ★★★
サケ科魚類の研究者が、サケ科魚類を紹介すると共に、人との関わり、とくに放流の影響を論じた一冊。
第1章は、サケ科魚類の紹介。日本に生息する13種6亜種。呼称、生活史(降海型と残留型、海での暮らし、母川回帰、繁殖回数)、回遊多型。第2章は、人間の河川の改変がサケ科魚類に与える影響。ダムや堰と魚道、失われる氾濫原、水質が改善される一方で、温暖化の影響。第3章は、放流がもてはやされ、時にイベント化している放流の紹介。
第4章は、タイトルもずばり「放流の何が問題なのか」。この本の中心的な章。まず重要なのは、放流しても環境収容力以上の個体数にはならないこと。放流魚が加わると、野生魚との置き換わりも知られている。また、地域集団を遺伝的に撹乱し、広い地域で遺伝的な均一化が起きる。放流に伴って、非意図的に運ばれる地域にとっては外来の生物。放流魚の孵化場への適応(家魚化)、それが野外に放され、野生魚と交雑すると、適応度が低下すると考えられている。トロイの遺伝子仮説と呼ばれているらしいが、いわばいわば種内での繁殖干渉。サケの養殖は、サケの野生資源の保全につながるより、サケジラミといった寄生虫の蔓延をもたらす。最後は、話を放流事業全体に広げ、放流にはプラスの効果よりもマイナス効果のあった例の方が多いこと、むしろ生息環境を整えれば魚は自らの力で増えることを指摘。テムズ川の教訓は重い。
第5章では、以上を踏まえて、魚、とくにサケ科魚類とどう付き合うかが論じられる。科学的に、放流事業には魚類資源を増やす効果も生物多様性を保全する効果もないのだが、著者は即刻放流をすべて止めろとは言わない。情操教育の一環、あるいは人の自己満足が目的と割り切り、「放流=魚が増える」ではないことを明確にした上での放流を認める。同時に、生息環境の改善と、自然繁殖のサケを増やす活動を期待する。
淡水魚が危機的な状況にあるのは、もはや常識。しかし魚類の約半分の種は、淡水域に生息しているとは知らなかった。魚類自体がかなり危機的ということになりそう。そんな危機的な淡水魚に、多額のお金を投入して、放流という危機まで付け加えないで良さそうなもの。
サケ、アユなど多くの問題が指摘されている魚の放流が見直されることを願う。この本ではあまり触れられないが、海での養殖や放流も気になるところ。
全体にとても勉強になるし、いろいろ考えさせられる本。各章の後ろについているコラムも面白いし、勉強になる。
●「幻のネズミ、消えたY 性の進化の謎を追う」黒岩麻里著、岩波科学ライブラリー、2025年9月、ISBN978-4-00-029737-0、1600円+税
2026/3/25 ★
哺乳類なのにY染色体のないトゲネズミ。学生時代に出会って、現在に至るまで、性染色体についての研究を振り返る。
第1章は、トゲネズミの存在を知り、その研究をもくろむもサンプルの入手に苦労する話。第2章は、Y染色体研究の歴史、すなわちSRY(sex-determining region Y)遺伝子探し、そして退化するY染色体の話。第3章は、Y染色体を失ったアマミトゲネズミとトクノシマトゲネズミ、巨大Y染色体を持つオキナワトゲネズミの研究の話。Y染色体がないなら、SRY遺伝子はなく、X染色体で性が決まっているかを明らかにしようとする。第4章では、SRY遺伝子なければ、代わりになにが性を決定しているのかを明らかにしようとする。注目したのは遺伝子重複。性転換を起こさせることができれば、はっきりするのだけど…。最後は、海外にもこの研究が知られるようになってきたって話。
トゲネズミについて、哺乳類の性染色体について、染色体研究について、いろいろ勉強になる。一方で、Y染色体がないなら、なにが性を決定しているのかははっきりしないまま。モヤモヤ終わる。専門用語をろくに説明しないまま大量投入するスタイルは、いっそすがすがしいとも思った。
染色体やトゲネズミに関しては全然詳しくないので記述を鵜呑みにするしかないのだけど、その他の対象についての記述には気になる点がいくつかあった。
49ページ 単孔類の説明として、「哺乳類でありながら、アヒルのようなクチバシと水かきを持ち、卵を生みます」とある。これはカモノハシの説明で、ハリモグラには当てはまらない。
50ページ 「極めて希少な単孔類で性染色体の研究をすることは、トゲネズミの研究以上に困難であると容易に想像がつきます」とあるが、ハリモグラは日本でも飼育されているし、カモノハシもオーストラリアでは飼育されているので、生きた細胞の採取は難しくないはず。トゲネズミの方がよほど困難。
51ページ Y染色体の原型が登場したのは「有袋類が分岐したおよそ1億6000万年前」とあるけど、単孔類の分岐と有袋類の分岐の間とだと思う。
52ページ 「本書でいう哺乳類とは、厳密には有胎盤哺乳類」とあるが、有袋類を排除する理由が示されていない。たまたま研究していないだけ?
56ページ 「鳥類、爬虫類、両生類、魚類は、オスがいなくてもメスだけで子を残すことができます」とあるが、誤解を招く書き方。単為生殖をする種もいるというだけ。単為生殖を行わない種もいっぱいいる。鳥類では、ごく稀に単為生殖の報告例がある程度。
●「あかい みと とり」多田多恵子文・江口あけみ絵、福音館書店かがくのとも2026年1月号、418円+税
2026/3/12 ☆
ノイバラの果実。ヒヨドリがやってきてその果実を食べた。タネの入ったフンをした。次に来たのはジョウビタキ。鳥のフンからノイバラがはえる。ガマズミ、ナナカマド、マンリョウ、ピラカンサなど、さまざまな赤い果実が紹介され、メジロ、オナガ、ルリビタキ、ツグミなど果実を食べる鳥も紹介。ついでにヤブラン、ノブドウ、ムラサキシキブなど赤くない果実も登場。そして果実と鳥の関係を解説。
ナナカマドやオナガ。関東周辺がモデルだろうか。実物大で果実とその中の種子を描き、実物大の鳥に実物大の果実をくわえさせる。そのこだわりというか狂気は、とても好感が持てるし、イメージしやすくてとても良い。なにより鳥の絵がとても上手。
絵はとてもいいし、前半は内容もいい感じ。まあ、鳥が赤い実を好むかのような記述は本当かなぁ、と個人的には思うけど、そこはいいとして。気になるのは、後半での鳥と果実の関係についての解説。
21ページにこんな説明がある「ナンテンの みは とても にがい。にがいばかりか どくも ある」。だが、ナンテンの果実は全然苦くない(この絵本を読んでから、あちこちでいっぱい味見してみた)。有毒という話も初耳。
22-25ページでは、不味い果実の存在は、鳥が少しだけ食べて他所に行くように植物が誘導している。という仮説が紹介される。が、それをナンテン果実で展開するのは無理がある。登場する鳥は、ナンテンの果実を丸呑みするので(登場する果実は、登場する鳥に丸呑みされるものばかり)、果肉の味は分からない。仮にナンテン果実が苦くても関係ない。
少し有毒で、鳥の気分が悪くなる果実があれば、この仮説は成立するだろうけど、登場している果実で成立しているかもなのは、ヨウシュヤマゴボウくらい(タンニンを持つカキの果実は機能しそう)。仮に成立しても、10分以上かかりそう。ヒヨドリ大以下の果実食の鳥って、気分が悪くならなくても、そんなに長く滞在することは少ないと思う。
エンディング直前で不味い果実の話をして、そのままエンディングを迎える。普通に読めば、すべての果実は、不味いととられかねない。この本に出てくる果実で思いつくだけでも、ノイバラ、ヤブラン、ジャノヒゲ、ムラサキシキブは甘くて美味しい。ガマズミやナナカマドは酸っぱいけど苦くはない。不味い果実が多数派かは知らないが、美味しい果実もたくさんあるのは事実。そしてちゃんと鳥に種子散布されている。付録では多少この点をフォローしているが、本編がこの終わり方では誤解を与える。
●「カモシカと進化をめぐる冒険 山の上の生存戦略」高田隼人著、文一総合出版、2025年11月、ISBN978-4-8299-7262-5、2000円+税
2026/3/11 ★
体育会系が獣医学部に入って、野生動物学研究室。テングコウモリを研究したいと主張するも却下。代わりに先生に言われてニホンカモシカを研究することに。
そんなカモシカ研究者の若き日の奮闘とカモシカの生態を、若者言葉(?)多めで記した一冊。
浅間山でカモシカ調査をはじめるまでに1冊の1/3近くが費やされる。そしてようやく調査開始。第3章、最初は、林で暮らすカモシカ研究。カモシカを見つける練習、個体識別。フリーズが生じるパターンの研究。第4章、捕獲してテレメトリーでの個体追跡でなわばりや配偶関係の研究。カモシカの社会が地域によって変わる可能性を見出す。
第5章、環境の違いによるカモシカ社会の違いを調べるべく、浅間山の高山草原で集団で見られるカモシカの調査。第6章、観察しやすいので勢いで食性調査。第7章で、草原のカモシカにグループの形成に、単独性から集団性への偶蹄類の社会進化の萌芽を見る。
偶蹄類の社会の進化研究として、とても面白い。もう一つ面白いのは、フィールドで行動観察を積み重ねるローテク中心の研究手法。お気に入り論文がJarman(1974)、学生時代の愛読書がクレブス・デイビス、トリヴァース。1980年代に院生時代を送ったのかと思った。
●「ニホンカモシカのパール」前川貴行著、福音館書店たくさんのふしぎ2025年11月号、736円+税
2026/3/5 ☆
2014年から2024年まで、下北半島の脇野沢で、ニホンカモシカの親子を撮影した写真集であり、グレイとその子のパール、そしてパールの子ども達の歴史。
とにかくニホンカモシカの画像がいっぱい並んでいる。生まれたてのニホンカモシカはとても可愛い。ただ、立ち止まってこっちを見てる、同じような画像がひたすら並ぶ。正直飽きる。
個体識別をしているらしいのだが、どこでどう見分けているのかの説明がない。とくに0歳から1歳へは変化が大きいが、どこを見たらわかるのだろう?親を見分けているだけなのか? パラポックスウイルスに感染した画像の説明でも、どこを見たらいいのかの説明がない。最後のページに”20年にわたり世代をこえて撮影”とあり、初めの方には”2014年の秋に、僕は初めて、親子のカモシカを見ました”とある。最後が2024年であることは明記してあるので、親子に出会うまで10年ほど係ってることになる。ずーっと単独のカモシカを撮影していたのかな?
●「疑似科学から科学をみる」マイケル・D・ゴーディン著、岩波書店、2025年11月、ISBN978-4-00-061728-4、2100円+税
2026/3/4 ★
疑似科学を描くことで、科学について考える一冊。著者は科学史の研究者。欧米の疑似科学を痕跡科学、御用科学、反体制科学、心霊科学のおもに4つに分けて、代表的なものを紹介し、それがなぜ科学として扱われないのか・科学ではなくなったのかが解説される。
出だしはポパーにはじまる科学の境界線の線引き問題の紹介。いまだに決着していない難問。というかこの本は、それが永遠に決着しないことを示す1冊。境界線は、特定の分野を科学から排除するために設定されるという鋭い指摘。
痕跡科学とは、かつては科学扱いされていたが、分野の発達によって周縁に追いやられた分野。占星術や錬金術が紹介される。現在のすべて科学が周縁化によって疑似科学とされる可能性があるという指摘。棄却された仮説にしがみついていると、疑似科学への道が待っているのかもしれない。
御用科学とは、いわば抑圧的な政治体制に結び付いて生き残った痕跡科学。アーリア物理学、ルイセンコ主義、優生学があげられる。政治は科学自体に密接に関わっているため、御用科学への門戸は広い。
反体制科学とは、少数派の非主流科学という側面があり、当事者は自分達こそ科学的と考えていることが多い。紹介されているのは、骨相学、創造論、未確認動物学、宇宙激変説、地球外生命体、フラットアース。この中には、すでに科学的に否定されているものもあれば、今後の発見によって科学とされる可能性があるものもある。
心霊科学とは、心理学あるいは心の能力についての研究で、科学的と認められていないもの。取り上げられるのは、メスメリズム、心霊主義、超心理学(ESP)。心理学や脳科学の分野などでは、かつて非科学的とされていたのに、科学的に立証された発見も多いので、うかつに非科学的と切り捨てられない側面がある。また、心霊科学を疑似科学と照明するために、心理学的をはじめとした実験手法が大きく進歩したという事実もある。
突飛な発想をすべて否定しては、科学の発展は望めない。そういう意味では疑似科学の出現をとめる手段はない。科学者は、自説が科学的に否定された時の対応が問われるのだろう。とまあ科学者側がどうすべきかを考える材料はいっぱいある。一方、世間一般での疑似科学の蔓延への対処には、別の方策が必要だろうと思うが、その部分へはあまり踏み込んでいない。
原稿は2019年に書き終えていたというので、新型コロナウイルスのパンデミックや第二次トランプ政権より前。疑似科学がより一層世間に広まってしまった今、より一層読む価値がありそう。ただ、予想できるように明確な明るい未来は指し示されない。
疑似科学として取り上げられるものが、日本と欧米では少し違っていて面白い。が、本質的に同じパターンなのが面白い。気の流れが云々というのは、一種のメスメリズムなんやな。
「光あるところには影がある」的な、『カムイ伝』みたいな感じで終わってて面白い。
●「水の中のダンゴムシ あなたの知らない等脚類の多様な世界」富川光著、八坂書房、2025年10月、ISBN978-4-89694-383-2、2400円+税
2026/2/26 ★
一番メジャーなダンゴムシをだしに、等脚類を紹介した一冊。
第1章は、分類と形態、丸まる行動。節足動物門甲殻類の中で、端脚類とともにフクロエビ類を構成。はらわたではなくせわた、そして体節構造。ワラジムシ類・ダンゴムシ類の系統と丸まる行動の進化。
第2章は、等脚類の進化と淡水・陸上への進出。コツブムシ類の系統と日本海周辺での多様化。水際のフナムシ類。そして陸上へ進出したダンゴムシとワラジムシ。とくに呼吸と繁殖様式。
第3章と第4章は、変わった等脚類の紹介。二つ折りになるヒラタウミセミ。ナナツバコツブムシの腹で暮らすイアイス。巨大等脚類オオグソクムシ、そしてダイオウグソクムシ。宮島の鳥居に穴を開けるキクイムシやキクイモドキ。岩に穴を開けて島を消滅させるナナツバコツブムシ。
第5章は、小笠原諸島の陸生等脚類とその危機の話題。海岸のアシナガフナムシ 、陸生のオガサワラフナムシ、淡水生のオガサワラコツブムシとチチジマコツブムシ。それを捕食して激減させている外来のオガサワラリクヒモムシ。その他の小笠原固有種の危機も合わせて紹介される。
第6章は、分類学のすすめ。なぜか最後に分類学の概説。
興味深い話題が並んでいるが、等脚類の全体像をつかんだ感じがしない。これで等脚類の多様性をカバーしてるのかな?
あと、等脚類から離れた話題への寄り道が多すぎると思った。そんなに外側から念入りに語ってもらわなくてもいいのに。そのせいもあるのか、肝心の内容が頭に入りにくかった。
●「地球変動の犯人を追って、科学者、海にもぐる」佐野貴司著、河出書房新社、2025年8月、ISBN978-4-309-61777-0、1540円+税
2026/2/21 ★
著者はプルームを研究する地球科学者で、太平洋を中心に世界各地へ、おもに海底の火成岩を採集しにいく。海に沈んだムー大陸をとっかかりに、中学生向けに分かりやすく、大陸と島の違い、地殻とマントル、プレートとプルームを解説。
stage1は、海底探査の紹介とシャッキー海台の由来。
stage2は、海底噴火からプレートダイナミクス、そしてプルームの話。そして崩れ去ったパシフィカ大陸の存在。
stage3は、なぜ大陸は沈まないのか。とても分かりやすい。
stage4は、日本海をはじめとする背弧海盆の出来方の説明。リフティングは分かったような分からないような。そもそも背弧海盆に注目する理由がピンとこなかった。
stage5は、超巨大火山に注目して、パンゲア大陸を分裂させ、地球環境に大きな影響を与え、生物の大量絶滅を引き起こしてきたプルームの話。
最後のstage6は、プルームの分布に基づいて、次に巨大噴火が起きるのはどこかを予測。
中学生向けを意識して、全体的に説明が丁寧なのはありがたい。島と大陸の違いとか、プレートと地殻の違いがやっとわかった。興味を引くためにムー大陸絡めるのはいいけど、ちょっと推しすぎ? あと所々に、へんなギャグが混じるのが引っかかる。
プルームダイナミクスという言葉がでてこないのは、プレートダイナミクスがあって、ややこしいから?
●「空飛ぶ微生物 気候を変え、進化をみちびく驚きの生命体」牧輝弥著、講談社ブルーバックス、2025年9月、ISBN978-4-06-540928-2、1000円+税
2026/2/15 ★
大気微生物を紹介し、それが気候や物質循環、生態系にどのような影響を与えうるかを語った一冊。
第1章は、大気微生物発見の歴史、大気微生物を構成する分類群、その紫外線対策。第2章は、大気微生物の由来、環境や高度、風向きや黄砂の有無による大気微生物の違いを紹介。ここまではある意味イントロ。以降は、大気微生物がどんな影響をもたらすかがテーマになる。
第3章は、気候への影響。大気微生物の研究史の紹介の後、大気微生物が、雲をつくる氷核活性粒子として機能する可能性が検討される。まだ立証はされていないけど、氷核活性微生物が活躍してる可能性は高そう。ただ、氷核活性を持つ微生物は雲も生活環に組み込んでいる、というのは可能性に過ぎない。雲を介して地球大気の循環に関わってきたのかもしれない、にいたっては想像。そして、大気微生物がいることで、気候がどう変わったかという話はない。
第4章は、物質循環への影響。黄砂やPM2.5など煙霧が微生物を運ぶこと、黄砂や煙霧が海洋に炭素や栄養塩類を供給することが示される。確かに物質循環に影響しているけど、影響しているのは黄砂や煙霧の方では?
第5章は、人の社会への影響。おもには空気感染の話と、そこから派生する話。黄砂でウイルスが運ばれる話や、納豆菌が大気で運ばれている可能性は興味深いが、あとは"大気微生物"というほどマクロな話ではない。コロナ禍のおかげで、空気感染の話はもはや物珍しくないし。
第6章は、生命の起源と進化への影響。微生物が宇宙空間を介して行き来してるとして、それは大気微生物とは似て非なるような。大気微生物によって運ばれる遺伝子群"静かな雨"というイメージは魅力的だけど、それは大気微生物が進化に影響を与えていると言っていいのだろうか。いわば変異スピードが上がっただけでは? ただ広域で似たような変異が供給されるのなら面白い。
大気微生物が存在することは充分示してくれるが、それが気候、物質循環、人の社会、進化にどのように影響しているのかは、可能性を語るに留まっている印象。今後の展開が楽しみではあるが、今はまだ夢を語ってる感が強め。
●「小説みたいに楽しく読める生態学講義」中田兼介著、羊土社、2025年11月、ISBN978-4-7581-2137-8、2200円+税
2026/1/28 ★
小説みたいに楽しく読めるシリーズの1冊。ほんまに楽しく読めるのかな、と思ったら、本当に読みやすい。進化、個体群生態学、種間相互作用、物質循環、生物多様性、環境問題、生態学の一渡りを見渡してくれる。
第1章「生態学とはなんだろう」。すなわちイントロ。生き物と環境と関係の科学、個体・個体群・群集・生態系、3つの多様性、気候変動、SDGs。なるほど、そこから説き起こすのか。
第2章「生物世界の縦と横」。種とは何かからはじまって、進化理論の説明。収斂、頻度依存選択、擬態、共進化、有性生殖、性選択。ものすごい盛りだくさんを、わかりやすく説明すべく頑張ってる。生物学的種概念の説明の直後に、種分化の話を投入して、ちゃんと理解してもらうのは難しそうにも思った。
第3章「仲間かライバルか」。個体群生態学、競争方程式、儀式的闘争、真社会性、血縁選択説、互恵的利他行動、フリーライダー。やっぱり盛りだくさん。後半は昔取った杵柄?
第4章「複雑な世界」。種間競争、ニッチ分割、食う~食われるの関係、寄主操作、相利的関係、間接効果、栄養カスケード、生態系エンジニア、物質循環、生態系ピラミッド。まさかHSSやエルトンを語るようになるとは思わなかった。
第5章「力と責任」。地球のバイオマスの分布から始まり、多様性の危機とその保全の話。大学教員はこうしたことを語らねばならないのだろう。それにしてもオバQは古すぎる。
第6章「田んぼがすべてを教えてくれる」。文字通り我田引水。田んぼを使った環境教育のススメといったところ。
基本的には知ってる話ばかりなのだけど、新しい研究がいろいろ引用されていて、とても勉強になった。それ以外は、取り上げていないテーマを気にしながら読んだ感じ。島の生物地理学がすっぽり抜けてる。ニッチの話もさらっとしか出ない。話の流れの都合か。それともハッチンソンやマッカーサーは嫌いなのか。エルトンは出てきたのに。
重要な部分が太字になっていて、ハリー・ポッターのようだと思った。さほど興味を持たない相手に興味を持たせるために頑張っている感が全体から漂ってくる。こんな感じの講義をしてるんだろうなぁ。(単位取るためだけに講義を受けてる学生を相手にする)大学の教員がいかに大変かが分かる。出だしはそうでもないけど、後ろほど映画話題が増える印象。人はどうしても趣味に走るものらしい。
●「逃げないカワウ 中国の鵜飼漁をめぐる謎解きフィールドワーク」卯田宗平著、京都大学学術出版会、2025年11月、ISBN978-4-8140-0614-4、2200円+税
2026/1/12 ★★
首に紐をつけず、ウミウではなくカワウを使う中国の鵜飼い。長江沿いの江西省?陽湖を中心にした15年以上のフィールドワークを通じて、中国の鵜飼いの実態をまとめた一冊。
第1章、鵜飼いとの出会いとカワウの紹介。第2章で?陽湖でのフィールドワークスタート。鵜飼いに使われる船のスペックとカワウの配置、そして鵜飼いの1日が紹介される。第3章では?陽湖以外の中国の鵜飼いを調べる。稲作地域とリンクする鵜飼いの分布。カワウを繁殖させるか購入するか、たくさんのカワウの運び方、カワウに与える餌。カワウに魚を採らせるか、魚を網に追い込ませるかの違いと、環境との関わり。鵜飼い漁の多様性が描かれる。
第4章では、逃げないカワウがどのようにできるか、という視点で、カワウの繁殖させ方、鵜飼いの鵜としての育て方が紹介される。産卵させて、ニワトリに抱卵させ、給餌して、木箱や竹かごで育てる。ペアにして、止まり木にのせて漁へ出発。最初は逃げる若鳥を船を追随するよう訓練。
最後の第5章では、中国でどうして現在のような鵜飼いが成立したかが考察される。どうしてカワウが人間に取り込まれたのかとともに、なぜ鵜飼いが生業として成立しているのかが考察される。多様で豊かな淡水魚相、それと共に多様な淡水魚を利用する豊かな魚食文化の存在の重要性が指摘される。
ウが採った魚を人が横取りする。という意味では日本の鵜飼いと同じだけど、それ以外はまったく違う中国の鵜飼いの様子がともて面白い。使われているカワウが家禽化されてる、繁殖とは関係ないペアを作らせてカワウを管理、カワウを使った追い込み量もある。鵜飼い漁の最中だけでなく、運び方や夜の寝る場所を見ると、なぜカワウは逃げない?と思った著者の気持ちがよく分かる。
ととても面白かったのだけど、気になる記述も散見された。間違ってるとは言わないが、異論があるので以下にメモ。けっしてケンカを売ってるのではなく、単なる私見なので念のため。
・50-60日令のヒナは腹が真っ白とある。確かにまっ白な画像が載ってるが、日本の野生のカワウはそうでもないと思う。これは家禽化の結果では?
・羽根を乾かさないと身体が冷えるとある。が、中のダウンまでは濡れてないのでは?
・鵜飼の起源として、魚を獲ったカワウからの横取りをあげている。でもむしろコロニーに入った時の吐き戻し攻撃の魚を利用したところから始まった可能性の方がありそう。というかその方が簡単なはず。
・親(である人間)への刷り込みによって、逃げないカワウが成立しているかのように書いてある。しかし、カワウが親に対して刷り込まれるかは疑問(親の後をついていく鳥ではないので)。そもそも刷り込みは特定個体に対するもので、ヒト全体への刷り込みなんてものはないと思う。家禽化を通じて、人になれる個体が選択されてきたのではないのだろうか。
・カワウの家禽化の理由として、カワウを捕まえるのが難しいと書いてある。成鳥の捕獲は難しくても、卵やヒナは簡単なはず。日本ではなぜかウミウの成鳥を捕ってるし。