自然史関係の本の紹介(1999年分)
【★★★:絶対にお勧め、★★:けっこうお勧め、★:読んでみてもいい、☆:勧めません】
●「種子散布 助けあいの進化論<1><2>」上田恵介編、1999年、築地書館、<1>2200円<2>2200円、<1>ISBN4-8067-1192-6<2>ISBN4-8067-1193-4
1999/12/21 ★
<1>が種子散布の総論と鳥による種子散布、<2>が哺乳類とアリによる種子散布と種子散布による森の形成を扱った論文集。鳥関係の10本の論文の内、6本は1992年の「生物科学」の”特集:鳥と木の実の共進化”に掲載されたものの再録。他のもどこかに発表された論文なのかな?
「擬態 だましあいの進化論」と違って、少なくとも植物の立場から見た種子散布の総論がある。種子散布における植物と動物の共生関係については、ほぼ全体像がわかる。もっとも、1992年の文章がそのまま使えるってことは、この10年以上の間あんまり進歩がなかったってことでしょうか。果実をめぐる共生的な側面に関しては、新たな展開はもうあまり期待できないのかも知れません。
それにしても鳥についての話題がたくさん出てくるのに、それを書いているのが編者以外はみんな植物屋というのが印象的です。哺乳類に関する話題を哺乳類屋が書いているのとは対照的。これは日本の鳥屋(鳥学会大会の一般講演で発表する人と定義しておきます)が、種子散布をろくに研究してこなかったってことを示しているのでしょう。
一番おすすめの章は2巻の「シカが育てるシバ草原(高槻成紀)」。自分の研究を紹介しつつ、シカとシバの関係の全体像がよくわかる。専門のシカだけでなく、シバの生態をちゃんと押さえてるのがいい。
●「擬態 だましあいの進化論<1><2>」上田恵介編、1999年、築地書館、<1>2400円<2>2200円、<1>ISBN4-8067-1190-X<2>ISBN4-8067-1191-8
1999/12/12 ★
<1>が昆虫の擬態、<2>が脊椎動物の擬態と化学擬態を扱った論文集。それも大部分は「生物科学」などの雑誌にすでに発表された文章を集めてきている。それだけに寄せ集めの感は拭えず、よく言えば各著者はのびのびと、悪く言えば好き勝手に書いている。とくに各巻の最後にある「目玉模様の生物学(城田安幸)」と「鳴き真似の世界(大庭照代)」は、かなり独自の世界をつくっている。また、ベーツ型擬態などは何度も出てきて、その度に各著者がそれなりに説明してくれる。けっこう鬱陶しい。
この本で扱われる擬態はほんとうに広義の擬態で、カモフラージュが入っているどころか、単なる警告色や、音響擬態として機能を考慮しない物まねまでが含まれている。ふところが深いのは良いけれど、さまざまな現象を整理しようという試みがまったく行われていないのは、不親切だと思う。擬態という現象全体を見渡した総説が欲しかった。おもしろい現象の紹介(それも他人の仕事を引用するだけの)に留まった章が多いのも不満な点。それにやけに「…かもしれない」てな推測が多い。
とは言え、オオシモフリエダシャクの工業暗化、ニセクロスジギンポの攻撃擬態、サンゴヘビの擬態、といった有名な擬態がらみのトピックの最新の研究の状況が紹介されているのはとても参考になる(とくに博物館で質問に答えるときなどに)。またクモ類の化学擬態は知らなかったので、とてもおもしろかった。一番おすすめの章は1巻の「シロオビアゲハが語る昆虫のベイツ型擬態の進化(上杉兼司)」。単なる現象の紹介ではなく、自分の研究を紹介しつつ、メカニズムに踏み込もうとしているのがいい。
●「カワムツの夏 ある雑魚の生態」片野修、1999年、京都大学学術出版会、円、ISBN4-87698-301-1
1999/11/21 ★
研究のために野外で動物を長時間観察していると、調査対象の動物についていろいろな出来事を観察することができます。そして、そういったいろんな出来事の観察の積み重ねから、その対象についてのイメージが作られ、場合によっては観察者の自然観も出来上がっていきます。でも、実際に論文に使われるのは、観察した出来事のごく一部に過ぎません。1回だけのエピソード的な出来事などは、どんなにおもしろくても、なかなか論文には盛り込めません。
この本は、数年間にわたって京都の小河川でカワムツを観察し、そのデータをまとめて博士号をとった著者が、今まで論文の中には盛り込めなかったさまざまなエピソードを中心に据えて、カワムツの社会を語ろうとしたものと言えばいいと思います。こういったエピソード中心の著作は、霊長類ではしばしば見られますが、魚ではとても珍しいでしょう。
と、それなりに評価しつつも。またカワムツという魚の社会の全体像が、おおむねわかる内容にはなっているものの。魚のエピソードがこれだけ延々と語られると退屈でした。
●「対論 多様性と関係性の生態学」小原秀雄・川那部浩哉・林良博、1999年、農山漁村文化協会、1700円、ISBN4-540-99030-6
1999/9/29 ☆
小原秀雄の退職記念にシンポジウムが企画されたらしい。そのシンポジウムとやらで話されたことが文章にされたもの。文章として書かれたのは、林のまえがきと、小原のわけのわからん序だけ。
序の後、まずは小原、そして川那部の基調報告とやらがあります。小原は、昔話を除くと、「生物は群集の中での他種との関係の中で進化してきた」とか「人間は自らが作った人工物の中で、自らを人為淘汰している」とか言います。ここまでに議論が留まるなら、当たり前としか思えんけど…。で、肝心の「生物の本質は多様性である」というキャッチコピーの根拠は何も示していません。川那部はそもそも何も話す気がなかったようで‥。
それから対談と称して、林を司会にお互いに昔話をして、お互いを誉め合って盛り上がります。さらに討論と称して、「今日はたいへんよいお話を聞かせていただきました」といった調子の客席からの発言が延々と続きます。おまけで、1971年に同じ二人が話し合った内容が載せられています。
結局の所、川那部浩哉は何も書いていない。昔から口頭での話ではあかん、書いたものしか信用せん、と言ってた人だけに、この本の中身は信用しなくていいんでしょう。というわけで、生態学に興味のある人は、この本は絶対に買わないように。川那部浩哉や小原秀雄の主張が知りたければ、他の本を読むことです(小原秀雄は200冊も著作があるそうやし)。
●「Turtles of the World」、1998年、ETI、価格不明、ISBN3-540-14548-6
1999/9/24 ★★★
世界のカメ289種すべてが載っているCD-ROMのハンドブック。ちなみに手元にあるのはMacintosh版のversion
1.0。version upもちゃんと予定されているらしい。
各種について特徴・分布・地理的変異・生息場所・生活史記載紹介されているだけでなく、写真、分布図、文献も載っている。科や属といった上位分類群もきちんと記載や文献が紹介されており、検索も出来るようになっている。さらにカメ全体の開設や用語集も付いている。
唯一の難点は、カメの形態に関する用語を知ってないと、形態の記載も検索もよくわからないこと。
●「貝のパラダイス」岩崎敬二、1999年、東海大学出版会、2800円、ISBN4-486-01496
1999/8/31 ★★
磯で暮らす貝を中心とする群集生態学を、20年以上にわたって研究してきた著者の最初の本(少なくとも単著では)。貝と言っても、出てくるのはほとんどすべて磯に暮らす貝。全21章のうち14章で著者自身の研究が紹介されている。著者の研究の全体像を紹介する内容になっていると言っていいだろう。
全体は5つのパートにまとめられており、第1部では磯(そして潮だまり)という環境と、そこでの貝たちの暮らしを簡単に紹介している。第2部では、傘貝を中心に、その採食行動のさまざまな側面を紹介していて、少しだけ肉食性のアクキガイ科の貝にもふれている。第3部では、傘貝を中心に(一部固着性二枚貝)磯の貝たちが捕食者からどうやって身を守っているかを紹介している。第4部では繁殖と稚貝の分散、第5部では貝のパラダイスであった磯の危機について述べている。
著者は同じ研究室の大先輩なので、その研究内容はなじみのあるものばかり。それでも随所に初めて知ったおもしろい内容がでてくる。畑をつくって管理するナスビカサガイ(農業をする貝!)。地衣類をつけてフジツボに擬態する傘貝。足糸を使って捕食者を倒すヨーロッパイガイ。単為生殖を行なうチリハギガイ類。長い足糸を出して波に乗って分散するバルチックシラトリガイ(まるでクモの子)。貝の生態は奥が深い。というより著者がはじめに述べているように、あまりにも知られていないのだろう。
貝を中心に書かれてはいるが、藻類やヒトデなどなどさまざまな磯の生物たちが、お互いにいろんなつながりを持って暮らしていることが、よくわかる内容になっている。また著者が長年に渡って主張している(貝においてすら)個体差が重要、という点についても、しっかり紹介されている。貝に興味のある人だけでなく、生態学に興味のある人にはお勧めの本。
唯一の問題点は、盛りだくさんすぎる点。一般向けの普及書として書いたつもりらしいが、研究に興味のある学生向けって感じでは?
●「日本カエル図鑑」前田憲男・松井正文、1989年、文一総合出版、25000円、ISBN4-8299-3022-5
1999/3/1 ★★★
日本に生息するすべてのカエル39種(亜種で勘定して)が、実物大の写真を多数使って紹介している図鑑。雌雄はもちろん地域変異もたくさん紹介されている。成体の写真だけでなく、卵の写真、オタマジャクシの線画、日本国内の分布図、ソナグラム、核型まで載っている。解説は、記載、二次性徴、卵・幼生、核型、鳴き声、生態、分類からなっている。巻末にはヒキガエル類、アカガエル類、トノサマガエル類、アオガエル類の検索表が付けられていて、これが便利。参考文献のリストも役に立つ。
ほとんど何の文句もない図鑑だが、あえて言えばオタマジャクシでの種の同定の検索表が欲しかった。博物館には、オタマジャクシの質問がよくあるから…。とにかく高いけど、カエルに興味があれば絶対に買いです。