いろんな文章・雑文編

 就職してから、いろいろな場所に文章を書く機会が増えました。学生時代なら面倒くさいというだけの理由で断っていたのに、今ではそうも行かなくなってしまいました。雑文編では、論文にはしにくい断片的な観察例なども盛り込むことができるので、けっこうオリジナルな情報が入っていたりします。中でもやっぱり長年つきあってきたキジバトについてはいろいろと書いています。ほんとはきちんと論文にすべき内容もあるんですが…。


和田岳 (1991) ピジョンミルクが繁殖期を広げる. 動物たちの地球(朝日新聞社), 第6巻:260-263.
和田岳 (1994) キジバトの繁殖生態. 野鳥, 通巻571号:8-10.
和田岳(1994) キジバトの繁殖期. Nature Study, 40:111-113.
和田岳(1995) 窓ガラスにぶつかった鳥. Nature Study, 41:129-130.
和田岳(1996) キジバトの巣. Nature Study, 42:39-41.
和田岳(1997) キジバトの巣場所. Nature Study, 43:139-140. 12月【1997/11/17更新】

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●和田岳 (1991) ピジョンミルクが繁殖期を広げる. 動物たちの地球(朝日新聞社), 第6巻:260-263.
   ミルクの利用が繁殖期を拡げる
 キジバト Streptopelia orientalis は、日本で最もよく見られる鳥の一つだろう。北海道から沖縄まで分布繁殖し、山地から市街地まで、さまざまな環境に生息する。北海道をはじめとする北日本ではおもに夏鳥で、冬期は暖かい地方へ移動するが、その他の地域では周年生息する。
 キジバトに限らず、種子食のハト類の生態はよく似ており、特徴的なのは、育雛にピジョンミルクと呼ばれる物質を用いるという点である。ピジョンミルクは、雌雄のどちらもがそ嚢で生成し、成分としてタンパク質を多く含んでいるほかに、雛の成長を促進する物質も含んでいると考えられている。ピジョンミルクの利用は、繁殖における昆虫というタンパク源の必要をなくし、このことはおそらくハト類の繁殖に大きな影響を与えている。

 ●年に何度も営巣する
 多くの小鳥類は、親鳥は種子食であっても、育雛には昆虫などの動物性タンパク源を用いる。これが、鱗翅目の幼虫が大量に発生する春から初夏に、小鳥類の多くが繁殖する理由だと考えられる。これに対してハト類は、植物質の餌だけで育雛することが可能なため、繁殖期が春から初夏に限定されない。
 キジバトが留鳥である京都では、年間を通じて営巣が記録される。ただしその頻度は8〜10月がピークであり、12〜2月にはあまり活発ではない。また夏鳥である北海道では4月から10月まで営巣が記録さており、これはキジバトが北海道で記録されるほぼすべての期間にあたる(帯広畜産大学、村上順一・藤巻裕蔵、1983)。
 キジバトの繁殖は、雌雄各1羽が造巣から抱卵・育雛まで協力して行う。1腹の雛を巣立たせるのには、産卵から巣立ちまで、30〜35日程度かかる。この一回一回の産卵から雛の巣立ち、もしくは巣立ちに失敗するまでの期間を営巣と呼ぶ。
 繁殖はほとんど年中可能なので、年に何度も営巣を行うことができる。京都での観察によると、多くのつがいが年に何回か営巣を行い、6〜8回におよぶつがいもいる。営巣はほとんどの場合、同じつがいで行われ、つがいの相手が代わるのは相手がいなくなったときにほぼ限られる。
 アメリカのウェストモアランド(D.B.Westmoreland)らは、1986年に北アメリカに多くいるナゲキバト(Zenaida macroura)の研究から、ハト類全般の繁殖と適応について議論した。
 それによると、ハト類は育雛にピジョンミルクを用いるため、営巣がある決まった時期に限定されない。そのため営巣可能な時期が長くなり、年に何度も営巣することが可能になったと指摘した。さらに、単に1年間に何度も営巣するのが可能になっただけでなく、ハト類はもっと積極的に年に何度も営巣するのに適した性質を発達させているのだと考えた。つまり、古巣の利用や営巣の重複(clutch overlap)などといった性質を、年にできるだけ多くの営巣を行うための適応という観点から説明したのである。

 ●古巣を利用する
古巣の利用は、キジバトの繁殖においても、目立った特徴としてあげることができる。キジバトの巣は小枝などを雑に組み合わせたもので、下から巣の中の卵が見えることも少なくない。しかしそんな雑な巣を造る手間すらはぶき、古巣を利用することも多い。古巣の利用といっても少しは巣材を運んで巣を補強はするのだが、新たに一から巣を造るよりは手間がはぶけるのは確かだろう。京都での調査によると、営巣の約43%は古巣を利用したものであった。
 キジバトは自分が使った古巣だけでなく、他の個体が使った巣でも利用する。さらに同種の古巣を利用するだけでなく、ヒヨドリ Hypsipetes amaurotis 、モズ Lanius bucephalus などの古巣を利用することもある。もっともこの場合は、むしろ他種の古巣を、自分の巣をつくるための基礎に利用するという面が強い。
 営巣の重複とは、ある営巣が終わっていないのに、次の営巣を始めることを指す。キジバトは雛がかえってから数日は親鳥が雛を暖めるが、その後親鳥は雛への給餌のために、日に数度巣にやってくる程度で、そのほかのほとんどの時間は他の活動に費やすことができる。したがって育雛の後半には、親鳥は次の営巣のための造巣などを開始することができる。実際に、育雛の後半に次の巣場所を探し始めたり、巣立ち雛に給餌を行う一方で新しい巣をつくり始めることが、キジバトで観察されたことがある。
 このようにキジバトもウェストモアランドらが指摘したように、年に何度も営巣するのに適した性質を持っている。また実際に他の鳥類に比べて、年に営巣する回数は平均すれば多いといえるだろう。
 しかしすべてのつがいが、いつでも次々と営巣を繰り返しているわけではない。次々と営巣を繰り返すつがいもいれば、なかなか営巣を行わないつがいもいる。また同じつがいでもすぐに営巣を繰り返す場合もあれば、そうでない場合もある。

 ● 雌が巣場所を決める?
 キジバトの営巣の失敗で最も多い原因の一つは、卵や雛が他の動物に捕食されてしまうことである。捕食者としては、ハシボソガラス Corvus corone とハシブトガラス Corvus macrorhynchos、ノネコ Felis catus、アオダイショウ Elaphe climacophora を観察したことがある。カラスによる捕食を観察した例では、親鳥は抵抗などはせず、ただ逃げ出すだけであった。つまり捕食者に見つかってしまえば、親鳥には成すすべがないのか、あるいはなにも抵抗する気はないようなのである。
 産卵から巣立ちまでの期間、巣を動かすことはできないので、その間に一度でも捕食者に見つかればそれで終わりである。したがって、どこを巣場所として選ぶかは、営巣が成功するか失敗するかを大きく左右する。
 巣場所選びは、雄が巣場所の候補地で雌を呼ぶところから始まる。雌がやってくれば、2羽でしばらくそこにうずくまっている。この段階で雌がそこを気にいらなければ、雄はまた別の場所にいって雌を呼ぶ。雌がそこを気にいれば、雌をそこに残したまま雄はどこかへ行き、巣材をくわえて戻ってきて雌に渡す。こうして造巣が始まる。
 雌は雄から受け取った巣材を腹の下に押し込むのだが、最初のうちは下に落ちてしまうものも多い。下に落ちても雌は拾おうとはせず、また雄が持ってきてくれるのを待つだけである。そのため場合によっては、雄が持って来た巣材を雌が次から次へと落としてしまい、一向に巣が形成されないこともある。うまく巣が形を成したとしても、その巣に産卵して営巣を始めるとは限らず、また同じことを他の場所で繰り返すことが多い。
 通常何ヶ所かでそのようなことを繰り返した後、そのうちの一つを選んで産卵をする。キジバトの巣場所選びを観察していると、だいたいこのような調子で行われている。つまりまず雄が候補地を提示するが、その最終決定は雌によると思われ、その雌の決定も何ヶ所かの巣場所の候補地を検分し、時には巣をつくってみてからというように、かなり慎重である。
 キジバトは、年に何度も営巣を繰り返すのに適した性質を備えてはいる。しかし年に何度も営巣を試みたとしても、そのすべてが失敗してしまうなら何の意味もない。たとえそのために多少時間がかかり、営巣回数が減ったとしても、捕食者に見つからないような巣場所を選ぶことこそが、1年の間に巣立たせる雛の数を考えた時は重要である。
 キジバトが冬期に営巣があまり行わないのは、温度条件などがあまり営巣に適さないという可能性があり、そもそも雄が雌に巣場所の候補地を提示するということ自体あまり行われない。しかしその他の季節においては、雄は熱心にあちこちの巣場所の候補地を雌に提示するのだが、雌がなかなか気に入ってくれないということが多いようである。このような場合、すぐに営巣を始めないのは、適当な巣場所を選ぶのに時間をかけていると解釈することもできるだろう。


●和田岳 (1994) キジバトの繁殖生態. 野鳥, 通巻571号:8-10.
1.はじめに
 キジバトはユーラシア大陸の東半分の中緯度地域に広く分布しています。日本国内でも北海道から沖縄まで広く分布・繁殖しており、大都市から農耕地・森林とさまざまな環境に生息しています。このようにキジバトは日本でもっとも普通にいる鳥の一つなのですが、その生態については意外に研究されていません。ダイズやアズキなどへの農業害鳥としての研究はありますが、繁殖生態に関するまとまった文献は数えるほどです。以下では京都大学での数年間の観察に基づいてキジバトの繁殖について述べることにします。あくまでも京都大学のキジバトに関する記述ですので、他の場所では少し様子が違う部分があるかもしれません。
 キジバトのおもな食べ物は植物の種子や芽などです。多くの鳥は成鳥が植物食であっても、雛を育てるときには動物性の食べ物が必要です。そのため雛への食べ物の豊富な春から夏に繁殖が集中するのだと考えられています。しかしキジバトをはじめとするハト類はピジョンミルクと呼ばれる"そ嚢"分泌物を雛に与えるので、動物性の食べ物は必要ありません。そのためキジバトはほぼ一年中繁殖が可能で、真冬にでも繁殖することがあります。とは言っても、やはり冬の間はあまり熱心に繁殖するわけではなく、繁殖のピークは6月から11月ぐらいです。この長い繁殖期(?)の間に、多くのつがいは何度か繁殖を試みます。

2.産卵にいたるまで
 キジバトのつがいは、よく2羽で一緒にいます。とくに産卵する前、巣場所を選んだり造巣したりしている時期は、必ずと言っていいほど2羽で行動しています。2羽のキジバトが枝などにとまって、互いに羽づくろいをしているのをしばらく見ていると、雄から雌への求愛給餌や交尾を観察できるかもしれません。キジバトの求愛給餌は、雛が餌をもらうときと同じように、雌が雄のくちばしの中へくちばしをつっこんで行なわれますが、本当に給餌しているのかはよくわかりません。交尾は雌がリードして行なわれるように見え、雄の羽づくろいをしたり求愛給餌を求めていた雌が、少し雄から離れて低い姿勢をとったところへ雄が乗れば始まります。しかし雌が何度も低い姿勢をとって雄を誘っているのに雄が知らんふりをしていることもあります。
 巣はもっぱら樹上に樹の枝などを組み合わせて造られますが、近年は建築物に巣を造ったり、巣材に針金を用いたりすることも多くなってきました。繁殖には古巣が使われることも多く、京都での観察では全体の35%以上が古巣を再利用したものでした。新しく巣を造る際、雌は巣場所に座っており、雄が運んでくる巣材をからだの下にいれて巣を組み立てます。一方雄は巣材である樹の枝などを、地上で拾ったり樹から折り取ったりして、一本一本運んできます。繁殖に使われる巣は100-200本程度の枝でできているので、雄は100回以上往復して巣材を運ぶことになります。新しい巣が完成するには通常3-4日かかります。できあがった巣を雌が気に入れば(?)、産卵が行なわれ抱卵が始まります。しかしせっかく完成したのに、あるいは造りかけで、産卵もされずに巣が放置されることも多く、雄はまた別の巣を造るために何度も巣材を運ぶことになります。古巣を利用すれば、巣材をあまり運ばなくてもすむので、これがしばしば古巣を利用する理由の一つなのかもしれません。

3.抱卵と育雛
 一腹卵数は1-2個で、抱卵は昼間は雄が夜は雌が行ない、一度抱卵を始めると巣に親鳥がいない時はほとんどありません。雄と雌の交代の時間は季節によって異なりますが、午前8時前後と午後3時過ぎぐらいに行なわれます。交代にくるはずの雌が午後5時を過ぎてもやってこないのを観察したことがあります。巣にいた雄は、雌を呼ぶかのようにしばらくの間巣の上で鳴いていましたが、そのうちに交代もこないのに巣をほうりだして飛んでいってしまいました。同じことが次の日もあり、とうとうその次の日にはその巣は卵を残して放棄されてしまいました。どうやら片親だけでは抱卵はできない、あるいはする気がないようです。
 卵から雛がかえるには15-16日かかります。雛がかえっても数日間は、抱卵の時と同じようにいつも親鳥が巣にいて雛を暖めます。その後徐々に親鳥が巣にいる時間は短くなってゆき、そのうちに親鳥は一日に数回雛に餌をやるとき以外は巣にこなくなります。雛への餌は最初はピジョンミルクだけですが、徐々に植物の種子などを混ぜてゆき、巣立つ頃には親と同じような餌をもらうようになると言われています。
 雛には研究のために個体識別用の足輪をつけますが、雛があまり大きくなり過ぎると巣に近づいただけで雛が巣から飛び出してしまいます。巣から飛び出さないにしても、ある程度大きくなった雛は怪しげな人間が巣に近づくと抵抗を試み、横向きになって反対側の翼を広げて持ち上げ、くちばしをパチッパチッと鳴らして威嚇します。
 雛は孵化後15日ぐらいで巣立ちます。しかし無事に巣立ったのは約23%に過ぎず、残りの巣では卵や雛が捕食されたり、卵が放棄されたり、卵や雛が巣から(時には巣と一緒に)落ちて繁殖は失敗してしまいました。もっとも多い失敗の原因は捕食によるもので、繁殖全体の60%にも及びます。誰に捕食されたのかを確認するのは難しいのですが、カラス(ハシブトガラスとハシボソガラスの2種)・ネコ・ヘビ(アオダイショウ)による捕食を観察したことがあります。
 巣立った雛はしばらくの間は、親からの給餌に頼っていますが、やがて自分でも餌をとるようになり、分散していなくなってしまいます。ちなみに今までに確認した限りでは、雌雄とも巣にいる雛には給餌をするのですが、巣立った後も雛に給餌を行なうのは雄だけでした。雄は自分の雛を見分けているわけではないらしく、元の巣の近くに巣立ち雛がいれば誰に対してでも餌をやってしまいます。他所の雛に餌を与えるのを観察したこともありますし、自分の子供が他所の子と混じってしまい同時に3羽に給餌しているのを見たこともあります。

4.おわりに
 現在では大都市の真ん中でもキジバトを普通に見かけるようになりました。ここまでキジバトが都市にに進出したのは最近のことかもしれません。しかしキジバトはもともと比較的人間の近くで生活してきた鳥であり、たとえば京都のキジバトは少なくとも数十年はいわゆる都市環境で暮らしてきた経験があると思います。ところが建築物を巣場所に選ぶという行動は最近になって増えてきました。京都大学での観察では、1986年にはすべての巣が樹にかけられていました。1988年には建築物に巣をかけたが産卵にはいたらなかったのが、1992年には建築物上の巣で産卵し雛を巣立たせることに成功しました。1993年になるとさらに建築物に巣がかけて繁殖することが多くなってきました。すでに長い間都市環境で生活していたキジバトが最近になって、なぜ建築物を巣場所に選ぶようになってきたのでしょうか。今後建築物でのキジバトの繁殖はさらに増えるのかといった点とともに、気になるところです。


●和田岳(1994) キジバトの繁殖期. Nature Study, 40:111-113.
【図表はそのうちに入れますので、しばらくお待ちください】
 キジバト(Streptopelia orientalis)は日本では北海道から沖縄まで広く分布しています.かつてはヤマバトとも言われていましたが,1960年代ぐらいからは,日本各地の大都市でも普通に見られるようになってきて,今では代表的な都市の鳥になっています.
 こんなに馴染み深い鳥ならば,さぞかしよく研究されていると思われるかもしれませんが,キジバトに関する研究は意外なほど少ないのが現状です.特にその繁殖活動に関するまとまった報告は数えるほどしかありません(もちろん断片的な報告は山のようにあります).
 私は1986年から京都市左京区の京都大学の構内(約6.1ha)でキジバトの繁殖を観察をしてきました.それに基づいてキジバトの繁殖について紹介したいと思いますが,今回は手始めとして繁殖期について述べることにします.

日本の鳥の繁殖期
 種によって少しずつ時期は違いますが,日本で繁殖する鳥の多くは,春から夏に繁殖します.巣造り・抱卵・育雛が見られる期間を繁殖期とすると,普通は3月から8月の間におさまります.しかし中にはこの時期から繁殖期がはみだす種類もいて,カワガラス(Cinclus pallasii)やエナガ(Aegithalos caudatus)は2月には繁殖を始める個体がいます(小林1976).逆にセッカ(Cisticola juncidis)では4月の終わりに始まった繁殖期が9月にまで食い込みます(上田1986).また海鳥であるミズナギドリ類(アホウドリ・ミズナギドリ・ウミツバメの仲間)は一回の繁殖を行うのに時間がかかり,オオミズナギドリ(Calonectris leucomelas)では産卵期は6月から7月ですが,雛が巣立つのは10月から11月になってからです(吉田1981).
 多少はみだす種はあるものの,以上にあげた鳥の繁殖期は春から夏にかけてといってもあまり問題ではありません.しかし中には明らかに春から夏以外に繁殖する種もいます.南方にある島で繁殖するミズナギドリ類の一部,特にアホウドリの仲間は11月から2月にかけて産卵します(小林1976).またカイツブリ(Podiceps ruficollis)はおもに春から夏に繁殖するのですが,各地で秋冬(10月から2月)の繁殖が報告されていて,食べ物などの条件が整えば一年中繁殖できるのではないかと言われています(福田1986).カワウ(Phalacrocorax carbo)にいたっては一年を通じて日本のどこかのコロニーで繁殖が行われているのです(福田1993).このように春から夏以外の季節に繁殖する種はいくつかいるのですが,なかでも代表的なのがハト類です.比較的よく調べられているドバト(Columba livia var. domestica)とキジバトは,長い繁殖期を持つことはよく知られており,真冬の繁殖の報告も数多くあります.
 多くの鳥,特にスズメ目の小鳥類が春から初夏に繁殖するのは,この時期の気温などの条件も関係があるとは思いますが,むしろ雛の餌となる昆虫の発生時期に合わせているのだと考えられています.成鳥は植物の種子などをおもに食べるスズメや,樹木の果実をよく食べるメジロやヒヨドリも,雛を育てるときには動物性の餌が必要です.ところがハト類は,成鳥だけでなく,雛を育てる時にも動物性の餌は必要ではありません.これはピジョンミルクと呼ばれる分泌物を使って雛を育てるためです.ピジョンミルクは’そのう’(食道の一部がふくれて袋状になった部分)で分泌される物質で,脂肪分やタンパク質を多く含んでいるそうです.ハト類の他にはフラミンゴ類も同じような分泌物で雛を育てます.このように雛を育てるのに昆虫といった季節的に限られた餌の必要がないために,ハト類は長い繁殖期を持つことができたのだと考えられます.

キジバトの繁殖期
 キジバトは.北海道をはじめとする積雪地では冬の間は南へ渡り,3月から11月の間しか生息していません(ただし最近では越冬する個体も少数いるそうです).そのため繁殖期も4月から10月までとなっています(村上・藤巻1983,中尾1984).その他の地域では,キジバトは一年中見られ,繁殖も一年を通じて観察されます(早川・金森1982).京都でも,繁殖自体はほぼ一年中記録されましたが,やはり12月から2月の一番寒い季節にはあまり盛んではなく,年によっては繁殖が観察されない月もありました.もっとも繁殖が盛んなのは春から秋にかけてで,8月から10月にピークができています(図1).
 ハト類は単に繁殖期が長いだけでなく,年に何度も繁殖することが知られています.一年に何度繁殖するかを知るには,一羽一羽の個体を区別する必要があります.京都での調査では個体識別するために,キジバトを無双網という道具を用いて捕まえました.無双網は地面に仕掛ける網で,餌などにつられて地上に鳥が降りたところを,ひもを引っ張って鳥の上から網をかぶせる仕掛けです.捕まえた鳥は体の各部の大きさを測って,特徴を記録した後,一羽ごとに色の組合せを変えたカラーリングを付けて放します.図2は長居植物園で捕まえたキジバトで,左足に個体識別用のオレンジ色のカラーリングを2個付けています.
図2
 図3に各つがいがどのようなスケジュールで繁殖するかを示しました.ここでは調査地内で繁殖したおもな雄を中心に示してあります.キジバトは一つがいの雄と雌が協力して繁殖を行ないます.つがいの相手が代わった例が5例ありますが,その内4例では雌がいなくなった後,新しい雌とつがいになったものです.ただしRNRという雄がJJJという雌とつがいになった例では,その後も調査地内でOOOが観察されました.
 図3を見ればすぐに気付くように多くのつがいは年に何度か繁殖を試みています.最も多い例では一年間に8回も繁殖を試みたのに対して,1回しか繁殖しなかった場合もあります.繁殖を試みたといっても,そのほとんどは雛を巣立たせることが出来ずに終わっており,また1回の産卵数も1個か2個と少ないので,繁殖期が長く何度も試みる割には,結局一年間に巣立たせる雛の数はあまり多くありません.一年間に一番多くの雛を巣立たせたのは1987年のRRRという雄で,繁殖を4回成功させて,6羽の雛を巣立たせました.
 各つがいがどの季節に繁殖したかを見てみると,4月から10月には多くのつがいが繁殖を試みているのに対して,12月から2月に繁殖を試みているつがいは多くありません.春から秋にかけても熱心に繁殖を試みていたつがいの多くは,冬になると繁殖をやめてしまっています.いくつかのつがいは,冬の間調査地内であまり観察されなくなります.このように調査地全体の繁殖活動の季節変化のパターンの原因は,春から秋にかけては何度も繁殖を試みていたつがいが,冬にはあまり繁殖行わないためなのです.
 繁殖活動のピークは秋ですが,キジバトは繁殖しようとすれば一年中繁殖できるようで,真冬の1月や2月でも雛を無事に巣立たせています(図3).繁殖成功率を季節ごとに比べてみると,むしろ他の季節と比べて12月から2月の繁殖成功率は高くなっています(表1).この結果は,冬だから繁殖成功率が高いのではなく,上手に繁殖できるつがいだけが冬にも繁殖するためなのかもしれません.いずれにせよ多くのつがいにとっては,繁殖可能であるにも関わらず,冬には繁殖するのをためらわせる何かがあるようです.

引用文献
 福田道雄 (1986) カイツブリの秋冬期繁殖. 日本鳥学会誌 35:81-82.
 福田道雄 (1993) カワウは人と共存出来るか. 関西自然保護機構会報 14(2):107-113.
 早川昌宏・金森正臣 (1982) 愛知教育大学構内のキジバトの繁殖. 愛知教育大学自然観察実習園報告 2:23-31.
 小林桂助 (1976) 原色日本鳥類図鑑(増補改訂新版). 248pp. 保育社.
 村上順一・藤巻裕蔵 (1983) 北海道十勝地方におけるキジバトの繁殖生態. 鳥 31:95-106.
 中尾弘志 (1984) 北海道におけるキジバトの生息密度と繁殖成功率の変動. 日本応用動物昆虫学会誌 28(4):193-200.
 上田恵介 (1986) セッカの発達した一夫多妻制社会. 鳥類の繁殖戦略(上)(山岸哲編)pp.78-106. 東海大学出版会.
 吉田直敏 (1981) 日本の野生動物9 奇鳥オオミズナギドリ 樹に登る海鳥. 302pp. 汐文社.

図の説明
図1: キジバトの繁殖活動の季節変化.各月に繁殖を始めた巣の数を示している.
図2: 足輪を付けられて,放された直後のキジバト.左足に付いているのが,個体識別用のカラーリングで,右足には環境庁の金属製の足輪が付いている.
図3: 個体識別をした個体の繁殖スケジュール.横線は各つがいを調査地で観察した期間.●は雛を巣立たせた繁殖,○は失敗に終わった繁殖を表わす.●や○の位置はそれぞれの繁殖を始めた日を示している. ↓はつがいの相手がその日前後で代わったことを示す.


●和田岳(1995) 窓ガラスにぶつかった鳥. Nature Study, 41:129-130.
【図はそのうちに入れますので、しばらくお待ちください】
 都市で生活している鳥たちは,いろいろな原因で死にます.ネコやカラスなどといった捕食者に殺されることもありますし,車にひかれることもあります.意外と多いのは,カラスはカラスでも窓ガラスで死ぬことです.窓ガラスごしに向こう側の風景が見えていたり,窓ガラスに空や樹木などがうつっていると,鳥はそのまま通り抜けられると思うのか,窓ガラスに向かってつっこんでいって衝突して死んでしまうのです.長居公園にある自然史博物館の窓ガラスにもときどき鳥が衝突します.そこで今までに集まった自然史博物館にぶつかった鳥の記録に基づいて,いつどんな鳥が衝突するのか紹介してみたいと思います.
   表1の拡充版

 表1に,今までに自然史博物館の建物にぶつかって拾われた鳥をあげました.1974年4月に博物館が長居公園で開館してから,1995年8月までの間に,合計22種46個体の鳥が拾われています.1994年4月以前については拾われたが失われた記録もあるものと思いますが,それ以後は拾われた鳥についてのすべての記録が残っています.ただし人間に拾われる前にイヌやネコなどに持って行かれることもあったかもしれません.
 衝突して拾われる鳥には口から血を流しているものもありますが,その多くには特に外傷はありません.拾われたときにはまだ生きている鳥もいて,しばらく暗い箱に入れて安静にしておくと元気になることもあります(表1で放鳥とされている鳥).実際には,鳥は衝突したら必ず落ちてしまうわけではなく,ぶつかってもすぐに元気に飛び去ってしまう場合も多いようです.
 鳥が拾われた季節をみると,一年を通じてどの月にも拾われてはいるものの,秋の鳥の渡りのピークにあたる10月がもっとも多くなっています(図1).10月に拾われた鳥の種類を見ても,ホトトギス属の一種,オオルリ,キビタキといった渡りの途中に長居公園に立ち寄った鳥が多く含まれています.
 衝突して拾われる鳥のもう一つの特徴として,幼鳥(生後1年未満と判断される鳥)の割合が75.8%(年齢の判断ができた33個体中25個体)を占めていることがあげられます.野外で成鳥と幼鳥とがどの位の割合でいるのかよくわからないので,確実なことはいえませんが,幼鳥の方がよくぶつかっているようです.衝突して拾われながらも回復した3羽の内,少なくとも2羽が成鳥であった(残り1羽は不明)ということは,成鳥はたとえぶつかっても軽傷ですむということなのかもしれません.
 自然史博物館だけでも1994年の間に8羽の鳥が窓ガラスにぶつかって死にました.おそらく一年間に大阪で窓ガラスにぶつかって死ぬ鳥の数は相当なものになるでしょう.特に窓ガラスの多い学校やビルなどでは,鳥が衝突しないように対策を考えてほしいものです.今後どのような対策を考えるにしても,とりあえず毎年どの位の数の鳥たちが,どのような状態で窓ガラスにぶつかって死んでいるのかについて記録を残していく必要があります.学校などで窓ガラスにぶつかって死んでいる鳥を見つけたら,日付と場所をつけてぜひ博物館まで届けてください.
 図1:窓ガラスに衝突して拾われた鳥(1974年4月から1995年3月)の個体数の季節変化.


●和田岳(1996) キジバトの巣. Nature Study, 42:39-41.
【図表はそのうちに入れますので、しばらくお待ちください】
 大部分の鳥は,巣に卵を産んで繁殖します.なかにはヨタカのように,とくに巣らしきものを造らず,地面に直接卵を産んでしまう鳥もいます.その場合でも,そこで卵を暖めるので,その場所は巣であるも同然といえるでしょう.ところがエンペラーペンギンとキングペンギンという大型のペンギン2種は,巣を造らずに産卵し,卵を足の上にのせて暖めるので,本当に巣といえるものはありません.とはいうものの,このような巣を造らずに繁殖する鳥は,ごく一部に限られています.
 巣というのは,卵というまったく動くことのできない時期を,鳥が過ごす場所です.したがってどのような巣が,どのような場所にあるのかということは,卵の時期を快適に過ごすためにとても重要です.そのために親鳥は,それなりに苦労をして,巣場所を選び,巣を造るのです.
 秋になって落葉樹の葉が落ちると,大阪市内でも,けっこうあちこちの樹に鳥の巣がかかっているのに気がつきます.小枝や枯葉などでできたお椀型の巣は,どんぶり位の大きさならヒヨドリかモズの巣,小さな湯飲み程度の大きさならメジロかカワラヒワの巣です.ボール状の枯れ草の固まりに見えるのはエナガの巣で,上の方に入り口があり袋のようになっています.樹の枝を組み合わせた皿型の巣は,大きなのが高い樹のてっぺん近くにあれば,ハシボソガラスかハシブトガラスの巣です.キジバトの巣は,同じような皿型の巣でも,カラスの巣よりも低いところにあり,大きさも直径30cm程度とかなり小さめです(図1).
図1
 鳥のことをある程度知っている人は,キジバトの巣といえば粗雑な巣の代表のように思っています.サギ類やワシ・タカ類,ハト類,カラス類などといった鳥は,おもに樹上に樹の枝を組み合わせて巣を造ります.ワシ・タカ類とカラス類の巣は,外から見ると樹の枝を組み合わせただけですが,内側には,小枝や枯葉,羽毛などを用いて卵をのせる場所を造ります.ところがサギ類とハト類の巣は,本当に枯れ枝を組み合わせただけのもので,図鑑の中でも”粗雑な巣”と書かれてしまいます(たとえば保育社の原色日本鳥類図鑑,小林桂助著,1976年刊).なかでももっとも身近にあり人の目に触れることが多いキジバトの巣は,粗雑な巣の代表にされてしまうのです.
 私が数年前に京都でキジバトの繁殖を観察した経験からいっても,キジバトの巣は確かに粗雑だと思います.巣のなかには,下から上にのっている卵がすかして見えるものがありましたし,強い風が吹いた日のあと卵と一緒に巣がくずれて落ちてしまったこともありました.しかしそんな粗雑な巣であっても,けっこう時間と手間をかけて造られているということを,京都での観察に基づいて紹介したいと思います.

キジバトの巣造り
 キジバトは一つがいの雄と雌が協力して繁殖を行ないます.巣造りでは,雌雄の作業分担がとてもはっきりしています.雄は巣材に使う樹の枝などを運び,雌は巣を造る予定の場所に座り込んでいて,雄が運んできた巣材を受け取って巣を組み立てます.一度だけ,雌が巣材を運ぶのを観察したことがありますが,それは巣の予定場所に座りに行くついでに持っていったものでした.雄も同様で,巣材を運んできて,雌がいなければとりあえず自分が運んできた巣材は何とかしようとしますが,そのまま一人で巣を造り続けることはありません.その場で雌を呼ぶようにしばらく鳴き,それでも雌が帰ってこなければ,巣材運びはやめてしまいます.
 巣造りを観察していると,せっかく雄が熱心に巣材を運んでいるのに,雌がどこかへ行ってしまっていることがよくありました.そのたびに巣造りは中断し,雄は雌を呼び戻そうと巣の上で鳴きます.熱意のある雄が,やる気のない雌をなだめて,なんとか巣を造ろうとしているように見えるのは,観察者が雄だからでしょうか?
 巣材を集めるとき,雄は樹の上にある枯れ枝を折りとって運んでくることもありますし,地上に落ちているのを拾うこともあります.いずれの場合でも,雄は同じ場所を繰り返し訪れて巣材を探す傾向があります.巣材となる樹の枝はいくらでももっと近くにありそうなものなのに,100m以上離れた場所との間を繰り返し往復していることもありました.巣材を探している時のキジバトは,いかにも何かを探しているという感じで活発に動きまわり,さかんに樹の枝をくわえては放し,枝の品定めをしているので,少し注意していればすぐに気がつきます.
図2
 雄は一度に一本ずつ樹の枝を運ぶ(図2)ので,キジバトの巣を分解して,樹の枝が何本かを数えれば,雄が巣材を何回運んだかがわかります(図3).図4に169個のキジバトの巣を分解して,10cm以上の樹の枝の数を数えた結果を示しました.これを見ると,キジバトの巣は雄が平均125本の枝を運んだ成果だということがわかります.図4の結果には,造りかけのまま放置された巣や,すでにくずれ始めている巣も含まれています.また,巣を造る途中で下に落とされてしまう巣材もあります.したがって実際に繁殖した巣では,巣材運びにもっと多くの労力がかかると考えられます.

キジバトの巣にすむ生き物
 キジバトの巣を採集してきて,分解して樹の枝の本数を数えていると,中からいろいろな生き物がでてきます.ついでなので,でてきた生き物を採集することにしました.
 圧倒的に多いのはクモの仲間で,私の不充分な知識では種の同定はほとんどできないのですが,ハエトリグモなど徘徊性のクモがかなり含まれているようです.クモ以外には,カネタタキやカメムシ,アリ,鱗翅目の幼虫などが採集されました.この中には,巣以外の枝や葉にいた虫が,まぎれこんだものも多少含まれていると思います.しかし,キジバトの巣がキジバト以外の生き物のすみかにもなっているのは確かでしょう.
 このようにキジバトの巣は,キジバトの繁殖が終わってからも,いろいろな生き物のすみかとして利用されています.またキジバト自身もしばしば古巣を再び利用して繁殖します.古巣を見つけても,もう使い終わっているからといって取ってしまうのではなく,特に不都合や研究目的がないのなら,そのままにしておいてほしいと思います.
 キジバトの巣から採集されたカネタタキの同定には,大築正弘氏と当館学芸員の金沢至氏のお世話になりました.ここにお礼申し上げます.

図の説明
図1:キジバトの巣(長居公園).
図2:巣材を運ぶキジバト(長居公園).
図3:分解する前と分解した後のキジバトの巣(図1と同じ巣).10cm以上の枝が295本あった.分解の前後であまり違いがない?
図4:キジバトの巣材に使われていた10cm以上の樹の枝の本数の頻度分布.京都大学構内で採集された169個のキジバトの巣を分解した結果.


●和田岳(1997) キジバトの巣場所. Nature Study, 43:139-140. 12月
【図表はそのうちに入れますので、しばらくお待ちください】
 大阪市のような都会にはたいして鳥はいないし,鳥の巣に出会うことなどない(ツバメとスズメなどを除いて)とは考えていませんか.しかし大阪市内には想像以上にさまざまな鳥が暮らしていて,さまざまな場所に巣をかけて繁殖しています.自然史博物館がある長居公園の周辺だけでも,1994年から1997年の間に,ドバト,キジバト,コゲラ,ツバメ,ヒヨドリ,モズ,カワラヒワ,スズメ,ムクドリ,ハシボソガラス,ハシブトガラスの11種の巣を確認しています.この他に,セグロセキレイ,シジュウカラ,メジロの3種についても,巣材を運んだり,巣立ちビナを引き連れたりしているのを確認しているので,巣を確認していなくても近くで繁殖しているのは確実です.
 以上の14種のうち,ドバト,スズメ,ムクドリ,そしておそらくセグロセキレイは,建物や電柱などのすき間や穴に巣をつくります.ツバメも建物に巣をかけますが,壁に泥を使って巣をひっつけます.コゲラは自分で枯れ木に穴を開けて巣をつくり,シジュウカラは自分では穴を開けずに樹にあいている穴を探します.残りのキジバト,ヒヨドリ,モズ,メジロ,カワラヒワ,ハシボソガラス,ハシブトガラスは,ふつう樹に皿型やお椀型の巣をかけます.
 キジバトはふつう樹に巣をかけるとあっさり書きましたが,樹ならどんな樹でもいいのでしょうか,どのくらいの高さに巣をかけるのでしょうか,樹以外に巣をかけることがあるのでしょうか.1986年から1989年に京都大学の北部構内で調査したキジバトの巣のデータに基づいて紹介してみたいと思います.

樹の種類
 表1にキジバトが巣をかけたおもな樹種をあげました.キジバトがどの樹種を好んでいるかを検討するには,調査地にそもそもどの樹種が何本生えているかというデータがいるのですが,残念ながら調べていません.今からそのデータをとろうとしても,建て替えなどで樹がたくさん切られてしまったので,もうどうしようもありません.
 樹種についてはともかく,図1に示したとおり,常緑樹には年中巣をかけますが,落葉樹が葉を落としている12月から3月には,基本的には落葉樹には巣をかけません.3月に落葉樹に巣をかけたのは2例で,巣をかけた枝は落葉樹でしたが,実はその枝は常緑のタケの中にのびていました.つまり葉で巣がある程度隠されるような場所にしか巣をかけなかったのです.

巣の高さと樹の高さ
 巣の高さは平均4.1m(n=192)で,一番低くて1.5m,一番高くて10mでした(図2).巣をかけた樹の高さは平均6.6m(n=192)で,一番低くて2.5m,一番高くて18m.樹の高さと巣の相対的な高さ(巣の高さ/樹の高さ)との間には負の相関があり(n=192,r=-0.357,p<0.001),樹が高くなるほど樹の中で相対的に低い所に巣をかけていました.

地上営巣
 私が京都で調査したときには,一番低い場所につくられた巣でも地上から1.5m.地上では営巣しませんでした.しかし私が知っている限りでも,キジバトの地上営巣の報告が2ヶ所からあります.
 一つは沖縄県の鳩離島のものです.杉本は1978年から1979年にかけて西表島の北側にある小島である鳩離島で調査を行ない,392巣のうち30巣(7.7%)が地上につくられていることを見いだしました(杉本 1980).この異例とも言えるキジバトの地上営巣の原因として,杉本はこの島に樹が少ないことと,地上性の捕食者がいないことを指摘しています.
 もう一例は,北海道西部の林の中で1989年に見つけられた地上営巣です(Kawaji 1994).この林の林床にはササが密生しており,キジバトはササの株の中に,つまり実質的に高さ0mの位置に営巣していたそうです.

人工建築物の利用
 もともと樹上に巣をかけるキジバトですが,初めて人工建築物に巣をかけたことが報告されたのは,生息地を都市環境まで拡げてしばらくたった1977年のことです(川内 1992).その後,1980年代に入ると,人工建築物での営巣が数多く報告されるようになりました.
 京都大学構内での観察では,1986年から1987年まではすべての巣が樹につくられましたが,1988年には初めて建築物上に巣をつくりました.この巣はつくっただけで産卵には至らなかったのですが,1992年には建築物上につくった巣で産卵し,雛を巣立たせるのに成功しました.1993年には建築物に巣をかけて繁殖する例がさらに増えました.1994年に自然史博物館に就職してしまいその後の状況はわからないのですが,1986年から1993年までの8年間だけでも,キジバトが建築物に巣をかけて繁殖する傾向が強まったことは明らかです.
図3は長居公園の近くで見つけた建築物につくられたキジバトの巣です.本屋の店先なので,何度も取り除かれているのですが,何度取り除いてもほとんど同じ場所に巣がかけられます.店の人もあきらめたのか,最近では取り除いていないようです.この文章を書いている1997年11月14日の時点でもこの場所にキジバトの巣があります.店の人とキジバトの闘いは,とりあえずキジバトの勝ちといったところでしょうか.
キジバトの建築物での営巣はこれからも増えていくのでしょうか.キジバトの今後は目がはなせません.

引用文献
杉本 徹(1980)鳩離島におけるリュウキュウキジバトの集団繁殖生態−特に営巣場所を中心として−.琉球大学理工学部卒業研究.
川内 博(1992)キジバト.Urban Birds 9:53-55.
Kawaji, N. (1994) Lower predation rates on artificial ground nests than arboreal nests in western Hokkaido.Jap.J.Ornithol. 43:1-9.

図1:常緑樹と落葉樹を利用する割合の季節変化.上の数字は各月に確認した巣の数.
図2:巣の高さの度数分布.
図3:本屋の軒先にかけたキジバトの巣.1995年6月2日に大阪市住吉区長居東3-1にて撮影.