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本の紹介「僕の叔父さん 網野善彦」
「僕の叔父さん 網野善彦」中沢新一著、集英社新書、2004年11月、ISBN4-08-720269-0、660円+税
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【加納康嗣 20070815】
●「僕の叔父さん 網野善彦」中沢新一著、集英社新書
清涼感のある、不思議な新鮮さ、音律すら感じられる文体。いくらか理想や空想を好む傾向がある我が脳髄が、溶け出すような快感やスリリングな動悸がある。しかし、気が付けばどこも溶かされることなくそこに静まっている。なんだこの本は!阿呆の脳は溶けないのだ!
宗教学者である著者が、叔母の夫でコミュニストである歴史学者網野善彦との、心豊かな、濃密で豊穣なトランセンデンタルックな交流を語っている。
トランセンデンタルという難しい言葉に始めて遭遇し、行きつ戻りつ、しばし逗留される。
この言葉、「経験に先んじている」とか「経験がふれることが出来ない」という意味合いらしい。「人間の心の中に、現実の世界での五感からの影響や経験の及ぼす働きから完全に自由な領域が開かれており、この自由領域こそが人間の本質を作っているのだとする思考法の元になっている言葉」である。この言葉が指示する世界に惹かれる人たちは、宗教や哲学に深い関心を寄せるようになる。「人間的自由の根拠地であるトランセンデンタルの領域に考えられることと、経験まみれの現実世界でおきていることとを結びあわせて、現実世界の方を何とか『理想』の方にあわせて作り替えたいという思考が発生するとき、極左と極右を一つに抱き込む、ラジカルな政治思想の持ち主達が出現することになる。」「『理想』とは人間の思考の中に現実原則から自由な領域が活動しているのでないと生まれてこない。」
著者の家系はまさに魅力的なトランセンデンタルな家系である。理解できなくとも、議論の場やその雰囲気の中に臨場したいというあり得ない願望から抜け出せない。
お薦め度:★★★ 対象:トランセンデンタルックな人
【瀧端真理子 20070816】
●「僕の叔父さん 網野善彦」中沢新一著、集英社新書
著者が、叔父の網野さんに出会った1955年から始まり、著者の高校・大学時代・1983〜84年頃を中心に、網野さんと意見を交わし、刺激しあった日々が記されている。本書では、網野さんの三著作(『蒙古襲来』『無縁・公界・楽』『異形の王権』)誕生の秘密とその研究の含意が、時系列に捉われることなく、生き生きと描き出されている。
高校・大学時代の著者の読書量や知識量にも圧倒されるし、学問上の刺激を与え合う二人の親密な関係も読んでいてうらやましくなる。日本で始めてアジール研究を手がけた平泉澄の皇国史観を、精神分析学的症例として読み解くところなど、ユニークで面白い。
お薦め度:★★★★ 対象:歴史に興味がある人なら誰でも
【六車恭子 20070504】
●「僕の叔父さん 網野善彦」中沢新一著、集英社新書
著者の父の妹、真知子叔母さんと結婚したのが網野善彦だった。当時5歳の中沢はこうして網野との出会いを果たした。常民文化研究所で古い古文書や絵巻物に埋もれて、悪党や非人や海賊のことばかりを考えているという。昼間勤めている高校では「光の君」とよばれているらしい。網野さんはいつも同じ背広姿でその袖口はテカテカ光っているからだという。
時は流れ、佐世保にエンタプライズが寄港したおり、全学連の学生たちの寄港阻止の飛礫をテレビで見ていた時だった。「なぜ時代の転換期には人は飛礫を飛ばすんだろう?」「この投石なあ、お父さんたちも子どもの頃、笛吹川でよくやったよ」「中世にも飛礫ということばがある。悪党が闘う時に相手をひるませる戦術、そうですよ、あれは悪党の闘い方ですよ」この時の茶の間での会話が後の網野史学の誕生の瞬間だった。日本人の野生の発現ととらえた、この飛礫の一撃が「蒙古襲来」に結晶したのだ。
中世の博打打ちをどんぶりや壷の中にサイコロを投げ込み、その目を待つ神仏に祈る瞬間を創出する芸能者ととらえ、猿楽者なども神仏に仕える芸能者であるとする、網野さんは旧来の農耕民族としての民衆の捉え方を一新した。同様に「無縁・公界、楽」、「異形の王権」なども叔父と甥がコラボして未来につながる思索の軌跡が辿れる網野史学への招待状のような本である。
お薦め度:★★★★ 対象:異界からの招待状にわくわくできる人
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