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本の紹介「百虫譜」
「百虫譜」奥本大三郎編著、平凡社ライブラリー、1994年4月、ISBN4-582-76047-3、971円+税
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【中条武司 20031024】【公開用】
●「百蟲譜」奥本大三郎編著、平凡社ライブラリー
「百蟲譜」は“虫”を何らかの形で対象とした小説を集めたものである。小説家たちは虫をどのように見ているか、どのように表現しているか、どのような思想を持っているか、対象物を虫という一つに絞っているため、その比較ができて非常に興味深い。日本の作家たちだけに着目するなら、明治・大正・昭和と表現としての小説が変化していくのがよくわかる。やはり、夏目漱石、芥川龍之介は時代のターニングポイントだと実感できる。“虫”というちっぽけなものを通して人(小説家)はどのように感じ考えるのか、それを知るいい作品集である。
お薦め度:★★★ 対象:虫が苦手でない小説好き、寝る前にゆったりと
【寺島久雄 20030607】
●「百蟲譜」奥本大三郎編著、平凡社ライブラリー
此の本の中に出て来るヘッセの「蝶の翅脈の一筋一筋に見える興奮とこんな繊細なよろこび」、北杜夫の「谿間にて」に出て来る虫に対する執念等には虫を愛する人達の喜びや思いが湧き出て来る。
古い文学者のエッセイは懐古的な文章の味はいを感じます。自然の中の虫に対する感動を持つ人に共感を得ることでせう。
この本は先づ終りの奥本さんの「百蟲に関する十四のエッセー」等を先に読む事をおすすめします。
お薦め度:★★★★ 対象:虫のすきな人は勿論自然を愛する人に
【中条武司 20030918】
●「百蟲譜」奥本大三郎編著、平凡社ライブラリー
小説家が何かを対象として文章を書くときには、その対象を通して表現したいものがあるはずだ。多くの場合は、対象を何かの象徴・隠喩として扱っている。対象はあくまでも象徴であって、本来の意味で対象そのものを記述したものではない(対象物を客観的に記述するのは、サイエンティストとかいう輩にまかせとけ)。しかし、作者にとってはその象徴はそのものでなくてはならないのであって、適当に対象物を選んでいるわけではないであろう。
「百蟲譜」は“虫”を何らかの形で対象とした小説を集めたものである。小説家たちは虫をどのように見ているか、どのように表現しているか、どのような思想を持っているか、対象物を虫という一つに絞っているため、その比較ができて非常に興味深い。日本の作家たちだけに着目するなら、明治・大正・昭和と表現としての小説が変化していくのがよくわかる。やはり、夏目漱石、芥川龍之介は時代のターニングポイントだと実感できる。“虫”というちっぽけなものを通して人(小説家)はどのように感じ考えるのか、それを知るいい作品集である。
お薦め度:★★★ 対象:虫が苦手でない小説好き、寝る前にゆったりと
【六車恭子 20030817】
●「百蟲譜」奥本大三郎編著、平凡社ライブラリー
虫のことは「虫屋」に。だが待てよ、けして虫屋には書けない領域もありそうな。奥本氏によって編まれたこの作品群は世界を探るものさしに虫のことごとに終始しながらも深い味わいに誘う。
ヘッセの「クジャクヤママユ」は少年の日の出来心で王国を追放された中年男の哀しみを、北杜夫の「谿間にて」はフトオアゲハを追う採集人の心理が台湾の高地を舞台に鬼気迫る。またギルバート・ホワイトの「セルボーンの博物誌」からは蜂食らいの薄幸な少年の短い生涯が、漱石の「文鳥」を思わせて余韻が漂う小泉八雲の「草ひばり」からは微小ないのちへの震えが伝わる。そして志賀直哉の「豊年蟲」の大発生を見る視線から潔癖な彼の生きざまが浮かび上がる。
奥本氏による最終章、「百蟲に関する十四のエッセイ」は「何故このように語られたか」を検証して白眉。
お薦め度:★★★★ 対象:雨の日は高遠にして洪水のような思いに浸りたい人に
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