かつては確かに私たちの原風景として存在した「海やまのあいだ」の水にまつわる風物誌をひもとき、私たちが失ったものを気づかせてくれる本。
日本の渚をくまなく尋ね歩いた一生態学者の荒廃した失われゆく海辺の自然を愛おしむ哀しみがこの書を生み、読後にまだ食い止めることができる希望を予感させて終わる祈りの書でもある。生物多様性の宝庫・熱帯雨林にも匹敵する身近な渚のしくみを伝えて衝撃を与えてくれる普及書であり、自然を愛する種子を届けてくれる伝播書でもある。
お薦め度:★★★★ 対象:自然を愛するすべての人に
【瀧端真理子 20021221】
●「日本の渚」加藤真著、岩波新書
河口に堆積する肥沃な泥の上に発達したヨシ原と、そこに生息する無数の生物たちが果たす有機物の浄化作用。干潟の泥表面は太陽の光を浴び、干出時には珪藻のスープが出来上がる。泥の上に這い出てきたトビハゼやムツゴロウたちはこのスープを舐めて育つ。干潟の食物連鎖も、干潟の浄化機能を果たしているという。本書では、藻場、砂浜、サンゴ礁、ヒルギ林、と章を追って、渚に展開される生物たちの営みと多様性が分かりやすい文章と豊富な写真や図で説明されている。
惜しまれるのは、折口信夫をはじめとする文学作品の無批判な引用。「美しき私たちの日本」的発想と公共土木事業批判が1冊の本に並列され、戸惑いを感じる。
お薦め度:★★ 対象:文学作品の引用を無視して読める人