生物多様性保全の時代、我々Mycologistは何をすべきか

  服部力 (森林総合研究所)

What can we contribute for the development of conservation mycology?
by T. Hattori (Forestry and Forest Products Research Institute)

 近年、地球規模での「生物多様性の保全」は大きなトピックとなり、「生物多様性の減少」は重要な地球環境問題の一つとされるようになった。1992年にリオデジャネイロで開催されたいわゆる地球環境サミットでは「生物多様性条約」が採択され、翌年我が国も条約に批准した。

 生物多様性は遺伝子、種、群集、そして景観という4階層を含んだ概念として理解される。このうち、同一種内に様々なものがいるという「遺伝子」および様々な種が存在するという「種」の多様性、とりわけ後者は我々にも馴染み深いものといえよう。多様性の現状を把握する上で、我々が最初にやらなければならない仕事の一つに地域毎の種の目録作りがある。この目録、あるいはその作成作業はインベントリーと呼ばれる。高等植物や昆虫の一部では都道府県等の地域単位でのインベントリーが多くの場合アマチュアの手によって作成されている。菌類については全分類群を網羅した目録作成は国内ではまだ試みられていない。一方、各地において熱心なアマチュアによる主にきのこ類の目録作成が行われているが、特定分類群内においても網羅されてない種が多数残されている可能性がある。ここではインベントリーを中心として、今我々が取り組むべき課題について考えたい。

国内既知種の把握 
 インベントリーに際して、国内既知種の把握は不可欠である。全分類群を分割して各分類群の専門家を配置、これまで国内から記録された種をリストアップするとともにその根拠となった標本の所在を明らかにし、疑問種については標本を検討、適当な学名を与える。同時に、国内未報告種・新種については積極的な報告、記載が望まれる。また、ハイクラスのアマチュア等準専門家が利用可能な分かりやすい検索表の整備は地域インベントリーに不可欠である。

ホットスポットでの全分類群インベントリー 
 海外では適当なホットスポットに試験地を設定、その中での全分類群のリストアップが試みられつつある。試験地は必ずしも広大な面積を有する必要はないが、保全の意義の高い原生植生を残す森林等が候補となろう。他の生物とくに高等植物の目録が整備された個所が望ましい。分類群あるいはniche毎に専門家を配置、総合的調査を行う。土壌や特殊な基物に発生する糸状菌類等はより多様な分離法の開発が望まれ、また発生のまばらなきのこ類については様々な季節について長期的調査が必要である。特にきのこ類についてはサンプル採取におけるアマチュアの貢献は有効である。種名の同定できない菌についてはとりあえず属名まで同定したうえで識別、また識別困難な菌群は「識別可能分類単位」での整理を行う。標本保管の重要性は言うまでもない。こうした研究は逆に分類学の進歩へのフィードバックも期待される。

地域インベントリーの作成 
 全分類群インベントリーは大変な労力と時間を必要とする大事業であり、多地点での実行は非現実的である。一方できのこ類や植物病原菌など肉眼的認識の可能な菌群については、長期的定点調査により比較的少人数でも信頼度の高いインベントリーが期待できる。専門家を擁する博物館等とそれを支える地方菌類研究会、あるいは準専門家たるハイクラスアマチュアを擁する研究会などが最も効率的に機能する。専門外の分類群については他の専門家の協力を仰ぐ必要がある。また会内において様々な分類群についての準専門家育成が望ましい。

特定分類群・指標種のモニタリング 
 同定の比較的容易な分類群や、環境の指標・象徴などとなる種について、各地においてその発生の有無・頻度・種数などを長期的に記録する。各種の地理的分布、環境依存性、環境変化等による発生頻度への影響等の情報が得られ、絶滅危惧種等の状況把握が期待される。各地域のアマチュアの協力がなければ不可能である。

 なぜ生物多様性を保全しなければならないのか。保全生物学者は生物が多様であることは「善」であり、数十億年を経て分化した多様な種を絶滅させることは「悪」であると考える。加えて、菌類などの微生物は将来薬品、食品等様々な有効利用の潜在的可能性のある種を無数に含んだ宝箱でもある。様々な立場から、我々一人ひとりが生物多様性の保全について今できることを模索する必要がある。


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