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フィールドワークは一期一会

 大阪市立自然史博物館にはおよそ50万点の昆虫標本があり,この点数は国内の研究施設ではトップクラスです.しかし,日本に10万種(うち名前がついているのは3万種)という状況では,1種あたり平均して5点しか標本がないことになります.もちろん,オオオサムシのように,ドイツ箱30箱(推定約4,500点)の標本があるものもありますが,逆に図鑑に掲載されながら,標本が1点もない種類も非常にたくさんあります.
 このような状況では,その虫がどのような地域のどのような環境にすんでいるものか,いつの季節に発生しているのか,どれぐらい色や大きさの変異があるのか,などを調べるには,あまりにも少ないと思います.
 私は野外調査のときは,できるだけたくさんの種類の採集をするようにしています.「研究している虫以外の虫をたくさん殺すなんてかわいそうだ」という批判も受けることがありますが,そのときに採っておかないと,後で「あのとき,あの虫がいたのはいつだったか」とか,「あのときに見た昆虫は2種類のうちのどっちの種類だったのかな?」というとき,その証拠となるものが手元にないと,どうしようもなくなるのです.
 とくに家から遠いところや外国などで調査するときは,とにかく,いろんな虫を採集するようにしています.すぐに標本を作れなくても,後でタトウなどを見返したとき,その採集時には興味がなかった虫でも,「ああ,あの時,こんな珍しいものを採っていたんだなあ」と気づいたりすることがしばしばあります.また,自分ではよくわからなくても,他の研究者に見せたとき,「これは新種ですよ」とか「近畿で見つかるのは初めてですね」いう答えが返ってきたりして,とても驚かされることもあります.
 多くの偉大なナチュラリストたちの足跡を見て感じるのは,やはりその時その時,一生懸命,フィールドワークをすることが大事だということです.野外で出会った虫たちは「一期一会」と思って採集し,きちんと標本に残すように心がけています.(初宿成彦)