【★★★:絶対にお勧め、★★:けっこうお勧め、★:読んでみてもいい、☆:勧めません】
ご存知ゲッチョの絵本。ゲッチョは、生き物のリアルな絵は以前から描いていたが、これにはマンガちっくな子どもが出てくる。本のすみからすみまで見たが、他に絵を描いている人はいないようなので、この子どももゲッチョが描いたんじゃないかと思う。ゲッチョが人物を描くとは珍しい。そして、こんなキャラ化したのを描くとは。あまり可愛いキャラじゃないけど…。
虫が好きな男の子が、虫がイヤな女の子に虫を紹介していくという趣向。アリ、ハチ、ケムシ、カメムシなど臭う虫、毒虫、テントウムシ、ゴキブリ、青く光る虫などと続いていく。全部見終わって、で?と思う。イヤムシが整理されて理解できるわけではないし、虫嫌いが虫好きになるわけでもない。結局、なんだったか分からない。
「ノラネコの研究」に続く、伊澤・平出コンビが送る第二弾。町中のネコを調べた前作と違い、オーストラリアの大草原で暮らす野性味たっぷりのノネコを調べにいく話。
もちろんオーストラリアにもともとネコがいるはずがなく、人が持ち込んで野生化したもの。そんなネコは、同じく人が持ち込んで大増殖してしまったアナウサギを食べて暮らしている。面白いことに、ネコはアナウサギの穴の中に住み込んで、ウサギを喰ってるらしい。ネコがウサギを狩る様子は、サバンナでインパラを狩るライオンのよう。ちなみにオスは、まったく子育てに関わらないので、この本でも全く出て来ない。
オーストラリアにネコが野生化してたら大問題。最後の方は駆除の話につながるのかな、と思ったらそうでもない。大草原でノネコ母さんががんばる話で終わる。ネコ好きとしてはそれでいいような、生態屋としてはそれでいいのかなぁ、とちょっとモヤモヤが残る。
世界中にコウモリを見て回っている著者が、コウモリについてあれやこれやを紹介した本。
目次が内容をよく示している。「コウモリっていったい何者!? 分類と進化の謎」「空を飛ぶための体 コウモリはどう飛んでいる?」「闇夜を飛ぶための超音波 コウモリの声は聞こえない?」「空を飛ぶメリット 昆虫・植物とのふしぎな関係」「コウモリの生活スタイル 洞窟だけがすみかじゃない!」「コウモリを観察しよう こんなところにもいる!」
第1章は、イントロ。以前と系統に関する考え方ががらりと変わってるのが面白い。第2章はイントロの続きで、空を飛ぶ話。ジャワオオコウモリやインドオオコウモリは翼を広げると2m近くにもなるとは驚いた。第3章は超音波の話。うんちく満載。自分が超音波を出している間は、自分では聞こえなくしているとは! そしてジャミングしながらの急降下、ステルスシステムなど、コウモリとガの空中戦は、とても高度で面白い。コウモリの生態をいろいろ紹介している第4章も、うんちく満載。オオコウモリって、果実食と思ってたけど、ジュースをしがんで、その場で果肉は捨てるんだねぇ。これじゃあ果実食ではなく、ジュース飲み。ヒナコウモリ科の中には鳥を喰うコウモリが少なからずいるというのも驚き。40年以上生きる例もあるのも驚いた。第5章は、コウモリのすみかの話だけど、すでにエンディングっぽい。ヤシの葉をかじって巣をつくるコウモリがいるとは知らなかった。第6章はコウモリを観察しよう、となってるけど、これをみてもコウモリを楽しく観察はできないと思う。ここはもう少し工夫の余地があった感じ。
挟み込まれる「世界コウモリ紀行」が楽しい。コスタリカのシロヘラコウモリ、サモアのサモアオオコウモリ、バリ島の寺にすみつくオオコウモリ、スリランカのインドオオコウモリ、オースチンのメキシコオヒキコウモリ。コウモリを見て回る旅って想像以上に楽しそう。大量のコウモリの延々と続く出洞シーンを一度見てみたい。ともかく、コウモリについてのあれやこれやを知ることができ、コウモリがけっこう好きになる一冊。
呼吸器系、消化器系、泌尿器系、生殖器系、内分泌系と内臓を5つに分けて、脊椎動物を中心にどのような構造になっているかを紹介していく。最後には昆虫の内臓の章のおまけもある。
進化を語っているかというと、けっこう微妙ではあるが、系統間の内臓を並べて比較してくれるので、進化について考える参考にはおおいになる。呼吸器系なら鰓や肺のみならず、咽頭交叉。消化器系なら胃や腸のみならず、食道や舌。泌尿器系では腎臓のみならず、体液調整法。あまり他では見ない部分も取り上げてくれている。鳥の呼吸システムの説明も分かりやすい(ってゆうか、ようやく理解できた!)。
アリクイ、コウモリ、クジラは、呼吸と嚥下を同時に行える。的な小ネタもいっぱい仕込めるので、ホネホネ団的には、必須の一冊。ただ、たとえば鳥では、基本的にすべての鳥にそのうがあるかのように書いてある(むしろ、そのうがある方が少数派)。こういったちょっとしたズレが他の分類群でもあるんじゃないかと、少し気になる。
ブドウからオリーブまで、47種類の果物を紹介。次の果物にいく前のページに、次の果物はなんでしょう?クイズがある。そのために無理矢理、各果物の解説を偶数ページにしている感もある。最初の方は、日本での出荷量ベスト10が並び、各果物に8ページもついやしているが、後の方になるとネタも尽きているらしく、2ページで終わりはじめる。内容も、最初の方は品種がらみのネタが豊富で楽しいが、だんだんネタがないことが露呈。その果物に限らず、果物全般や植物全般の話題が混ざってくる。無理が見える本ってのは、いかがなものかって感じ。
個人的には、たまたま果物のタネ集めをしているので、興味深い部分も多かった。そうでなければ、果物を食べるときの、ちょいとしたうんちくを仕入れる程度の内容。
動物写真家がアラスカに行って、カリブーの大群を撮影する。言ってみればそれだけの話だけど、カリブーを狩って、カリブーのすべてを利用している人々の暮らしが交えられる。肝心のカリブーはというと、車で出かけても、飛行機を飛ばしても、カリブーはいても大群じゃない。カリブーの大群に出会うのは、思いのほか難しい。ってことを示すのにページがさかれ。5月はいったん断念。7月にもう一度挑戦して、カリブーの大群をようやく撮影する。
とにかくアラスカの自然は雄大で、どこを撮っても絵になる感じ。とまあ、自然はいいのだけど、5月の失敗談でページを稼ぎ過ぎ。それでいて、カリブー以外の動植物はあまり出て来ない。個人的には、むしろカリブーを狩って利用する人々の暮らしが気になるのだけど、それも中途半端感が否めない。まあ、最後のカリブーの大群の写真はそんな不満を吹き飛ばすけど、構成は検討の余地があると思った。
植物学者牧野富太郎の生涯、人となりを紹介した本。自叙伝をはじめ牧野富太郎の生涯を紹介した本は数多い。他のを読んだことがないのでよく分からないが、たぶんこの本の特徴は記者が実際に牧野富太郎ゆかりの地に赴き、同じ体験をし、当時を知る人の話を聞き、過去と現在を交錯させながら話を進めている点にあるんだろう。赴く地は、利尻岳、屋久島、小石川、神戸、仙台、高知県佐川と日本中に拡がる。
こんな一節がある。「植物学者は例外なく牧野に遭遇する。バッハを知らない音楽家などいないように」 植物学者でなくても、日本の生き物に興味を持てば、必ず牧野富太郎に出くわす。日本の植物学研究に大きな足跡を残したのは間違いない。でも、私生活はめちゃめちゃ。欲しい本は何でも購入、調査のために日本中を旅行。で、実家の身代は傾けるし、借金まみれだし、それを助けてくれた恩人にも偉そうだし。さらに、高知に妻がいなから、東京で”結婚(?)”。講演会や採集会での評判はよかったらしいが、私生活で付き合いたいとは思えない。
一番印象に残ったのは、牧野が残した標本についての後日談のパートにあった。牧野富太郎が残した植物標本は約40万点と言われるのだが、それはすべて新聞紙にはさまれた状態で、マウントされていなかったという。採集データも新聞紙への走り書き。その標本整理には苦労したとのこと。ある関係者が語るこんな一節がある。「牧野先生は植物を採集し、研究し、論文を書くと、後の標本はカスだというお考えのようでしたから」。自然史博物館としても付き合いにくい人だったらしい。
道端のコンクリートやアスファルトの隙き間、石垣の間、壁の割れ目。市街地にある様々なスキマに生える植物を写真と短いコラムで紹介した本。春から花の咲く季節の順に並んでいる。
市街地で見かけるさまざまな花が取り上げられているので、タイトル通り図鑑としてもある程度参考になる。ホソバウンラン、ベニバナセンブリ、ユウゲショウ。実際、道端で見かけて気になっていた花の名前が判明した。
写真にそえられている個々のコラムに、おおむね大した内容は含んでいないのだが、全体として読むと、演芸植物として持ち込まれ、一時は流通していても、逃げ出して日本に定着してしまい園芸価値がなくなるというプロセスが読み取れて面白い。でも、これはスキマの植物には限らない。
スキマというのは、養分・水分は充分あって、なにより日光が豊富な場所である。という指摘は面白かった。だからスキマに多くの植物が生えるのだというのだけど、どんな植物がスキマをうまく使っているのか、スキマ使いが上手な植物は都市で重要な位置を占めるに至ってるのかなど、もう少しつっこんだ視点が欲しかった。
近頃は、虫ネタのブログや企画でおなじみ(少なくともその筋ではおなじみの)著者が、自らの虫との出会いがつづった1冊。ブログで培われた文章はとても読みやすく、適度な脱線ぶりも楽しめる。
取り上げられるのは昆虫に限らず虫全般。目次には、チョウ、ハチ、アリ、クモ、ホタル、タマムシ、ダンゴムシ、トンボ、ガ、セミ、カイコ、ゲンゴロウ、クマムシ、バッタ、コガネムシ、カタツムリ、コオロギ、ダニ、オサムシ、ゴキブリと並ぶ。その筋の先輩に採集に連れて行ってもらったり、専門家の話を聞きにいくところから話がはじまる。取材内容とその先輩・専門家の人となり、奇妙な行動、それについての愛に溢れつつもシビアな感想。虫自体についても面白いけど、そのやり取り、(著者自身も含めた)虫好きの奇妙な行動が面白い。
虫好きだから、どんな虫でも愛さないといけないかと思いきや。ゴキブリは苦手と意外に普通なところが、正直に出てくるのは好感が持てる。ちなみに私は、オオゴキブリもダメだけどね。昆虫との出会いの本としては一押し、でも昆虫学的というより、人の行動についての本って感じ。
帯からカバー見返しまで、著者が写り込んだ写真がやたらと出てくる。同じことをとあるオジサンがしてるのを、ボロクソに言ってた人が、可愛い女の子だから許すと言ったのには驚いた。可愛い女の子とやらは得である。
最初の「この本の特徴と使い方」にこうある。「この本は、種の分類をめざした本ではありません。生物の生態をできるだけわかりやすいように写真やイラストで解き明かし、プランクトンを中心とする水中の微生物のおもしろさを伝えることを、いちばんのねらいとしています」 その通りの本。
単細胞の珪藻、緑藻、黄金色藻、藍藻、渦鞭毛藻、ユーグレナ藻、ハプト藻、繊毛虫、肉質虫、有孔虫、放散虫。多細胞生物のワムシ、介形虫、カイアシ、アミ、オキアミ、ミジンコ、ヤムシ、ヒカリボヤ、サルパ、端脚類、尾虫類、翼虫類、立方クラゲ、鉢クラゲ、管クラゲ、フウセンクラゲ。多様なプランクトンのグループから数種ずつ紹介される。アメーバって肉質虫の仲間なのか、などと思いながら写真を見ていくだけで楽しい。間にはプランクトンの採集法・観察法、ベントスの幼生、「ちりめんじゃこのお友だち」(チリメンモンスターとは言ってない!)もはさまる。いちばん気に入ったのは、円石藻(ハプト藻の仲間)の電子顕微鏡写真。綺麗やわあ。
肉眼で見えるサイズの土壌動物を写真で紹介。ずかんとあるが、種名を調べる図鑑ではなく、土壌動物にどんなグループがあるかを知る写真集。グループを調べる図鑑と言えなくもない。
第1章「やわらかいもの」には、ミミズ、ナメクジ・陸貝、コウガイビル、ヒル。第2章「あしがたくさんあるもの」には、等脚類、ヨコエビ、多足類、ダニ、ザトウムシ、クモ、カニムシ、サソリモドキ、ヤイトムシ。第3章「あしが6本のもの」では、内顎類、昆虫。と大きく3つに分けて紹介される。
写真を見ていくだけでも面白いが、それぞれにコラムが付いていて、それを読んで行くのも楽しい。「ホタルミミズは意外に身近な普通のミミズだった」「青いダンゴムシ」「幻のコヨリムシを探せ!」「トビムシは昆虫じゃない?」「イシノミのからだ3大トピック」なんかは勉強になった。土壌動物を観察してみたくなる1冊。
クリサートは挿し絵を描いてるだけで、記述はユクスキュル。文庫化される前はユクスキュル単著で発行されてたし、原著もそうらしい。どうして共著扱いにしたのか岩波書店の気持ちはよく分からない。それはさておき、原著は1933年に書かれた。日本での最初の訳本の出版は1970年。そんな本が、2014年に読めるとは、それだけでもすごいこと。
中身はタイトル通り。動物は、それぞれの感覚世界に生きていて、動物の行動を理解するには、それぞれの感覚世界の理解が欠かせない。てな主張が展開される。今の研究者なら、そんなことは当たり前と思うだろうが、それでいて改めて読み返してみると、そこには現代の研究者が見過ごしている重要な側面があるように思えてならない。何度も振り返ってみる必要のあることを、さらりと書いてくれている感じ。
もちろん書かれた時代は古い。ローレンツなど、当時のドイツが先進的だった動物行動学の成果に刺激を受けての考え。それでいて、まだ進化の総合説も遺伝子の実体も分からず、興味深いことに一度も進化や遺伝子という語すら出て来ない。序章にある機械論と力動論の対立は今読むとなんのことやら分からない。ややこしい特殊用語も多い。でもまあ、幸い短いのそれをかき分けて読みすすめるのはさほど難しくない。
この本を初めて読んだのは、たぶん1980年代半ば。その時の詳しい感想は覚えてないが、心に残る1冊だったのは間違いない。30年ぶりに再読して、がっかりだったら嫌だなと思ったけど、充分再読に耐える。やっぱり色々と刺激になる。すごい本だなぁ。ちなみに、第8章「なじみの道」と第9章「家と故郷」、第11章「探索像と探索トーン」は、生息場所選択を通じて、動物の行動から、その社会や分布を考える上でとても重要な指摘をしてると思う。いまだに使いこなせないけど。
30年来、アマゾンに毎年出かけて1〜2ヶ月を過ごしてきた写真家の著者。今までも写真集とともにエッセイというか紀行文を出版してきた。その1冊。食をテーマに書いてることが多い気がするが、今回は生物多様性がテーマのような副題。それでいて実体は、アマゾンでどんな怖い目に会ったかを集めた感じ。
第1章「初期のアマゾン体験」では、同行してくれた現地の人の狩猟や釣り、あるいは呼び寄せ(レメダル)の技の紹介。第2章「川と湖の世界」では、カヌーでの旅の様子。急な増水の恐怖、ワニや巨大なヘビ、危険な魚、怪音と怖い伝説。第3章「樹と森の世界」では、森の中でのキャンプの様子。危険な毒蛇、アリ、ハチ、危険な倒木や落枝、怪しい音と怖い伝説。第4章「土と地表の世界」では、穴だらけの地面、そこから出てくる毒ヘビ、ペッカリー、コルバの謎。第5章「空気と気配の世界」では、臭いで分かる危険や異変の徴候の話。生き物達との距離の話しも。
30年の間に、アマゾンと言えども、どんどん開発が進み、人々は”文明化”されているという。原生林は失われ、野生生物が減少しているという記述があちこちに出てきて、残念な感じがただよう。それでいて、いまだにアマゾンの森の奥には呪術的な世界が息づいている様子がうかがえる。とくにまとまりがない1冊ではあるが、アマゾンという異世界の雰囲気を伝える1冊ではある。
動物の名前は、現地名と英語名、和名がややもすれば錯綜していてややこしい。そもそも生物学の専門家ではないので、100%信じるべきではないかもしれない。それでも、あまり知られていない動物の暮らしの一端の記述もあり、それ自体は興味深い。
帯には「かつてない文系クラゲ読本」とある。その通りで、クラゲの形態、分類、生態を詳しく紹介するというよりは、クラゲに関わるなんでもかんでもを集めた1冊。
序章である「クラゲの基礎知識」では、クラゲの形態や生活史が軽く紹介される。第1章「クラゲの毒」は毒の話し、危険クラゲランキングが発表されたりする。第2章「クラゲの生きざま」は少しクラゲの生態が語られる。生物学的なのはここまで。第3章「くらげに会いに行く」は水族館の紹介、第4章「くらげとカルチャー」は、マンガ、映画、ゲーム、ヒーロー物、ファッション、小説、地名、とにかくなんでもクラゲが出てくるものが紹介される。以降、第5章「くらげと日本語」、第6章「くらげと産業」、第7章「くらげと食」、第8章「くらげと一緒に暮らす」、第9章「もう戻れないあなたのために」と続く。
一番力が入ってるのは、第4章な気がする。そういえば、ベニクラゲの人も自費出版の本の中で、同じようにクラゲが出てくる何でもを集めていたっけ。クラゲ好きにはこういうタイプが多いのかな、と思った。幸か不幸か、私はまだ戻れる。
京都市動物園など4つの動物園は、京都大学と連携して、動物園の動物の研究を進めている。京都市動物園に常駐して研究している著者が、今までの研究成果を紹介すると同時に、これからの動物園のあり方を紹介。 第1章と第2章で、前半半ばに達する。前半では、マンドリル、シロテテナガザル、チンパンジーに、タッチ画面を見せて数字を学習させるプログラムの様子が紹介される。霊長類研究所でのアイやアユムのプロジェクトでよく知られた手法。著者は実際アイのプロジェクトに関わっていた経験があり、それをほぼそのまま試したらしい。準備から、学習の進み具合、種や個体による違いなど、アイプロジェクトとは少し違った展開が面白い。
後半は、まず第3章で、他の動物たちへの取り組みとして、ゴリラ、アジアゾウ、ブラジルバク、ヤブイヌの様子をビデオカメラを仕掛けて調べた例が紹介される。ゴリラは吐き戻し/食べ戻し行動、ゾウは夜の様子、バクとヤブイヌは出産がおもなテーマ。第1章から第3章までは、動物園の動物を調べることで、いろんな事が明らかになるんだなぁ、と楽しく読むだけ。
第4章「動物園の飼育員はどんな仕事をしている?」からが、本当の主題が出てくる。まずは、キリンの飼育員が、キリンがどのように寝るかを調べる。続いて、ゴリラの飼育員が吐き戻し/食べ戻し行動を起こさせないために工夫したり、ゴリラの人工飼育の話。第5章「動物園はどんなところ?」では、一般に考えられる”レクリエーション”だけではなく、現代の動物園には”種の保全”、”教育・環境教育”、”調査・研究”を含めた4つの役割があることが紹介される。そしていまだに子どものレクリエーションの場としてしか見られないことを嘆く。最後にこんなくだりがある。「動物園の本来の役割を見直そうとする動きは、以前から始まっている。しかし、残念ながら、動物園を訪れる人々までには拡がってるとはいい難い。相変わらず、動物園は子どもを連れてくる場所だし」。類書があるようで、なかなかない。動物園での研究のリアル、動物との関係性が描かれているのが、いい感じ。動物園が好きな人にこそ読んでみて欲しい一冊。
なぜか共感できたのは、キリンで調べたことが既存資料の結果と同じであったことをうえての、140ページのこの部分。抜粋すると「資料を読んだり、よそで聞いたりしたことを伝えようとしたら、「…だそうですよ」<中略>といった表現にならざるをえない。しかし、自分で実際に調べたことならば、「このキリンたちは、夜にこれだけ寝ています。こんな風な寝方をしています」と話すことができる。<中略>「キリンはどうやって寝るの?」こう聞いた人も、ここまで話してくれたら、納得するだろう」。それが、学芸員をはじめとする研究者がすべきことだね。
すずめ博士のスズメの本。かなり子ども向けな感じの前作「スズメの謎」と比べると、大人向け。こういう風に調べてみました〜、って紹介してた前作に比べると、引用を含めてスズメを紹介しようとしてる感じ。もちろん、日本のスズメの個体数、減ってるかどうか、電柱での営巣という持ちネタも出てくる。
目次は、スズメの誕生、スズメの素顔、人がいないと生きていけない?、日本史の名脇役、農害鳥スズメ、スズメが減ってるって本当? 人とスズメの未来。スズメの紹介に始まって、歴史や文学に出てくるスズメ、稲作への害、そして持ちネタと続く。
とっても読み易い。文章が分かりやすいのもあるし、知ってるネタが多いからでもある。(分かっていないという答えを含めて)スズメについての一通りが詰まってる便利な本ではある。
止め卵の話は知らなかった。新潟県で放鳥されたスズメが、なぜか南にばっかり移動してるのも謎。勉強になった。
秋から始まって次の秋まで、トドノネオオワタムシの一年を写真と解説で紹介する。
4月、ヤチダモの枝先で、卵からかえった幹母が脱皮を繰り返し成長していく。5月、成長した幹母が、交尾をせずに、子どもを産みまくる。子を産み終わった幹母は息絶え、子ども達が成長していく。さまざまな虫に喰われまくる子ども達。6月、なんとか生き延びた子ども達が、翅を生やし、初夏の雪虫となって飛び立ち、トドマツに引っ越す。6から月から10月、トドマツの根っこについて、樹液を吸って3〜4世代をまわしていく。そして秋、いよいよ翅を生やした雪虫が登場。雪虫はヤチダモへ移動して、子どもを産んで息絶える。この子ども達、幹母から数えて6〜7世代目には、雌雄があって交尾をする。そして、卵を産んで息絶える。
無防備で、いろんな虫にドンドン喰われる、あまりアリも守ってくれない。それでも生き延びて、ようやく雪虫にたどりつく。秋、トドマツの根からアリの巣のトンネルを通って出てくる雪虫。雪虫からとれた白いフワフワが付いて、その通路が白くなってる画像は、ちょっと感動物。
秋にフワフワ飛んでるだけに見える雪虫の一年は、とてもややこしい。説明をさらっと読んだだけでは、よくわからないくらい。ちょっと整理が行き届いていない感じもする…。ともかく、勉強になる1冊。
著者は、獣医系の研究者で、専門は動物育種繁殖学、研究テーマは、泌乳の開始と維持、停止機構を分子レベルで解明すること、らしい。そんな著者が、牛乳と卵について、飼育の歴史、生産の仕組み、栄養素、蘊蓄を語った一冊。
おおむね前半は牛乳、後半は卵、最後に両者の健康との関わり、そして未来という構成。牛に有については、家畜としてのウシの歴史、日本での牛肉と牛乳の夜明け、牛乳の栄養分、牛乳を原料とした加工品と流れる。卵については、ニワトリの祖先と飼育の歴史、産卵用ニワトリと肉用ニワトリなど養鶏の仕組み、卵が生まれる生理的メカニズム、卵についての蘊蓄と続く。牛乳では、カゼインの働き、初乳の役割、生産量の変化の話は面白かった。卵では、効率よく産卵させるためのニワトリの飼い方、卵の細かい構造などの話は参考になった。
とまあ興味深い話も多いのだが、かなり注意のいる一冊だと思う。気付いた限りでは、進化・分類や野生動物の行動に関わる部分には、控えめにいっても不正確な記述がしばしば混じっている。49ページ「乳で子育てする動物は哺乳類以外にないからである。鳥類などは孵化直後から親と同じものを食べる」、110ページ「公園に集まるハトでも捕まえることは至難である。鳥は警戒心が強く、野生の鳥が人に近寄ることは決してない」、112ページ「生息地が広いと、それぞれの地域に合うように独自の進化をするのが一般的だからだ(地理的隔離)」、113ページ「赤色野鶏とニワトリは同じ種である。ただ正確には赤色野鶏が種、それから派生したことでニワトリは亜種になる」、116ページ「最初に見た動くもの親と思い込むすり込みは水鳥に限られ、ニワトリには当てはまらないようだ。赤色野鶏も同様だろう」。113ページのニワトリ近縁種の分岐図の説明は頭が痛くなる。本筋とは関係ないとは言え、著者の執筆姿勢が伺える。繰り返されているのは、きちんと調べもせずに、自分の都合がいいように、勝手に断定するパターン。この辺りは詳しい分野なので、微妙に間違っていることに気付いたが、詳しくない分野については気付きようがない。という意味では、著者が得意な育種繁殖関連の部分はともかく、そうでもなさそうな部分、とくに歴史がらみの部分はあまり信用しない方がよさそうってこと。実際、よく読めば、ただ勝手に推論しているだけだな、って箇所も多い。どこまで信用できるのかが分からないのは、普及書としてはどうかなぁ、と思う。
深海が得意な科学ジャーナリストが、深海大国日本を紹介した1冊。
日本近海が世界有数の深海だらけの場所であることを紹介した上で。メタンハイドレート、熱水鉱床、コバルトリッチクラスト、レアアース泥といった深海の資源。深海の生物相。深層循環や生物ポンプなど海と地球環境の関わり。近年注目されている深海絡みのトピックを順に紹介する。
残念ながら、深海生物相についてはあまり目新しさを感じなかった。日頃不勉強な、深海の資源採掘のコストパフォーマンスや、海の挙動と地球環境問題の関わりは興味深く読んだ。知ってる分野から言えば、その筋ではすでに定番になっている事を、それなりに簡略化して紹介してくれている印象。ちなみに一番衝撃を受けたのは、深海の定義。水深200mより深い海を深海というのか〜。