ホストの利用法
ホストの利用戦略といった点からみると捕食寄生蜂の寄主の利用法には大きく2通りあることが知られています.1つは産卵した時点のホストのもつ資源量のみに依存するイディオバイオント(IDB)と呼ばれるもので樹皮下やマユの中に隠れているホストが利用されます.もう1つは産卵後のホストの成長を見越して利用するコイノバイオント(KOB)と呼ばれるものです.この方法は自由生活をしているホストでも利用することができますが,ホストの体内で生活しなければならないため,どうしても限られたホストへの適応が必要となります.ヒメバチでは一般的に,IDBはより原始的なグループに,KOBは派生的なグループにみられます.
さまざまな捕食寄生のタイプ
上に述べたIDBやKOBという分けかたが,ハチの捕食寄生性に関するさまざまな問題をあつかう上で非常に有効な考え方であることは現在では研究者の共通の認識となっていますが,それ以外にもこれらと関係しながら,ハチは“単寄生と多寄生”,“1次寄生と高次寄生”など様々なタイプの捕食寄生様式を生み出してきました.
寄生習性とその分化
捕食寄生性の昆虫,特に寄生バチは莫大な種数をかかえており,分類学的な研究は非常に遅れています.寄生習性の研究もホストや寄生様式といった基本的なことさえ,大部分の種に関して分かっていないのが現状です.その中には,あっと驚くような寄生習性を持つ種もまだまだたくさん埋もれていることでしょう.そういった生態未知の種を観察し,その記録をとっていく作業は,たくさんの発見をともないます.最近では外部形態や内部形態,あるいはDNAの塩基配列などのデータを用いた,生物の系統推定が盛んに行われています.多様な寄生習性がどのように獲得されてきたのかを推定された分化の道筋や形態の変化と対応づけて考えていくのは推理小説を読むようなとても面白い作業です.
例えばヒメバチのなかにクモヒメバチ族という一群がありますが,このグループのハチはクモの巣に自分から近づいて毒針を使ってクモを一時的に麻痺させて卵を産みつけます.しばらくするとクモは麻酔から覚めますがハチの卵や孵化した幼虫はクモの脚の届かない場所に付着しているため,クモは幼虫を払いのけることができません.幼虫にとってクモは食料であると同時に自分の身を護ってくれる防御手段となっています.この巧妙な寄生方法を最初に発見した人はきっと驚いたことでしょう.実際,多くの人がこれまでにクモヒメバチ族のいくつもの種に関してその寄生習性を記録,報告しています.それではクモの成体というホストの利用はいったいどういうふうに獲得されたのでしょうか?
Wahl & Gauld(1998)は形態データに基づいてクモヒメバチのなかまを含むヒラタヒメバチ亜科の系統を推定しました.それによるとクモの成体を攻撃し幼虫のエサとするクモヒメバチに最も近縁なのは,Zaglyptus,Tromatobiaといったクモの卵嚢を攻撃し,卵を食べるグループで,さらにこれらと近縁なのはマユのなかのガの幼虫などをホストとして利用するグループであることが分かりました.このことから考えるとヒラタヒメバチ族におけるクモの成体の利用は,[マユなどの隠れ家の中にいるガの幼虫などのホスト]→[同じように巣の中や糸にくるまれているクモの卵塊(親グモは産卵時に刺し殺すIDB的利用)]→[アミの上や巣の中にいるクモの成体そのもの(産卵時に麻酔をかけるだけの
KOB的利用)]という経路で獲得されてきたといえます.このようにして推定された寄主利用の道筋は,別のホストの利用はどのようにして起こり,新しいホストへの対応はどうしているのかなど,ホストシフトに関する問題に対してもヒントを与えてくれます.
さらに驚くべき方法で,突飛なホストを利用しているものもあります.植物の茎の中で群れて生息する植食性のコバチを次々と捕食していく幼虫をもつヒメバチや,水に潜ってトビケラのサナギ産卵するミズバチ,2次寄生者でありながら1次のホストに幼虫を便乗させ,1次寄生者が寄生するのを待つEuceros属のヒメバチなど,これらはいったいどんなグループから派生して,どんな経路をたどって現在のホストや寄生様式にたどり着いたのでしょうか.
捕食寄生性ハチ類の寄生習性の研究はそれぞれの種の習性の観察と記録からはじまって,その比較と進化経路の推定,またそれらの土台としての形態学や記載分類,そして系統学など,さまざまな分野と関わりあっています.
昆虫やクモを飼育される方はハチやハエが出てきたからといって捨ててしまったりしないで下さい.「いつ,どのようにして寄生されたのか」を考えてみると,これまでとは違った世界が見えてくるかもしれませんから.
(主な参考文献)
・Gauld,I.D.(1988).Evolutionaly
patterns of host utilization by ichneumonid parasitoids
(Hymenoptera: Ichneumonidae and Braconidae).Biological
Journal of the Linnean Society.35:351‐377.
・Wahl,D.B..&
Gauld,I.D.(1998).The cladistics and higher classification
of the Pimpliformes (Hymenoptera: Ichneumonidae).Systematic
Entomology.23:265‐298.
・前藤
薫(1993).寄生バチによる多様な寄主利用.昆虫と自然.28(7):15‐20.