自然史関係の本の紹介(2016年分)

【★★★:絶対にお勧め、★★:けっこうお勧め、★:読んでみてもいい、☆:勧めません】


和田の鳥小屋のTOPに戻る

●「世にも美しい瞳 ハエトリグモ」須黒辰巳著、ナツメ社、2016年8月、ISBN978-4-8163-6087-9、1300円+税
2016/12/22 ★★

 タイトル通り、ハエトリグモの瞳の美しさを堪能できる一冊。著者は、ハエトリグモ研究者であるのだけど、ハエトリグモが好きすぎて、フリーターになって日本中を飛びまわって、日本のハエトリグモ全種を探すマニア。普及のために「ハエトリひろば」というサイトも立ち上げている。とまあ変人のハエトリ愛に溢れまくっている一冊でもある。
  表紙にはじまり、目次の前にもハエトリグモの瞳ばっちりの写真が並ぶ。他のページもハエトリグモが瞳を向けている画像ばかり。それが可愛いし、とても美しい。図鑑にはこんな正面顔は出てこないので、改めて発見もある。正面の4つの目が、妙に真ん中に寄ってるなぁ、とか。目と目と間隔が詰まってるのと、開いてるのがあるなぁ、とか。
 単なる写真集かといえばそうでもなく、ハエトリグモの生息環境、行動、形態、生態などもさらっと紹介している。家の周辺でよく見られる 日本のハエトリグモを紹介したと思ったら、海外のハエトリグモも出てくる(あのクジャクハエトリも!)。観察の仕方、撮影の仕方、ハエトリグモの相撲と話題は多岐にわたる。なによりこの本を見れば、著者の愛が伝わるせいなのか、こちらもハエトリグモが好きになる。ハエトリグモが気になり出す。ハエトリグモの目をじっくり見てしまう。最強のハエトリグモ普及書かも。


●「ハエトリグモ」池田博明文・秋山あゆ子絵、福音館書店かがくのとも2016年8月号、389円+税
2016/12/20 ★

 家の中のハエトリグモを、アダンソンハエトリを皮切りに4種紹介。虫を食べたり糸を引いて歩き回る様子が描かれる。と思ったら、今度は家の近所にいるハエトリグモを6種紹介。なかでもネコハエトリを大きく取り上げて、雄同士のけんか、雌への求愛、産卵と繁殖の様子が描かれ、越冬して、春になっておしまい。
 ハエトリグモがいっぱい出てくるのは楽しいけど、その暮らしがそれなりに分かるけど、まあそれだけかも。ハエトリグモの小ささを示すためか、ハエトリグモが小さく描かれてるページが多い気がする。

●「ライチョウ 二万年の奇跡を生きた鳥」中村浩志著、農文協、2013年8月、ISBN978-4-540-12118-0、2500円+税
2016/12/19 ★

 「雷鳥が語りかけるもの」に続く著者のライチョウ本第2弾。2006年の前作と大筋で同じような内容なのだけど、2012年にライチョウの調査が一段落したそうで、そしてこの間、ライチョウの研究成果もどんどん論文になり、前作では不満だったデータ面が充実している。
 第1部はイントロ。乗鞍岳での調査開始のエピソードや捕獲の必要性を語る。第2部が本論。食性、換羽、冬の生活、個体群動態、死亡原因、社会、遺伝子解析、最北の小集団の謎、分散、危機的状況が、12年にわたる調査の成果を元に紹介される。第3章は前作とかさなる部分が多い。その後の展開も含めて保護増殖活動を紹介。
 ライチョウが年に3回換羽するのは、古い図鑑にも載ってる。冬期に体重が増えて、食糧事情のいい夏にむしろ痩せてるのは、鳥ではしばしばあるパターン。自分で発見したかのように、珍しいパターンであるかのように語られるのには、ちょっと違和感。同じ内容が、何度も出てくるのもちょっと気になる。いまどき、こんなに単純な東西の文化比較論を読まされるとは思わなかった。と気になる点があるけれど、日本のライチョウの生態を知りたいならお勧めの一冊。やたら師弟愛色が強かった前作に比べると、その部分は薄まり読みやすくなったしね。
 ライチョウの危機的状況も前作の頃から変わらず。ライチョウの未来はあまり明るくなさそうなのが残念。次回作ではライチョウが救われる話を読みたいと思ったりする。


●「そもそも島に進化あり」川上和人著、技術評論社、2016年8月、ISBN978-4-7741-8250-6、1880円+税
2016/10/28 ★

 『鳥類学者 無謀にも恐竜を語る』の著者が、今度は大胆にも島について、島の生き物について語った一冊。例によって、随所におふざけが盛り込まれており、脚注でフォローはされているけど、後半では脚注が減ってきて、なかにはだまされる人もいるんじゃないかと、心配してしまう。章や節、あらゆる見出しのタイトルは、どっかから持ってきて強引に島を絡めた感じで、これまた楽しい。
 内容は、第1章で島とは何かを紹介し、第2章で生き物がどうやって島に到達するかを語り、第3章で島での生き物の暮らしを考える。ってゆうか第3章で、タイトルにある通り、島での進化についての話が投入される。進化の要所を押さえただけのサクッとした解説は、ちょっと気になる点もあるけど(たとえば著者は遺伝的な進化のみを進化と呼んでおり、ミームなどによる進化はガン無視してる)、 大筋で異論はない。第4章で島での生き物の絶滅の話になり、とくに外来生物問題を熱く語り始める。「第4章 5 カガヤクミライ」では、熱が入るあまり、後半になると、おふざけを忘れてしごくまっとうな事が書かれていて、この本の中では異色のパートになっている。
 「外来種管理といえば聞こえはよいが、その手法は野生化した生物の殺戮という側面が強い。そして、その行為を為すのは、対象生物の特性を十分に理解している人間、多くの場合は生物を愛する人間だ。」
 これは、シカやサルやクマといった獣害対策に関わっている人にも当てはまる。生き物好きなのに殺さざるを得ない。それに真面目に取り組んでいる方には本当に頭が下がる。
 第5章は思わず真面目に書いてしまった反動か、おふざけに拍車がかかる。全体的には、そんなに目新しいことは書いてなくって、おふざけばかりが頭に残るが、島の生物学についてよくまとまってはいる(おふざけをかわして読みさえすれば)。個人的には、第2章の61-64ページの鳥による長距離散布の部分が勉強になった。引用文献を網羅しておいてくれれば良かったのに!

●「カッコウの托卵 進化論的だましのテクニック」ニック・デイヴィス著、地人書館、2016年4月、ISBN978-4-8052-0899-1、2800円+税
2016/10/27 ★★★

 デイヴィスと言えば、『行動生態学』の著者の一人、クレブス&デイヴィスのあのデイヴィス。ハクセキレイやヨーロッパカヤクグリの研究は読んだけど、カッコウも研究してたんだな。などと思いながら読み始めたけど、もう30年も調べてるんだそうな。不勉強がばれてしまった感じ。
 英国のナチュラルヒストリーの伝統を背景に、自身の最新の研究の成果を披露してくれる。カッコウの托卵というほぼあらゆる側面について、現在の到達点が分かる一冊。そして驚いたことに、その多くは証明されたのは最近でも、何十年も前の先人が正確に述べていたりする。ナチュラルヒストリーの伝統恐るべし。
 第1章で、カッコウがいかに述べられてきたかを紹介し、第2章ではカッコウの托卵という行動が正確に知られるようになった経緯を述べる(イントロ)。第3章では調査地ウィッケン・フェンをその歴史とともに紹介し、第4章でヨーロッパヨシキリとそこに托卵するカッコウ、その調査の仕方を紹介(マテメソ)。そしていよいよ調査結果を紹介。
 第5章と第6章では、偽卵を巣に入れて、どのような状況で卵を排除したり、巣を放棄するかを調査。とくに寄主の卵と偽卵が似てるのが重要かがポイント。第7章では、小鳥の卵の模様は、托卵を見破るために発達したという仮説を検証。第8章は、どうしてカッコウはハイタカに似てるかを考える。第9章は、どうしてカッコウはヒナを見破るようにならなかったかを考える。第10章は、寄主のヒナより大きくなるカッコウの雛が充分な餌をもらうためのだましのテクニックを披露。第11章は寄主転換の話。第12章は托卵という行動の進化について少し考える。第13章はヨーロッパのカッコウ激減の理由を考える。第14章は終章。
 とにかく、かっこうの托卵について思いつく疑問の大部分には答えか、現在どこまで分かっているかを紹介してくれる。托卵という行動の進化の道筋、卵の模様への雄の関与、寄主の違いからの種分化の可能性などは、まだまだ謎が残っている。でも、他は驚くほど分かってきてる。さらに、いろんな小ネタも仕入れられる。
 ・卵の青い色は、紫外線や熱から卵を守る効果がある。
 ・カッコウ類はタカに擬態していて、その効果は腹の横縞がポイント。タカに似ているカッコウ類は、托卵する種のみ。
 ・灰色型が多く、灰色型への寄主の攻撃が激しい場合でも、赤色型は見逃されたりする。どうやら、寄主を混乱させるための色彩多型。
 ・托卵鳥ノドグロミツオシエのヒナの嘴の先には上下に針が付いていて、それで寄主のヒナを殺す。この針はハチクイとカワセミの2種のヒナにも見られ、兄弟を攻撃して殺す。
 ・寄主がカッコウの雛を排除しない理由は、自分のヒナをすり込みによって見分けるようになると考え、間違った刷り込みのリスクを考慮すれば、納得。→が、それだけでは充分ではなさそう。
 日本の托卵研究もけっこう紹介されている。紹介されている訳者の一人は後書きで、これからカッコウの本を書くぞ宣言をしている。この本以上のカッコウ本を書きたいらしいが、それはかなり難しそう。


●「虫のすみか 生きざまは巣にあらわれる」小松貴著、ベレ出版、2016年6月、ISBN978-4-86064-477-2、1900円+税
2016/9/21 ★★

 『裏山の奇人』の著者による第2作。さまざまな昆虫(+クモ)の住処あるいは巣を、ひたすら紹介し続ける。
 紹介するのは、昆虫が、大地にすむの11パターン、植物にすむの13パターン、変な場所にすむのん5パターン、そしてクモが6パターン。変な場所ってのは、地下、海、流水中で巣を背負う、糞で出来た巣、動物にすむ。それぞれ6〜14ページ。真面目な解説をして、探し方を説明して、最後によもやま話って構成。
 丁寧な解説をして、探し方まで教えてくれて、関連話題まで教えてくれるのだけど、なぜか不満。それは、『裏山の奇人』を読んでるから。『裏山の奇人』の面白さは、マニアな著者の変人さが全開で繰り出されていたから。この本でもそこかしこに変人さはあるのだけど、虫に詳しい人が、丁寧に説明してくれてるだけ。それでは全然物足りない。

●「クマゼミから温暖化を考える」沼田英治著、岩波ジュニア新書、2016年6月、ISBN978-4-00-500833-9、820円+税
2016/9/19 ★

 『都会にすむセミたち』の共著者の一人が、その後の研究成果を盛り込んで、一人で書いたクマゼミの本。タイトルはかなり正確で、近年のクマゼミの増加は、地球温暖化と関係があるのかを検討していく。
 近年、大阪などでクマゼミが増えており(第1章)、いろんな害ももたらしていること(第2章)を実質的なイントロとして、まずは地球温暖化の問題を紹介していく。 温暖化とは何か(第3章)、温暖化をめぐるさまざまな立場の人の考え方(第4章)、そして温暖化の影響を受けた昆虫を紹介(第5章)。続いて、自らのセミ研究の歴史を振り返る(第6章)。そしていよいよ本題。どうしてクマゼミが増えたかを調べていく。冬の寒さ(第7章)、夏の乾燥(第8章)、土の硬さ(第9章)、梅雨との関係(第10章)。最後にまとめ(第11章)。地球温暖化や都市化がクマゼミの増加に関係あるんじゃないかと。でも、他の考え方も軽く紹介(鳥との関係、植えられる樹種との関係)。
 読んで一番の印象は、著者は真面目な人なんだなぁ、ってこと。社会的に議論になっている温暖化へのスタンス、さらには原子力発電に対してどう考えるかについても真面目に書いている。そして、いろんな意見を(同意してなくても)紹介しようとする。ジュニア向けとしては、とても良い本だと思う。


●「外来種は本当に悪者か? 新しい野生」フレッド・ピアス著、草思社、2016年7月、ISBN978-4-7942-2212-1、1800円+税
2016/9/19 ☆

 著者は科学や環境問題を得意とするジャーナリスト。世界各地の現場で20年以上にわたって取材を続けてきたらしい。その結果たどり着いたのが、こういった見解だとは、驚かされる。正直言って、読む前からこの本はネットで話題だった。というかその筋では極めて評判が悪かった。したがって、そういうつもりで批判的に読んだことは否めない。もっとも評判を聞かずに呼んでも同じ感想を持ったとは思うが。
 悪評を知っていたとは言え、具体的に何を問題視されていたのかは、よく分からずに読み始めた。タイトルからすると、外来種は悪くない、という主張をするようにとれる。悪いのは人であって、外来種は悪くない、とする主張なら、まあその通りだから、そんな悪評は立ちそうにない。人も自然の一部だから、人があちこちに外来種を導入する行為もまた自然の一部で批判するには当たらない、という主張だろうか? それには一理はあるけど、同意はできないなぁ、と思いながら読み始めた。予想とはちょっと違った。

 「はじめに」にはこういった文章が並ぶ。「外国人というだけで危険人物扱いするのは許せないと思うくせに、外来種は悪魔だと毛嫌いするのだ。」「在来種は善、外来種は悪<中略>。そんな二分法に代わる新しい考え方を探り、自然保護はどうあるべきかを考察していくのがこの本のねらいだ。」「いま求められているのは、この本のタイトルにもなっているニュー・ワイルド、すなわち「新しい野生」だ。人間は地球の姿を大きく変えてしまった。自然が元の姿に戻ることはもうない。だが外来種が強くたくましくなり、新しい環境で繁栄することも、自然の復元力が持つ一面ではないだろうか。そうした外来種は新たな在来種となり、ニュー・ワイルドがつくられていく。」「いまや自然界には、純粋な自然などほとんど存在していないということだ。何千年と続いてきた人間の活動のせいで、地球上には原始のままの生態系は数えるほどしか残っていない。<中略>いまは人間が地球の気候や生態系にまで影響する「人新世」だ。無垢でいられるものなど何ひとつない。生態系は在来種と外来種が入りまじり、過去に例のない形で生産性を高めつつある。」
 「はじめに」に書かれていることが、著者の主要な論旨と言っていいだろう。そして、そこには大きな間違いいくつもある。一番大きく、前提に関わる勘違いは、外来種の定義。問題となっている外来種とは「意識的か無意識にかに関わらず、本来の生息地から、人が運んだ種」であるという点。人が関与していることがポイント。それを著者は、生物が自力で分布域を拡げたケースまでも“外来種”に含めている。だから外国から来た人までも外来種であるかのような話になってしまう。この本全編を通じてこの勘違いは維持され、その帰結として、生態系に新たな種が加わって成立する“ニュー・ワイルド”の意義の主張がおかしなことになっている。外来種問題を危惧するしている生態学者は、新たな種が加わって生態系が変化することを問題視しているのではない。人の影響で生態系が急速に変化すること、人の影響がなければ生じなかった生態系になってしまうこと、すなわち本来の歴史性をゆがめてしまうことを危惧しているのである。
 もう一つの大きな間違いは。というか、自分の主張に都合がいいよう誘導してるんじゃないかと感じられるのだが。人が環境に影響を与えまくって、地球上の“原生”の自然など存在しないからといって、外来種(正しい意味で)を導入しても構わないという結論にはならないってこと。その議論は、すでに影響を受けてるんだから、さらにメチャメチャにしても構わないって訳じゃないのは明かだろう。
 人がすでに在来生態系に大きな影響を与えているのは事実。その中で、どんな理屈に基づいて、どんな自然を守り育てるべきかという議論は当然あって然るべき。しかし、この本のような誤った前提に立った雑な議論が行われては、まっとうな議論を封じてしまいかねない。それがこの本の一番問題なところかもしれない。

 各章の内容に、いちいちツッコミを入れていくとキリがないが、少しだけコメント。改めて論じるには値しない。
 第1章の島の話では、日本人も大概やけど、西洋ではさらに島の自然を人が勝手に大きく改変してるのに驚いた。それにも増して驚いたのは、著者はハワイ諸島で外来種によって起きたことは、たいしたことではないかのように書いていること。数多くの固有種が絶滅したのに…。現在、絶滅した種の代わりに外来種が生態系の中で一定の役割を果たしているからといって、外来種を持ち込んだことが問題じゃないとは言えない。それは単に今後外来種を取り除いただけでは、生態系が回復しないことを示しているだけ。わざとかどうか知らないけど、議論をずらしている。各章で似たような意味不明の議論が行われる。
 第3章には、「長い時間軸でとらえると在来種などいない」という節がある。これは前述の通り、著者が外来種の定義を間違っているからこそのフレーズ。
 第4章には、「外来種にさらされても多様性あふれるサンフランシスコ湾」という節。これは外来種問題の本質を無視したフレーズ。外来種の導入で問題になるのは、多様性の減少ではない。前述のように人による生態系の変質が問題。外来生物をいっぱい導入したら生物多様性が高まってええやん〜、といった発言と同レベル。まあ著者はこの本のあちこちで、その手のことを書いている。生物多様性だけを評価軸にすると、そんな勘違いが生じるんだなぁ。
 第6章では、外来種を排除しようとする取り組みを紹介しつつ、しょせんイタチごっこと、その失敗をあざ笑っている。排除するのは難しいから、どこかに妥協点を見出さざるを得ない。というなら分かるけど、排除しなくてもいいという議論だろうか? どんな理屈に立っているのか、さっぱり分からない。
 自分の論旨に合うような事実を優先的に挙げていき、自分の用意している結論に強引に持ち込んでいくような議論スタイル。というか議論ですらない。事実を踏まえない昨今のアメリカや日本や大阪の政治状況を見ているようだなぁ。そして、どんどん読み進めるのがイヤになる。


●「深海生物テヅルモヅルの謎を追え! 系統分類から進化を探る」岡西政典著、東海大学出版部、2016年5月、ISBN978-4-486-02096-7、2000円+税
2016/9/2 ★

 テヅルモヅルって生き物がいるのは知ってたけど、何の仲間かを考えたことはなかった。そして、かなり珍しい生き物かと思っていた。なんとテヅルモヅル(広義)とはクモヒトデ類の一群の名前で、1目4科のけっこう多様な生物群だったとは。知らなかった。
 で、フィールドの生物学シリーズであるので、頼りない学生が、恩師に指導されて、海外などにも出かけたりして、なんとか一人前の研究者になる。この場合は、クモヒトデ類の分類研究者に育つ話。
 とにかくテヅルモヅルを採るのに悪戦苦闘、文献集めに頑張り、同定が分からず、 記載に苦しむ。なんとか論文を仕上げて、海外で学会発表。という展開。このシリーズ定番の展開ではあるけど、分類学及び記載というプロセスをけっこう丁寧に紹介してくれている。そんな本は意外と少ないので、分類学の実際を知りたい人には参考になると思う。
 海外の博物館に標本を調べに行ったら、標本は粉々で、でも見たいパーツを見つけることができたので、役に立った。という下りが印象に残った。どんな形でも捨てずにとっておこうと、改めて思う。

●「なぜ蚊は人を襲うのか」嘉糠洋陸著、岩波科学ライブラリー、2016年7月、ISBN978-4-00-029651-9、1200円+税
2016/8/28 ★

 デング熱、マラリア、フィラリア。蚊はしばしば恐ろしい感染症の媒介者となる。著者は、蚊の生態・行動を調べることから、感染症対策を行うという研究者らしい。西アフリカからアマゾンまで世界をまたにかけて蚊を採ってまわる著者の仕事が紹介され、その合間に蚊の生態が語られる。
 蚊についての小ネタをいろいろ仕入れられる。蚊が目指してくるのは、二酸化炭素(遠距離)、匂い(中距離)、熱(短距離)。足の悪臭がハマダラカを誘引する。蚊に刺されて痒いのは一種のアレルギー反応なので、いままで経験したことのない外国の蚊に刺されても痒くない。蚊に刺されまくると減感作が起こって、アレルギー反応は起きず、痒くない。
 全体を通してのストーリーがあまり見えないので、小ネタを仕入れる一冊かと。


●「ブッポウソウは忘れない 翼の謎解きフィールドノート」鳥飼否宇著、ポプラ社、2016年7月、ISBN978-4-591-15097-9、1400円+税
2016/8/27 ★

 小説ではある。鳥の研究室を舞台にした青春ミステリとでもいうのだろうか。事件が起こるといってもたいした事件は起こらない。鳥の巣を襲ったネコは誰だ? ラブレターを出したのは誰? 怪我をさせた犯人は?  失神させた犯人は? 連作短編集っぽく4編が並び、並行して主人公の恋愛模様が語られる。
  最後の2つでようやく事件っぽくなる感だけど、ミステリとしてはいまいち。むしろ、謎解きに鳥の行動が絡んでくる所というか、この小説はむしろミステリとしてより、鳥類学の普及書として書かれたような気配が強い。
 ジュウイチのヒナが育ての親をだます方法、サンコウチョウの雄の二型、 オオコノハズクの暗闇での探索能力、ヨウムの学習能力。といったトピックを紹介しつつ、大学の鳥の研究室の、あるいは大学院生の日常が紹介される。

●「植物が出現し、気候を変えた」デイヴィッド・ビアリング著、みすず書房、2015年1月、ISBN978-4-622-07872-2、3400円+税
2016/8/26 ★★

 てっきり植物が地球の大気の酸素分圧を高めた、という話をするんだと思った。が、どっちかと言えば、最新の植物化石はとっても面白いよ! 動物化石よりもはるかに地球の歴史を描くのに適しているよ! と植物化石屋が我田引水した一冊。確かに面白い。知り合いの植物化石屋もこういう研究をすればいいのに。
 第1章は、植物の葉の出現の話。二酸化炭素濃度が下がって葉っぱは生まれた。っていうか、植物誕生当初は二酸化炭素濃度が高くて、葉っぱが必要なかったというべきか。もちろんその二酸化炭素濃度の減少をもたらしたのは植物だ、という話題は忘れない。ただ光合成によってというより、植物の活動が、ケイ酸塩岩の風化(その過程で二酸化炭素を取り込むらしい)を促進する部分を語っている。
 第2章は、熱帯の湿地の植物が、酸素濃度を高め、それが動物の巨大化の引き金を引いたという話。植物が光合成をすれば酸素濃度が高まる、てな単純な話ではなく、光合成をして育った植物体が地層に堆積していくのがポイントなんだな。話は恐竜の時代、かと思いきや、もっと昔、石炭紀のこと。大気の酸素濃度の増加は、海の酸素濃度を高め、それは堆積岩中にリンを閉じ込め、リン不足が生じ、植物プランクトンの増殖を抑制し、酸素濃度を下げる効果を持つ。という話がどこまで本当か知らないけど面白い。
 第3章は、古生代末の大絶滅の原因はオゾン層の破壊が原因ではないかという話。それを明らかにするのに、もちろん植物化石が活躍する。それもシダ植物の胞子の突然変異が役に立つ。オゾン層破壊の原因は断定はできないが、そこはシベリアトラップと呼ばれる大火山活動ではないかとのこと。シベリアトラップによる温暖化が、海底からのメタン大放出、海洋循環の停滞をうながし、オゾン層破壊へというシナリオ。
 第4章は、三畳紀とジュラ紀の境界の大絶滅にも、二酸化炭素濃度の上昇が関連しており、それがまた植物化石研究によってはっきりしたという話。二酸化炭素濃度が高まると、温暖化が進み、葉っぱの気孔が減るというやつ。二酸化炭素濃度の上昇は、中央大西洋マグマ分布域(LIP)の活動と、メタン生成菌のによるものらしい。
 第5章は、かつて南極大陸など極地には、森が広がっていた時代があったという話。というか、亜熱帯といってもいい気候だったこともあるらしい。ところが亜熱帯の北極に広がっていたのは、落葉樹であったという。その謎はいまだに解き明かされていない。
 第6章は、始新世の時代、赤道と北極の気温にほとんど違いがなかった。それは似たような植物が生えていたことからも推測される。その理由を解き明かしてくれたのが、氷床コア。そしてもっぱら温室効果ガスの話が続く。
 第7章は、中新世後期に、イネ科植物があっというまに亜熱帯の森林を草原に変えた話。とりあえずはC4植物発見の話。そして、約800万年前のC4植物の興隆。それはどうやら二酸化炭素濃度の減少と関係がある、かと思いきや、それをきっかけにした気候変動と火事が大きな役割を演じたらしい。
 第8章は、終章。扉にこの本の目的がしっかり書いてある。「本書で伝えたかったことは2つある。1つは、植物生理学と古植物学を一体化させれば、植物化石に新しい存在意義を与えることができる。すなわち、植物化石は地球の歴史をはかるすばらしいタコメーターとなる。ということ。もう一つは、植物自身が自然を変える大きな力となりうるということだ」
 ストーリーにはまだまだ推測の部分もあるようだし、異論もあったりするらしいが、風が吹けば桶屋がもうかる的な話は、いずれも楽しい。そして、地質的なできごとは、大気組成を介しつつ、火山活動と植物の活動で駆動されてきたかのような話が続く。そこでは、動物は舞台の端っこにチョロッと出てくる端役に過ぎない。各章は、それぞれのテーマに応じた過去の研究者のエピソードからはじまる。そして研究小史が続く、ある説が否定され新たな説が登場!という展開が多い。現在進行中の地球温暖化への警鐘も、本全体を通じて鳴らされる。


●「鳥たちの驚異的な感覚世界」ティム・バークヘッド著、河出書房新社、2015年4月、ISBN978-4-309-25278-0、2200円+税
2016/8/24 ★★★

  鳥の行動生態学の大先生が書いた、鳥の感覚についての一冊。といっても教科書ではなく調査エピソードも交えて読みやすくする配慮とともに、今まで知らなかった鳥の感覚世界についての話題が並ぶ。後ろには引用文献が付いているので、さらに元論文にもあたれる。原著は2012年発行。引用文献を見ると2010年までの成果が紹介されているらしい。
 第1章は、視覚。鳥の目には中心窩2つあったり1つだけだったり、櫛状突起があったりと知らない構造がいろいろ。で、中心窩が2つあるとよく見えるらしい。遠近両用ってことらしい。単純化してしまえば、目が大きいほど視覚はよくなる、というのは説明されれば当たり前だけど、気付いてなかった…。どうしてフクロウの目は前を向いてるかも考えたことなかった。夜行性のヨタカの目は確かに横に付いてる。感度と解像度は二者択一というのも面白かった。
  鳥の多くは紫外線反射が見えるので、鳥の色や性的二型の研究は、紫外線反射を考慮しないと意味がない。というのは目新しくないけど、左右の目が別の機能を持っているとは知らなかった。そして左右の目の機能分化が、胚の時に光の当たるかどうかで決まっていたとは…。文中でも指摘されてるけど、暗い巣の中に産卵される鳥は機能分化しないのか? 獲物を狙うのは右目、求愛相手は左目で見つけるとかは、鳥を観察するときにも気にしてると面白いかも。
 第2章は、聴覚。フクロウ類の耳の左右非対称性は、多くはホネではなく、軟骨部分にあるとちゃんと書いてある。ただホネも非対称な種としてキンメフクロウ類、フクロウ、カラフトフクロウを上げてるなぁ。フクロウ類は、静かに飛ぶだけでなく、飛ぶときに立てる音が、ネズミがあまり聞き取れない低い音になってるというのも面白い。
  大声を出す鳥は、声を出すとき自分の耳をカバーして保護するとは思いもしなかった。鳥の脳の囀りに関わる部位は繁殖期に大きくなり、非繁殖期に小さくなる。というのは鳥ならありそうだけど、聴力も同じように変化するとは知らなかった。都会の鳥は、都会の騒音に応じて、音量や周波数を変えて対処してるらしい。そしてエコーロケーションするアブラヨタカ。
 第3章は、触覚。嘴の先にそんなにたくさんの触覚受容体が並んでるとは知らなかった。今度カモを剥くときに確認しなくては。鳥の羽根には、正羽、綿羽の他に、毛状羽というのがあるらしい。毛状羽は正羽の下に隠れていて、いわばヒゲのように振動を感知する。クロインコが総排泄口突起をつかって、1時間以上に及ぶ交尾をするのは聞いたことがある気がするけど、アカハシウシハタオリの謎の陰茎様器官は知らなかった。
 第4章は、味覚。 鳥にも味蕾があるけど、その分布は舌以外にあることが多いらしい。といってもせいぜい数十から数百個程度と少ないらしい(ヒトは約1万個)。でも一応一通り味は分かりそう。毒のある鳥は、ニューギニアのモリモズ類だけと思っていたけど、モリモズ類4種以外に、ズアオチメドリ以外も毒を持ってるし、ベニアメリカムシクイの羽毛にはアルカロイドが含まれているらしい。目立つ鳥は不味いという説の真偽は、まだ謎のままらしい。
 第5章は、嗅覚。たいていの鳥は多少なりと嗅覚を持っているようす。中でも臭いで肉をさがすヒメコンドル。土の中の虫を探すキーウィやヤマシギ。渡りに使うミズナギドリ類。魚をさがすワタリアホウドリなどが、よく取り上げられる。蜜蝋のろうそくに火を付けるとミツオシエがやってくるというのは、一度試してみたい。
 第6章は、磁気感覚。鳥に磁気感覚があるのは知られていたけど、どこで感じているかは結構謎だった。で、それは目の中にあるらしい。「網膜中のタンパク質であるクリプトクロムが磁気センサーのように働くため、鳥は磁場が見えるようだ」とは驚いた。それも右眼が光を浴びることで地球磁場を感じ取れるらしい。普通の光で見える光景に、磁場の向きがオーバーレイされて見えてるのかな?
 第7章は、これまでと違って鳥の感情が取り上げられる。心拍数や脳活動の可視化技術を使えば、鳥の感情をある程度明らかにできるようになりそう。「あとがき」では、この本では章ごとに別の感覚を取り上げたが、実際には鳥は複数の感覚を同時に使って行動していることを指摘。
 全編わたって興味深い話がてんこ盛り。面白い研究成果を紹介するだけでなく、まだ未解決の問題を指摘して、さらなる研究テーマをしばしば提案している。想定読者は、自分のところの大学院生なのかも。実際多くの研究のヒントがあるし、鳥を観察する際の新たな視点もいっぱい。
 感覚世界の話じゃないけど、ヒレアシが、ヒナ2羽を翼の下のポケットに入れて飛ぶことが出来るってのも、衝撃的だった。そんなこと出来る鳥がいたとは。


●「琵琶湖ハッタミミズ物語」渡辺弘之著、サンライズ出版、2015年9月、ISBN978-4-88325-579-5、1600円+税
2016/8/21 ★

 土の生き物の大先生(のはず)が、話題のハッタミミズを紹介。ハッタミミズというのは、石川県で発見され、北陸から滋賀県にのみ分布しているらしいミミズ。日本で一番長いミミズで、近頃琵琶湖博物館で実施したハッタミミズダービーでは、92cmものハッタミミズが見つかったとか。
 第1章は、ミミズの一般論、日本での研究の現状。第2章は石川県でのハッタミミズ発見の話。第3章は滋賀県のハッタミミズの話。第4章には書き残したハッタミミズのあれこれが述べられる。最後に滋賀県のミミズリスト。
 まだまだ日本のミミズ相は、未解明の部分が多く、新種もまだまだ見つかる。ハッタミミズ1つを取り上げても、その分布域はまだまだ広い可能性があるし、生活史も未解明。それを何とかするにはミミズに興味を持つ人を増やす必要がある。ハッタミミズをきっかけに、なんとか打開したい。という気持ちが伝わる一冊だけど、かなり軽く書かれた感じ。すぐに読める。


●「大地の五億年 せめぎあう土と生き物たち」藤井一至著、ヤマケイ新書、2015年12月、ISBN978-4-635-51022-6、900円+税
2016/8/19 ★★

 若手(?)の土の研究者が、熱帯林から極地まで、乾燥地から日本のような湿潤な地域まで。土の歴史と現状。植物そして他の生物、ひいては人との関わりを紹介した一冊。全体を通じてのキーワードは、土壌の酸性化。
 第1章では、地上に植物が進出して土が生まれた五億年前からの土の歴史を、植物との関わりで振り返る。植物の暮らしがいかに土に制約されているかが描かれる感じ。土を掘ることで、たとえば縄文時代の地表面の様子がわかる、ってのは考えれば当たり前だけど、なぜか新鮮。
 第2章は、土が植物(と菌類)以外の生物の暮らしに与える影響が描かれる。というか、けっこう土から離れて、従属栄養の生物が、どこから必要な元素を手に入れるかという話。 食虫植物、菌類栽培、シロアリ塚の利用などが目立つ。最後の溶存有機物の話で、ようやく土に戻る。
 第3章は人と土の関係を農業、とくに肥料の問題を中心に解説。焼き畑農業のルールには考えさせられる。最後の第4章も人と土との関係。今度は人間の経済に翻弄される土、というか主に森林が描かれている感じ。
 土の研究は、植物や菌類との関係抜きにはできない。さらに土は他の生物や人の生活に深く関わりがある。と主張したいのだろう。ともすれば土の解説、酸性化などの問題の詳しい解説は控えて、人の暮らしへの影響の話題に力が入っている印象がある。おかげなのか、理解力が足らないのか、よく分からない部分もあった。たとえば、127ページ。アマゾンの黒い川と白い川の話が出てくるが、黒い川は溶存有機物が多いが、酸性が強くてプランクトンの成長が抑制され、魚の漁獲量は少ないとある。でも、この本の他のパートでは、溶存有機物が多いのは養分が多いってことで、魚などの生産性が高まる話ばかり出てくる。ここはもう少し説明がいるんじゃ?
 不思議な脱線をしがちな文章は時として気になったりしたけど。動物という言葉に菌類や細菌まで含まれている部分があったりもするけど、土からの目線で、生物多様性の歴史や現状を読み解くのは新鮮で、勉強になった。一旦放棄された水田は、そう簡単には元には戻らないというのは少しショック。熱帯雨林を守る新たな動きが実を結ぶといいなと思う。
 それにしても何故か一番印象的だったのは、土喰ってるミミズが頼っている腸内細菌相は、ヒトの腸内細菌相とよく似てるって話。本当なんだろうか? だとしたら、ヒトもいざとなったらひたすら土喰ってても生きていけるんだろうか?

●「鳥ってすごい!」樋口広芳著、ヤマケイ新書、2016年3月、ISBN978-4-635-51034-9、900円+税
2016/7/6 ★★

 鳥の大先生が、鳥のすごい、をいっぱい紹介してくれた一冊。そのトピックは、飛行、羽毛、色・模様、嘴の形、つがい関係、渡り、知能、托卵、遊び。とまあ多岐にわたる、というか、内部形態とか生理、進化系統、分類などは除かれているものの、パッと鳥好きが思いつきそうなトピックをかなり網羅している気がする(外見と生態・行動関連とでもいおうか)。そして、その後半のパートには、大先生自身の研究成果がからんでくるのもミソ。多岐にわたる興味を持っていたんだなぁ。
 それぞれのトピックの話題提供も少し独特。最新成果に基づいた定説を紹介する、と思いきや、けっこう自分の見解を放り込んでくる。お勧めしたいのは、そのところ。この人はそういう見方をするんだ、と自分の考えと引き合わせて、あるいは改めて自分で考えるきっかけにもなる。
 でも明らかにベストセラーになった「昆虫はすごい」にあやかったタイトルはどうかなと思う。


●「6度目の大絶滅」エリザベス・コルバート著、NHK出版、2015年3月、ISBN978-4-14-081670-7、2400円+税
2016/6/17 ★

 地球では今まで5度の大量絶滅が起きている。そして現在、人が原因となった6度目の大絶滅の只中にいる。というわけで、サイエンスライターが絶滅をテーマに、世界各地の現場に取材にいったレポート。各章の扉に取材対象の生物が掲げられ、その取材で始まり終わるのだが、合間には対象生物に関連したテーマが解説される。
 第1章から対象生物(括弧内に絶滅に向かう原因)は、ゼテクヤセヒキガエル(カエルツボカビ)、アメリカマストドン、オオウミガラス、アンモナイト、フデイシ、ミソラカサガイとハイマツミドリイシ(海の酸性化)、アルザテア・ウェルティキラータ(地球温暖化)、バーチェル・グンタイアリ(都市の拡大と、熱帯雨林の分断化)、トビイロホオヒゲコウモリ(外来生物のカビ)、スマトラサイ(人の大型獣への狩猟圧)、ネアンデルタール人(現生人類との競合?)、現生人類。第1章の最初のパナマの黄金カエルはイントロ。第2章と第3章は絶滅という現象の発見と、絶滅の一般論。アンモナイトとフデイシで過去の5回の大量絶滅の話。第6章以降で現在世界各地で生じている生物多様性の危機が語られる。最後の章では手をこまねいていては、現生人類もまた大量絶滅に巻き込まれる可能性を示唆。

 現在が人による大量絶滅の時代であり、それは恐竜の絶滅をはじめとする地質時代の大量絶滅にも匹敵する。という話はけっこう以前からあるので、今さら驚きはない。
 改めて見返すと、それなりに構成されているのが分かるが、読んでいる間は、現生と地質時代をまぜこぜに、とりとめもなく絶滅関連の話題が並んでいるように感じた。全体構成が頭に入りにくいのは、やはり構成に問題がある気がする。


●「わたしの森林研究 鳥のタネまきに注目して」直江将司著、さ・え・ら書房、2015年4月、ISBN978-4-378-03917-6、1400円+税
2016/5/17 ★

 著者が院生時代に、茨城県北部にある小川試験地でおこなった研究を軸に、鳥による種子散布が紹介される。森林総合研究所の小川試験地には、広葉樹林が広がり、この30年ほどその動態が詳しく調べられている。全域でやってるのかは知らないが、全ての樹木に印が付けられ、芽生えにも印が付き、種子生産量が測られ、林床にシードトラップが並んで、徹底的に調べられているイメージ。
 第1章は、調査のきっかけ。初めて小川試験地に行った。第2章は周食散布を中心に種子散布のざっとした解説。第3章は、調査地にいる鳥類、哺乳類、植物のざっとした紹介。第4章、本の半ばを過ぎて、ようやく自分の研究の話。第5章は、唐突に滋賀県でのカラスの糞分析の話。最終章では、その後の研究が軽く紹介される。種子の散布距離、哺乳類による散布、匂いの研究などなど。

 第4章で紹介される研究は、広葉樹林が面的に広がる場所と、帯状に残った場所で、鳥の定点調査とシードトラップの調査をおこなったもの。繁殖期と非繁殖期に分けて、果実食鳥の個体数と散布された種子数を比較。2つの環境を比較といっても、小さい調査地が1ヶ所ずつだけ、2シーズンだけ。これで森林改変が鳥類相に与える影響を語るのはかなり大胆。果実生産量は、年による違いが大きく、それが鳥と樹木との関係性をどう変化させるかが面白い部分のはずだが、面白いアイデアは出てこない。果実食鳥であっても種によって(少なくともサイズによって)、おもに食べる果実が異なることはよくある。どうして個々の鳥の種や、個々の樹種に配慮した解析が出てこないのだろう? この本に書かれた範囲だけだと、かゆいところに手が届かない研究に思える。

 前半のざっとした解説・紹介は中途半端に思える。それでいて第4章の研究紹介は、普及書としては説明が細かくややこし過ぎ。カラスやその後の展開の話は、話が飛びすぎていてついていけない。そもそも、その後の研究は、なぜ軽くしか出さないんだろう? 鳥が果実を食べている写真が並んだ表紙。副題に鳥のタネまきに注目して。果実食鳥類に興味のあるものとしては、とても期待して読みはじめた。なのに読み終わったらモヤモヤする。
 イントロに「動物がいないと、植物はどうなってしまうのだろう?(中略)著者が研究している内容をまじえて、こういった疑問に答えていく」とある。疑問には答えれているのだろうか? 小川試験地のM先生からは「小川の森で鳥の種子散布をすべて調べ上げる」というお題を頂いたらしいが、そもそも取り組んでない気がする。

●「神々の花園」澤野新一朗著、福音館書店たくさんのふしぎ2015年11月号、667円+税
2016/5/17 ☆

 南アフリカ西部にあるナマクアランドは、一年の大部分は乾燥しきった砂漠だけど、春の短い間だけ一面の花畑が現れる。1m×1mの中に15000個以上もの球根が待機していて、春ごとに条件にあった植物が生えてきて開花。辺り一面、4000種以上の色とりどりの花が咲き誇る。
 ナマクアランドは、同じ著者が「世界の四大花園を行く」 で取り上げていた花園の1つ。新書サイズでは美しい花園の迫力がいまいちで残念だったが、この本では、美しい花園が満喫できる。それだけでなく、同じ場所を撮影して、荒涼とした砂漠が花園に変わる様子は、とても印象的。同じ場所の花園であっても、年によって咲く花が違い、色の配置が違ってるのも楽しい。車のわだちが、違った花で縁取られるのは、少しの条件の違いが、咲く花に影響を与えているからだと説明されると感心する。
 半ばまでは花園の風景写真を堪能させてくれた後、個々の植物の暮らしぶりが紹介されはじめる。そこまでで終わっていれば、とても楽しんで終われたのに、そこからが残念。最後の方の6ページで花に来る虫や、花園にやってくる動物が取り上げられる。それが間違いだらけ。
  花粉を食べに来てる感じの甲虫に「蜜をすうコガネムシのなかま」と説明があって、なんか疑問符。「アキタテハ」って蝶は聞いたことないなぁ。花に来たツリアブみたいな双翅類の説明に「…蜜を求めてとんでくるハエがいます。10センチほどある針のようなくちばしを…」、くちばし? と、疑問を持ちながらページをめくると、間違いのオンパレードに出くわす。「ヨウレイ類のハーテビーストのなかま」(レイヨウ!)、ハイラックスに「イワネズミ」(それを言うならイワダヌキ)、アマサギ1羽+クロトキ6羽の群れの説明が「…サギの群れ」、花園にくる動物として「シカのなかまなど」(アフリカ大陸南部にシカはいない…)。著者が動物のことをあまり知らないのはよく分かった。編集者がチェックしてあげればよかったのに。ここまでとてもよかったのに、これで台無し。間違いだらけの本を子どもには薦められない。とても残念。


●「昆虫の体重測定」吉谷昭憲著、福音館書店たくさんのふしぎ2016年4月号、667円+税
2016/5/17 ★★

 著者は1200種以上の昆虫の体重を測ったらしい。この本はその結果をひたすら並べてくれる。なーんだ。それだけかぁ。と思いながら読み進んだのだけど、それだけなのに、それが驚くほど面白い。ナナホシテントウは約0.05g、ヒトスジシマカは約0.0014g。ってだけならハイハイって思うだけだけど、ナナホシテントウの体長と体重を何個体も測って並べられると、そんなに幅があるのか〜、とか、雄と雌にあまり差が無いなぁ、とか思いながら見ると楽しい。背面からみるとあまり大きさに違いがないカブトムシとノコギリクワガタが、体重では5倍もの差があるとは驚き。アサギマダラとオオムラサキに6倍もの体重差があって、その生活史とからめて考えると興味深い。体重という新たな切り口で、昆虫を見直させてくれる一冊。


●「奇妙な菌類 ミクロ世界の生存戦略」白水貴著、NHK出版新書、2016年4月、ISBN978-4-14-088484-3、780円+税
2016/5/15 ★★

 菌類研究者の著者は、専門は木材腐朽菌の生態研究らしいが、2013年にはTwitterを中心に展開された珍菌賞という企画にも携わるなど 、日々菌類をメジャーにするための活動に取り組んでいる。 そこで本書では、まえがきに曰く、「バイキン」という言葉と共にある菌類のマイナスイメージを払拭するべく、「スター性のある菌類」を紹介した一冊。ちなみに「スター性のある菌類とは、とりわけ物珍しい形や面白い生態を持つ菌類」のことだそう。
 第1章で、菌類のアウトラインを紹介した後は、第2〜4章は、共生者としての菌類、寄生者としての菌類、分解者としての菌類が順に紹介される。最後の第5章は、人との関わり。という大枠はあるものの、これでもか!というくらい、不思議な菌類の不思議な暮らしが紹介されていく。気になったのは、果実と間違えて鳥がつつくことで胞子分散する(?)キノコとか、甘い地下生菌マッティロロマイセスとか(食べたい!)、植物が協力度に応じて菌根菌への対応を変えているとか、藍藻の菌根菌(?)ゲオシフォンとか、シロアリに育てさせて暮らす菌核ターマイトボール、アリが罠に使う菌類とか、花に擬態して精子を運ばせる菌とか(蜜を作らせて、蜜標まで用意!)、麦角菌があることで植物は植食動物に喰われず得をするとか、9.65平方kmに拡がる世界最大のオニナラタケとか、ゴキブリの尾毛に寄生するヘルボマイセスとか、トビムシの精包の柄にのみ付くエニグマトマイセスとか、アリをゾンビに変えるオフィオコルディセプスとか、罠を作ってセンチュウを狩る菌だとか、弾を撃ってセンチュウやワムシを狩るハプトグロッサとか、カタツムリの殻にのみ生えるハロレププとか、嫌気的環境でポリウレタンを分解できるペスタロチオプシスとか、
 知ってることも少しはあったけど、知らない事だらけで、とても楽しく読めた。陸上進出に関しては、乾燥にやたら強そうに見える地衣類が最初って言われると妙に納得するんだけど、植物と菌根菌推しの根拠がいまひとつ分からなかった。もう一つ気になったのは生物農薬についての記述。菌類が人に役立つという流れの中で「微生物農薬の大きな可能性」と脳天気に好意的に取り上げられているが、生態系全体へどのような波及効果があるかを慎重に見極めた上で使わないと、思わぬ悪影響が出かねないことについて、少しは警鐘を鳴らしておいて欲しかった。

●「身近な鳥の生活図鑑」三上修著、ちくま新書、2015年12月、ISBN978-4-480-06859-0、940円+税
2016/5/8 ★

 スズメの研究で知られる著者が、町で生きる鳥を紹介した一冊。タイトル通り「鳥にとって町はどんなところか?」を語った第1章に続き、スズメ、ハト、カラスが、それぞれ1章ずつ紹介される。基本的な生態と町での暮らしを紹介すると共に、スズメは減っているかどうか、ドバトのルーツ、ドバトとキジバトの違い、ハシボソガラスとハシブトガラスの違いなどのテーマが取り上げられる。第5章では、その他の町の鳥としてツバメ、ハクセキレイ、コゲラを紹介。最後の章では、「都市の中での鳥と人」として、鳥と人のさまざまな軋轢、餌やりや飼育について、著者の考えが述べられる。何事にも良い面と悪い面があるとして、判断は読者にゆだねつつも、なんでも行き過ぎは問題が多い、ほどほどにという著者の考えに異存を唱える人は少なそう。
 説明の仕方が上手なのには感心してしまう。例えが無理がなくて分かりやすいんだな。多数派のパターンで分かりやすく説明しておいて、後から一部例外があることを述べるのも上手い。そして、全体的に記述のバランスがよくとれている。が、一方で、どうしてスズメ、ハト、カラスを大きく取り上げ、街中でとてもメジャーなツバメは大きく取り上げなかったのか? 街中でいまやメジャーなのに、ムクドリやヒヨドリ、シジュウカラがまったく出てこないのは何故なのか? 一部で都市進出が話題になっているイソヒヨドリもまるで触れられてないし。と、力点の置き方には謎がいっぱい。
 記述のバランスは取れているとは書いたけど、関西で鳥を見ている者としては、東日本の都市の鳥をよく見ている著者の感覚は、自分の感覚とところどころにズレが感じられるのが面白くもある。たとえば第1章にこんなくだりがある。「自然のあふれるところに<中略>それを利用する鳥の種類も増え<中略>だからバードウォッチャーは、山や川に行くのです。<中略>多くのバードウォッチャーは、町の中にいる鳥には目を向けません」 大阪人にとってはとっても違和感がある文章。多くの大阪のバードウォッチャーは街中の公園に鳥を見に行きまくってますけど? 第1章にはこんなくだりも「普通の町の中では、ネコの密度から考えて、ネコによる小鳥への捕食圧は、自然界における、その他の天敵による捕食圧よりも、小さいだろうと思われます」と書きつつ、表1には「天敵 都市環境少ない 自然環境多い」と書かれている。多くの大阪人が、ネコいっぱいいるで〜、って突っ込みたくなりそう。東日本には町中にそんなにネコは多くないってことかな? 野良ネコの去勢・避妊が進んで、町中の野良ネコは減ってるけど、まだまだ大阪の町中にはネコがいっぱいいる。そして大阪であれば町中にはチョウセンイタチも多い。カラスによる捕食も多そう。ってことで、山林よりも、町中の方が捕食圧が高いんじゃないかと思うけど…。その後の話の都合なのか、都市環境の生物多様性の低さを妙に強調している気がする。
 とまあ一部突っ込みどころもありつつ、町の鳥の入門書としてはかなり良い本。ただ、とても知ってる分野だけにどうしても辛口になってしまうってことだな。


●「フィンチの嘴 ガラパゴスで起きている種の変貌」ジョナサン・ワイナー著、早川書房、1995年8月、ISBN4-15-207948-7、2136円+税
2016/4/15 ★★★

 今は文庫版が出ているけど、手元にあるのは日本語訳が最初に出た時に買った単行本。出版当初から話題の本だったので、買ってすぐに読んだ記憶がある。それを、なぜか約20年ぶりに読み返した。
 グラント夫妻を中心とするダーウィンフィンチ調査チームの調査エピソード、関係者の発言を交えながら、さらにはダーウィンのエピソード、他の様々な研究例まで交えて、世界で一番よく知られた一連の自然選択の野外実証研究が紹介される。
 第一部「現生に見る進化」のテーマは自然選択。その実態を野外調査で解き明かしたダフネ島でのガラパゴスフィンチの研究が紹介される。第二部「新たなる生物」のテーマは種分化。舞台にダフネ島以外、対象にサボテンフィンチなども加えて、適応の山の分離による種分化の可能性を検討する。さらには交雑が種分化を促進する可能性にもふれられる。第三部「G・O・D」は人がガラパゴス諸島の生き物に、とくにフィンチの進化に与える影響をいろいろ並べた感じ。人が持ち込んだ作物・家畜による行動の変化、島の外来生物問題、薬剤耐性、地球温暖化。ダーウィンフィンチについてのデータはほとんど示されず、よそでの研究が多く紹介される。
 とにかく、過酷な環境で驚くほど多様性のある興味深い調査対象、全個体を個体識 する徹底した調査、数年に一度の干魃や大雨といったキーとなるイベント。この3つがそろった一連の研究はすごいの一言。自然選択についてのそれまでの何となくのイメージを一変させ、野外で自然選択を測定しようとする研究を大量発生させた波及効果もすごい。
 第一部に示されたように方向性のある自然選択は短い期間で常に働いていて、ただ大きな期間(数世代、一生、一年)をまとめてみると、その効果はしばしば相殺されて見えにくくなる。って自然理解は、それまでと違った視点を提供したと思う。。それが何かのはずみで相殺されなければ、目に見える変化となる。次のステップは、適応の山がどう変化して、まとまった形質の進化や種分化につながるか。なんだけど、そこはまだまだ課題として残ってる。第二部はまだまだ残された課題を提示した感じ。
 読みながら、なぜか地層の形成と、進化の類似性がとても気になった。ダーウィンが、ライエルの「地質学原理」に触発されたというくだりが出てきたかもしれないが。河口を見ていると、日常的に砂は流れてきて、模様をつくってたまってる。でも、たいていは一度たまった砂をまた流していく作用が働いて、次の日にはまた一から砂がたまっていくイメージ。堆積作用は常に働いているけど、その効果はたいてい相殺されてしまう。でも、なんかのイベントが起きると、あるときたまってた砂が、地層として保存される。形質の進化や種分化もそんなイメージにとても近い。


●「虫のしわざ観察ガイド 野山で見つかる食痕・産卵痕・巣」新開孝著、文一総合出版、2016年1月、ISBN978-4-8299-7203-8、1800円+税
2016/4/14 ★

 虫が葉っぱを食べた跡、木や実に開いた孔、葉っぱの模様、しおれた葉っぱ、巻いた葉っぱ。巣やさなぎや虫こぶ。さまざまな虫が植物に残した跡を“虫のしわざ”と称して、一堂に集めた観察ガイド。
 考えてみれば、野外では虫の姿を見かけるよりも、虫のしわざを見かけることが多い。というか、虫のしわざの方が見つけやすい。慣れた人は虫のしわざを頼りに虫を探したりする。とまあ、虫のしわざを知ると、虫との出合いに役立つのだけど、このガイドをながめて気付くのは、虫のしわざに注目すること自体が充分楽しいってこと。
 ウラギンシジミがクズの花に残した食痕や、トホシハムシがウリの葉っぱを食べた跡はよく見るととても綺麗。サクラフシアブラムシがサクラにつくる虫こぶは、もう一度花が咲いたよう。モウソウチクに開いたベニカミキリの脱出孔だと分かったり、木の根元に大量に落ちているツブツブがゴマフボクトウ幼虫の糞だと分かると、とてもすっきり。コウモリガの幼虫が、樹液レストランをつくるという話は、とても面白い。
 とまあ、楽しいし画期的な一冊なのだけど、じゃあこれを持っていけば、野外で見られる虫のしわざの犯人がすべて分かるかというと、たぶん全然足りない。虫こぶはもっともっとたくさんの種類があるし、葉っぱを食べる幼虫も、葉っぱに潜る虫もまだまだたくさんいる。野外に持っていって、この本に載ってる虫のしわざにそっくりでも、その種と断定することはできなさそう。そういう意味では、虫のしわざ図鑑としては不充分、でも虫のしわざに興味を持って、犯人を考えるきっかけを与える本として充分意義があると思う。


●「琉球列島のススメ」佐藤寛之著、東海大学出版部、2015年12月、ISBN978-4-486-01997-8、2500円+税
2016/4/9 ★

 動物が好きで琉球大学に入った著者は、大喜びで海に山に動物とふれあいまくる。最初、やたらと漁港に行って、魚をもらってきては標本にしてるので、てっきり魚の研究者になるのかと思ったら、両生爬虫類特にカメが研究したくて琉球大学に行ったらしい。そういえば最初にそう書いてあったっけ。大学院に行って、O大先生のもとでスッポンの研究を進め、博士号をとって。研究者としての道を進むのかと思いきや、環境教育の場で琉球の自然とのつながりを保つ道を選ぶ。
 フィールドの生物学シリーズの一冊。このシリーズには珍しく、外国には行かない。舞台はずっと琉球列島。そして、このシリーズには珍しく、少なくとも現時点ではプロの研究者というわけではない。ただ、今後の成り行きでは研究者の道に戻る予感も漂う。
 軽いイントロの第1章に続いて、第2章では漁港に行きまくって、さまざまな南国の魚介類への出合いが描かれる。第3章は毒をもった動物の話だが、これも海産物中心の体験談。第4章と第5章は陸の話。大学周辺やヤンバルなどで出会った動物たちが、両棲類を爬虫類を中心に紹介される。アカウミガメの繁殖とそれを狙うアカマタ。冬のある日突然一斉に産卵するハナサキガエルやリュウキュウアカガエル。再発見されたケナガネズミにトゲネズミ。実体験に根ざしたリアルな沖縄島の動物たちの姿が描かれていく。第6章で沖縄島以外の島、特に久米島が少し紹介された後、第7章では大学院時代のスッポン研究が紹介される。第8章以降は、環境教育の話。環境アセスメントに少しかかわった後、珊瑚舎スコーレでの体験、泡瀬干潟での学校教育との連携、教材作りの話。
 読み始めと、読み終わりでは、全然テイストが違う。生き物好きには第7章までが、環境教育に興味があれば第8章以降がオススメ。第7章までで充分分厚いので、生き物の話だけで終わってもよかったかも。でも、著者的には、学生時代からの生き物体験があったから、今の環境教育畑での自分がいるという意識が強いんだろうなと邪推。

●「タヌキ学入門」高槻成紀著、誠文堂新光社、2016年1月、ISBN978-4-416-11547-3、2000円+税
2016/3/3 ★

 シカの研究者で知られた著者がタヌキの本を出したので驚いた。読んでみれば、学生と一緒に糞分析に手を出したりしているらしい。でもまあ、そんなにタヌキに詳しい訳でもないらしく、自分が知っている関東のタヌキの話が中心。
 第1章「タヌキの基礎知識」はイントロ。第2章「タヌキのイメージを考える」はタイトル通り、日本人が抱いてるタヌキのイメージの話が延々と続く。第3章「タヌキの生態学」がまあ本論。もっぱら自身が手がけた糞分析と種子散布の話にページが割かれる。タヌキのQ&Aは、誰が作ったか知らないけど、その設問に上から答える感じ。第4章「東日本大震災とタヌキ」は、津波で洗われていったんタヌキがいなくなった場所に戻ってきたタヌキの糞分析をした話。第5章「タヌキと私たち」は都市のタヌキの話。といってもロードキルと玉川上水の話ばかり。
 タイトルの割には、この本を読んでもタヌキ学に入門はしにくい。糞分析には入門できそうだけど。都市のタヌキについても、東京の市街地のタヌキしか出てこないし、市街地タヌキの暮らしのごく一部を紹介しているに過ぎない。第2章はいらない。タヌキの糞分析の部分以外は、あまり面白くなかった。生物としてのタヌキより、タヌキを切り口に人やその社会を語った部分が目立つ。


●「菌世界紀行 誰も知らないきのこを追って」星野保著、岩波科学ライブラリー、2015年12月、ISBN978-4-00-029645-8、1300円+税
2016/2/28 ★

 雪腐病菌という一群の菌を研究している著者の調査紀行文とでもいうのだろうか。その名の通り、雪や氷がある寒い地域にのみ生息している菌らしく、調査に行くのは北極圏や南極圏など寒い場所。最初は北欧、ついでロシア、それから南極、エピローグでイラン。世界中を股にかけた採集行が展開される。
 プロローグに曰く「そこで本書では、雪腐病菌という非常にマイナーな(ほとんど誰も知らない)菌類の性質と、それを探す海外調査を、できる限り主観的に記述してみようと思う」。あとがきに曰く「本所は、20年にわたる私の海外調査のエピソードを臨場感あふれ、才気ほとばしる筆致で記述した異色の菌類解説書だ」。とまあ、これを読めば分かるように、とってもふざけた筆致で書かれた、とても楽しい一冊である。ロシアでの調査は大変そうだなぁとか、オレグはいい人だなぁ。と、自らを安全な場所に置いた上で、他人の苦労話を読むのは楽しい。ってゆうか、ロシアでは、雪腐病菌を採集する以外は、ウォッカ飲んで泥酔してるだけで、とくに苦労しているようにも思えなかったりもする(オレグのおかげで!)。
 というわけで、ものすごく楽しく一気に読める。ただ惜しむらくは、雪腐病菌については、イシカリエンシス、ボレアリス、インカルナータてな名前を聞きかじった以外は、さほど分からなかったりする。菌類解説書であると言われると、そうかなぁ、と思ったりするわけである。

●「カラスの補習授業」松原始著、雷鳥社、2015年12月、ISBN978-4-8441-3686-6、1600円+税
2016/2/26 ★★

 「カラスの教科書」の続編。「カラスの教科書」で書きもらしたことをつらつらと書いたらしい。それを科目毎に7時間に分けて、最後に野外実習に繰り出す展開。
  どうしても「カラスの教科書」と比べることになるが、「カラスの教科書」と比べてこちらの方が、戦闘機や戦車などに詳しく、マンガやアニメ(一部ライトノベルやSF)にも精通していて、ネットスラングまであやつる著者の本性がよく現れている。「カラスの教科書」よりもこちらの方が、とくに座学パートでは、カラスの解説というよりもカラスを交えた鳥の説明をしていることが多い。さまざまな要素が混じってきているので、「カラスの教科書」の方がカラス愛がよく伝わってくる。ただ、「カラスの教科書」にはなかった院生時代の研究のことが、最後の野外実習で丁寧に書かれている。個人的には、「カラスの教科書」の後半のQ&Aいらんから、こちらの野外実習に差し替えればいいのにと思った。ちなみに座学コーナーは、カラスに限らず鳥の形態や生理、行動、生態についての著者の博学ぶりが、とても勉強になる。
 装丁も表紙デザインも判型も厚みも「カラスの教科書」とそっくり。ある意味書いてある内容もよく似てるので、素人目には区別がつかない恐れがある。すでに「カラスの教科書」を持っている人は、同じのだと思って買わないんじゃなかろうか?とどうでもいい心配をしてしまう。


●「遺伝子から解き明かす昆虫の不思議な世界 地球上で最も反映する生き物の起源から進化の5億年」大場祐一・大澤省三・昆虫DNA研究会編、悠書館、2015年11月、ISBN978-4-86582-007-2、4500円+税
2016/2/23 ★

 DNAの塩基配列やタンパク質など、分子レベルで昆虫を系統から形態、行動・生態まで研究した成果を扱った大作(600ページ以上ある)。各研究者が主に日本人による研究成果を紹介してくれる。
 「第I部 分子系統樹が解き明かす昆虫の進化のドラマ」は、昆虫の系統関係、分布と種分化の歴史についての成果がさまざまに紹介される。「第II部 めくるめく昆虫の多様ないきざま」は、分子生態学って感じ。「第III部 分子レベルで明かされる昆虫進化の不思議」は、主に形態と行動の背景にある分子メカニズムが扱われる。
 系統関係の話は全体に興味深かった。とくに第1章の昆虫の目レベルの系統関係の話はとても勉強になった。あとは、まあ昆虫の多様な側面への分子レベルのアプローチがいろいろと紹介されていく感じで、まとまり感が少ない。一部の章は、著者による大ざっぱな総説になっていて、残された課題が大ざっぱに紹介されていたりする。これから分子レベルのアプローチに取り組もうとする大学院生向けの本なのかな?

●「伝統野菜をつくった人々 「種子屋」の近代史」阿部希望著、農山漁村文化協会、2015年12月、ISBN978-4-540-14195-9、3500円+税
2016/2/9 ★

 作物などのタネを扱う「種子屋」は、江戸中期に始まったという。現在の種子屋もその頃にルーツを持つ老舗が多いというから驚き。軽くて、それなりの値が付くタネは、行商や通信販売に向いている。実際世界的にも日本でも、最初の通信販売はタネだったという。明治から昭和初期にかけての種子屋の商売の変遷を、豊富な一次資料に基づいて紹介する。博士論文をベースにしているらしい。
 種子屋の歴史は、都市の歴史と切り離せない。野菜の大消費地である都市の形成にともなって、その周辺に野菜農家が形成され、都市が巨大化して野菜のニーズが高まる中で、野菜農家は都市に販売する用の野菜生産に特化し、種子屋からタネを買うようになった。当初の種子屋は、自らタネを生産していたが、農家にタネを委託生産するようになり、やがて農家への委託を採種管理人に任せるようになる。この本では、東京近郊の種子問屋、採種管理人、新潟の種子小売り業者の3つのタイプの種子屋が資料に基づいて紹介される。
  種子屋の歴史で面白いのは、種子生産とその流通の変遷だけでなく、品種の確立と品質管理問題の発生にこそあるように思う。自分でタネを取って農産物を生産しているだけでは、少なくともタネの品質管理問題は顕在化しない。野菜農家と採種農家の間にいくつもの段階がはさまるようになって、どんどん品質管理が重要になってくる過程が面白い。また、流通が行われるようになって、はじめて野菜の品種が確立していったとは、気付かなかった。各地の伝統野菜と思っていた品種が、かなり初期から日本各地で生産されていたとは意外だった。
  あと、驚いたのは、日本中であんなにダイコンばかり生産していたこと。そして、日本人がダイコンを食いまくっていたこと。平均で、一人月に4本喰うって、どんだけ。
 とまあ、面白かったのだが、門外漢からすると、あまりに丁寧に一次資料を示してくれているのは、ありがたいというよりは、一々読むのが面倒。それを飛ばすので、とても速く読めた。


●「湿地帯中毒 身近な魚の自然史研究」中島淳著、東海大学出版部、2015年10月、ISBN978-4-486-01999-2、2000円+税
2016/2/8 ★★

 フィールドの生物学シリーズの1冊。若手研究者が自らの研究を、研究の試行錯誤や進路に絡めて紹介するのはいつもと同じだが、珍しくほぼ海外に行かない。
 第1章(卒論〜修士課程)と第2章(博士課程)は、カマツカの生活史研究の失敗談と成果の紹介。大量の失敗を惜しげもなく披露しているのに、なぜか好感が持てる。そして、いろいろトライしつつ、けっこうあっさり撤退しまくるのが面白い。とにかく川に行って、魚を見て、採りまくっていたら、それだけで幸せなくせに、ちゃんと研究にも打ち込もうとする妙なバランスも面白い。
 第3章は、博士課程から手を付け、最近ようやく一段落したスジシマドジョウの分類学的な研究の紹介。やっぱりあちこちに魚を捕りに行くのが楽しいらしい。だとしたら、同じ場所に通いつめる生態学的研究よりも、あちこちでサンプリングしてあるく分類学的研究の方が向いてる気もするのだが、その微妙なバランスも面白い。
 第4章はおまけ。淡水魚三昧の子どもから大学生時代、カマツカ研究に没頭しているようで同時並行で展開していた趣味、学振時代。とくに学振を取りに行く作戦の部分は、これから学振を取ろうとする人にも参考になるに違いない(知らんけど)。はっきり言って、淡水魚の自然史的研究では、学振も科研費も取るのは難しい。それを実現したのはすごいと思う。
 とにかく川に行って魚を採る。のみならず、水棲甲虫も捕る。水草や両棲類も好き。って、とても好感が持てる。九州全域152水系1200地点で魚類相調査をしたとか、素晴らしい。是非どこかの自然史系博物館の学芸員になってほしい。近々魚担当学芸員のポストが空く博物館とかないかなぁ。

●「けもの道の歩き方 猟師が見つめる日本の自然」千松信也著、リトルモア、2015年9月、ISBN978-4-89815-417-5、900円+税
2016/2/7 ★

 京都大学在学中に猟師になって、京都市近郊で罠猟を行っている著者の『ぼくは猟師になった』に続く第2弾。「日本農業新聞」の連載をベースにしている。
 著者は、プロの猟師ではなく、趣味で猟をしているのでもなく、生活の糧を手に入れるため、生活の一部として猟をしているという。そんな著者が、シカなどを罠で捕まえ、とどめを刺し、食肉として活用している様子を丁寧に紹介するとともに、猟師の目から見える京都を中心とした日本の自然の有様や、猟師の現状、大都市近郊ながらクマが闊歩する自宅周辺の様子を紹介する。
 近年の大都市近郊の自然の変化、シカやクマ、ニホンザルに、アライグマなどの外来生物。なにかと話題になる哺乳類との出合いの話題は、興味深い。しかし一方で、自分が直接体験していない部分に関しては、大筋で異論はないのだが、さほど目新しい情報や視点が提供されるわけでもない。ただ、自分の経験に照らし合わせて、考えていこうとする姿勢は共感できる。
 一つ気になったのは、どうしてある動物が、ある行動をとるのかという話題をふっておきながら、それには答えず。あたかもその答であるかのように、その行動の生態系内での機能の話に変わること。両者はまったく別のレベルの話。それを混在させると、生態系内での機能のために、その動物がそうした行動をとっているかのように読まれかねない。サルが食べ物を全部食べずに捨てる理由、クマがクマハギをする理由。少なくとも2カ所気付いたが、とても気になった。
 大部分哺乳類の話なのだが、日本の狩猟鳥獣の紹介の中で、鳥も少し出てくる。ヒヨドリのパートには、「南下してくる数が多い年と少ない年があり、だいたい交互に訪れている印象がある」(181ページ)という記述がある。


●「ミミズの謎」柴田康平著、誠文堂新光社、2015年11月、ISBN978-4-416-11520-6、1500円+税
2016/1/29 ★★

 著者はアマチュアのミミズ研究者。アマチュアとは言っても、かなりのハイアマチュア。論文を読んで、研究者仲間と交流しつつ、研究を進めていく。
 たくさんのミミズが地上で干からびているのを見たことがある人は多いだろう。どうしてミミズは地上に出てきて死ぬのだろう? その疑問を解き明かすために、出勤途中に死んでるミミズの数を数え、その数が、気温、降雨、月齢などなど、さまざまな要因と相関してるかを検討する。
 もう一つのテーマは光るミミズ。日本にはホタルミミズとイソミミズの2種の光るミミズがいるらしい。それを探すのみならず、見つけたホタルミミズを飼育し、産卵させ、生活史の謎を解明する。
 2つのテーマを、大きな設備を用いるでもなく、お金をかけずに時間をかけて、解き明かしていく姿勢は、とても素晴らしい。ミミズの生態の入門書としてもよく出来ていて、思わず自分でもミミズ研究を始めてみそうになる。


和田の鳥小屋のTOPに戻る