SF関係の本の紹介(2020年下半期分)
【★★★:絶対にお勧め、★★:けっこうお勧め、★:読んでみてもいい、☆:勧めません】
●「空貘」北野勇作著、早川書房、2005年8月、ISBN4-15-208666-1、1500円+税
2020/12/31 ★
9編を収めた短編集なのだけど、その前後に幕間というには意味ありげな、ショートショートがはさまるので、合計19編を収めた短編集。
あとがきを読むと、戦争の話なんだそうな。たしかに正体の分からない敵を相手に、命令を受けて集団で、敵に向かったり待ち受けたりする話が多い。同時にスイカのイメージが繰り返し。ヒトの頭のイメージなんだと思っていたら、臨月を迎えた妊婦の腹のイメージもあるらしい。それが宇宙にまで拡がったりする。
そして、タイトルから判るように、最初から最後から夢オチのイメージ。夢の中の夢、現実か夢か判らない、などなど。とにかくいろんな角度から夢オチパターンが示唆されつつ、実際にはどうなのか判らない。そもそも一番初めから、夢オチ宣言してるし。
という訳で、著者らしい。現実がどうか判らない、不思議な短篇が並ぶ。ヤモリのイメージが2回出てくるけど、これはなんだろう?
●「七十四秒の旋律と孤独」久永実木彦著、東京創元社、2020年12月、ISBN978-4-488-01842-9、1800円+税
2020/12/30 ★
創元SF短編賞を受賞した表題作の後に、<マ・フ クロニクル>と題した短篇が5編収められた短編集。<マ・フ クロニクル> の5編の内、最初の4編は舞台も登場人物も時系列的にも連続していて、むしろ個々はあまり短篇として独立していない。最後の1編だけ、時間的に離れている。単純に読めば、表題作から1万年後に<マ・フ クロニクル>が始まり、さらに1万年後の最後の1編で完結する。でも、すべては循環するっぽい。
マ・フという身体性を持ったアンドロイドが、大部分の主人公。最後の1編だけがヒトが主人公。ヒトが活動できないワープ中に通過する高次元空間で、マ・フは活動できる、ってところから生まれるストーリーが表題作。でも、<マ・フ クロニクル>は、自らの歴史を失いつつ“永遠”に生きるマ・フが、ヒトとの歴史を取り戻す物語。そしてヒトの自立の物語。宇宙規模のメインの歴史はうっすら紹介するだけで、宇宙の片隅での出来事に終始する。それが良くもあり、物足りなくもある。
●「ムシカ」井上真偽著、実業之日本社、2020年9月、ISBN978-4-408-53766-5、1700円+税
2020/12/28 ★
瀬戸内海にある立ち入り禁止の島。そこに音楽の神が祀られた神社があると聞きつけたスランプの音大生たちが、こっそり上陸してお参りしようとする。しかし、その島は集団で人を襲う虫の島だった。おりしも91年に一度の大きな虫を鎮める神事の時で、虫の活動が活発、巫女達の活動も活発。そこに神事に必要な神具“手足笛”を求めるグループや、謎の二人組まで加わり、島の歴史の謎に関わって行く。
島の歴史や、神具の真実を解明するミステリであり、音大生たちの成長の物語でもあり、虫が襲ってくるホラーでもある。帯びには書いてあるのは、そういうことだろう。SF的には、どうしてこの島の虫がこれほど集団をつくりがちで、攻撃的なのか。どうしてこんなに高密度で生息するのか。どうして音楽で鎮められるのか。ってところが気になるのだけど、その謎が一切解かれないのが不満。そういう意味ではSFではないのだけど、物語が面白いので★1つ。
●「100文字SF」北野勇作著、ハヤカワ文庫JA、2020年6月、ISBN978-4-15-031431-6、580円+税
2020/12/26 ★
2015年10月から著者がTwitterで発表してきた「ほぼ百字小説」約2000編から200編を収めた短編集。ほぼ100字と言いながら、句読点を入れて、すべてちょうど100字らしい。裏表紙の内容の説明っぽい文章も、作品の一つ。表紙も100字の文章だけが書いてある。帯の推薦文2つも、巻末の2冊の本の紹介も、100字になってる。15字×7列の文字列だけがやたらと並ぶ一冊。
内容は、著者らしい不思議ワールドが多い。普通の話かと思っても、一ひねりがある。この著者の作風にピッタリの企画。裏表紙にもあるけど、これだけあると、大抵の物はすでに書かれてる気がする。これがさらに10倍もあるとは驚き。気付いたら、同じようなの書いてた、ってこともあるんだろうなぁ。
●「わたしたちが光の速さで進めないなら」キム・チョヨプ著、早川書房、2020年12月、ISBN978-4-15-209986-0、1800円+税
2020/12/25 ★★
7編を収めた短編集。
「巡礼者は戻らない」:その村で育つ子どもは、大人になる段階で、地球への巡礼を行う。バイオハッカーによるゲノム改変が広まった社会の話。
「スペクトラム」:宇宙船が遭難して、不時着した惑星で未知の異星人に助けられて。なんとかコミュニケートできるものの、なぜか異星人が判らず。
「共生仮説」:リュドミラという空想上の世界についての絵や映像を発表して一世を風靡したアーティスト。一方、言語を獲得する前の赤ちゃんの思考の研究から思わぬ発見が。この作品集で一番好きかも。
「わたしたちが光の速さで進めないから」:地球に取り残された老人が、家族が住む惑星に旅立とうとする。
「感情の物性」:感情が商品化されたら、自分の感情をポジティブにコントロールできそうなもんだけど、そうはならないかも、って話。「トキメキ」や「オチツキ」を売るのは判るけど、「キョウフ」や「ユウウツ」まで売るとは。といいつつ、確かに感情を操作するという意味でこれは麻薬と同じ。そして、麻薬にはアッパーもあれば、ダウナーもあるなぁ。
「館内紛失」:図書館が図書ではなく、死んだ人の記憶のストレージと化した時代。死んだ母とコンタクトしようとした主人公は、見つからないと言われ。インデックスが失われたら見つからないシステム、ってそもそもシステム上の問題が大きすぎだろうに。
「わたしのスペースヒーローについて」:宇宙飛行士になるには、ヒトではなくなるほどの人体改造が必要。その改造をしていたら、深海でも暮らせるなぁ。
題材の幅が広く、つぼを押さえていて、作者はいっぱいSFを読んでるっぽい。そして、人の心をテーマにしてることが多くて、日本の何人かの女性SF作家に似た感じがする。オリジナリティは必ずしも高くないかもしれないけど、とても好きなタイプ。
●「裏世界ピクニック5」宮澤伊織著、ハヤカワ文庫JA、2020年12月、ISBN978-4-15-031448-4、780円+税
2020/12/23 ★
「裏世界ピクニック4」に続くシリーズ第5弾。4編を収めた短編集。最初の2つ「ポンティアナック・ホテル」と「斜め鏡に過去を視る」は、タイトル通りの怪異に出会うのだけど、メインは主人公2人のラブストーリーというか、片方が優柔不断というか。裏世界にはあまり行かない。
「マヨイガにふたりきり」は、いつものパターン。裏世界を探検に行って、不思議に出会う。この不思議なら、むしろ歓迎とも思うけど。
「八尺様リバイバル」は、裏世界に人捜しに行くと、いう展開自体が裏世界の罠のような感じ。ただ、主人公2人が裏世界に慣れたせいか、こちらが慣れたせいか、以前ほどは恐くない。
●「消滅世界」村田沙耶香著、河出文庫、2018年7月、ISBN978-4-309-41621-2、630円+税
2020/12/21 ★★
第二次世界大戦で、大勢の男性が死んだことを受けて、人工授精の研究が進み、それが社会のスタンダードになった、もう一つの日本。性行為による受精は社会的に忌み嫌われ、ほぼすべての子どもは人工授精で産まれ、性行為自体がマイナーになっている。婚姻制度も変化し、夫婦間の性行為は近親相姦として忌み嫌われる。夫婦はいわば子どもを育てるユニットで、夫婦はそれぞれに他に恋人を持つのが一般的。さらに二次元の恋人が市民権を得ている。家族を持たない自由、婚姻関係を結ばずに子どもを育てることも普通の世の中。
さらに男性でも妊娠・出産ができる技術が完成しつつある。家族制度すら否定して、大人が全員で、子どもちゃん達を育てるという実験都市まで生まれている。
そんな社会で、両親の性行為で生まれた主人公は、さまざまな恋や性行為を経験し、家族や子どもを求めつつ、家族や恋人は必要なのかに悩む。人工授精といったテクノロジーによって、社会が、ヒトの考え方が短時間に変わっていく様子が恐い。と思いながら読んでいたら、確固としていたはずの主人公の考え方が、周囲の影響を受けてあっさり変わってしまうのが、さらに恐い。
●「放課後の宇宙ラテ」中西鼎著、新潮文庫、2020年11月、ISBN978-4-10-180205-3、630円+税
2020/12/20 ★
中学生時代、超常現象にはまって、周りから浮いてしまった主人公は、高校生になったらそれを封印して、普通の学生生活を。送ろうとしたら、超能力にはまってるらしき美少女に出会う。そして主人公と美少女と幼馴染みの青春ストーリーが展開。かと思ったら、半分過ぎたところで、良い感じの不思議展開。なのに、そこから突然の衝撃の不思議展開。正直な感想はなんじゃこれ?
なんでもありすぎて、とてもSFとは呼べない。というか一発芸というか。でも読後感は良かったりする。ラブストーリーになりそうでならない、青春ストーリー。
●「北野勇作どうぶつ図鑑 その6 いもり」北野勇作著、ハヤカワ文庫JA、2003年6月、ISBN4-15-030725-3、420円+税
2020/12/9 ★
3編を収めた短編集。と思ったら「曖昧な旅」は不思議な旅や街についての12編のショートショートだし、「イモリの歯車」は7編のイモリショート。とすると、20編を収めた不思議短編集というべきかも。
でも、とりあえずSFじゃなく、ファンタジーではないかと。
●「北野勇作どうぶつ図鑑 その5 ざりがに」北野勇作著、ハヤカワ文庫JA、2003年6月、ISBN4-15-030724-5、420円+税
2020/12/8 ★
4編を収めた短編集ようで、実は短篇3編とショートショート4編を収めた短編集だった。
暴れ出したらとても恐ろしい西野さんが活躍?する。むしろSF的にはナンノさんが凄かったらしい話。「押し入れのヒト」がなんか楽しめた。
「ペットを飼うヒト」は、なにを飼ってるのかな。とずーっと思ってて、ある瞬間はたと気付いた。気付く前が楽しかったかも。
●「北野勇作どうぶつ図鑑 その4 ねこ」北野勇作著、ハヤカワ文庫JA、2003年5月、ISBN4-15-030719-9、420円+税
2020/12/8 ★
3編を収めた短編集。
「手のひらの東京タワー」は、どこか飛浩隆の
「グラン・ヴァカンス」 を思わせる話。ってゆうか、ゴジラ。
「蛇を飼う」はドラえもん的なほんわか話かと思ったら、意外と最後はホラー。
「シズカの海」。アポロ11号はフェイクだ説が出てきて、なんの話かと思ったら、こっちがドラえもんだった。そしてドラえもんはネコ。
●「北野勇作どうぶつ図鑑 その3 かえる」北野勇作著、ハヤカワ文庫JA、2003年5月、ISBN4-15-030718-0、420円+税
2020/12/7 ☆
3冊目にしてようやく気付いた。これは短編集なんだ。100ページほどの薄い本した。で、なぜか動物の名前が付いてるけど、それは収められた短篇には関係なくて、単にその折り紙が付いてるってだけ。かと思いきや、判りにくく登場してたのね。
という訳で、これは5編を収めた短編集。だけど、うち2編は、それぞれ3つ、4つのショートショートを収めているので。3編の短篇と、5編のショートショートを収めた短編集なのかもしれない。
とりあえず、この巻に収められているのは、SFというよりホラーばかりと断言して良さそう。
●「時間旅行者のキャンディボックス」ケイト・マスカレナス著、創元SF文庫、2020年9月、ISBN978-4-488-78601-4、1300円+税
2020/12/2 ★
1967年、イギリスでタイムマシンが4人の女性研究者によって発明された。ただし旅行できる先は、タイムマシンができてから300年先までの間だけ。過去も未来も帰られずタイムパラドクスはなぜか生じない。そんな中で、時間旅行者は自由に行き来でき、自分と出会うこともできる。ただし、時間旅行は人間の精神に深刻な影響を与える。
2018年におもちゃ博物館で起きた密室殺人事件の謎解きを軸に、さまざまな時間旅行者とその関係者の人生が交錯する。なぜか1967年〜2018年で話は完結してるけど。
時間旅行が人間の精神に影響を与えるという部分が一番の売りらしいし、確かにそうだろう。ただ、ちょっと物足りない。死についての考え方が変わるというのは面白いけど、それ以上の考察が少ない。
時間旅行に関しての考察はさらに少なくて物足りない。どうして300年より先にいけないのか判らないままだし。歴史は変えられない、という設定のはずだけど、登場人物は自由意志で行動しているかのよう。その相克はさりげなく流される。そもそも未来が判っているのだから、それに応じた行動をとって得をしても良さそう。なのに、なぜかそういった行動は行われないのだけど、説明が不充分。そうした点が気になって仕方が無い。
あと気になると言えば、登場人物の大部分、とくに主要登場人物はすべて女性で占められているのが面白い。人種差別や同性愛も描かれ、そういう部分は現代的。というか、300年も先を巻き込んでる割りには進歩が少ない。その説明もないけど。
●「ヴィンダウス・エンジン」十三不塔著、ハヤカワ文庫JA、2020年11月、ISBN978-4-15-031458-3、980円+税
2020/11/27 ☆
動かないものが見えず、動くものだけが見えるヴィンダウス症。その病気に罹った主人公が、それを自力で乗り越えて見えるようになり、成都を運営するAIに使命されて、ヴィンダウス・エンジンを引き受ける。そして、ヴィンダウス症患者の権利のために少し頑張る。かな。
肝心のヴィンダウス症が微妙。見る対象が動かなくても、目の側が動けば見えるはずやん。とまず思う。それにはもの凄く高機能の手ぶれ補正がかかる、的な言い訳が出てくるけど、無理があると思う。患者に世界がどのように見えてるのかが、今一つ描写が丁寧じゃない。そして、どうして主人公(ともう一人)だけが自力で克服できたのかも判らない。出だしではこの病気は一人で社会生活が営めなくて不便だなぁ、程度かのような描写なのに、後の方では突然悪化(?)して死んだり(?)する。後出し感。この病気をなぜか克服した人は、不思議な力を持つ理由も分からないし、持ってる割りには主人公を最後になるまでその力をほとんど出さない。そもそもどこまで何が出来るのか判らない。
あと、すごく違和感を覚えたのは主人公の口調。かかりつけ医に対する口調が丁寧かと思ったらえらそうに、行き来する。綺麗なお姉さんへの態度の変化も唐突に思える。主人公のキャラが途中でよく判らなくなった。そういえば、AIたちはどうして、わざわざそろって登場するのかな? そもそも3体で足りてるし。余分と言えば、綺麗なお姉さんも何しに出てきたのか判らない。
とまあ、いろいろ気になって楽しめない。
●「人工知能で10億をゲットする完全犯罪マニュアル」竹田人造著、ハヤカワ文庫JA、2020年11月、ISBN978-4-15-031457-6、980円+税
2020/11/26 ★★
大会社を首になっAI技術者が、借金でやくざに殺されそうになってるところを、不思議な悪党に相棒に救われて、現金輸送車を襲う手伝いをさせられる。という短篇で創元SF短編賞新井素子賞を受賞。それを頭においた3編を収めた連作短編集で、ハヤカワSFコンテスト優秀賞をとった。そんなんありなんやね。
現金輸送車を襲って10億円奪取するも、やくざに持って行かれ。その受け渡しをカジノで横取りするも取り替えされ、ホテルの金庫からまんまと盗むけど。と毎回、盗むのは成功するけど、悪銭は身につかない感じ。ルパン三世なノリが楽しい。映画ファンの変人さんは、『明日に向かって撃て』のラストシーン(不吉過ぎる〜)をやりたがったりも笑える。
AIのディープラーニングの裏をかくAdversarial Exampleという魔法の技術が楽しいし、しょせん局所最適解と言い放つのも面白い。著者は、この分野の技術者なんだろうか、素人にも判るような判らないようなラインで説明するのがとても上手。藤井太洋をエンターテイメントよりにしたような感じか。AIの“心”あるいは世界認識をもう少し中心に据えたら、さらに評価が高まったのに。
うかつなことに、『めぞん一刻』のような仕掛けに、半ばを過ぎてから気付いた。二と七がないけど、この話はたぶんまだ続くから、これから出てくるのかな?
●「メモリーを消すまで」山田悠介著、河出文庫、2020年10月、ISBN978-4-309-41769-1、880円+税
2020/11/26 ★
国民のほぼ全員がメモリーチップに自身の記憶を保存する未来。犯罪者の刑罰として、記憶消去が行われ、記憶のチェック・削除は、警察と記憶操作センターにだけ認められていた。その記憶操作センターの不祥事の話。
記憶を消すという刑罰の意義と残酷性。記憶削除という権力を一手に引き受けた組織が腐ると、権力者にこび、ストリートチルドレンを迫害し、敵や仲間や自分自身までも都合良く記憶を削除する。
記憶削除で犯罪抑止という設定面白いし、いろんな可能性がありそう。だけど、それを充分にいかさずに、ただ話が長く感じた。警察による事件の捜査があまり変わってなかったり、記憶操作センターのチェックシステムの不備とか、記憶削除が社会やシステムへどのような影響を与えるかの部分が弱いように感じた。
●「ニホンブンレツ」山田悠介著、河出文庫、2020年9月、ISBN978-4-309-41767-7、630円+税
2020/11/9 ★
突然、西日本が大阪を中心に独立宣言をして、日本が東西に分裂。その時にたまたま東西に離れてしまっていた恋人たちが、再び出会うために頑張る話。
東西に分かれるのはいいとして、そのとたんに東西の両国が相手を目の敵にして、国境を封鎖して、情報も封鎖して、領土をめぐって戦闘を始めるってのは、どういう理屈なんだろう? まあ、対立してもらわないと、分かれた恋人たちが悲劇にならないのは判るんだけど。その都合があるから、東西ともに軍国主義に走り(今の日本を見るとなぜか説得力があるけど)、あまつさえ奴隷制をともなった独裁国家になるのは、ちょっと引く。
東西に分裂してすぐに、壁が完成するのは、資金と資源と労働力はどうなってるんだろう?って思うし。西日本を近畿、中国、四国、九州にブロック分けして、住民を全面的に移動させるって、どう考えても無理がありすぎ。無理でもそういう体制になった割りには、あっさり終わるのも不思議。
●「地球防衛戦線3 スカム皇帝殺戮指令」ダニエル・アレンソン著、ハヤカワ文庫SF、2020年10月、ISBN978-4-15-012303-1、1320円+税
2020/11/5 ☆
「地球防衛戦線1 スカム襲来」「地球防衛戦線2 アゾス鉱山救出作戦」に続くシリーズ3作目。敵の本拠惑星に地球の大艦隊が向かう。ノーガードの殴り合いかと思ったら、そうでもない。なぜかスカムは銀河のみんなの嫌われ者で、突然さまざまな異星人が登場して、地球人と連携。でも結局は、主人公達が頑張る話。スカムが想像以上にしょぼかった。最後に明らかになる衝撃の真実が規模が小さすぎて…。
これで終わってくれるかと思ったら、他の異星人を登場させて、シリーズはまだまだ続くらしい。もう翻訳しなくていいけどなぁ。
●「記憶翻訳者 いつか光になる」門田充宏著、創元SF文庫、2020年10月、ISBN978-4-488-78701-1、880円+税
2020/11/2 ★
「風牙」の文庫化した2分冊のその1。「風牙」は4篇収めた連作短編集なのが、2編ずつに分けて、2編ずつ足すというイレギュラーなもの。第1分冊に関して言えば、単行本に入っていた「風牙」と「閉鎖回廊」という印象的な2編のあとに、「いつか光になる」とショートショートな「嵐の夜に」が付け加えられている。
「いつか光になる」は、まるでノンフィクションの映画のような公開用の記憶翻訳事業のプロトタイプの話。それはある事件によって失われた記憶を取り戻そうとする物語でもある。「嵐の夜に」はその後日談。ここに記憶を取り戻そうとするエピソードを差し込みたかった。その理由は、次を読めば分かるのかな。
●「壊れやすいもの」ニール・ゲイマン著、角川書店、2009年10月、ISBN978-4-04-791620-3、2800円+税
2020/10/27 ★
31篇を収めた短編集。基本的には幻想文学で、ありがちだけどしばしばホラーテイストって感じ。スコットランドで怪物が闘う「谷間の王者 『アメリカン・ゴッズ』後日譚」が70ページあるが、他はそんなに長くなく、数ページと短い作品も多い。詩のような形式の作品もいくつか。少しだけSFテイストのある作品が混じる。
「翠色の習作」は、ホームズ物かと思ったら、もっと怪奇小説風で、SFに近かった。「十月の集まり」の最後に“レイ・ブラッドベリに捧ぐ”とあるけど、サーカスでの不思議な出来事を描いた「ミス・フィンチ失踪事件の真相」の方がブラッドベリっぽいかも。サーカスだし。「ゴリアテ」はロンドン版のシマック。あまりほのぼのはしてないけど。「サンバード」は火の鳥カイロ編。
ホームズにブラッドベリに、他にもいくつか。本歌取りが得意な人なんだろうか。
●「2030年の旅」恩田陸・瀬名秀明・小路幸也・支倉凍砂・山内マリコ・宗田理・喜多喜久・坂口恭平著、中公文庫、2017年10月、ISBN978-4-12-206464-5、540円+税
2020/10/16 ★
2030年、企画時は2015年頃だとしたら、15年ほど未来のことをテーマに書いて下さい。って頼んだであろうオリジナルアンソロジー。8人の著者がそれぞれ1篇。SFをって依頼じゃなかったんじゃないかと、勝手に想像するけど、最後の坂口恭平以外は、とても出来たSFになってる。
リモートリアル(RR)な世界での謎解きを描いた恩田陸「逍遙」、AIに小説を書かせることを考える瀬名秀明「144C」はそれぞれの著者の短編集で既読。どちらも好きな作品。このアンソロジーの中でもSF色が強め。
小路幸也
「里帰りはUFOで」は、近未来的だけどほぼ既存のテクノロジーをちりばめて、山村の未来を描く。既存テクノロジーでも、このようにパッケージにしたらSFになると思わせる。
支倉凍砂「AI情表現」、AIのパートナーの助けを借りて、恋愛成就に向かう少年。これってドラえもんでは?
山内マリコ「五十歳」、AIが発達して、人間は労働を奪われ、若者は老人を対象にした仕事に就かざるを得ない未来。足腰が弱くて、車を運転できない老人を、買い物や医者などに連れて行くというドライバー仕事。この社会が確かにSF。
面白いのはここまで。「神さまがやってきた」は年寄りがオレオレ詐欺をする若者をはめる話。AIドローンが出てくるけど、そもそも話がつまらない。「革命のメソッド 2030年のMr.キュリー」は、AIアシスタントが子どもの相談に乗るだけ。可も不可も無い。最後のは無視。
●「隠蔽人類」鳥飼否宇著、光文社、2018年4月、ISBN978-4-334-91216-1、1800円+税
2020/10/16 ★
5篇を収めた連作短編集風のミステリ、なんだけどかなりSF。SF的な重要な部分は、ある意味、タイトルの通り。一見、ヒトHomo sapiensと区別はつかないけど、遺伝的にかなり違ってる隠蔽人類がいる、ってアイデアは面白い。そのうえ、繁殖干渉まで出てくるし。その真実は、ミステリでもあるんだけど、ヒトHomo sapiens側の反応はヒステリックすぎるんじゃないかなぁ。
アマゾン奥地に隠蔽人類が?という出だしは、とてもワクワク感満載で楽しい。でも、終わり方は唖然とするしかない。ってゆうか、星新一のショートショートじゃないんだから、ここまで読ませて、それはちょっと。と、正直思った。
●「歴史は不運の繰り返し セント・メアリ歴史学研究所報告」ジョディ・テイラー著、ハヤカワ文庫SF、2020年9月、ISBN978-4-15-012300-0、1200円+税
2020/10/14 ★
英国のとある大学附属の歴史研究所。紹介を受けて、歴史家として就職すべく面接を受けに行く主人公。そこは、キャラの強い変人だらけの組織で、就職しないと教えてもらえない秘密があるらしい。
採用された後は、厳しい訓練。そして、お仕事は事故や怪我など危険がいっぱい。死者もいっぱい。敵や裏切り者もいて、罠をかけられ罠をかけ、怪我がいっぱい、死者もいっぱい。とにかく、登場人物がいっぱい死ぬ。なのに、なぜか全体的に明るく、どんどん新たな展開が繰り出される。本当に不運の繰り返し。
ストーリーはノンストップで楽しく一気に読める。それでいて恋愛模様まで交えてサービス満点。とりあえず脳天気なタイムパトロール物で、歴史が改変を阻むパターン。あまり目新しくはない。でも、シリーズ第一弾らしく、まだまだ謎は残っているので、もしかしたらSF的な面白い展開もあり得るかも。
●「人類最年長」島田雅彦著、文藝春秋、2019年4月、ISBN978-4-16-391006-2、1850円+税
2020/10/13 ★
江戸時代末期に横浜に生まれて159歳にもなる爺ちゃんが、自分の人生を語る。黒船がやってきて、明治時代になり、父の仕事を手伝っていた子ども時代から始まり。日露戦争に従軍記者として連れて行かれ九死に一生を得て。関東大震災に遭遇し、虐殺されそうになった朝鮮人の子どもを救い。第二次世界大戦を生き抜いて、むしろ先見の明を見せて稼ぐ。日本の黒幕に長寿を知られてピンチになるも、ロッキード事件でかわす。
ただ長寿の人間の口を借りて、100年以上にわたる日本社会の変化を見せてくれる。臨場感が楽しいけど、それ以上ではなく、あまりSFっぽくない。細かく描いてくれるのは、ロッキード事件辺りまでで、平成の時代はまーったく出てこない。年を取って物事に興味が無くなった的な言い訳をしてるが、尻切れトンボ感はぬぐえない。てっきりバトンを渡して終わりかと思ったんだけどなぁ。
●「生命式」村田沙耶香著、河出書房新社、2019年10月、ISBN978-4-309-2830-9、1650円+税
2020/10/11 ★★
12篇を収めた短編集。SF色が強い作品と、そうでもないものが混じる。
表題作は、葬式ならぬ生命式ってこと。あるいは葬式会場で、食欲と性欲を満たすとでもいおうか。「素敵な素材」も、人体を活用する話。今度は素材として。この社会からの地続きで、全然違う価値観の社会が描かれているのが、かなりショッキング。
「素晴らしい食卓」は、ハッピーフューチャーフードという謎の妙な食べ物がくらいで、基本的には変な食習慣を持つ人たちの話。“その人が食べているものは、その人の文化”ってイメージは、ある種SF的かも。「二人家族」は、同居するシングルマザー2人がつくった家族の話。ありそうで、あまりなさそうな関係かも。
「夏の夜の口付け」は、わらび餅を食う。「大きな星の時間」、眠らない国で寝てみる寓話。「ポチ」、女の子がポチと名づけたのを飼育する。「魔法のからだ」、進んでる女の子とそうでもない女の子。「かぜのこいびと」、窓辺のフェティシズムの話。
「パズル」人はビルの内臓である。生き生きとした他人に憧れるという点も含めて、普通の日常が異世界になる感じ。「街を食べる」、野草を食べる話。多くの人にとってはインパクトがあるんだろうか? 残念ながら、そんなに物珍しくもないと思ってしまった。この程度で社会的な規範からはみ出すのかなぁ? どうせなら虫も喰って、鳥や哺乳類も喰えば良いのに。
「孵化」は一番のお気に入りかも。所属するクラスターごとに、周囲の期待に応じて自然にキャラを変える主人公。小学校、中学校、高校、大学、アルバイト先。まるで多重人格のように、まったく違うキャラに。結婚することになって、結婚相手にばれることを心配して…。誰でも多かれ少なかれあるだけに恐い。
個人の価値観と社会との対立や乖離の話が多いのかな。全体的に社会的なSFと言い張るのはありかも。
●「ある日、爆弾がおちてきて」古橋秀之著、メディアワークス文庫、2017年4月、ISBN978-4-02-264967-6、800円+税
2020/10/7 ★
9篇を収めた短編集。2005年に電撃文庫から出版された同名の短編集に、書き下ろし1篇を加えた新装版。あとがきによると、普通の男の子と、不思議な女の子の出会いの物語であり、女の子はなんらかの形で時間を又に掛ける感じだそう。
時間を又に掛けるといっても、SFっぽいタイムトラベル物とは限らない。表題作は病気の女の子の想いのファンタジー。「トトカミじゃ」は図書館の神様のホラー。恐くないけど。
「恋する死者の夜」人々がドンドンゾンビ化して、同じ日の行動を繰り返している。って設定はSFにもできそうだけど、ラブストーリーでしかない。社会がどうなってるのか謎過ぎる。「出席番号0番」は、毎日違うクラスメートに憑依する面倒な存在が公認されてる不思議な学校の話。ホラーにもSFにもなったはずが、ラブストーリーだった。「むかし、爆弾がおちてきて」、時空潮汐爆弾によって、時間が3億倍のゆっくりしたスピードで流れる筒に閉じ込められた女の子と、彼女に恋する爺ちゃんと孫の話。蓋に無理があるような。
「おおきくなあれ」は、中身が記憶とともに若返っていく病気が蔓延して、彼女がそれにかかってって話。3日ほどで元に戻るという設定のおかげで呑気なコメディになってて楽しい。
「3時間目のまどか」、窓に映った謎の女の子と、手話でやり取りして。ホラーかファンタジーか、と思ったらSFっぽく処理された。ちゃんと伏線あって、かなり好き。
「サイクロトロン回廊」、古い口の字形の家の廊下をグルグル走っていたらタイムスリップする。という一種の馬鹿話。「バック・トゥ・ザ・フューチャー」や「ターミネーター」への言及が楽しい。
ホラーっぽい設定から、ファンタジーなラブストーリーが語られて、場合によってはSFっぽくなる。って作風。エンディングが単なる一件落着になるのは嫌いらしい。
●「不全世界の創造手」小川一水著、朝日文庫、2020年9月、ISBN978-4-02-264967-6、800円+税
2020/10/7 ★
企業や人の将来性を読み取る能力を持つ母娘。その娘と関わることになった天才技術者の少年(脳天気な親友付き)が、自分で自分を複製して増殖するフォン・ノイマン・マシンを実用化して社会を変えようとする。安価に増殖可能で、単純作業に優れたマシンの大量投入で、人海戦術で対応可能な世界の土木的な課題を次々と解決していく。島の採掘跡地の農地化、アラル海の復活、淡水の供給による塩害を受けた農地の再生。低価格で、大規模事業が行えるのは小気味いい。貧しさのために教育が受けられず、紛争が繰り返される地域への援助のあり方も考えさせてくれる。
当然ながら戦争利用を考える勢力との対立が生じて。という部分は出てくるのだが、国連のPKO活動との対立でしかなく、本当に戦争利用する勢力が出たら、って部分が不充分。あと、機械の反乱の話も出てこないなぁ。そもそも先進国と言われる社会がどう変わるかが描かれていない。という訳で、とても面白いのだけど、可能性が充分には展開されていない感じが強い。
●「日本SFの臨界点[怪奇篇] ちまみれ家族」伴名練編、ハヤカワ文庫JA、2020年7月、ISBN978-4-15-031441-5、1000円+税
2020/10/3 ★★
SFの短篇が大好きな編者が、大好きなホラーっぽい作品11篇を集めた短編集。礼によって著者の短編集にまだ収められておらず、雑誌やオリジナルアンソロジーに載ったきりとかで、現在入手困難な作品ばかりを集めてて、長い著者・作品の紹介が付いている。また、まだ読んでない短編集をチェックしてしまった。
中島らも「DECO-CHIN」。人体改変の話は苦手で…。
山本弘「怪奇フラクタル男」。数学者が元教え子に呼ばれて行ったら、怪奇な病人が待っていて。最後のオチがすべて。数学者よりも生物学者を呼んだ方が良かったかもって少し思った。
田中哲弥「大阪ヌル計画」。道ですれ違う時に、ぶつからないように、ぬるぬるさせる。って、大阪人でも道でくらいよけるし。この明石人め。そもそも全然怪奇とちゃうし。
岡崎弘明「ぎゅうぎゅう」。身動きがとれないほど、ぎゅうぎゅう詰めになった社会。これは本当に恐い。食事、トイレ、誕生、結婚死者の処理はいいとして、運動不足はどう克服するんだろう? 伝染病はともかく、生活習慣病は? 最後もとても恐い。
中田永一「地球に磔にされた男」。平行世界に跳ぶ機械を手に入れた男は、幸せな自分と入れかわることを思いつくが…。とてもいい話。この短編集で一推し。
光波耀子「黄金珊瑚」。人の意志をコントロールする生物による侵略物。1961年に書かれたというが、ぜんぜん違和感なく読めた。
津原泰水「血まみれ家族」。不思議で怪奇な家族や世界を描きがちな著者で、このタイトルなので、身構えたけど、著者がいうようにこれは一種のコメディ。出血しやすい体質だと苦労するっていうか。
中原涼「笑う宇宙」。<父><母><妹>と一緒に“宇宙船”に閉じ込められている蹼。しかし、ここがどこなのかについての意見が食い違って…。「冷たい方程式」ばりに恐い。
森岡浩之「A Boy Meets A Girl」。宇宙船なしで恒星間宇宙を自由に行き来できる種族が、人類の“少女“と出会う。
谷口裕貴「貂の女伯爵、万年城を攻略す」。人類の多くが宇宙に旅だってしまい、地球に残されたのは、文明を失ったわずかなヒトと、知能を持った動物たち。動物たちの間で、ヒトは劣等な種族として使役されていた。『竜を駆る種族』ほどではないけれど。
石黒達昌「雪女」。戦争中、北海道のある医師が、体温が異様に低い女性を保護する。
●「日本SFの臨界点[恋愛篇] 死んだ恋人からの手紙」伴名練編、ハヤカワ文庫JA、2020年7月、ISBN978-4-15-031440-8、1000円+税
2020/10/3 ★★
SFの短篇が大好きな編者が、大好きな恋愛っぽい作品9篇を集めた短編集。著者の短編集にまだ収められておらず、雑誌やオリジナルアンソロジーに載ったきりとかで、現在入手困難な作品ばかりを集めたらしい。それぞれの作品に、アシモフやエリスンばりの解説が載っていて、それが著者の紹介にとどまらず、短篇の紹介が続く。最後は、まだ出版されていない短篇を集めて、短編集の出版を願う。というか出版社へのアピールが繰り返される。編者の短篇作品への愛がいっぱいつまった短編集。作品自体よりも解説を読んで、まだ読んでない短編集を探そう!と思った、ことが記憶に残る。
中井紀夫「死んだ恋人からの手紙」。タイトル通り。似た作品を思い起こすが、こっちの方が先らしい。
藤田雅矢「奇跡の石」。『捨てるな、うまいタネ』と同じ著者だったとは。誰も知らない超能力者たちの町が、そんな場所にあったとは。すごく雰囲気がいい作品。
和田毅「生まれくる者、死にゆく者」。ゆっくり死ぬ老人と、ゆっくる生まれてくる子どもの話。読んでみないと何の話か判らないと思う。
大樹連司「劇画・セカイ系」。世界を救うために少女が闘いに赴くのセカイ系という話だったのか…。その後日談。現実は厳しいというか、男の子は決断のできる大人になってしまっていたというか。
高野史緒「G線上のアリア」。電話があった中世、電話のインフラによる世界支配の話。長編でも短篇でも高野史緒は高野史緒。著者当てクイズがとても簡単な作家な気がする。
扇智史「アトラクタの奏でる音楽」。ARがあふれる京都で、ストリートミュージシャンと、音楽をアレンジして場を盛り上げるソフトが研究する研究者が出会って。ほんのり百合なんだそう。
小田雅久仁「人生、信号待ち」。高速道路の高架下にある信号と信号の間に、長−く閉じ込められて、子どもができて、孫が出来て…。いったい配偶者たちはどこからやってきて、子どもたちはどこに独り立ちしていったんだ?という疑問をまるで無視して展開する。
円城塔「ムーンシャイン」。数字についての共感覚を持った少女。その少女がみた世界、その少女の周りが巻き込まれるドタバタ。とにかく群論は難しい。
新城カズマ「月を買ったご婦人」。メキシコ帝国の権力者のご令嬢が、かぐや姫ばりに、求婚者に月を持ってこいと言い放って、みんな幸せになれなかった話。
●「オクトローグ」酉島伝法著、早川書房、2020年7月、ISBN978-4-15-209952-5、2300円+税
2020/9/28 ★★
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●「構造素子」樋口恭介著、早川書房、2017年11月、ISBN978-4-15-209727-9、1900円+税
2020/9/25 ☆
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●「スキマワラシ」恩田陸著、集英社、2020年8月、ISBN978-4-08-771689-4、1800円+税
2020/9/17 ★
古物商を営む兄弟の前に、チラホラ現れる不思議な子ども。弟は、ある古いタイルを触るとなぜか過去が見える。その不思議なタイルを探し、過去を探っていく中で、戦前関西にあったある建物と、両親の関わりが明らかに。そして、横浜で開かれる古物とアートを組み合わせたイベントに事態は収束していく。
著者らしい、ミステリじみた不思議ストーリー。ものすごく楽しくワクワクしながら読める。あまりSFではないけど。
●「未来からの脱出」小林泰三著、角川書店、2020年8月、ISBN978-4-04-109693-2、1600円+税
2020/9/16 ★★
高齢者とともに、森の中の施設に収監されている主人公。自分が何者で、どうして閉じ込められているのか判らないが、現状はなにかおかしいという思いと怒り。自分の記憶が信頼できない不安。施設から脱出しようとする主人公に、謎の協力者が現れ、仲間も出来て、ついに脱出を試みる。というのが第1部。
施設の外の変容した人類とその社会。というのが第2部だけど、そこでもまた説明された内容は真実か?という疑問が…。そして、第3部では、タイトルの意味が分かる。
主人公は何者? 謎の協力者の正体は? そして、外はどんな世界なのか? 謎めいた出だしは、SFではある種の王道。似た出だしのSFを思い浮かべ、どのパターンで来るかと予測するが、少しひねられる。AIの発達と共に生じる大量の失業(AI失業というらしい)というイマドキであり、これまた近頃よくある設定が出てくるが、これまた少しひねられる。ストーリーや設定でも楽しめ、物語の構造でも楽しめる。なぜか『アルジャーノンに花束を』を思い出した。
●「デス・レター」山田正紀著、東京創元社、2020年8月、ISBN978-4-488-01841-2、1700円+税
2020/9/16 ★
それが届くとその人の一番大事な者が死んでしまうデス・レター。デス・レターを送る女の子を探す主人公。フリーランスの死神という不思議な存在の仕事、というかインタビューを通じて、人々の本当に大切な者を再確認する6編を収めた短編集。
入院している彼女を想う高校生男子。バードウォッチングで出会った幸せな夫婦。成り行きで『雨の中の猫』を丁寧に繰り返し読みふける男。ジャズ喫茶を営んでるはずの元彼のもとに向かう女。昏睡状態の妹を気遣う姉。それぞれに意外な真実、驚きの大切な者が明らかになる。ネグレクトを受けてるらしい少年を気にする元警官は、デス・レターをネグレクトしてしまうが。
とても良い感じの作品集になってるけど、さっぱりSFじゃないなぁ。と思っていたら、最後でSF的な設定が明らかになり、すべての話がつながる。小説としての仕掛けは、とても好きだけど。著者らしい流れになっていくのが、またかって感じ。
●「GENESIS されど星は流れる」堀晃ほか著、東京創元社、2020年8月、ISBN978-4-488-01840-5、2000円+税
2020/9/15 ★★
創元日本SFアンソロジーの第3弾。今回から創元SF短編賞の発表の場でもあるらしい(今までの発表の場だった年間日本SF傑作選が無くなったかららしい)。受賞作を含めて7編を収める(他に対談も載ってる)。そして、最後に選考経過 と選評が載ってる。
で、今回の受賞作は折真透「蒼の上海」。蒼類におおわれた蒼い世界。群体蒼類の体内のような世界に成立している不思議な生き物が暮らす世界。そこで、アマノリスを求める命がけのミッション。話は完結してるのかな?
宮沢伊織「エレファントな宇宙」、宇宙からの使徒というか、神?と闘う。その神はゾウとかに憑依したりして、エヴァとりは楽しげ。結局、特殊な力を持った女性と女性が活躍する話だけど。長編の中の1章に間違いない。単行本を待とう。
空木春宵「メタモルフォシスの龍」、恋をすると女はヘビに男はカエルに徐々に変化してしまう奇病が流行する未来。そのため恋は禁止されているが、恋する男女は後をたたない。ヘビ化が進行する女性と、彼女に憧れる主人公。主人公はある秘密が。無理のある世界設定だと思うけど、とても印象に残る。
オキシタケヒコ「止まり木の暖簾」。宇宙人にさらわれて一人だけ帰ってきた少女、「What We Want」の主人公。彼女の故郷の食堂で、語られる。このシリーズが単行本化されるときは、幕間的な扱いかな。
松崎有理「数学ぎらいの女子高生が異世界にきたら危険人物あつかいです」。数学なんて、やらなくてすむようになればいいのに。ってつぶやいたら、数学が禁止されている異世界にトリップして、密かに数学を楽しむ人達と出会い、少し数学に興味を持つ。これも単行本化できそうな。
堀晃「循環」。堀晃は、“GENESIS”でとても愛されてる。毛馬閘門、城北、福島、新淀川、伝法水門。章名をはじめ、馴染みのある新淀川の左岸沿いの地名が並ぶ。紡績工場の技術者として就職した主人公の半生が淡々と描かれる。不思議な“原器”は出てくるが、あんまりSFじゃない。
宮西建礼「されど星は流れる」。感染症流行で長期休校になった天文部の高校生が、各自の自宅でできる活動を見出して。面白い青春科学小説だけど、SFかなぁ、って作品。
「エレファントな宇宙」「止まり木の暖簾」「数学ぎらいの女子高生が異世界にきたら危険人物あつかいです」など、面白い作品がいっぱい入ってるんだけど、面白い作品ほど、そのうちシリーズを書きためて単行本化されそうな感じ。なので、評価は単行本化を待ってからでいいような気もする。
●「100%月世界少年」スティーヴン・タニー著、創元SF文庫、2015年10月、ISBN978-4-488-76001-4、1300円+税
2020/9/14 ★
月で育った少年は、月世界凶眼症と呼ばれる目を持っていた。なにかの物体が動くまえにその軌跡が見えるという特殊な能力がある。のと同時に、その裸眼を見た正常人は錯乱し、狂気に陥る恐れがある。そのため常にゴーグルを付けていることを法律で定められいる。しかし、地球からの少女の頼みを断れず裸眼を見せてしまった少年は、官憲に追われることになる。官憲の手から逃れるために、仲間とともに月の裏側に向かった少年は、月社会の真実を知ることになる。
というメインストーリー以外に、少年の学校での生活が詳しく描かれる。恋愛と恋愛が大きな部分を占める、とてもアメリカンな学生生活。少年は文系科目は優等生だけど、理系科目は落ちこぼれ。成績別クラス分けの中では、最上位クラスとルービー(最下層)クラスを密かに行き来する。という訳で、官憲に追われるだけでなく、学校生活でもサスペンスフルな生活をおくってる。まるで違う2つの話をセットで読んでるような感じがする。
“月に棲む鳥類は、ハチドリだけである。ハチドリとはいっても大きさはイヌなみで、毛の色はいわゆる月白、…”。ハチドリの毛色やって。というのはさておき、いきなり不思議なイメージ。
●「ウォーシップ・ガール」ガレス・L・パウエル著、創元SF文庫、2020年8月、ISBN978-4-488-75902-5、1200円+税
2020/9/7 ★★
人類が、いくつもの勢力に分かれつつ、宇宙に拡大して、多くの異星人からなる知的生命の世界に加わっている未来。人類の2つの派閥、集塊派と外向派の紛争の採集段階で、ある惑星の知的ジャングルが焼き払われた。
派閥を超えて事故や被害を受けた人々を救う活動をする再生の家。1隻の戦艦改め再生の家の宇宙船と、そのスタッフが、2つの派閥のエージェントや、親の七光りの若者といった、新たなメンバーを加えつつ、ギャラリー星系での遭難救出ミッションに向かう。
大虐殺での心の傷を癒やすため、あるいは罪を償うために、再生の家に加わった者達。大虐殺の実行者などなど。この知的生命体の大虐殺に、関わりをもった人々や戦艦AIが、数年後、再び出会う、という展開。
なぜか人類の宇宙船に乗り込んで、船のメンテを一手に引き受けてくれる6本脚・頭の異星人。再生の家が生まれるはるか以前に、再生の家と同じ活動を宇宙規模で展開していたのに、突然姿を消した異星種族。ギャラリー星系の惑星をオブジェと呼ばれるアートな形に改変した謎の存在。気になる者たち、設定が盛りだくさん。一段落しつつも、多くの謎を残して続く。
唯一気に入らないのはタイトル。原題の「Embers of Wars」を直訳した“戦争の残り火”とかでは何の事か判らないので工夫するのはいいけど。この邦題に、表紙絵は女の子。帯びに「ぼくはミサイルの姿をした十四歳の少女だった」とあったら、セカイ系か「叛逆航路」みたいな話かと思う。が、実際は全然違う。帯のフレーズは出てくるけど全然重要じゃない。タイトルは再生の家の活動をほのめかすようなのにして、表紙絵はギャラリー星系のオブジェにしたら良かったのに。
●「伝説の艦隊1 <コンスティテューション>」ニック・ウェブ著、ハヤカワ文庫SF、2020年8月、ISBN978-4-15-012293-5、1060円+税
2020/9/4 ☆
謎の異星人の攻撃を受けて、絶体絶命になった地球人類が、突然の異星人の撤退で生き延びてから75年後、平和が続く中で、軍事費は削減され続けけている。当時、伝説の艦隊と呼ばれた最後の現役艦も引退の時を迎えていた。しかし、そこに再び異星人の攻撃が始まり…。
軍事費を削る側が間違っていて、好戦派が正しかった〜。老朽艦に載った鼻つまみ者扱いの老兵が、地球の危機を救う。近頃、頻繁に見かける宇宙軍隊SFの定番。改めて読まなくていい。
●「図書館の子」佐々木譲著、光文社、2020年7月、ISBN978-4-334-91355-7、1600円+税
2020/9/3 ★
時間旅行者が登場する6篇を収めた短編集。舞台は、戦前、戦中、戦争直後を問わず、太平洋戦争の匂いがする時代。舞台は日本であったり、満州国があった時代の大連であったり(最後の2篇)、表題作1篇だけどこかの北の国。
冒頭の「遭難者」は何かのミッションを持って過去に旅するエージェントが登場し、最後の「傷心列車」は過去に戻って歴史を改編しようとする試みが描かれているが、その他はとても個人的な時間旅行が描かれる。いずれもタイムマシンの話も、タイムパラドックスの問題も登場しない。時間線の概念すら曖昧。SFとしては弱い。
過去に行って取り残される時間旅行者の失敗や復習が描かれる「遭難者」「地下鉄廃液」。過去に戻って一種のトラップに囚われる「図書館の子」「追奏ホテル」。「傷心列車」は歴史改変をさておくと、恋愛物だけど、これも一種のトラップ。こうして見ると、過去のトラップの話がいろいろ繰り返されてる気もする。その中で、「錬金術師の卵」は少し毛色が違って、むしろ未来へのタイムトラベル。一番好きかも。
●「アメリカン・ブッダ」柴田勝家著、ハヤカワ文庫JA、2020年8月、ISBN978-4-15-031443-9、860円+税
2020/9/1 ★★
6篇を収めた短編集。帯びにあるように、どの作品にも民俗学的な要素が出てくる。
「雲南省スー族におけるVR技術の使用例」、生まれた直後にヘッドセットを付けられ、VR世界で人生を送る種族の話。全員がVR世界にいたら、日常生活が送れない。なので、外の部族から介添人を迎え入れて、世話をしてもらう。果たしてスー族のVR世界はどのようなものなのか、VR世界しか見たことのないスー族は現実世界をどう認識しているのか。“全ての人が自分だけの世界に生きている”
「鏡石異譚」、裏山の穴に入ったら、未来の自分と出会う。それ以降、ちょくちょく未来の自分と出会うようになり、助言をもらって小さな不幸を避けて暮らしていく。加速器の衝突実験で発見された“記憶子”。物理学を志した主人公は、自分の不思議な体験と向かい合うことになる。量子力学的には過去も未来もないから、未来を変えられるなら…。
「邪義の壁」、実家である旧家の古い屋敷にある白い壁。ウワヌリと呼ばれる白い壁の前で行われる謎の儀式。その壁の中から見つかった、隠された信孝にまつわる旧家の秘密。これはホラー。
「一八九七年:龍動幕の内」、大英博物館での南方熊楠と孫文の交流。そして二人して、夜な夜な公園に現れる謎の天使の正体を暴きに行く。スチームパンクっぽい。
「検疫官」、物語が禁止された国で、物語の侵入を防ぐために働く検疫官。印刷物や映像を没収するだけでなく、脳波測定で物語に感染していると判断された者は2ヶ月間隔離される。しかし物語の感染拡大を防ぐのは難しい。
「アメリカン・ブッダ」、奇跡の人という名のインディアンが、仏陀の教えを伝える。大洪水を生き延びた仏陀が、大洪水から逃げた市民に向かって。タイムラグのある中、仏陀の教えは市民を2つの勢力分かれ、争い、新たなステージへ。
●「歓喜の歌 博物館惑星III」菅浩江著、早川書房、2020年8月、ISBN978-4-15-209960-0、2000円+税
2020/9/1 ★
「永遠の森 博物館惑星」「不見の月 博物館惑星II」に続く、博物館惑星シリーズの3冊目で、6編を収めた短編集。たぶんこれで完結。地球の衛星軌道上に浮かぶ博物館惑星で、もはや新人でもなくなってきた警備員とその先輩が活躍する。というか、右往左往する。
「一寸の虫にも」、人工的につくられたニジイロタマムシの話。半倍数性じゃなくて、今では半数倍数性って言うなぁ。と思いつつ、ネタが判ってしまうので楽しめない。
「にせもの」、絵画のにせもの騒動。“ルパン三世”か“ギャラリーフェイク”か。
「笑顔の写真」「笑顔のゆくえ(承前)」、スランプの写真家を立ち直らせる話、かと思ったらハグレAIのリハビリ顛末。
「遙かな花」、ある崖の上だけに生えていた希少なマツヨイグサ。ある難病の薬になる化学物質は、そのマツヨイグサからのみ取れたのだが…。この設定微妙だなぁ。むしろ、遺伝子操作で作られたが、野外に放てない生き物が集められて暮らすエリア<キプロス島>。このイメージが気になる。興味深いエリアだけど、そんな生き物無限にいそうなので、なにを受け入れてるのかよく判らない。
標題作は、盗難絵画の売買に、おとり捜査を試みる話。ニジイロタマムシ、ハグレAI、<キプロス島>と、ここまで出てきたのが関連していく。そして、再開も。
全体的に、舞台が博物館惑星なだけで、AIが活躍するというのはあるけど、あまりSFじゃない話が多い。
●「星系出雲の兵站 遠征5」林譲治著、ハヤカワ文庫JA、2020年8月、ISBN978-4-15-031444-6、880円+税
2020/8/31 ★
「星系出雲の兵站 遠征4」に続き、シリーズ完結編。前巻の最後で壱岐の首都が壊滅したのを受けて、その復興の動きが大きな軸になる。同時に明らかになってくる、かつて植民してくる途中に、人類が異星文明与えた衝撃的な影響。
最後に
、ついに異星種族たちの意志決定をしていた存在との間で、本当のコミュニケーションが成立する。そして明らかになる哀しい真実。少しだけ希望を残して。
●「憎悪人間は怒らない」上遠野浩平著、ハヤカワ文庫JA、2020年8月、ISBN978-4-15-031445-3、720円+税
2020/8/30 ☆
“ブギーポップ”シリーズの安定の敵役、統和機構の支配者層の確執を描くシリーズ(とでもいうんだとうか) 第2弾。ブギーポップは現れないが、“最強” は活躍しまくる。いろんな形での強者同士のつばぜり合いというか。
●「すべて名もなき未来」樋口恭介著、晶文社、2020年5月、ISBN978-4-7949-7177-7、2000円+税
2020/8/25 ★
22編を収めたエッセイ集、あるいは主に書評集。っぽく、確かに後半の11編は小説の書評と呼べるものが多い。しかし、前半の11編は宇宙や社会や生命についての物理・哲学・思想に関わる本を取り上げていることが多く、書評というより、本の内容から想像・妄想を膨らませていきがち。書評というより小説っぽくないSFのようなもの。10番目の「生起する図書館」は普通にSFの短篇みたいだし。
前半でおもに取り上げられている本は、『さよなら未来』『資本主義リアリズム』『ダークウェブ・アンダーグラウンド』『テクニウム』『なめらかな社会とその敵』『<インターネット>の次に来るもの』『数学的な宇宙』。ケヴィン・ケリーがかなりお気に入りで、2冊取り上げられていて、テクニウムと概念は後半でも出てくる。しばしば生物っぽい部分への言及があるのだけど、けっこう引っかかる。“生態系”という言葉を、単なるシステムという意味で使っている場合と、相互作用系という意味で使ってる場合があるようだが、使い方が雑に思えてならない。“生命は、〜と考えられる”というフレーズも何度か出てきた。でも、生命をそのように定義したら、なにが明らかになるかが不明で、説得力が少ない。あと、ミームとか、利己的遺伝子は知ってるけど、拡張された表現型は知らないっぽい。
後半で取り上げられる小説は、フィクションが虚構が、現実に影響を与えるもの多いような印象。あるいは、虚構と現実の相互作用というか。もちろん神林長平とか円城塔は大好き。あと、テッド・チャン、グレッグ・イーガン、ボルヘスへの言及も多め。
全体的には、隣接してるけど、あまり知らない業界での流行が読み取れるようなイメージ。ある意味勉強になるし、知ってるものについて、違った視点が得られる。そういう意味で、SF的な体験満載の一冊。ただ、同じ言葉・内容を、少しずつずらしながら繰り返すという表現が多用される。文節単位でも、文章単位でも、段落単位でも。通して読んでると飽きてくるのと、意味がずらされて、論点がずれていく感じが気持ち悪め。
●「首里の馬」高山羽根子著、新潮社、2020年7月、ISBN978-4-10-353381-8、1250円+税
2020/8/21 ★
那覇の裏通りにある私設の資料館。一人の民俗学者がお年寄りから聞き取った沖縄の近代史の膨大な記録が蓄積されている。その資料をボランタリーに整理に行く主人公。情報を確認してタグを付けるという作業を延々と、何年も繰り返し続けている。
その主人公の収入源は、問読者<トイヨミ>という仕事。怪しげなオフィスから、古いコンピュータを使って、どこにいるとも知れない外国籍とおぼしき相手に、一対一で日本語でクイズを出題する。“孤独な業務従事者への定期的な通信による精神的ケアと知性の共有”をしているのだという。
「赤毛連盟」のような不思議な仕事。沖縄の近代史を背景に、歴史という情報の保存のための淡々とした作業。そしてある台風の次の日、庭に馬がいる。
不思議感満載の状況が、とても趣があって、著者らしくて、SF的な匂いをさせ続ける。誰にも迷惑をかけていなくても、理解できないことをしている者は、哀しい思いをする。
●「女総督コーデリア」ロイス・マクマスター・ビジョルド著、創元SF文庫、2020年7月、ISBN978-4-488-69822-5、1400円+税
2020/8/20 ☆
ヴォルコシガン・シリーズの外伝というか、後日譚というか。マイルズの偉大なる父が死んだ後、総督を引き継いだ母が、夫の片腕というかパートナーと恋愛関係になる話。地位のある大人のラブストーリーというか。それが、両者の視点で交互に語られる。そこに息子家族が絡んでみたり。昼ドラ風とでもいうか。
あえて興味深い点をあげるなら、惑星セルギアールの生物相だろうか。引退した後、研究者の道を目指す話なら読みたいかも。
●「タイムラインの殺人者」アナリー・ニューイッツ著、ハヤカワ文庫SF、2020年7月、ISBN978-4-15-012290-4、1260円+税
2020/8/6 ★
誰が設置したのか、作動原理は何なのかは分からないけど、世界に5基の過去にのみ行って戻れるタイムマシンがある世界。なぜか研究用と企業向けに利用できるようになっている。研究に名を借りて、過去を改変して、女性が男性と同等の権利を持つ世界を構築しようとする秘密結社。一方、それを阻止して、男性優位の世界を維持・追求しようとする対抗勢力。両者の歴史改変の闘いが19世紀末を舞台に展開される。と同時に主人公は、高校生だった1992年の時の失敗をなんとかやり直そうと画策する。
とにかくブラックボックスなタイムマシンがある、って設定が斬新だけど、いらいらする。未来にはいけないけど過去にはいける、という設定はいいけど、2022年の人たちが過去にこれだけ干渉するなら、未来からもっとじゃんじゃん現在にも過去にも干渉するはず。いろんな時代からの歴史への干渉が錯綜するはずなのに、ぜんぜんそんな感じがない。こんなテクノロジーがあれば、国家権力が独占しないまでも、利用して都合の良い過去をつくる闘いをしそうなものなのに、それも起こっていない。設定の可能性が全然追求されていないのが、物足りなさすぎる。
一方、女性の権利をめぐる歴史の話は、ある意味、勉強にはなる。
●「地球防衛戦線2 アゾス鉱山救出作戦」ダニエル・アレンソン著、ハヤカワ文庫SF、2020年6月、ISBN978-4-15-012286-7、1000円+税
2020/7/30 ☆
「地球防衛戦線1 スカム襲来」に続くシリーズ2作目。一人前の兵卒になった主人公は、仲間とともに、スカムと闘うために宇宙の辺境へ向かう。が、途中の高山惑星からのSOSに応じたら、そこにスカムの大群が待っていた。
宝を探すダンジョン物であり、次から次へと敵が襲ってくるホラー。ってゆうか、こういうゲームありそう。そして、やたらと「エイリアン」を思い起こさせる。真社会性かと思ったら、集合知性だった。一番印象的だったのは、もてる男は辛いってことかと。
●「鳥の歌いまは絶え」ケイト・ウィルヘルム著、創元SF文庫、2020年4月、ISBN978-4-488-78301-3、1160円+税
2020/7/27 ★
汚染物質による環境破壊かなにかなんだろうか。とにかく、理由はよく分からないけど、世界中で人間、家畜、動物の生殖能力が低下し、人類は滅亡の危機に瀕する。アメリカ合衆国東部のとある谷間の人々は、この危機を人間のクローニングによって乗り切ろうとする。しかし、クローン達には、同じクローン同士でのテレパシーめいた能力がある一方で、相互依存が強く、単独行動ができない。そして、世代を重ねるにつれて、さらに問題が浮き彫りに。
一部の有性生殖可能な者の子どもは、クローン達にはない単独行動や問題解決能力を持ちながら、クローンの社会から排斥され、やがて旅立っていく。
クローンによって人類の未来は残されたかに見えたけど、やはり人類は滅びそうな話。地上の動物がほぼほぼ絶滅しているのに、魚が生き残っているのが不思議。植物に影響がないのも不思議。単為生殖ができるなら、他にも生き残る動物がいても良さそう。とまあ、設定を追求するといろいろ気になるけど、独特の雰囲気が、心に残る一冊。
●「空のあらゆる鳥を」チャーリー・ジェーン・アンダース著、東京創元社、2020年5月、ISBN978-4-488-01464-3、2400円+税
2020/7/24 ★
高い魔法の能力を持つ少女と、天才的な科学少年。周囲から浮いて、両親にも恵まれない二人は、知り合って親友になる。時は流れて、大学生になった少年は、スポンサーや指導的な科学者に見出されて、世界を変革する理論の構築に関わる。一方、少女もその魔法の能力を開花させる。
少年達が発展させた理論によって世界は破滅する恐れが。それを防ぐために活動する少女たち魔法使い。両陣営に分かれた幼馴染みの二人は、敵として対峙することに…?
科学と魔法の対決は、伝統的なSFのテーマといえばテーマだけど、むしろファンタジーっぽい。
●「第五の季節」N・K・ジェミシン著、創元SF文庫、2020年6月、ISBN978-4-488-78401-0、1500円+税
2020/7/15 ★
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●「HumanITyヒューマニティ」矢野カリサ著、幻冬舎、2020年7月、ISBN978-4-344-92925-8、1300円+税
2020/7/13 ★
あるIT企業の社員が、共同でSF、というか近未来のIT小説を書くという企画。「シンギュラリティ」「A/Identify」「スマートアイランド」に続く第4弾。著者名はどれも合作に参加した写真の氏名のどちらかから1文字ずつとったものになっていて、著者名で検索できなくて面倒。
工場の生産計画と配送システムのAI化プロジェクトと、シンギュラリティを阻止するためにAI化を邪魔する地下組織、という構図。IT企業の新人女性社員が、チームリーダーに抜擢されて、認められず苦労しながらも、成長して、仕事をこなす。
定番過ぎる主人公に、よくあるストーリー展開。地下組織のスパイが誰かはすぐに判るし、予定調和の勧善懲悪。小説としては、ものすごく古めかしい。スパイに特殊能力でもあるのかと思ったら、なんもないし。伏線を回収して欲しい。まあ、IT企業の仕事の進め方とか、AI導入の苦労とかを描きたかったんだろう。SF風味のITお仕事小説。
●「ナインフォックスの覚醒」ユーン・ハ・リー著、創元SF文庫、2020年3月、ISBN978-4-488-78201-6、1100円+税
2020/7/13 ★
数学と暦に基づく暦法という魔法のような体系が支配する世界。その世界を描く六連合三部作の第1弾。タイトル通り、主人公が自分の能力に覚醒する。
6つの種族による六連合。それに対抗する異端の勢力。主人公は、異端に制圧された宇宙都市要塞の奪還を命じられる。頭の中に、数百年前に味方を裏切って死んだ天才戦術家の精神を埋め込まれて。いわばその有名人の代理人として。
フォーメーションによって、発動する魔法。っていうのが楽しい。扱われるAI搭載ドローンである僕扶たちと、主人公との交流も楽しい。多くの人間が僕扶をぞんざいに扱うのに対して、人間相手のように丁寧に接する主人公。その主人公に好意を持つ僕扶とそのコミュニティ。
●「僕はロボットごしの君に恋をする」山田悠介著、河出文庫、2020年4月、ISBN978-4-309-41742-4、630円+税
2020/7/10 ★
文庫化に伴って、エピローグの後に3年後の物語「それから」がついた。
社会の中でロボットやアンドロイドが一般化して、店頭販売やティッシュ配りなどはアンドロイドが行うようになった近未来。人間そっくりなアンドロイドを遠隔操作して、街をパトロールして犯罪を防止、治安を維持するという極秘プロジェクトが行われていた。その操作員である主人公は、正義の味方を装って、アンドロイドを壊したり、仕事中に好きな女性につきまとったりと、ダメっぷり満載。なのにクビにはならず、あまつさえ好きな女性の努める企業の警護の任務を命じられる。すると、仕事にかこつけて女性とデートをしたりと、勝手な行動はエスカレート。
最新装備を使った極秘プロジェクトなのに、この雑な労務管理はなんなん? 主人公はダメダメだし。と思ってたら、3分の2ほど読み進めたら判った。SFというより、ラブストーリーでミステリ。
●「星系出雲の兵站 遠征4」林譲治著、ハヤカワ文庫JA、2020年5月、ISBN978-4-15-031432-3、840円+税
2020/7/9 ★
「星系出雲の兵站 遠征3」の続き。異星人の星系では、いよいよ本拠と思われる惑星の探査。そして、異星人に起きたストーリーが明らかになってくる。一方、人類の星系では、異星人の中でスポークスマンが交代。いったんは安定したかと思われた人類とのパワーバランスにも変化。
●「パンダ探偵」鳥飼否宇著、講談社タイガ、2020年5月、ISBN4-06-519783-7、690円+税
2020/7/7 ★
3篇を収めた短編集。感染症でヒトが絶滅して200年後、二足歩行して言語を喋る哺乳類や鳥類、爬虫類が 世界を闊歩していた。で、探偵事務所で新人のパンダ探偵が、あまり活躍しない話。活躍するのはライガーだしなぁ。動物ネタが満載で、それぞれの動物の生態に基づいたストーリーや推理が展開される。
第1話「ツートーン殺人事件」は、白黒の動物の連続誘拐事件。第2話「キマイラ盗難事件」は、草食動物の食料盗難事件。第3話「アッパーランド暗殺事件」は、立ち入りが難しいエリアでの首長殺人事件。最初の2つは、動物たちでしか成立しない話、ってゆうかそのネタを話したかったんですね。って感じ。でも、第3話は、人間社会でも展開できそうなミステリ。
●「天冥の標VI 宿怨 PART 3」小川一水著、ハヤカワ文庫JA、2013年1月、ISBN978-4-15-031080-6、760円+税
2020/7/6 ★
「天冥の標VI 宿怨 PART 1」「天冥の標VI 宿怨 PART 2」に続くシリーズ第6弾のパート3で、シリーズ前半の完結編。
太陽系は<救世群>に支配されたかと思ったら、思わぬ逆転劇。そして、闘いの驚きの真実。終章のタイトルは「全太陽系応答なし」。
太陽系での異星人たちの対立が、当事者である異星人たちにとっても思わぬ結果になってしまった。ってところか。