博物館の学芸員というとどんな仕事をしていると思われているのでしょうか? 学芸員をやっていますと自己紹介すると、どんな仕事をしているのかとよく尋ねられます。ところが改めて尋ねられてもうまく答えられません。一々説明するのは面倒なので、説明するページを作ってみました。といっても、私がやっていることを以下に並べてみただけですが…。
私は自然史博物館の動物研究室に所属しています。同じ学芸員といっても、考古資料や民具、美術品を扱う学芸員はまったく仕事内容が違うと思います。そもそも同じ自然史系博物館の学芸員といっても、館によってやっていることはかなり違いますし、同じ博物館内でも学芸員によって全然違うことをしていたりします。以下にあげてあるのは、特殊な一例に過ぎないことをご了解ください。
博物館法によれば、学芸員は(1)調査研究、(2)資料の収集保管、(3)普及教育、(4)展示の4つの仕事をすることになっているんだそうです(博物館法を勉強したのはずいぶん前のことなのであまり覚えていませんが)。この4本柱に従って並べてみます。
●ヒヨドリの食性に関する研究
●果実と果実食性鳥類との関係に関する研究
●大阪府あるいは大阪市で繁殖する鳥類相の調査:長居公園、大阪市内の公園、大阪府内の公園、大阪市内のツバメ、イソヒヨドリなど
●大和川下流域の水鳥の個体数調査
●博物館周辺のため池の水鳥の個体数調査
●大阪府内の鳥類・哺乳類・爬虫類・両生類の生息状況に関する研究
●大阪湾岸、播磨灘岸、及び瀬戸内海沿岸の水鳥調査
●日本のハッカチョウの分布及びその変遷の調査:とくに大阪府、奈良県、京都府
●大阪府・奈良盆地を中心にヌートリアの分布調査
●キンバトの食性と繁殖期に関する調査
●調査・研究をしたなら、成果を発表せねばなりません。学会誌に論文を掲載するのが研究者の本筋ですが、学芸員は忙しいので(というのを理由にして)、なかなか論文は書けません。その代わりでもありませんが、博物館友の会の会報Nature Studyなどに普及的な文章を書くことが多く、そこでデータを出してしまったりします。
●ほかに、学会大会で発表もします。年に1〜2回は、学会大会に参加し、参加する以上は何かしら発表します。
●鳥の標本の収集:鳥を捕まえて殺しているわけではなく、いろんな人に呼びかけて死体を届けてもらっています。
●鳥の標本の作製:皮が腐っていなければ、皮を剥いて仮剥製を作ります。これがけっこう時間がかかるんです。お金のある博物館は、標本作製の専門家を雇ったり、専門業者に依頼したりします。1羽の仮剥製は安くても数万円するので、貧乏な当館ではそんな予算はありません。冷凍庫には仮剥製になるのを待ってる死体が100点以上たまっています…。
●鳥の標本の整理・保管:鳥の標本はあまり多くないけど、それでも登録されているだけで約9300点(2024年4月現在)。何がどこにあるかはだいたい整理が出来ています。
長期的に保管するには、虫に食われないようにナフタレンを補充したり、液浸標本にはアルコールを補充したり、気を使ってやらなければなりません。●哺乳類の標本の収集・作製:鳥が専門なのですが、人手不足のため哺乳類も担当と言うことになっています。鳥と同様いろんな人に呼びかけて死体を届けてもらっています。
●哺乳類の標本の作製:皮が腐っていなければ皮をはぐところは鳥と同様です。哺乳類の場合は、骨の標本(特に頭骨)が大切なので、骨格標本も必ず作ります。ただし小さい動物などでは、皮を剥いた中身をそのままとりあえず液浸標本にしていることもあります。剥いた皮はなめして毛皮にします。中身は埋めたり水に浸けたりして肉を除去し骨格標本にします。皮のなめし作業も、骨格標本の作製も時間がかかります。
●哺乳類の標本の整理・保管:哺乳類の標本もあまり数は多くなく、約4000点(2024年4月現在)しかありません。骨格標本などの整理はできているのですが、皮の整理はまだこれから。登録・整理待ちのまとまったコレクションもあります。ようやく何がどこにあるのかの整理ができてきました。
毛皮や剥製の保管は鳥と同様で虫に食われないようにナフタレンを補充したり、液浸標本にはアルコールを補充したり、気を使ってやらなければなりません。骨の保管は、気楽なもんです。●両生爬虫類の標本の収集:両生爬虫類も専門ではないけれど、担当です。標本の作製、登録、整理、保管は、魚類担当の学芸員がやってくれるので、生きてる間を担当。資料収集的には、捕まえてくる担当です。
●市民からの質問への対応:電話をかけてこられたり、直接訪ねて来られたりした方の質問に可能な限り答えます。近ごろは、電子メールでの質問が増えてきました。意外と単純な質問ほど、答えるのが難しく、調べるのにほとんど1日かかることもあります。鳥の質問はもちろんですが、哺乳類や両生爬虫類の質問もまわってきます。鳥の質問にはそれなりに簡単に答えられるのですが、哺乳類や両生爬虫類の質問の場合は、文献を調べまくって右往左往しています。研究者の知り合いにSNSやメールで問い合わせたりもします。
●観察会や実習などの普及行事:これはそれぞれの学芸員が自分で企画して、実施しています。案内をだして、申し込みを受け付けて、名簿を作って、下見をして、資料を作って、実施後には報告を書いて、と実際の行事の前後に手間がかかって面倒です。でも行事自体は楽しいものです。
●講演:オープンセミナー(かつての自然史講座)というのが、ほぼ毎月1回あります。学芸員が交代で(時に外部から講師を招いて)、自分の研究内容に基づいて、市民向けに2時間程度話をします。だいたい一年に一度は担当になります。
その他、頼まれたりなんやかんやで、講演をする機会が年に数回はあります。
●カウンター当番:博物館本館に入ってすぐ右側にミュージアムサービスセンターがあります。開館日には、ここのカウンターに学芸員が一人座っています。2001年4月に情報センターができてからは、土日祝には情報センターのカウンター当番もあります。
基本的には展示などに対する質問に答えるのが仕事です。自分で答えられない質問の場合は、担当学芸員を召喚したり、伝言したりします。その他、コンピュータ端末のトラブルに対処したり、小中学生向けの企画の対応もあります。
●友の会の運営:自然史博物館友の会は、当館の普及教育事業の中心になるもので、学芸員はみなその運営に関わっています。年に1回の総会と年に5回程度の評議員会、および日常的なことは友の会担当学芸員(1年任期で順番に当たります)がおもに担当します。毎月1回の月例ハイキングは学芸員1人と評議員で担当します(一年に一度担当になります)。総会や秋の集い(月例ハイキングの拡大版のようなもの)のような大きな企画になると、全員がかりだされます。また通常夏休みなどに実施される2泊3日程度の合宿には、友の会担当のほかに都合がつく人が何人か行くことになります(コロナ禍があって2024年現在、合宿は休止しています)。
●ミュージアムショップの運営:ミュージアムショップは委託されているのですが、その博物館側の窓口担当です。グッズなどの販売物をチェックするのが主な仕事です。とくに書籍のセレクトには大きく関わります。ショップとはいうものの、商品を通じての普及教育事業の一環という位置づけで、とくに本の販売は普及教育の要素が強くなります。それだけにどんな品揃えにするのかは大切です。
●サークルや研究会などの世話:すべての学芸員が、友の会以外にも、さまざまな自然史関係のサークルや研究会の運営に関わっています。事務局をしたり、例会を世話したり、会報を作ったり、発送作業をしたり、関わり方はいろいろです。ちなみに現在担当しているサークルは、博物館とのつながりが密接なものだけでも、大阪鳥類研究グループの事務局、友の会読書サークルBooksの世話役、ジュニア自然史クラブの副部長、なにわホネホネ団の事務局長があります。
●フェスティバルなどのイベントの運営:2003年以降、ほぼ毎年、大阪自然史フェスティバル、大阪バードフェスティバル、ホネホネサミットなど、大規模イベントが開かれるようになりました。大阪バードフェスティバルや、ホネホネサミットが開催される場合は必ず主担当になります。大阪自然史フェスティバルの場合も、なにかしら担当になります。
●博物館実習の担当:2014年から担当になりました。日程を告知して、大学からの申込みを受け付け、人数を調整して、大学と受入のやり取り。実習生がやってきたら、初日にオリエンテーション、途中に何日か担当して、初日と担当日には実習ノートのチェックとコメント。最後には終わってからは、実習ノートの確認をして、大学向けの書類を整えて、返送。博物館実習を受けても学芸員になる人はまずおらず、そもそも博物館実習を受けても学芸員の能力を保証しない。博物館としては、学芸員や博物館をよく知ってもらう普及教育の機会と考えて対応しています。
●ホームページの作成:博物館全体のウェブサイトは、さまざまな資金を使って、プロにお願いするようになっています。が、学芸員もその更新に関わっています。この「和田の鳥小屋」は私は趣味のようになってきましたが、たぶんこれも普及教育事業の一環です。
●メーリングリストの世話:インターネットへの接続して、ホームページを開設しただけでなく、1998年12月からは博物館のメーリングリストomnhを開設しました。かつては、毎日10通近くのメールが飛び交っていました。現在は、オンラインでのやり取りの中心はSNSに移っていて、静かになってきました。
●SNSでの情報発信:メーリングリストどんどん下火になっている一方で、SNSが拡がってきました。そこで、TwitterやFacebookのアカウントからの情報発信や交流を行っています。いまでは、InstagramとLINEまで加わっています。それぞれに博物館の公式アカウントがあります。普及教育や広報の一環という位置づけです。
学芸員個人も、それぞれSNSのアカウントから発信したりもしています。これも広報と普及教育が目的です。
●調査研究でも書きましたが、博物館友の会会報Nature Studyなどの普及誌に、普及教育目的の文章を書く機会がけっこうあります。
●出版物の製作:自然史博物館では、研究報告、自然史研究、収蔵資料目録、展示解説orミニガイド、特別展解説書、館報を毎年発行しています。
館報は該当部分の原稿を出すだけ、特別展解説書も編集担当や主担にならなければ、関係部分を執筆するだけ。研究報告と自然史研究を書くかは、各学芸員の自由ですが、できれば2-3年に1本程度は書きたいところ。収蔵資料目録やミニガイドは、自分が作りたいテーマなり材料があれば、手を上げるといった感じ。自分でやると言い出して、後で後悔するというパターンが多いような。
1999年度はミニガイドNo.18「街で繁殖する鳥」を製作しました。収蔵資料目録は、2002年度に「川村多実二鳥類コレクション 旧宝塚昆虫館所蔵鳥類仮剥製標本目録」、2023年度に「小海途銀次郎鳥の巣コレクション ー日本の鳥類の繁殖 巣と営巣環境の記録ー」を製作しました。
●常設展示の展示内容を考える:2001年4月に情報センターがオープンし、ここ数年かかりきりだった「大阪の自然誌」の展示がようやく完成しました。しかし、まだ本館の展示更新が控えているはずです。近頃さっぱり進んでいませんが。代わりに、コーナーごとの学芸員による手作り展示更新が、徐々に進んでいます。そして、いままた常設展の展示更新の話を進めつつあります。お金はまだないけど。
●主催展の展示内容を考え・いろんな手配をする:学芸員全員が協力して考えるのですが、テーマと各学芸員の専門性を考慮した上で、誰かが主担となります。主担になると結構ハードです。展示構成を考えて、ビデオを作成して、普及講演会を計画して、展示解説書を作って、ポスターや入館券のデザインを考えて、などなどやることはたくさんあります。もちろん可能な限り他人に仕事を押しつけますけど…。主担でなければ、手伝い程度で済むことが多いですが、主担になるとそれだけで忙殺されます。
ちなみに私が主担になったのは、1998年の「都市の自然」、2003年の「実物 日本鳥の巣図鑑」、2009年の「ホネホネたんけん隊」、2014年の「ネコと見つける都市の自然」。2020年の「知るからはじめる外来生物」、2022年の「日本の鳥の巣と卵」。
●夏の特別展の展示物をつくる:昔は文字パネルは学芸員が手書きしていたそうです。今はパソコンで作って打ち出します。打ち出した物をCPパネルに貼って、展示室にセットするのも学芸員の仕事です。背景の写真なども学芸員が打ち出します。とはいえ、近年は、ここ数年は解説書の執筆・編集ばかりやってる気がします。
●新収資料展などの特別陳列の展示をする:今までは、毎年新収資料展を実施していました。新たに寄贈してもらった資料を展示する企画展です。当館に届けてもらった鳥の死体は、仮剥製にして毎年展示していました。2001年度以降はあまり開かれていません。
●誘致展の手配をする:2001年度に増築が完成し、特別展示室がネイチャーホールとして広くなりました。これに合わせて、年に数回の誘致展を行うことになりました。誘致展とは、よそで行われた企画展(あるいはその一部)を、誘致して実施する特別展のことです(それに対して自分たちでつくる特別展は、主催展)。相手方のとの交渉など、かなりの手間がかかります。